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新庄やまがたものがたり  作者: 新庄知慧
7/23

7 温泉ホテルの部屋に、赤い着物の少女から電話


 部屋に通された。


「本館」と思しき和風建築の二階だった。8畳の日本間。床の間に掛け軸。真ん中に黒い木製の和風テーブル。囲んで座布団が4つ。一人客には広すぎる。家族用の部屋だろう。一方の壁に大きな鏡。窓辺に籐椅子。眼下には中庭。池があり、灯篭があり、庭石がある。意外に落ちつたたたずまい。


腕時計を見ると午前10時。まだ10時?もう10時か?それにしても、ずいぶん朝はやくからチェックイン可能なんだな。平日だし、よほど客がいないということか。


新庄駅に着いたのは、朝何時だったろう?時間の過ぎるのは早くも遅くも感じられた。

お茶をいれて、和菓子を食べ、タバコをふかした。

ぼうっと、時間がすぎてゆく。


・・・ベルの音がした。

部屋に備え付けの電話だった。


「はい。もしもし・・・」

課長は受話器をとって応える。


「・・・・」

無言だ。


「もしもし。どちらさま?」

ややあって、電話の向こうから声がした。


「元気か?」

女の子の声だった。かわいい音色の。でも、どこかひっかかった重みがあって、くぐもった声・・・そして得体のしれない、方言?


「はい。どなた?」


「おれ。バスにぶつかって、つかまった子。さっきは、心配してけえて、ありがと・・・」


「バスにぶつかった、つかまった子?」

赤い着物の黒髪少女?


「ありがと、おじさん、待ってたよ、おじさん」

「待ってた?」

「うんだ。昔、おじさんが、ここさ来だとき、おれ、おじさんに会った、ひさしぶりだあ。覚えってっけ?」

「ここに来た。僕が?」

「うんだ。超、ひさしぶりだ」


 変な電話。本当?本当にさっきの子供かな。子供の声色をまねた、いたずら電話じゃあないかしら。やっぱり変な旅館だな。課長は訝しげにいった。


「昔って、僕が新庄に来たのは22年前だよ。おじょうさん、子供じゃないの。小学生でしょ?22年前に君はまだ生まれてなかったんpじゃないの」

「にじゅう、にねん・・・。そんな前だったってか。でもな、おれ、会ったべよ。おじさんに。って、ゆーかなあ、おじさん、おれのステージさ、見てたべよ。友達といっしょに見に来てたべさ。因果もののよ、舞台よ。おじさんさあ、ぶったまげて、おれを見てたべさあ!」


なんだって?


ああ。そういやあ、また思い出したぞ。


あれは、宮田さんその他の下宿のみんなと、どこかの村の夏祭りにいった晩だったな。縁日みたいに夜店がたくさん出てた。どこの村だったか・・・ひょっとして、この温泉だったか。そうだったのかな。


そうだ、その夏の夜の祭り。見世物小屋があった。不具者を見世物にする、あれを因果もの芝居というのだ。それは知ってた。しかしそんなものを現実に見たのははじめてだったのだ。よく見たもんだな。


だいたい、宮田さんは、知的障害児童を対象にした養護学校の教師を目指して就職浪人中だったのだ。かわいそうな子供たちの教師になろうとしていたのに、身体障害の子供を見世物にした芝居なんか、よく見たもんだな。そういうかわいそうな子供たちが受けている仕打ちを、見ておこうという趣旨だったのだろうか。いや、まあ、そんなに深刻なことは考えてなかったか。ただおおらかに、なんとなく、はいってみたんだな。


「怪奇・くも女」


そうだ、蜘蛛女だった。ちいさな女の子が、蜘蛛女にされていた。手足の関節が、普通とは逆に折れ曲がってしまうかわいそうな女の子が、仰向きになっても、蜘蛛みたいに這い歩くことができるものだから、蜘蛛みたいだから、といって、蜘蛛女にされて見世物にされていたのじゃなかったっけ?具体的に、どんな見世物だったかは、やや記憶に自信がない。


「・・・たしかに、見世物は見たけど。何度もいうけど22年前だったよ」

「にじゆう、にねん・・・」

「君、歳はいくつ?あのとき出演していたのは、どっちかというと、君の母さんじゃないかなあ」

「おれよ。間違いねえ。おれ、覚えてる。おじさん、おれを見てた。舞台の終わったあと、話もしたべよ」

「話・・・」


それはまったく記憶にない。やはり人違いだ。しかし構わずに女の子はいう。


「おれ、因果ものだべ、だがら、おっきく、ならねえでねえかな。おっきく、ならねえ・・・だから、22年前と、ちっとも、変わんねえんでねか、って思うよ。そう、思うよお」


「そう?」

課長は気のぬけたような返事をした。すると、たとえばあのとき7歳だったとして、今、29歳ということ?


