13変異の術と癒力スープ
寮の部屋に戻った私は、早速壁紙剥がしにかかった。
ビリビリと無残にも壁紙を破っていくと、真っ黒な壁が出てくる。
隅から隅まで見渡し、白で書かれた術式を見るとニヤリと笑った。
「見ーつけた」
術式に手をあてがい、魔力を込める。
術式が回り、だんだん大きくなっていく。
それが壁一面に広がったところで手を放した。
それを、4面全てで行うと魔術を使い壁紙を直す。
これで、上級魔術が使える。
防魔の壁に私の魔力を加えて、補強した。
上級魔術が使えなかったこの部屋も、これである程度は大丈夫になったはず。
変異の術に取り掛かろう。
部屋に備えつきの術式用の分厚い紙に、ペンにインクをつけて円を描く。
ちゃんとした術式を書くの、久しぶりだ。
中にファイアオレストで渡したような人型を何種類も書き加え線で結び独特の記号のような形を導き出す。
それをしっかりと目に焼き付けて、手のひらをかざした。
ピキリ、と空気が軋む音がして光が部屋を包み込む。
髪が跳ね上がり、僅かに体が浮く。
黒い髪が一度銀髪に戻り、また黒くなる。
瞳も同様。
光がなくなり、そっと足が地につく。
術は上手くいった。
背中の傷だけはどうしても隠せないが、絶対に見せないようにしよう。
ついでにスープも作ってしまおうと材料を出す。
色彩鮮やかな果実、酒、スパイス。
この色が重要なのだ。
本物の癒力スープの材料は、三秘の宝石と呼ばれる珍味で有名な三種類の果実と、50年寝かせたキャメリーヌという酒、数十種類の粉を混ぜた特製のスパイスだ。
全て手に入れるのは本当に困難だし、何より高い。
そんな悩みを解決してくれるのが、これだ。
実は、その材料を組み合わせてできるスープは独特な色をしている。
白に薄く黄色を混ぜたようなキラキラした色だ。
この色は、独特のスパイスや果実の出汁、酒の深みのある色によって表現される。
魔力は色というものに敏感で、飲むとそこから色素を取り込む。
この色は魔力を活性化させるのに秀でていて、そのために全身を巡る魔力によって疲労を回復できるという仕組みだった。
もちろん成分が関係しているものもある、魔力抑制スープなんかはそうだ。
でも、この癒力スープの場合は成分は全くもって関係なく必要なものは色のみだった。
しかし、そんな色を作れる材料の組み合わせはそうそうない。
と見せかけて、探してみるとあったんだな、これが。
そんなわけで、探し出した組み合わせがこの4種類の果実と黄酒、紫のスパイス、それにもう一品だった。
早速、果実の皮をむき適当な大きさに切っていく。
適量の水と酒を入れて煮込む。
果実と言っても、全て甘いわけではない。
特に、ノルネットの実は歯ごたえがあり、茹でて食べることが多い食材だ。
ナズの実は甘味より酸味が強く、果汁を搾り取って使うことが多い。
ハーピャの実はみずみずしくて、甘い。
ワイザスの実は、無味に近いが少し苦味がある。
こんな多種多様な材料を混ぜ込んで平気なのかというのがもっともな感想だが、本物の癒力スープよりはマシなはずだ。
私も一度食べたことがある。
確かにじわりじわりと心も体も温かくなり、開放感が伴ってとてつもない快感を味わったがあの不味さと言ったら・・・。
喉がイガイガして、舌は痺れて、胃はなにか入れてはいけないものを入れたときのように縮こまってしまった。
健康的にはいいけど、不味い。
ただただ不味い。
思い出すだけで、何かがこみ上げてきそうになり急いで水を口に流し込んだ。
鍋を見ると、水分は少しばかり少なくなり色は恐ろしくデロデロとした泥のような感じになっていた。
恐らくワイザスの色素が濃すぎて、他の色まで汚く見せてしまっているのだろう。
話が違うって?
