才能
辺りはまるで早朝の鶏舎の様に盛り上がりをみせた。
「あれが噂の名前無しの…。」
「エキスパートクラスまであっさり撃破してしまった…。それも2回…。」
「被弾は最初だけなんだろ?」
「あれが噂のヤツか。」
「わかんない…出てくるのを待つしかないな…。」
カールの楽しみはこの観客の動揺した声をまるで自分の事のように聞くことにある。
よく自分でもわからない優越感に浸りながら、颯爽と店を後にする快感は、他の物とはまた一味違う。
黒いカプセルを取り囲むように人は待ち受けるが、開いた瞬間に出てきた他の人たちは憔悴しきったように生気が見られなかった。
我先に"ヤツ"を見る為に先を争うが、結局その人の姿を見た人はいなかった。まず、どのカプセルに入っていた人かわからない。顔色や言動を伺うが、それらしき人はいなかった。
カールは店の外で勝ち誇ったように待つと、そこに現れたのは先ほどまで見事な戦闘を繰り広げていたブルーノだ。
「お疲れ、"噂のブルーノさん"」
「だから辞めてくれよ、その呼び方。」
謙遜ではなく、ブルーノはこの呼ばれ方を決して好んではいない。
「いいじゃね~か 、別に。それにしても、ホントにホントに何でお前はそんなに強いんだよ。」
二人はバイクに跨る。
「それは……俺にもわからない。」
「それって、才能ってヤツか?」
と半分冗談交じりに笑いながら、いつもの帰路へと急いだ。
帰宅途中、二人はバイクを止め、高層ビルの50階にある屋外公園で一息ついていた。
「ほらよっ。」
カールが缶ジュースを持ってブルーノに投げ渡す。
「お…。ありがと。」
人工芝に腰掛ける。日は沈みかけている頃だろうか。この大きな壁のせいで地平線に落ちる夕日を二人は見たことがない、空がオレンジに塗られていく事だけわかる。
そのせいで、一日の日照時間は極端に短い。
「あの壁、いつになれば無くなるのかな。」
ブルーノはそっと皮肉混じりに呟いた。
「俺たちが生きているうちは無くならねーよなー…。」
そうカールは答えると、グビっと喉を大きく鳴らしジュースを飲んだ。
「……クダラは…。」
「おい、辞めよう、その話は。」
ブルーノが言いかけたのを察してカールはそれを止めた。
二人の間に気まずい空気が流れる。
クダラ…。
クダラ。
古くて錆び付いた二人の共通の記憶がある。それはクダラと言う言葉で封印され、同時に鍵でもある。
ブルーノとカールは中学からの親友であった。しかし、元々は二人ではなく、もう一人…共通の親友がいた。名前はクダラ。金髪碧眼で、美少年であった事を記憶している。運動神経が良く、何事にも好奇心が旺盛だった。
そんな彼はある日、二人に「壁の向こうに行ってくる」と言い残した切り姿を見たものはいない。捜索願が出され、初めこそは警察も精力的に動いてくれたが、日を追うごとに悪い予感が大きくなり、いつしか戻って来ない存在になってしまった。
二人はあの時止めなかった自分たちを恨み、そして責めた。幼いなりにも壁の向こうに行けば戻ってくる事が出来ないことぐらい知っていた。だが、大人が行こうとしても行けない壁の向こうにクダラが行けるはずもないと過信していた。
残された二人が取った結果は触れないようにする事で収めたのだ。
「悪かった。」
ブルーノもこの名前を出してしまった自己嫌悪に陥った。
―――――――――
家と呼ぶにはまだ物足りないような場所、コンテナを寄せ集めたような10畳ほどのアパートの3階がブルーノの住処だ。
その下の階はカールで、たまたま同じ場所に住んでいた。当然の如く学校も同じで自然と仲良くなったのは言うまでもない。
アパート。
