表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新庄やまがたものがたり  作者: 新庄知慧
1/23

1 単身赴任・・・カレーライスの晩のこと


1 

 2005年8月の夏。課長は単身赴任の46歳だった。

 その夜も、自分の夕食をつくらねばならなかった。夜の9時。スーパーへ行った。

 「買おう・・・!」

 課長は決断した。

 グレープフルーツ99円。

 「安い・・・」

 課長は唸った。

 「デザートはこれだ」

  そして主食は。

やはりカレーライス。飽きない。じゃがいも、にんじん、たまねぎ、鶏肉、カレールー、レトルト米飯 パック。・・・これでいいのだ。これで、プラスチックのにおいのするコンビニ弁当なんかよりも、ずっとおいしい、なんか健康な夕食になる。たったこれだけの買い物で・・・。

 課長は目を閉じた。感激でもしているようにみえた。

 ・・・誰かが課長を見ていた。いやな目つき。暗い青年。きたないシャツ。彼が色黒なのは、アトピーのせいだった。アトピーだって、好青年はたくさんいる。別にアトピーが問題ではない。もともとの性格に問題があるのでもない。

実はこのスーパーは、もうすぐ倒産するのだった。その暗い青年は、そのことを知っていた。彼はこのスーパーの店員だった。倒産するということを知っていて、彼はそれで暗かった。

課長は、ピーラーでじゃがいもの皮をむく段取りを考えつつ、買い物籠をさげて野菜売り場のコーナーを曲がり、レジへと、ひた歩いた。

家に着いたら10時近いだろう。手早く調理しなければならない。しゃがいもの皮むきを、いかに短時間で成し遂げるか、そこがポイントだ。

課長はそう考え、さっさか、急ぎ足で歩いた。だからポケットから自分のケータイが落ちたのにも気づかなかった。暗い青年の店員がそれを拾ったのにも気づくわけがなかった。

そんなに急いでいたのに、課長は、野菜売り場の端っこで、急に、息をのんで立ち止まった。

発見したからだった。

「!」

 課長は凝視した。絶句した。

 あの暗い店員は、その、課長のありさまを、無感動に見ていた。

 おおう!!

 課長は、心の中で叫んだ。

そこにいたのはある植物。いや、食用作物。まるごとの姿でそこにいた。

課長はそれを手にとった。まじまじと眺めて、眺め続け、そして眺めて、またずっと眺めた。

「・・・・」

 その課長を、またあの暗い店員が見ていた。

何だあの中年は。エダマメなんかにジイっと見入って気持ち悪い。そんなにエダマメ好きなら、早く買え。葉っぱと茎つきの丸ごとの姿で売ってるのが、そんなに珍しいのか?

 課長のなかで何かが急速によみがえっていた。音をたてて火を吐きながら、熱くよみがえりつつあった。姿まるごと売りのそのエダマメを、課長はわしづかみにして、買い物かごに放り込んだ。そしてかごの中を熱い目でのぞきこんだ。

 だいず・・・。

 課長の唇がそういって動いた。目を細くしたり大きく見開いたりして不気味な表情をした。

このとき、課長の心の中で、何がおこっていたのか。誰か興味をもつだろうか?少なくとも、このありさまを眺めていた暗い店員は、全く何も興味を示さなかった。このとき何がおこっていたのかは後にあきらかになる。

 ・・・と、そのとき、音楽。

 かなり大きな音。静かな店内に響き渡り、まばらにいた買い物客たちが、その音のほうを振り向いた。

 『ペッパー、けいぶ♪、じゃまを、しっ、ないっ、で―、えっ、♪♪!』 

ピンクレディの懐メロだった。夜のスーパーの店内を、場違いなにぎやかさで切り裂いた。音楽にあわせて踊りだしそうになった客もいた。

 『ペッパー、けいぶ・・・』

 しつこく歌っていた。

課長は一瞬、ぼうっとした顔で、立ちすくみ、そして自分のポケットに手をつっこみ、目を丸くして、あたりを見回した。見回した先に、あの店員が立っていた。手にはケータイを持ち、着信ボタンをおして耳にあてようとしている。

「あっ。それは」

 課長は店員に叫んだ。

「それ、あたしのケータイです」

 店員は、課長の声を無視してケータイを耳にあてた。

「はい。どちらさま?」

 課長は唖然として店員を見ていた。店員はケータイの向こうの誰かと話しだした。

「はい。・・・ええ。そうですか。・・・え!なんですって!」

 そのまま熱心に相手の話を聞いていた。


「おい、それ、あたしのだっていってるだろ!返してくれ」

 いいながら課長は店員に歩み寄った。店員はたったいま課長に気がついたという表情で、課長の顔を見た。 

「すみません。ちょっと待ってください・・・」

電話の向こうの誰かにいい、それから、ケータイの話し口を手でおさえて、絵村に向かっていった。

「お客さまのケータイ?本当ですか?すみませんが、念のため。お客さま、お名前は?」

「名前?絵村だ」

「絵村・・・。じゃあ、違う」

「違う?何が」

「うそ言っちゃあだめ。これはあんたのケータイじゃあない」

「なんだって?」

「電話の向こうの人は、絵村さんに電話してきたんと違うよ。別の名前だ」

「別の名前?」

「はい。そうです別の名前」

店員は課長に一瞥くれると、また電話に耳をあてた。そして、また、電話の相手の話に熱心に聞き入った。 

「しかし、その機種、その着メロ、確かに私のケータイだ!」

 課長は怒鳴った。

 しかし店員はそれには答えず、電話の相手と話を続け、最後に、わかりました、といって通話終了のボタンを押した。

「ふう」

 店員は首をかしげた。

「ケータイ、返しなさい。調べれば、すぐにわかることだ」

 課長はそういって手をのばした。

「ふうん。しかし、絵村とはいってなかったがなあ。このケータイの電話番号は、ご存知?」 

「・・・」

 課長は言葉につまった。

 実は、課長は今回の単身赴任の機会に、このケータイを購入したのだが、全然といっていいほど使用していなかった。本当は、妻と頻繁に、電話やメールをするはずだったのだが、全然やっていない。単身赴任した直後に、妻の不倫が発覚したせいだった。不倫が発覚してから、妻とは没交渉になっていた。

惰性でケータイをポケットに入れてはいたものの、その電話番号などとっくに忘れていた。覚えていたのは、着メロがピンクレディの懐メロだったことぐらいである。

 課長はめんどくさくなった。こんなことしているより、早く帰宅して、調理をしなくてはいけない。

「ふん。じゃあ、いいよ。そのケータイは君にくれてやる。別に何の情報も登録してないケータイだし、もう解約してもいいんだ。そうだ、そうしよう。いい機会さ」

 そういって、課長は、また、さっさかとレジへ向かって歩き出した。

 店員は課長の背中を見て苦笑いした。

・・・なんだ、あっさりしてやがる。少し調子が狂ったな。なかなか面白い電話だったのになあ。金になりそうな話だったのになあ。おじさん、今夜あたり危ないんだぜ。

 店員は思いついて、手にしたケータイから返信電話をした。さっきの相手に対してだった。相手はでるだろうかと心配したが、案外あっさりと、電話がつながった。これは、金になるかもしれない。店員はほくそえんだ。そしてしゃべりだした。

 「・・・あのね。実はボク、絵村じゃないんですよ。悪気はなかったんですけど。つい、言い出す機会を失いましてね。・・・さっきの話ですけど、お手伝いさせてくれないかな。でないと、さっきの話、変なところにばらしたり、邪魔したりされるかもしれないよ・・・」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