2下級魔術師との出会い
はぁ、とため息をつきながらも向かったのは行きつけの酒場。
そうはいっても酒は飲めないから食事に来ているだけなのだが。
夕暮れ時、すでに店は賑やかになっていて楽しそうな声が聞こえてきた。
と同時にピリピリとした感覚がした。
誰かが魔術を使っているのだろう。
今の感じからして初級魔術だろうけど。
「おじさーん、こんばんはー」
誰だろうと少し気になりつつも店に入ると、「おう、ネシアちゃん!いらっしゃい!」と店主のおじちゃんがあいさつしてくれた。
本名のアーネシアを名乗る訳にはいかないので最後の三文字を取りだした名で生活している。
「誰か魔術使いました?」
カウンターの席についてそう聞くとおじちゃんは皿洗いをしながらにこにこして頷いた。
「今日、魔術学校で一年間勉強してきたうちの息子が帰ってきてね、ほらそこに座ってる」
おじちゃんが顎でクイッと指した先を見ると確かにひとりだけ若いのがいる。
私と同じくらいだろうか。
「ちょっと見せてもらったんだよ」
「そうだったんですか、それじゃあ位も変わったんですね」
「ああ、そうなんだよ!ハイからヴォルに。自慢の息子だよ」
嬉しそうにはにかむおじちゃんからは、息子さんのことが大好きなんだということがよく伝わってくる。
「そういえばネシアちゃんの位はハイなのかい?」
その言葉にギクッとくる。
おじちゃん、結構怖いもの知らずなんだなあ。
でも正直に言うわけにはいかない。
メイリスだなんて言っても信じないだろうけど。
この国は階級制だ。
王を中心としたピラミッドで、
平民はハイアン(略してハイ)、
ハイの上がヴォルオネット(略してヴォル)で魔術師や平民の中でも一定以上の富を認められた者。
ヴォルの上がトイノール(略してトイ)とターネリア(略してターネ)。
トイは騎士や重要な仕事についている者。
ターネは貴族。
そしてその上がメイリス(略してメイ)だ。
物凄い権力者である。
平民の下にキューバス(略してキューバ)があるが、家を持たないものなどの総称として言われることも多い。
めんどくさいことに身分証明として階級制度がある訳なので名前に入れることが定められている。
この国の人々は皆、名前が四区分される。
この位というものは姓の次に入れられることが決まっていて、名の前にはその中でもどのあたりに来るかというのまで入れなければならない。
上ならティ、中くらいならレイ、下ならリーだ。
つまり【シャルネイヤ・メイリス・ティ・アーネシア】だと、姓はシャルネイヤ、名はアーネシア。
メイリス、つまりは国の権利者の内でも上の立場ということになる。
階級的には王の次に来るってわけだ。
「おじちゃんのご想像にお任せします」
無難にそう告げると気を悪くすることなく笑ってくれた。
「おーい、カディ!この娘にもなんか見せてやってくれ!」
おじちゃんが気を利かせてくれたのか息子さんを呼ぶと、彼はほどなくしてやってきた。
ていうか、似てない。
おじちゃんの優しそうな雰囲気はあるけれど、中世的な顔立ちはおじちゃんの濃い顔とは似つかない。
母親似なのだろうか。
それにしても女子受けしそうな感じだなぁ、これで魔術師だったら絶対モテるぞ。
クリーム色の髪は顎くらいまであるのに全然鬱陶しく見えないし、白い肌にはとてもよく合っている。
中世的と言っても男性よりだし身長もそこそこある。
ジットリと舐めるように観察していると戸惑ったように顔をゆがませた。
「あぁ、すいません。ルーネイ・ネシアと言います」
姓はシャルネイヤの中からとったものだ。
握手を求め手を差し出すと
「ハルノア・カディです」と名乗りつつ握ってくれた。
どうぞと隣の席の椅子を引いて座らせる。
さあ、魔術の腕はどんなもんかねぇ。
私は厳しいぞ、と心の中で意地悪く考えながら話を振った。
「カディさん、魔術学校に行っていたってご主人から」
カディさんはそう聞くと恥ずかしそうに笑った。
「ええ、まあ。一年間だけですけど」
「一年もいたなら十分じゃないですか?」
魔術学校は卒業という制度がない。
魔術検定というものがあって、一か月に一度試験を受けられるらしい。
確か十級から一級を経て初段からが一人前と認められると聞いたことがある。
未来の上級魔術師育成へと国が支援する寮があり、そこの生徒はかなりの安価で寝泊まりが可能らしい。
生徒は試験の一か月ごとに自分が次の試験を受けるかどうかを考え継続するかどうかを決断するそうだ。
まあ、ともかく。
一年いたということは12回試験を受けてきたわけだから平均的には長い方なのではないか。
「うーん、結構みんなバラバラなんですよね。三年いる人もいれば三か月しかいない人もいるので」
「ちなみにカディさんはどこまで行きました?」
ちなみに私はメイリスになってから一応実技試験を受けさせられたが最上段判定だった。
実際、何段まであるのかわからないので何とも言えない。
「俺は・・・」
一気に空気が淀んだ。
あれ、これはもしかして聞いてはいけなかった感じ?
「あ、いえ。別に言いたくなければ」
「三・・・」
「へ?」
「三、級です。三級」
へぇ、三級か。
それってそんな悪いのかな。
そこまで沈み込んで言うほどでもないんじゃ。
「あの、それって駄目なんですか?」
「だめって程でもないんですけど、魔術師として仕事をもらえるのは二級からなんですよね。一人前と認められるは初段から。俺、四回も二級の試験で落ちたんですよ」
ということは学校で四か月間勉強してもダメだったってこと?
「なにか原因でも?」
「はい、いつも実技で落ちてしまって。ファイアオレストっていう術がどうにもできなくて」
なんだかこの落ち込みようを見ているといたたまれなくなってきた。
ファイアオレストってあれだよね、手のひら全体から炎を出すやつ。
「あ、あの。私の知り合いに魔術師がいて。私自身は魔術使えないんですけど、本を借りていたんです。お貸ししましょうか?」
本=魔術書だ。
魔術書は魔術師が書いた術式が載っている本のこと。
術式は思い描いたり、実際に書いたり、読んだりすることによって魔術を発動させやすくするものであって形などははっきりとは定められていない。
学校で教えているのはその各先生の術式である。
学校で教えられる術式がどうにも肌に合わない人もいるようでそういう場合は自分がやりやすいように作り変える。
そういう人は忘れないように魔術書に記して保管している。
基本的に強い人の術式は読むだけでも魔力が上がったりすることがあるので重宝されているし、それを教育本のようにして売ったり貸したりすることもある。
実際私にも魔術書を見せてほしいなどの要望が結構届いたが、自分のことは自分でやれとばかりに蹴っていた。
「本ってもしかして魔術書ですか?悪いですよ、その方にも」
「大丈夫ですよ、ファイアオレストのところだけなら許してくれます。ちなみにこれまではどんな術式を?」
カディさんはそこら辺にあった紙とペンで薪の上で炎が揺らめいているような絵をかいて見せた。
「これを思いながらファイアオレストと唱えるんです」
なんて、単純な。
誰だ、こんな術式教えたの。
これはできる人とできない人が二分するやり方だろうに。
嘆息して憐みの目を向ける。
「俺も他の方法を試しては見たんですけどね。ファイアオレストは最後まで全然だめで」
ああ、なんか本当に可哀想。