遠い夏の日のアルバイト
浦原海浜水族園と言えば、行政が手を出して、盛大にコケた複合施設だっけか。 大学の夏休みに、バイトに行った事を思い出した。 なんで、今頃そんな事思い出したかと言うと、一通の同窓会の案内状が、俺宛で来たんだ。 手元にな。
同窓会って云っても、大学のゼミの仲間が、たまに、”飲もうや~”って集まる感じの緩いものだったんだが、ここ何年も、俺だけ忙しくってな、そんで、出席出来なかったんだ。 まぁ、律儀にこうやって案内状を送りつけてくる奴もいる。
まぁ、ダチだ。
なんで、忙しかったかって? そりゃ、仕事さ。 あっちこっちの国を行ったり来たり。 小さな商事会社で、何でもかんでも扱ってて、下っ端はいつも、謀殺されていたんだ。
で、体を壊したって、お定まりのコース。 今は療養中。 そんな中に、この招待状がきたんだ。 行くしかないだろ? 行くよ、俺は。 許可取れなくてもさっ!
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でだ、この招待状を送って来たダチ・・・こいつ変な奴でな。 フリーターで喰ってるって、他の奴が言ってたな。 顔は思いっきり広い。 仕事でも、何度か助けてもらった事が有るんだ。 その交友関係の広さに。
で、今年は、そいつが幹事するって云うからさ。 俺も、重い腰上げたわけだ。
でだ、その会場。 浦原海浜水族園のすぐ近く。 開園してる時は、それなりに賑わっていたよな・・・今、どうなんだろ? あの施設がコケて、なんか、ゴーストタウンみたいになったって、地元の奴が言ってたような・・・ 店ってあるのか?
指定時間に、指定の店に行ったんよ。
ちゃんとあったんだよ。 店。
うら寂しくなった、シャッター通りの奥にね。 なにも、こんなところでやらなくったって・・・そう思ってたんだ。 で、店内に入ると、意外に明るい。 客もそこそこ入ってるんだ。 なんか、刺身みたいな、赤身喰ってるおっさん、爺さんが多いな。
ゼミの仲間が其処に来た。
「よう!」
「おう!」
久しぶりだ。 懐かしい顔があるな。 全部で5人。 幹事のダチも来てた。 予約がしてあったから、奥の座敷に通された。 久々に、会った奴等、みんな、めっちゃいい笑顔だった。 なんか、充実してんなぁって、妙に気に障った。
そうさ、俺は、体壊して、病気療養中なんだ。 ホントなら、出歩けないんだがね。
「此処のおすすめ、良いぜ、喰ってみろよ!」
ダチが進めて来た。 ビールから、焼酎に代わって、酒ばっかり飲んでたからな、気を使ってくれたんだろう。 そうだな、チョット腹に入れるか。
出て来たのは、さっきおっさん共が喰ってた赤身。
クジラか? マグロか? なんだ?
一口行ってみる。
美味いな。 脂ものってて、口の中にうまみがジュワァって広がる。 ある意味爽快感がある。 なんか力ついてくる感じがあるな。
「美味いだろ!」
「おう!美味いな! いくらでも行けそうだ」
「どんどん行け!」
遠慮なく食わせてもらった。 他の奴らも、笑いながらつついている。 酒もうまいし、いい飲み会だ! お前ら、こんな同窓会続けてたんだ、今度から、絶対に来るからな!!
「ああ、来い、来い! 待ってるぞ!!」
でだ、懐かしい話に花が咲いた。 当然、浦原海浜水族園でのバイトの話もあった。そう言えば、こいつ等、みんなバイトも同じだったな。 餌やりとか、掃除とか、受付のモギリもやったけな・・・ くそ暑い夏の日、休憩時間に集まって、馬鹿笑いしたり、閉園後に花火やったり、で、怒られたり・・・
たのしかったなぁ・・・
「そう言えば、お前、大水槽担当した事無かっただな」
「ああ、 あそこは正規職員だけって云われてな」
浦原海浜水族園の目玉施設、大水槽。 高さ15メートル、全面アクリルガラス張り。 小笠原の海を持って来た! ってコンセプト。 でも、・・・めっちゃ厳重に施錠されてた。 バイトの俺なんか、近寄りも出来なかった。 ダチは・・・そう言えば、なんか入ってたよな・・・ 羨ましかった覚えがある・・・
「そうか・・・なら、あの噂は、知らなかったんだな」
「何を?」
「アクアツアーで「謎の生き物の影が見えた」なんて話なんだが・・・」
「ほう・・・まぁ・・・風の噂ならな」
たしか・・・浦原海浜水族園が閉園になった理由の一つだったような気がする。最初の頃は、それこそ、千客万来な感じだったんだが、目玉のアクアツアーで、子供が何人も、「謎の生き物の影が見えた」って言い出してな。 長い髪の毛の女の人が居たって。 ラングも付けて無くて、腰から下が魚だって・・・ 馬鹿な! それじゃ、人魚じゃねぇか!!
