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16こうして私は死にました

私はその後、奴を召喚した魔術師を探しつつ剣を使って対戦していた。

魔界獣は本来ここにいるべき存在ではない。

そのため此処に留まらせるために奴を召喚した魔術師はずっと魔力を使い続けなければならない。

となると、この近くにいるはずだ。

そいつを気絶させるかしたら自動的にヤルサードは魔界へ帰る。

私が直接消滅させるよりも効率的なやり方なのは確かだ。

そうして探し回っているとやがてそれらしい人物を見つけた。

思っていたより幼くて、私と同じか少し下くらいの女の子だ。

訝しく思いながらも近寄る。

すると、彼女の首がピキリと動き私と目が合った。

怖っ!!怖かったよ今の!?え、え?怖っ!

女の子は大きな瞳を細めてニタァと笑う。

「やっと、会えた・・・」

楽しそうに愉快そうに、彼女は喉を鳴らす。

しかし、全くもって朗らかな感じじゃない。

とてつもない不穏な空気にドクドクと心臓が脈打つのが聞こえる。

「ヒヒッ、コロス!コロスコロスコロス・・・絶対ユルサナイ!ヒヒヒッ!私から奪った女、絶対コロスッ!!」

狂気に満ちた言葉がするりするりと彼女の口から吐き出され、その全てが呪いのように私に巻きつく。

なに、なんなの?おかしい。絶対おかしい。

初対面なんだけども、私何かしたの?え?

奪ったって、なにを?謝るからその笑い方やめて、怖い。怖い。怖すぎる。

割と本気でビクビクと体が震えるが、なぜ彼女が私にそこまで恨みを持っているのか見当もつかない。

それに、どう見たって彼女と話し合える気はしない。

今にも襲いかかってきそうな彼女は予想通りの行動に出る。

ねえ、落ち着いて。怒らせるようなことしたなら謝るから落ち着いて。なんか術式唱えてますけど、私の知る限り召喚魔術っぽいんですけど。やめてくれます?やめてくれませんよね。聞いた私が馬鹿でした。

ヤルサードの時のゾワゾワなんて比ではない程不快なゴワゴワとした感覚がして、自分でも青ざめるのがわかる。

一体全体私がなにをしたっていうんだ。

高密度の魔力を扱う人型の魔界獣、総称ナツェリタ。

私よりやや離れたところに、邪悪な光とともに現れたそれはやはりヤルサード同様狙いを私に定めている。

奴がどんな魔術を扱うかはわからないが、凶悪なものだろう。そうに決まっている。

女の子はまだヒヒヒッと笑っている。

「私はピュマム。覚えておいてね。お前をコロスのはこの私。ヒヒヒッ、苦しめばいいっ!」

そう言い残して、ピュマムは消える。

おそらく移動の術を使ったのだろう。

遠くまでは行っていないだろうが、これ以上あの子に近寄るともっと違う魔界獣を召喚されそうだ。

仕方ない、こいつらを直接倒すことにしよう。

そうは決めたが、今後のことを考えるとやはり彼女が引っかかる。

あの高飛車ジジイ共の命令というよりは、私へ個人的な恨みを持っているようだった。

もしここで私が魔界獣を倒しても、彼女はまた私を襲おうとするだろう。

もちろん今回のように呼び出されても私がのこのこ出向くわけがないし、同じ手が二度も通用しないことはよく分かっているだろう。

となると、高確率で屋敷に奇襲をかけてくる。

そうならば、今度は屋敷で魔界獣が召喚される。

私怨とは面倒なものでどんなに不利な状況だと分かっていても復讐は実行しようとするものだ。

例え私の屋敷が魔術街にあるとしても、優秀な見習いが7人も住んでいたとしても、起こりうる。

思考がまとまるにつれて恐ろしくなってきた。

待てよ待てよ?ていうことは、近隣住民の方に被害が及ぶ?和気藹々とお茶会をしていた庭の草木花が枯れる?あの場所に数年も花が咲かないなんて・・・。使用人や護衛も負傷するかもしれない、なにより屋敷が損壊する?

ふざけんな、絶対阻止してやる。

私の屋敷を、私の見習いを、私の周りの人々を守る最善の方法。

そう、それが己を死者とした理由。


それから私は順調に魔術を駆使してヤルサードとナツェリタを消滅させた。

もう、ね。気持ち悪かったよあれ。

何よりも断末魔が胸に残る感じでね。

乱闘のせいで汚れた服を払うと、崖の上に立つ。

下を見ると地面が確認できないほど深く、暗い。

息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。

軽く目を瞑ると、中級魔術を使い岩に入った亀裂を広げていく。

ビキッ、バキッとあまり聞きたくない音が鳴ると同時に私の足場は大きく揺れる。

ついに重い岩は私の足から離れて落下していった。

私の体もふわりとスローモーションのように浮いたかと思うと、ズシッと重力に任せて急降下していく。

特にそれに抵抗もせず、軽く手を広げてみる。

先ほどまで私がいた崖の上からひょっこりと顔を出した高飛車ジジイとピュマムの姿を確認してにっこり笑った。

大いに勘違いしてくれて結構。

私が死んだ、と君たちが思ってくれれば万事解決!

