14アルケナ
依頼を成し遂げた後の達成感は心地いいものだ。
気分良く寮へ帰ってきたところへ、そんな浮ついた心を一気に地の底へ突き落とす光景を目にしてしまった。
魔術学校の前に停まっていたはずの馬車が、今度は見習い寮の目の前にズドンと置かれていたのだ。
唖然としていると馬車のドアが開いて銀髪が出てくる。
「突然申し訳ありませーん!探している人がいまーす!」
ただえさえ注目されているのに突然大きな声で叫び始める。
寮内にいた見習い魔術師も何事かと窓を開けている。
私の記憶の中では、いつもボーッとしていたはずなのに。
なにをやっているんだ、ライウェル・・・
「名前は!」と言ったところで、中級魔術を使い奴の口を閉ざした。
まさかここまでするなんて。
私がアーネシアだっていう確信もないはずなのに。
確かに約束をすっぽかしたのは私だけども。
ていうか、そもそも私は了承してないんだから約束って言わなくない?
モゴモゴと口を動かして言葉を発しようとするライウェルを見かねたのか、中からもう一人出てくる。
赤い髪、赤い眼、ああ間違いない。
アルケナだ。
うん、やっぱりな。
ハイネは本当に頭がいい。
アルケナとライウェルは解術しようと試みているが、粘着性を持ったその魔術はなかなか取れないだろう。
封じの術、本来ならば上級魔術なのを口だけに限定することで術式なしの中級魔術として応用している。
さあ、どうしたものか。
アルケナは突破できるだろう、でも目立ちたくない。
よし、ともう一度魔術を使おうと手を馬車の方へ向ける。
二人を中に入れさせて、扉を閉め、御者にムチを震わせ、馬を走らせる。
このまま帰らせることもできるが、また同じことの繰り返しになりそうなので今回は会うことにした。
魔術学校敷地内の目立たない場所に馬車を止めさせると、近寄る。
私は、思いっきり訝しげな表情をしていることだろう。
扉が開いて銀髪が出てきた。
「やっぱりアー様?」
開口一番にそれか。
それにしても、解術出来たんだ。
さすが愛弟子。
「いいえ、違います」
後ろからアルケナも出てきて、私を見据えた後少し驚いた顔をした。
それもつかの間、ぺこりと律儀に頭を下げる
「先ほどはご無礼を致しました。お初にお眼にかかります、トゥルーデ・メイリス・リー・アルケナと申します」
初めまして、じゃないけどね。
心の中でツッコミを入れてから私も頭を下げて言葉を返す。
「初めまして、ルーネイ・ネシアと申します」
頭を上げると、アルケナはジッと私を見てくる。
何をしているのかはわかったが、随分と居心地が悪いのでそれを制するためにも言葉を投げかけた。
「あの、なにか?」
「いえ、綺麗な髪だなと思いまして」
そう言いつつ私に向ける視線は変えない。
返す言葉も見当たらず、ちらりと御者を見ると未だに状況を理解していない様子だった。
そりゃあ、突然勝手に手が動き出して手綱を引いていたら驚くだろう。
「私、これからやる事が」
そうぼそりと言ってみたが、無気力人間ライウェルと私を凝視しまくっているアルケナの耳には全く入っていないようだった。
はあ、この二人連れてこられても困るんですけど。
暫くそのままにしていると、やっとアルケナが眼を伏せた。
どうしても魔力の膜が見えなかったのだろう、歪みも探していたようだが私はそんなヘマをしないし。
「気が済みましたか?私、用があるので失礼します」
一言そう告げて寮の方へ足を向ける。
「ルーネイ・ネシアさん、お手間をおかけして大変申し訳ありませんでした。二度にわたるご無礼をどうぞお許しください」
引き止められるかと思っていたので意外なその言葉に思わず足を止める。
「又、再度お掛けするご迷惑の方にも理解の程を宜しくお願い致します!」
その言葉を聞き、慌てて振り返った。
どういうことだ、まだ何かする気なのだろうか。
私の視界に入ったのは体の前に手を突き出すアルケナの姿。
ライウェルはなんの反応も示さずただ傍観している。
アルケナが何かを呟く。
ピリピリとあの独特な感覚がして、これはヤバイと身を固くした。
周囲の木々に生い茂る葉がカサカサと音を立てて散ってゆく。
ぶわりと襲いかかる風が、私の元へ物凄い速さでやってきた。
このままいけば吹き飛ばされる。
そんな危機感が体を支配し、全力で走った。
私の後を風が追い、風が過ぎ去ったあとの草木花は悲惨な様になっている。
今のまま走っていても、あともう少しで追いつかれてしまう。
くそ、これは何を企んでいる?
