ヴァエイン家
私はつい数ヶ月前の出来事を思い出しながら見習い寮の裏庭を散策していた。
冗談じゃない。
はっきり言ってしまえば、見習いにまで死んだと勘違いさせなくてもいいのだ。
あのピュマムやらと高飛車ジジイどもの耳に入らなければ。
しかし、味方から騙しておかないとどこから情報が漏れて噂が広まるかわからない。
あの日、高飛車ジジイが提案してきた内容が私を呼び出す口実に作ったデマカセか、はたまた本気で計画していることなのかは謎だ。
放っとくわけにもいかないが、出て行くわけにもいかない。
その辺りは後回しにしておこうと考えていた。
それにしても、私の見習いが総出で見習い寮に来るなど、前代未聞だろう。
あいつらが怪しまなければいいが。
現在、自室には鍵を使っても入れないらしい。
というのも、フリエーゼルが計らって部屋に入れないようにしたみたいだ。
また、今日は魔術学校の敷地内からも出られないらしい。
私限定で。
おそらく門の前に駐屯している騎士が、私の特徴を見るなり引き止めてくるであろう。
あー、怖い怖い。
どさり、と近くにあった長椅子に腰掛ける。
あそこまで見習いが私に執着するのには訳がある。
全員が全員、私に恩を感じているのだ。
だったら放っといてほしいと言っても通じないくらい盲目的に。
そう、盲目と言えばアルケナだ。
元々アルケナは目が悪かった。
まったく見えないわけではなく、色や形は認識できるがひどくぼやけて見えていたらしい。
それは生まれつきのもので何を試しても効果は得られなかったし医者にも治す術はないと言われていた。
当時、私は生活の資金繰りとして些細な頼み事を有料で引き受けていたので、その頃の街からの評判は敏腕魔術師程度だった。
高度魔術なんて使う機会はなかったので、国からもまだ目をつけられていなかったのだ。
そんな私の元へ、アルケナはやってきた。
当初の頼みは、視力上昇に通ずる薬草はないか、あるならば用意して欲しいというものだった。
私は慈悲深い、悪く言えば情に流されやすい性格だ。(カディさんの時のことも然り)
アルケナを哀れに思った私は、父が研究していた魔術の一つを試してみることにした。
父は天才と呼ばれるような人だった。
父の研究データは正確で理論上筋は通っていたが、彼は自分の研究結果を他言することなくこの世を去った。
父は独りで研究を行っており、そのデータや結果はすべて私の手中に入った。
私は驚愕した。
父の研究していた新魔術は、どれを取っても超がつくほどの高度魔術。
挙句、膨大な魔力を使い大きなリスクも伴うものだった。
その代わり、父の開発した魔術は凄かった。
かなりヤバかった、悪用されたら物凄く危険な代物だった。
勿論、そんな簡単に習得できるようなものではないがこの情報が広まれば今の常識が覆る程度にヤバかった。
何より、私が王様に目をつけられた原因になったのもそれだ。
「あー、魔術が使えればなー」
なんて暇そうに呟いていた騎士を、本当に魔術が使えるようにしてしまった。
私は善意でやった。
なのに、結局メイリスに担ぎ上げられ伝説の大魔術師様なんて呼ばれ、結局は死んだことになって・・・。
まあ、そんなこと今さら後悔していても仕方がない。
つまりは、魔術が使えるのは1000人に1人程度。
だからこそ魔術師は希少で、様々な役得があるわけだ。
それを覆してしまうような魔術。
即ち、【魔術を使えるようにする】という正式名称不明の魔術を父は開発した。
これは一例にすぎないが、そんなこんなで父が開発したのは全て危険なものだった。
私は現在、厳重にその情報や研究データを保管している。
だがしかし、私がアルケナに会ったのはそこまで父の魔術のヤバさに気づいていない頃だった。
父は一応魔術は使えたが、そこまで才能はなかった。
その上、人里離れた森の中で住んでいたため試す機会がなかった。
なので私は、『ちょっとした実験』のつもりで魔術を使った。
その魔術は【五感を鋭くする】という内容のものだった。
小難しい術式を描いた布の上にアルケナを立たせ、手を繋ぐ。
これまた長ったらしい術式を唱え、手に魔力を集中させると黒い光がアルケナを包んだ。
この辺りで、ちょっと変だな、とは思った。
魔術によって引き起こされる光は、白が大体。
性質によって青や赤、黄色っぽかったりはするが黒は初めてだ。
以前に対峙したヤルサードが放った光と似ていたのがどうも解せない。
この魔術は少し時間がかかるというので離れたところで見守る。
これ、本当に大丈夫かな。
いや、父(の頭脳)を信じよう。
黒い光が消え去った後のアルケナは目を瞬かせていた。
自分の手のひらをじっと見つめ、酷く困惑している。
もしかして、失敗した?