カールもブルーノも両親がいない。
お互い両親を10歳前後の時に亡くして、右も左も分からない状態で必死に仕事をした。それと同時期に転がり込むようにこの格安アパートに越してきたのだが…。
「ま~たお前らは夜遊びか!」
威勢のいい声が二人の後ろから聞こえた。
思わず振り返ると、古臭い服を着た、白髪が少し混じる、おじさんとおじいさんの中間の男性がタバコを咥えて仁王立ち。
「お!じーさんただいまー!」
「おう!おかえり。ワシもあと10歳若かったらお前らと同じようにヤンチャ出来たのにのう。」
大きな口を開けて笑うこの男性はここのアパートの大家さんであり、昔からブルーノもカールもお世話になっている、自称プログラマーである、リュック・ヌルだ。
二人はじーさんと呼んでいて、本名を使うことは滅多にない。
彼の話は話半分で聞く二人だが、昔からネットや精密機器に詳しくて、先ほどのブルーノが圧巻の闘いを見せたあのゲームも、じーさんの技術が採用されたとか。あくまでも自称だが。
「おうおう、とりあえず中に入れ入れ、二人とも頼まれておいたアレ、できてるぞ。」
「ホントか!?」
「ああ、わしゃ嘘をつかん。」
「ありがとうございます!」
ブルーノも歓喜に満ちた声で礼を言った。
じーさんの部屋はカールの1つ下の階、つまりブルーノの2つ下だ。
じーさんの部屋に入る。
部屋の壁には大戦当時のポスター、部屋の数台のパソコンには難しい数式が並んでいて、資料がうず高く積んであって、自称プログラマーも伊達じゃないと思った。
「えーっと…。どこにやったかなぁ…。
お、これか。あった、あったぞ。」
じーさんは小さな箱を手渡した。
「これが…。」
「そうじゃ。」
「予想以上に小さいな…。」
箱を開けるブルーノ。中には小さなチップが2枚入ってあった。
それ以上にじーさんの笑顔が輝いていた。
「なーに。これをお主らのバイクに組み込むだけで、後はモンスターバイクに変身じゃい。はっはっはっ!」
「これで制御システムの解放…。」
「やったな、ブルーノ。これであと1時間は家遅く出ても学校間に合うぞ。」
さすがに1時間は言い過ぎだが、ブルーノは素直に喜んだ。
「こんな物、ストライザのゲームに比べちゃ朝飯前じゃ。ところで、ブルーノ。お前は、まーた凄い記録作っとるんじゃってな。」
「いや…凄いってもんじゃ…。」
「もうネットに上がっとるぞ、今日も勝ったらしいな。これで負けなし63連勝かね。」
「買いかぶりすぎですよ…。」
「おそらく、お主自身では気がついてないだろうが、恐ろしく適応能力が高いのだよ。」
「そーだぞ、ブルーノ。」
カールにまで言われて渋々照れ笑い。
「そうじゃ、それとは全くの別件なんじゃが…最近政府の動向がおかしくてなあ。ワシも調べてるんだが、なんせセキュリティが硬くてな。お主らも危険じゃから夜遊びは大概にしなさい。」
とじーさんは遠い目をして言った。
その目はまるで二人の親のように暖かく優しい瞳だった。
「おっと、ブルーノよ。」
じーさんはブルーノを呼び止めた。
「それでどうじゃ?最近コッチの方は?」
じーさんはニンマリと笑顔を作って小指をピンと立てた。その表情はイタズラをしてやった幼い子供の様で憎めない。
「あ!気になるぜ~俺も!」
とカールも冷やかしに入る。
するとブルーノは顔を真っ赤にして「そんな事はどうでもいいでしょ…」と小声でボソボソ言った。
「え~っと名前は何て言ったかのう…。」
「じーさん、フレンダだよ!フレンダ!」
ますますブルーノは顔を真っ赤にする。
「ブルーノはさ、この前親しげに話してたけど、俺の目には緊張してたのバレバレだったぜ。」