水族園も必死に否定して、色んな対策打ってたけど・・・結局口コミで、ヤバい水族館って話が出回って、ネットに書き込みが相次いでな・・・ 不鮮明な写真まで出回ってたような・・・ バイトの期間が終わって、大学に帰って、忙しくして内に、そんな事も忘れちまったよ。 確か、五、六年前に閉園したはずなんだよな。
「あの大水槽、いま、どうなってんの?」
「あぁ、なんか、特別な処置で、水は抜かれて無いよ」
「なんでだ? あれの維持費がバカ高すぎて、経営破綻したんじゃねぇの?」
「色々あるんだよ。 色々」
「ほぅ・・・そうなんだ」
店主が新しい、食い物の皿を持って来た。ダチが、今の話を告げると、爽やかな笑みを浮かべながら、店主が応えたんだ。
「ええ、そうですね。遊園地が営業してい頃にも、アクアツアーで「謎の生き物の影が見えた」なんて話が何度もありましたね。 それ、今でも見えるらしいですよ。 でも、あの遊園地、今は誰も入れないんですがね、誰が、”今でも” 見てるんだようか? 噂って、当てになりませんよねぇ」
そんな事言われて、思わず笑ってしまった。 美味い酒と、美味い食い物。 気の置けないダチたち。 いい時間だ! 最高だね! 喰って飲んで、最高の気分のまま、俺は寝落ちした・・・
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で、今、俺は混乱している。
病気療養中で、病院に居たんだ。 かなり悪くてな。 ICUに入ってたんだ。 うん、正直に言おう、死にかけてた。
だから、俺は、同窓会に行けるはずも無く・・・
でだ、混乱している理由? そうだな、奇跡が起こった。 気が付いたら、ICUの前の廊下で倒れてたんだ。 病院の先生達、泡食ってたな。 物凄い勢いで、ありとあらゆる検査を受けた。
診断結果?
うん、健康体。
前日、もうダメで、今夜が峠って言ってた先生の声を覚えている。 それが、一夜明けて、健康体。 うん、混乱してる。 医者も首を傾げていたが、取り敢えず、実家に戻った。
様子見だそうだ。 親、なんか、微妙な顔で俺を見てた。 座敷には喪服が出してあった。 ・・・リビングの机の上に葬儀屋のパンフ乗ってんの見て、何ともいえない気になった。そう言えば、俺はこの家にも居場所が無かったんだっけ。
優秀な兄弟と違って、三流大学へしか行けないし、ほぼ零細っていう、商社にしか、勤め口なかったしな・・・ 国家公務員の親父とか、一流商社に勤めている兄さんとか、一流の医者の嫁さんになった姉さんと比べられても・・・
そうさな、好きの反対は、嫌いじゃないんだよ。 無関心なんだ。 多分、親も、死ぬって判る時まで、無関心だったんだろうな。 だから、あんな状態になってたんだ・・・
でも、あれは・・・夢か? 物凄く、現実感が有ったぞ? スマホの連絡先にダチの電話番号があった。 かけてみた。
呼び出し音が、数回なった後、ダチの声が聞こえた。
「よう! 元気になったようだな」
「えっ?」
「あんだけ喰ったんだ、暫くは、死ねないぞ? そうだな・・・八百年くらいか?」
「な、なに?」
「今から、浦原海浜水族園来いよ、特別飼育員に任命してやるよ」
「どうゆう事だ?」
「お前、死にかけてただろ? だから、俺たちの仲間にしたんだ。 この世に未練が無さそうな奴が、この世に未練タラタラな爺さん相手の薬を作ってるんだよ。 ・・・いや、人魚の肉の生産かな。 あの肉喰った人間にしか、飼育出来ないんだよ。死ねない奴にしかな。 待ってっから」
「お、おい、ちょっと待てよ! どういう事なんだ?」
「・・・お前、いい奴だったし、死なせたくなかったんだよ。 他の奴も同じ意見だった。 だから・・・食わせた・・・迷惑か?」
思い出した。 恥ずかしそうに語るこいつは、もう何年も前に行方不明になってた事を、そんで、あそこに居た連中も・・・そうか、いつも、ボッチだった俺を連れ出して呉れたり、仲間にしてくれたダチだもんな。 寂しそうにしてた俺を、日の当たる場所に連れてってくれて、思いっきり笑わせてくれたのも、こいつらだったよなぁ
こいつらが居ない場所じゃあ、やっぱり無理だったみたいだ。
ああ、行くよ。 親には悪いけどね。 また、あの夏の日の様に、馬鹿笑いしながら待ってるんだろう。
そうか・・・あの謎の生き物の影は、人魚で、奴等が飼育してたんだ・・・まぁ、今度も仲間に入れて貰うとするか・・・
初、ホラーです。
ホラーは、難しい・・・色々、胸に来る感じが難しい・・・