9迷路
建物内をうろつき始めてから長い時間が経過していることだろう。
その証拠に、この寮へ来た時は真上にあった太陽が沈みかけ外はオレンジ色の世界が広がっていた。
この建物は広すぎる。
ふらりふらりと地図を見ながらいくつか道を曲がっていけば、自分がどこにいるのかすぐにわからなくなる程度には単調な道が続いている。
千人に一人しか発動できない魔術を有する見習いのために何故こんなに大きな施設を設けたのか、あのムカつく商会長を恨みたい。
それにしても、階段を上ったり降りたりしているがここはどこだろう。
探索を始めてから食堂、お風呂、図書室へは無事にたどり着くことができた。
図書室では、見習い用に貸し出している試験の参考書があり念のためにそれも借りてきた。
十級から五級まで載っているその本は結構な分厚さがあり、歩き回る私の十分な負担となっている。
次の目的地としているのは【依頼所】だ。
見習いに回すことになった依頼はそこで集約され受注もそこで出来る。
依頼は求める難易度と報酬に見合ったものを取り付けてくれるそう。
又、『簡単で高報酬』という依頼は人気が高いが結局は早い者勝ちだそうでお金に困っている弱見習いは張り込んでいるとの話もある。
そんな話を誰から聞いたかというと、食堂で会った女の子だ。
名をシェリアと言ったか、ふんわりとした雰囲気の子で物珍しげに食堂を眺める私に話しかけてくれた。
何故、そんな眼差しで食堂を見ていたのかというと想像していたものと大きく異なっていたからだった。
寮の食堂というから長机が何個か置いてあり、それに沿って椅子がずらっと並んでいて、出しているのは何種類かの定食。
少しの話し声は聞こえるが基本的には静かで、清潔感がある。
そんな風に考えていたのに、そこは酒場そのものだった。
もちろん普通の酒場よりは広い空間だが、部屋を照らすのは吊り下げられたいくつものオレンジ色のランプ、丸いテーブルと椅子がいくつも置かれ、騒音とも取れるほどの賑やかさ。
つまみからしっかりとした定食、ジュースからお酒まで売られており頰を上気させた者も幾人か見える。
『あれ、ここって寮に備え付けの食堂だよね?』と疑わずにはいられない有様。
考えてみれば、見習い=下級魔術師という訳ではない。
私の見習いだって世間的に言えば上級魔術師だった。
又、見習い=若者という訳でもない。
つまり、この寮に住む者は多様。
割合で言えば、若く下級な魔術師風情が多くを占めているが大人もいれば、住む場所がないなどの理由を持った上級魔術師だっている。
そんなこんなで呆気にとられている時に「あの」と話しかけてきたのがシェリアだった。
「新しい方ですか?」
その言葉を聞いて、自分に話しかけていることを理解した私は素直に頷いた。
「そうなんですね!驚きますよね、やっぱり」
苦笑いで周囲を見る女の子に言葉を返す。
「はい、想像と違っていて」
「ですよね〜。あっ、私はナファイン・シェリアです。同じくらいの友達が欲しかったんですよ、どうぞよろしく!」
見た目に反し少々強引なシェリアに驚きつつも差し出された手を握る。
「私はルーネイ・ネシアです。よろしく」
ニコリ、と笑いシェリアは言葉を紡ぐ。
「みんな、此処で情報を交換したりしているんです。基本的に此処に住む見習いって依頼を成し遂げた報酬で生活していますから。余裕が出れば此処に来て、土産話ついでに外で聞いた情報を交換する。交流所もありますけど、有意義に過ごしたいなら此処に来た方がいいですよ」
「そんなに重要な情報ってなんです?」
「そうですね、基本的には役立つ魔術書、試験の内容、外で聞いてきた上級魔術師の動きについてやオーディションなんかです」
「オーディション、ですか?」
「はい、私たちには師となる方がいらっしゃいますよね?通常は半年間は共にいなければならない決まりがありますが、オーディションは国に認められた魔術師が優秀な見習いを引き抜くために行うものでして、それに受かった時のみ特例で師と解約を許され、優秀な上級魔術師様の見習いとなれるのです」
いいですよねぇ、と自分の世界に入ってしまうシェリア。
「はぁ、憧れのあの方の下に付けたらどれだけ幸せでしょう・・・」
あの方とは誰だろう、花が満開に咲いてそうな妄想を繰り広げていると思われるシェリアを見るに、ルックスが良い若手の魔術師だろうか。
私のことなんて目に入っていないようなので、次の場所へ行こうかと地図を見る。
ここから近い場所はどこだろう。
「次はどこへ行くつもりなんですか?」
ケロっとした面持ちで聞いてくるシェリアに驚きながらも、どうしようか迷っていることを告げる。
「うーん、急いで行くところなんて・・・あっ、依頼所!依頼所には行ったほうがいいですよ!」
勢いよく言い切るシェリアに何故なのか尋ねる。
「ネシアさん、入ったばかりってことは初めての依頼になりますよね?上級魔術を使わない依頼と言っても、専門知識を要したり大量の魔力を使ったりするものもあるんです。そういうのを除いて、尚且つ簡易な依頼はすぐになくなってしまうんですよ。難しい依頼をこなせない魔術師はそういう簡単なものをいくつも受注して生活費を稼ぐために、依頼所で待機していたりするんです。幸い、もう少しで試験がありますから残っているとは思いますけど」
そんな助言を受けて、今日の目的地に依頼所を入れる。
食堂から依頼所は意外に遠く、その間にある施設にも立ち寄ることにし、その後はお風呂、図書室と順調?に進んできた筈なのだが。
図書室から依頼所の道なりで迷ってしまい、今に至るというわけである。
はあ、と重い溜息をついてとぼとぼと歩いていくと突破口とも言える階段が見えてきた。
これまで上り下りしてきたものとはデザインが異なるので、この迷路から脱出できるかもしれないと希望が湧いてくる。
下に行こうか上りの行こうか迷ったが、結局下に行くことにして階段を駆け下りる。
視界が広がった先は、先ほどまで続いていた単調な道ではなく人が賑わう場所。
私が目的としていた【依頼所】だった。