考える余裕もなくなってきた。
仕方がないので、舞い散ってきた葉を手で握り術式を唱えた。
魔力を込めて、葉を手放す。
すると葉は大きく透明になって、風が私にぶつかる寸でのところで私の体を包み込んだ。
風が私を通り過ぎ、視線の先へと流れていく。
葉が結界となって、魔術によって呼び起こされた風から私を守ってくれた。
媒体が葉だったために脆く、先ほどの風でボロボロになってしまったが緊急事態にしてはよくやったと思う。
それにしても、後ろからやってきたアルケナをキッと睨みつけてやる。
危なすぎるだろうが、おい。
「さすがですね、見習い魔術師殿?」
何かを含んだ言い方に眉を寄せる。
「いきなりなんですか、何がしたいんです?あなた方は」
「私たちは、我が主シャルネイヤ・アーネシア様を探しております。貴方にもご協力願いたい」
協力ってなんだよ、とムッとして腕を組む。
「言っときますが、私みたいな下級見習い魔術師はなんのお役にも立てないと思いますよ?」
「ハハッ、ご冗談を。一介の下級見習い魔術師がウェイブハンズを使えるなんておかしいでしょう?しかも、あんな切羽詰まった時に。随分と頭が回ることで」
嫌みったらしい口調にムカムカとこめかみが動く。
ハメやがったな、こいつら。
「あら、あれは偶然の賜物ですよ?私みたいな下級見習い魔術師はよく学術書を読むんです。ちょっと真似したら、できちゃったんですよ。切羽詰まっていたおかげですかね?新しい発見です」
ありがとうございます、とちょこんとワンピースの裾を持って礼をする。
アルケナが苛立っているのは火を見るより明らかだ。
と同時に私も相当イライラしてきている。
「へえ、ウェイブハンズってちょっと真似したら出来るもんなんですね。貴方はもしかしたら魔術師としての凄い才能を持っていらっしゃるのかもしれませんよ?少しご同行願いますかね」
「いえ、とんでもないですぅ。七大魔強師様に才能を認められたい方なら山ほどいますよ、他をあたっていただけますか?」
「いえ、私は貴方に非凡さを感じたのです。少しだけ、この馬車に乗って行きましょう。私たちのお屋敷に」
なんだろう、この人私がアーネシアだって確信してない?
とりあえず私を屋敷に帰らせようとしている気がするんだけど。
なにこれ、あれですか?
見習いの勘、みたいな。
「あはは、それこそご冗談を。私にも用事がありますし、私は平凡なただの下級見習い魔術師ですから。変に勘ぐられても困りますよ」
「まさか冗談だなんてとんでもない。ゆっくり、屋敷でお話ししましょう。ね?」
ね?じゃねーよ、と心の中で暴言を吐きながらどう切り抜けようか考える。
どんなに言葉で拒否しても強引に私を屋敷に連れて行こうとしてる。
会話をするだけ無駄な気がしてきた。
となると、手段は一つ。
「あっ!ライウェル様が!」
そう言って指差した先は、ライウェルが無気力に空を見上げている場所。
ごめん、ライウェル!