そんな不安を持ちつつも声を掛けようとすると、アルケナはガバッとこっちを見た。
瞳には涙が溜まっている。
え?痛かった?そういう心配はないだろうと思っていたのに・・・。
言葉を発さないアルケナを不安の境地に達した私が見つめていると、突如として彼は動いた。
流れ落ちる涙を拭うことなく、離れた私に駆け寄り抱きついてくる。
そこで私は察したのだった。
あぁ、よかった。成功したみたいだ。
常に杖を持って、障害がないか慎重に歩いていたアルケナが迷うことなく私の元に来たのだ。
つまりはそういうことだろう。
有り難うございます、と何度も繰り返し言うアルケナは幼い子供のようだった。
彼の涙を見たのは後にも先にもこの時だけだ。
その町で、私はアルケナの目を治したことが広まりかなり有名になった。
噂が噂を呼び、多忙になると推測した面倒くさがり屋の私はせっせと旅支度を済ませ町を出て行こうとした・・・何故か当たり前のような面持ちでアルケナが大きなリュックを背負いついてきた時には流石に驚いたよね、うん。
とまあ、そんなこんなでアルケナは私にくっつき始めたわけだ。
なんだかんだ言って一番付き合いの長いのはアルケナだったりする。
その後、五感が鋭くなったアルケナは体に張り巡った魔力を目に注ぐことで異常なる眼力を手に入れ、通常ならば起動しない残った四感は私の魔術の影響で通常運行。
上手いことやったな、と思う。
性格はよくない方だと自負している私に、何の因果か7人の見習いができたのはそれぞれにこういう背景があるからだった。
そのために、身を捨てる勢いの忠誠心が彼らにはある。
だから彼らの行いをあまり責めることはできない。
彼らを信用していないわけじゃない。
全員がやる時はやる見習いだ。
バラしたところで問題が起こるとは考えにくい。
けど、なあ。うーむ。
片手を顎にあてながら一人唸っていた私は、はたから見ればおかしな女だろう。
私が一番危惧しているのは、勿論彼女、ピュマムだった。
彼女は私の見習いクラス、いや上を行く魔術師かもしれない。
国の一二を争う貴族である高飛車ジジイども、もといヴァエイン家の囲み魔術師の噂は私でも知っていた。
あんなに若い娘だったことは流石にわからなかったが。
ヴァエイン家は評判が悪い。
かくいう私も、メイリスになってから無理やり縁談を進められた苦い思い出がある。
しかし、巨額な資産を持ち広い土地と領民を持つヴァエイン家は麻薬売買やら奴隷売買やら人体実験やら不正交渉やら黒い噂が尽きないものの国は手を出せないでいた。
当主はメイリス・ティの位を与えられており、実質私と同等の権力の持ち主だった。
この国でメイリス・ティの位を与えられているのは五人。
・宰相
・ヴァエイン家と同等の貴族であるロホエラ家当主
・ヴァエイン家当主
・神官ユエズノ
・私
勿論、この前私を呼び出した高飛車ジジイは当主ではない。
悪役顔にふさわしい深く刻まれた皺と立派なお髭を生やしたおじさま。
深く響く低い声は、風評と相まって強烈な印象を与えていた。
黒がよく似合う、闇に溶け込んでしまえるくらい暗い雰囲気を醸し出していた。
直接会ったのは一度だが、心底関わりたくないと思ったものだ。
そんな当主を持つヴァエイン家は、幼い子を集め実験を重ねた結果、現在は強力な魔術師を囲っていると噂になっていた。
それもまた真実味があって、ここ数年前からヴァエイン家が有利になるタイミングで事故があったりと謎の現象が連発していた。
八割がたその噂を信じていた私も、この前の一件で確信する。
そうなれば彼女は危険な存在だ、決して軽視してはいけない。
まあつまり、ピュマムがいなければ私は死んだことになんてしなかったし、死んだことにしていても真実を見習いに伝えるだろう。
しかし、彼女の危険性が消えない限りそれはしてはいけないような気がする。
私みたいに変異の術でアルケナの目を誤魔化すことも彼女ならできるだろうし、そうしてシャルネイヤ一族の中に既に侵入している可能性も否定しきれない。
ああ、やっぱりダメだな。
どんな手を使っても隠し切らないと。
私は再度決意を固めて、手を強く握りしめた。




