5出発
そうして無事カディさんの見習いになることが決まって一週間が経過した。
見習いになるにしろ手続きを済まさなければならないし、次の試験を受けるため受付が終わるまでに申請を出さなければならないということで魔術学校がある大都市フェルマーティアへ足を運ぶことになった。
三か月お世話になった働き先の宿屋には別れを告げ、荷物をまとめて街に出た。
実はファルマーティアは魔術街の目と鼻の先にある都市だったりする。
元々の私は銀髪碧眼。
でも今は変身の術を使って黒髪黒目、顔だちも少し変えている。
私がいなくなったことについてどう伝わっているのかなど知りたいことはたくさんあるので不安もあるが楽しみでもあった。
変身の術は、全身を変えてしまっては見破られる可能性がわずかにあるが私の場合は頭部しか変えていないのでそこら辺の魔術師に気づかれることはありえない。
だが、全く気付くことが出来ないわけでもない。
特に目に魔力を注ぎ込んでいる奴を私は知っている。
私には見習い魔術師が七人ついていた。
見習い予備軍は山ほどいたが、それを束ねる七人にその七人を束ねる私といったピラミッドだ。
その見習いの一人は、見えるはずもない結界が見える奴だった。
名をアルケナ。
結界だけではない、魔力というものを見ることが出来た。
人の体内にある魔力はさすがに無理だが、特に変身の術なんて格好の餌食と言えるだろう。
魔力を薄い膜のようにして体に張り付け、魔力によって張り付けた部分を歪ませることにより他人から見た外見を変えるというのが変身の術だ。
しかし奴はその膜がはっきり見えてしまうのだった。
【真眼のアルケナ様】なんて呼ばれていたのだから相当だ。
あいつにだけは会わないようにしないと。
出発することが決まってからというもの、女子の地味な嫌がらせが始まった。
例えば街を歩いていると全力でぶつかりに来て「あら、よろけてしまったわ」なんて言って逃げて行ったりするのだ。
しかもそれが一度や二度ではなく日に数回。
同じ人ではなくローテーションで来るので怒る言葉も見当たらない。
さすがに我慢の限界にきてどっかの未開発地に全員まとめて飛ばしてやろうかとも思ったがこれまでの努力は無駄にしたくないと寸でのところで我慢した。
おそらく、いや確実にカディさんの見習いになった挙句、二人そろってファルマーティアへ行くというのが気に入らなかったのだろう。
まあ、そんな嫌がらせも今日で終わりだ。
私たちはこれから歩いて隣町に向かい、そこから出る馬車に乗ってファルマーティアへ向かうという予定だった。
待ち合わせ場所である隣町の入り口までくるとすでにカディさんが待っていた。
「あっ、こんにちは!ネシアさん」
「こんにちは、待たせてしまったようで」
「いえ、馬車の時間までまだありますから」
大丈夫です、とフォローを忘れないカディさんは本当に優しい。
馬車の停車場所まで案内してくれるとのことで二人並んで歩く。
「これから行くファルマーティアは、魔術街とも近いですよね。結構行き慣れていたりするんですか?」
「うーん、まあ何度か行きましたよ。でも基本的に魔術街にいたので詳しくはないです」
「そうなんですか、逆に魔術街ってどんな感じなんですか?行ったことなくて」
「魔術師だらけで、ずーっとピリピリしてます。あと、魔術品を売っている店がいっぱいありますね」
「魔術品ですか。例えばどんな?」
「そうですね、例えば指輪や腕輪なんかは一般的でしたよ。物によって数は決まっているんですけど、それに魔術をストックしておけるんです。事前に魔術をこめておいて使いたいときに解術することによってピリピリせずに術が発現するんです」
「へえ、そんなものが」
「それにしたって魔術師資格の制限もあるし値段もそこそこなので上級魔術師向けですけどね」
私も何個か身につけてはいたが死んだことにした時にすべて手放してしまった。
屋敷にも保管されているがそれだって取に行けるわけがないし・・・
「あ、ここです。つきましたよ」
俯きがちに歩いていたがその言葉を聞いてパッと顔を上げる。
そこは少し大きめの建物が立っていて大きく広がる玄関口には三つの入り口があった。
「ここの馬車は三方向に行けるので、自分の行先にあった入り口に入るんです。ファルマーティア行きは右みたいですね」
案内表示を確認して慣れたように入っていくカディさんを急いで追いかける。
それにしても結構大規模だなぁ。
私の場合、普段は移動の術を使っていたのでこういうところを利用するのは初めてだ。
カディさんはササッと受付で二人分の乗車券を買ってくると私に一枚渡した。
「いくらでした?」と聞くと「お金はいいですよ、ネシアさんは俺の見習いなんですから」と言ってくれた。
カディさんの話によると、四番口に行けばすぐに出発できる馬車があるらしい。
待つことを覚悟していたが、それなら此処に居座る理由もないので乗り込んでしまおうと四番口に向かった。
スムーズな流れで馬車に乗り、道のりは一時間くらいだというのでたわいもない話で盛り上がっていたとき、ふとカディさんの口から聞き覚えのある人物の名が飛び出してきた。
「ネシアさんは【シャルネイヤ・メイリス・ティ・アーネシア】様って知ってます?」
ええ、もちろんですとも。
それは私の名前ですから。
心の中では全力で肯定しながらもすっとぼけるふりをする私。
「ええっと、聞いたことはあるような・・・」
「それじゃあ、伝説の大魔術師様っていえばわかりますか?」
「あ、ああ!し、知ってます」
そうか、怪しまれないようにと咄嗟に知らないふりをしてしまったが逆に魔術街に住んでいた私が知らない方がおかしい。
「あの方の直下には七大魔強師と呼ばれる七人の見習い魔術師様がいるんですが」
え、七大魔強師なんて呼ばれてたの?
こみ上げてきた笑いを必死にこらえつつ、うんうんと相槌を打つ。
七大魔強師だってよ、よかったなお前ら。
「その一人であるタイト様が今期の試験を担当するそうなんです」
ああ、タイトかぁ。
アルケナじゃなくてよかった、タイトならやりすごせそうだ。
でも、「なんで七大魔強師様のお一人が?」
「それが、俺にもよくわからないんです。でも、メイリス・リーである彼に才能を認められればと皆結構必死になっているみたいで」
なるほどなぁ、私は逆に目をつけられないようにしないと。
まあ、十級の試験を受けることになるから注目なんてされないと思うけど。
「あの、十級の試験って何をすればいいんですか?」
「ええっと、確か試験監督の口頭から出される基礎的な問題を五問ほど答えるのと、用意されている物をある程度の高さまで浮かせる実技があったと思います」
「そうなんですか、わかりました」
その程度なら大丈夫だろう。
実技で力を出しすぎなければ。
「それで、今期の試験っていつなんですか?」
「あれ、伝えていませんでしたか?四日後です。三日前までに申請しなければならないのでギリギリって感じですね」
え、四日後!?
もっと先だと思ってた。
私が驚いた顔をしたのを見てカディさんは申し訳なさそうに告げる。
「ファイアオレストが出来さえすれば大丈夫だと思って先走ってしまいましたが、ネシアさんは試験を受けるの初めてでしたよね。ネシアさんは無理して今期受けなくても大丈夫ですし、どちらでも構いませんよ」
不安そうに見えたのかとても気遣った言葉をくれるが、私は受かる自信しかない。
どのくらい手を抜けばいいのかということさえ思案しているくらいなのだ。
「いえ!大丈夫です、受けてみます!」
そう勢い良く言うと私の考えなんて知らないカディさんは「一緒に頑張りましょうね」という純粋無垢な言葉をくれた。