勢いよく突き出したその手を使って魔術をかける。
ライウェルの足と手は固定され、勝手に体が動き出す。
空へ昇っていくライウェルを見たアルケナは驚いた顔を隠せていない。
「な!?ライウェル!」
その隙に駆け出した。
ライウェルに気を取られているアルケナは私に全く気付かない。
よし、『ライウェルを飛ばそう作戦』成功だ。
走って走って見習い寮に駆け込み、自分の部屋に入った。
デッドアイ、別名【操り人形】と呼ばれる上級魔術。
今回は体を支配するのに留めたが、やろうと思えば意識さえコントロールすることが可能だ。
ちょうどライウェルが空を眺めていたのを利用した。
ライウェルの意識を大きく占めていた【空】を魔術によって極限まで広げさせ、体という道具が不可能である力を、私の魔力によって可能にした。
空を感じる脳が、体と私の魔力を使って自主的に空を昇ったように錯乱させ術をかけられた側は反抗的な意思を持つことはない。
一種の洗脳のようなものだ。
あんまり使いたくない魔術なので、ライウェルには申し訳ない。
だが、しかし。こうなったのは自業自得。
今頃はアルケナが解術に試行錯誤していることだろうから変に心配することはない。
私の見習いは、みな優秀だ。
その辺りは信用している。
まあ、そんなことよりも。
段々とカディさんとの待ち合わせの時間が差し迫ってきている。
早くスープを作らなければ。
「そういえば、ネシアさん。昨日の手紙の件、どうなりました?学園前に馬車が来ていたそうですが」
結構長い時間留まっていたって聞きました、となにも知らないカディさんは告げる。
あぁ、ずっと待っていたんだ。
今更ながらその事実を聞き、寒気がしてきた。
なんたる執念、むしろ褒めたい。
「あ、はい。会いましたよ、ちゃんと」
そして逃げてきました、なんて言っても上手く説明できる自信がないので黙っておく。
「何かありました?」
私の微妙な表情を察してか、少し心配そうに聞いてくる。
カディさん。なんだかね、あなたの善意が心に突き刺さるの。
私はね、かの七大魔強師の一人を空に飛ばし、もう一人を欺いて走って帰ってきた人間なのよ。
そして、その足で今は魔力抑制スープを使って貴方の出世を阻もうとしている。
そろそろ私の悪意に気づいて、カディさん!
バカな小芝居を心の中で繰り広げながら、カディさんに言葉を返す。
「いえ、特に問題はありません。謝罪をされて、暇ではなかったのですぐに戻ってきました・・・そうだ、昨日話していたスープを作ってきたんです」
バスケットを開けてスプーンと皿をテーブルに出し、スープの入った瓶を取り出す。
鍋はさすがに重いから、保温性のある瓶に入れて持ってきた。
瓶の蓋を開けてスープを注ぐ。
真っ赤な色のスープが湯気を立てて、美味しそうな匂いを漂わせる。
「わあ、おいしそうですね!本当に頂いていいんですか?」
「勿論ですよ!日頃のカディさんへの感謝も込めて作ったんです、遠慮なくどうぞ」
ありがとう、と柔らかく微笑んでカディさんはスプーンでスープを掬う。
ちなみにこれも私のオリジナルレシピだったりする。
魔力抑制スープは比較的手に入りやすく、知名度も高いためにそのままのレシピのものを出すと勘づかれる可能性もある。
そんな問題を解決したくて誰も知らないレシピを作った。
味も香りも色も違うので、これを魔力抑制スープだと考える人はいないだろう。
カディさんはスープを口に含み飲み込むと、ほっと息をついた。
「温かくておいしいです。じんわり体の芯から暖まって」
緩く穏やかに告げるカディさんは、安寧という言葉がさぞかし似合う。
しかも、顔も整っているものだから絵になる。
背景は魔術学校前の綺麗な花々に夕日。
落ち着いた雰囲気のエレガントな椅子に腰掛け、優雅な動作でスープを飲み、朗らかに瞳を伏せる様は儚げにも見える。
透けそうなほど白い肌は、全くの青白さを感じさせない。
クリーム色の髪は艶やかで、柔らかにふわりと風に舞う。
金糸色の瞳はどこまでも深く、綺麗だ。
私の見習いも一般的には整った顔立ちだが、カディさんの場合は何かが違う。
そう、神秘的というか・・・
余計な考えは振り払う。
まあ、ともかく。
カディさんはスープを飲んだ。
これで三日は効果が持続されるはず。
明後日の試験の時には無事普通のファイアオレストが発動されるだろう。
よかった、よかった。
これでもう安心だ。
私の当初の目的は達成した。
そんな安堵を悟られないようカディさんと普段通りに話し、暗くなってきたところで解散した。
気がかりなことが一つ減っただけで随分と心が軽くなり、軽快な歩みで寮に帰る。
部屋に入るなり、疲れた体を癒すべく眠りに入った。