「あ~!もう帰ります!今日は眠いんで!」
ブルーノはその場から逃げるように部屋を後にした。
フレンダとは、ブルーノと同じ高校の同じクラスで容姿端麗な、言葉通りの美少女である。
金髪の髪が特徴的で、二人とは中学時代からの友人であり、密かに恋心を抱いているのだが、当の本人のフレンダはその想いに気がついているかいないのか…。
翌日、ブルーノとカールはご自慢のバイクを飛ばして登校した。1時間とは行かないものの15分も学校に着くことができ、校庭をゆっくり歩いて時間を潰していた。
「今日で今週は学校終わりかぁ…。」
「何だよブルーノ、お前寂しそうだな。俺なんて、金曜が毎日毎日待ち遠しくてなぁ…。
あっ!!もしかして…フレンダが…!」
「ちょっ…!違う!」
思わず手を振り上げた。
「あれ?私がどうしたの?」
と後ろから声が聞こえる。ブルーノの表情はその場で凍りついた。この聞き覚えのある声…。
カチコチとカクカクな動きで後ろを振り返ると、そこにはやはり彼女が立っていて、不思議そうにこちらを見つめる。
「いや、ちちちがうんだ!フレンドリーだね!って話をしてて…。」
すると何か悪事を閃いたカールは「ヤバイな~、俺今日宿題やってないから先に行くぜ~。」
と棒読みで別れを告げた後に、ものすごいスピードでこの場を去って行った。
完全に二人とも沈黙で会話が続かない。心なしかフレンダの頬も若干紅潮している様に見える。
「いい…天気よね…。」
フレンダが先に話しかける。
「そうだね。」
一往復で会話は終了した。
この気まずい空気がブルーノをジワリと追い詰めて行く。ここで彼女が去ってしまえばせっかくのチャンスが台無しだ。
「あの!」
「は、はいっ!」
ブルーノがあまりに唐突に大きな声を出すものだから、フレンダもびっくりして声を2段階ぐらい大きく出した。
「ここここここ今度の、日曜…。」
昨日の勇ましい姿は何処へやら。そこにあるのは青春を謳歌している一般的な学生の鏡だった。
「に、日曜…?」
「俺と遊びに……。」
シーンとなる。
ブルーノは勢いの余りに言ってしまった事に気がつき、顔が真っ赤になる。
「あ、いや、その~…これは…嫌なら別に…。」
「いいわよ。」
蚊の鳴くような声。
「えっ?」
「だからいいって言ってるの!」
ブルーノはフレンダの言っていることが未だに信じられなかった。
フレンダもブルーノに負け時と顔を染め上げ、目を合わせずに、若干言葉を荒げて答えた。
勢いで言ってしまい、勢いでOKされる。
その日のブルーノはどこか何か抜けたようだった。
ブルーノとカールは窓際の席を陣取って、ブルーノは真っ青な空をずっと見ていた。
「全く…こいつにこんな弱点があるとはな…。」
と苦笑いをするカールだ。
カールはフレンダがブルーノの事を好きな事も、ブルーノがフレンダの事が好きな事も知っている為に、じれったい気持ちだ。
三人で話をする時はするのに、あんな感じで突然二人きりになるとブルーノは話せなくなる。
渦中のフレンダはいつもと変わっていない様子で、さすがモテる女は違うと言った所か。
ブルーノはブルーノで勢い余って遊びに誘ってしまったが、どうした物か…と慌てふためく、これがあのゲームの中の人と同一人物だなんて誰が思うだろうか。
しかし、今の自分はきっと青春をしていると確信しているに違いない。
1限から4限までずっと地蔵や人形のようにボーッとしていた。おそらく、頭のネジが一本か二本飛んだか、回路がショートしてしまったのだろう。
すると、その時だった。
そう、この瞬間歴史が動いた…。
――ドゴーン…ドゴーン…
重く低い音が2発、地響きを伴って鳴り響く。