どうにも信じられないことだ。


ウーン、そういえば、山形は米沢藩の財政再建をなしとげた、内村鑑三選定の「代表的日本人」5名の一人にして、かのジョン・F・ケネディが「尊敬する日本人政治家」として名前をあげた政治家、というかご家老が山形にいて、ご家老の奥方は、不具の人で、大人なのに、いつまでも子供の体格だったというな。政略結婚で、そんな奥様と結婚した、ご家老は、しかし、その奥さんをひとすじに愛し続け、妾なんか一人もいなかった、とかいうな。ちがったかな。

そういう、大人になっても子供の体格の人というのは歴史上も存在したんだ。


「そうだ。おれ、ずっと、子供だ。こどもだ、こどもだ。もういやんなって、ここを逃げ出したんだ。でも、とびだしたら、バスさぶつがっで、また、つかまっちまったべよ。で、おじさんをバスの中で見たべ。そいで、ちょっと時間かがったけど、おじさんのこと、思い出したよ」

「うん。そうか・・・。で、ケガはなかったかい?バスにぶつかったでしょう?頭ぶつけたんじゃない?」

「うんだ。ぶづけだ。でも、大丈夫。ぶづけで、けえって、いろいろ、思い出したあ・・・」

「そうか。そう、大事にいたらなくてよかった。ここで働いているのかい、君?」

「うんだ。ずうっど。ここで、はたらいでるだ。それで、めし、くってるんだ。ここで、いろんなショーさ、でるだ」

「・・・また働くの?」

「いやだけどな。ほんどに、いやだけどな。ほかさ行っても、生きて、いけねえべよ。で、でよお・・・」

と、ちょっと声に力がはいり、


「でよお・・・おじさん、おれのこと、助けてくれるんだべか。助けにきてくれたんだべか」


 え?課長は、声がでない。


と、女の子は、急にあっさりと、

「ムリだな。そらあ、むりだな。きゅうに、なにいってんだってな。それどころじゃないな。おめえ、ごしゃがれっぞ、ってな。わがる、わがる。おれ、因果ものの、足りねえ子だべ、だがら、足らないぶん、かわりの力、あるみだいだ。勘が、すんごくいいよ。おれ、バスに、どたまぶづけで、まんず、ますます、勘よくなったよ。おじさん、だがら、おれ、教えたげらあ。よっぐ、聞いてな」

「なにを教えてくるの?」


「あぶねえんだ。おじさん。追いかけられてる。おじさん。誰が、追いかけてくるべ。気いつけねえと、あぶねえ!」

「ええ?」


何で知ってるんだろう。いろいろあって、ひととき忘れていたが、そもそもこの旅行が始まったのは、社宅に現れた謎の追っ手から、逃れるためがきっかけだった。課長は問いかけた。


「誰だい?僕を追いかけているのは?うん、君のいうとおりなんだ。ボクは誰かに追いかけられて、夜の夜中に、家から逃げ出さなければならなかったんだ。それでここまで来てしまった。よくわかるな。すごいよ。ほめてあげる、君の能力。だからついでに、教えてくれ。誰だい、僕を追っているのは?」


「ころしや」

「殺し屋?」

課長は面食らった。


「なんで、ボクが殺し屋に狙われなきゃならないんだ。狙われなきゃならないような悪いこともしてないし、暗殺されなきゃならないような重要人物でもないよ、ボクは」

「わがる。でもな、おれ、ウソいってるんじゃねえべさ・・・でも、まだ、でえじょぶだ。ころしやは、まだ、来てねえ。来たら、おしえっから。そしたら、ケーサツ呼ぼうな。そしたら、そしたら・・・あ!あああああ!」


電話が切れた。

切れる間際に、女の子があげた叫び声は、バスの中で聞いたのと同じだった。やっぱりあの子だったのだ。


課長は首をかしげ、わけのわからないことに呆然とし、しばらく受話器を手にしたまま、身じろぎもしないでいた。


・・・つづく


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