心なしか青ざめた高飛車ジジイ。

少し不満げに私を見るピュマム。

さあ、これからどうしようか。

落ちていく感覚を楽しみながらそんなことを考える。

そろそろかな、とポツリポツリと術式を唱える。

控えめな光が私を包み、ゆったりと地面へ下ろしてくれた。

その場に座り込み、うーむと頭を働かせる。

やっぱり、今のだけじゃ私が死んだことにはならないだろう。

なにか決定的なものが必要だ。

ふと視線を周りに巡らせる。

どこからか光が差していて、ぼんやりと明るい。

それでも視界はぼやけていて、まるで夢か幻を見ているような感覚に陥る。

そこで、なにか白っぽい物体に目がとまった。

あれは、なんだ?

上から落ちてきたのであろうゴミもこの辺りにはあるが、真っ白にも見えるそれは形まではっきりしないものの目立っていた。

危険物が無いか手で探りながら這っていく。

近くまで来てよく目を凝らして見ると、思わず悲鳴をあげそうになった。

といっても、キャーなんて可愛いものではない。断じて違う。

私が気になった白い物体。

その正体は、人骨だったのだ。

よく考えてみれば、魔術が使え移動の術を発動できる私のような特殊な存在が此処に迷い込んだわけじゃなければ、此処に落ちて脱出できる可能性は0に等しいと言っていいだろう。

かわいそうに、この人もここで苦しんで亡くなったのだろう。


ん?そうだ、死体じゃん。

死体があれば、私が死んだことを裏付ける証拠となり得る。

もちろん偽装工作に過ぎないけれど、私にしてはいい案だ。

無から有を生み出す。魔術でもこの手のものは高度技術が必要とされている。

『模倣の術』

つまりは、コピーを作り出す術である。

この術には相応の材料と魔力が必要になる。

例えば、この術で【木の椅子】を作るとする。

その為には木の板と留め具が必要になる。

しかし本物程の質量は必要無い。

その辺は魔力が補ってくれる。

対象となる物の作りが複雑になればなるほど術は難しくなる。

私も人間を模倣の術で作り出すのははじめてだが、此処には人骨があり、目的はあくまで死体だ。

少々時間はかかるかもしれないが、なんとかできそうな気がする。

といっても、あまり時間は残されていない。

あの高飛車ジジイならば直ぐに使いをよこして私の死を確認させるか、私の見習いに都合のいいように説明に行くだろう。

どっちにしても此処も時間の問題だ。

私は早速、模倣の術の準備に取り掛かった。

髪の毛を数本抜き、白骨遺体の頭部の近くにそっと置く。

静かに術式を唱え、私自身を強くイメージすると私の上に白い光の輪のような者が出来てすっと下に降りてきた。

私の体を囲いながらくるくると回る。

光が時間をかけて消えていき、完全に失われた。

今度は白骨遺体と髪の毛を強くイメージする。

そうするおオレンジ色の光が紐のようにスルリと白骨遺体に巻きつき、私の髪の毛もすくい上げていった。

最後の仕上げとばかりに左手首を口元に持ってきて、思い切り噛む。

ドクドクと血が溢れ出てくる。

あぁ、痛い。凄い痛い。

それを光の上に落とすと、溶けるように混ざった。

紐状だった光が段々広がってきて、白骨遺体を包み込む。

同時に段々眩しくもなっていき、条件反射で目を瞑る。

光が失くなってから目を開けると、そこには私が横たわっていた。

おお、我ながら素晴らしい完成度だ。

死に生を与えることはできないから、ピタリと触れてみても冷たくて胸に耳を当ててみてもなんの音もしない。

容姿が自分と同じ為に、物凄い心地悪いが仕方が無い。

意外に時間がかかってしまっていたようで誰かの話し声がかすかに聞こえてきた。

私を探しに来たのだろう。

私は急いで装飾品を、彼女に付け替えた。

模倣の術は本当に便利なもので、衣服は何もしなくても既に着ていた。

私が身につけているものは魔術具がほとんどなので、さすがにそれの模倣は出来なかったのであろう。

高飛車ジジイか見習いか、はたまたピュマムか。

誰でもいいが、その使いどもが近くまで来る前に移動の術を使ってしまう。

降り立ったのは新緑の森。

先ほどとの風景のあまりの違いに、少々気分を害しながらも一息ついた。

ああ、怒涛の1日だった。

見習いたちはどう思うだろうか、ピュマムは納得するだろうか。

まだ不安はあるが、とりあえずは一件落着だ。

しばらくは、身を潜めて死んだことにしよう。

彼らがどう動くのか、わからない内は。

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