でも、大丈夫!これからが魔力の出番!
混ぜていた棒に魔力を込める。
ゆっくりとポコポコと音を立てて泡だつスープを混ぜる。
すると、スッと色が抜けてきた。
実はワイザスの実には特性がある。
高温に熱して魔術を込めると色が消えるのだ。
ワイザスの実の黒色が無くなると、いい感じに綺麗な白と黄が混ざった色になってきた。
ナズの実とハーピャの実は、色素が薄く色が出にくい。
特に、ナズの実に関しては真っ赤なのは皮だけで中はほんのりピンク色だ。
ハーピャの実は、水分が多いので青く見えても水に溶けるとなんてことない。
色素が強烈なノルネットの実の白だけが特出している。
ここで、スパイスを加える。
タルマーゼは出汁を粉にして売っている一般家庭用の調味料だ。
しかし、この色がまた役に立つ。
パッパッとふりかけると、キラキラとスープが光り始めた。
最後の仕上げに今日使ったマリゼットを振りかける。
もう一度、棒でかき混ぜながらゆっくりと魔術を込めてゆく。
キャナイチュアの時は、魅せるためにも一気に魔力を込めたが、この粉は詳しく説明すると一定以上の魔力が溜まれば輝く仕組みだ。
あまり粗雑に魔力を込めると、魔術のような乱暴な形になってしまい飲む人がピリピリとした感覚を覚えてしまう。
そうなれば、癒力スープは失敗だ。
他人の魔力に干渉されることは微妙なストレスになっているということなので、疲労回復の効力は失われてしまう。
長い時間をかけてかき混ぜ続け、やっとマリゼットが光り輝く。
白にほんのり黄色が混じった色。
サラサラしていて、キラキラと輝く。
依頼主のところには、この上澄みのところだけ持って行こう。
下に溜まった果実の欠片は、通常の癒力スープには見られないものだ。
あったら不審に思われる。
一応味見にと、一口スープを飲んでみたがスッと力が抜けていくような感覚は変わっていない。
味も、複雑な深みに庶民向けのタルマーゼが程よく塩気をつけていて美味しい。
久しぶりに作ったので少し不安だったが大丈夫そうだ。
続いて魔力抑制スープでも作ろうかと思ったが、疲れの抜けた体と精神を再び使う気にもなれずベッドに横になる。
明日のことをふと考えるが、疲れることはやめようと目を瞑り眠りに入った。
現在。魔術学校前、の木々の後ろ。
白馬が引いている馬車が止まり、無駄に注目を集めている。
何故、あんなに堂々と止まっているのだ。
頭が弱いのだろうか?名目上は昨日のお詫びなんじゃなかったのか、ただの迷惑行為でしかないぞ。
あんな中、馬車に乗り込む方がどうかしている。
挙げ句の果てには、馬車の上部にでかでかと【シャルネイヤ】の古代魔術文字。
本当にやめてほしい。
さすがにそこら辺の人たちは気づいている。
あれはシャルネイヤに通じるモノの証明のような形で使われているから。
その証拠に、先ほどからすれ違う魔術学校の生徒は私の名を口にしてキャッキャと騒いでいる。
はあ、と頭を抱えた。
馬鹿だ、本当に馬鹿だ。
昨日の罪を重くしているだけだぞ、これは。
もしかして、私が行くまでずっとここにいるつもり?
スープが入ったバスケットを見て、ため息をつく。
どうしよう、今日はこれを届ける予定だってあるのに。
あわよくば送ってもらおうかと考えながら悠々とここまで来た自分を恨みたい。
派手な登場に思わず身を潜めてしまったが、このままじゃ学校の敷地を出ることだって出来ないじゃないか。
馬車をソッと見るが、手綱を引いている人しか顔が見えない。
六人くらい入れそうなあの中には一体誰がいるのだろう。
まあ、ライウェルはいるだろうけど。
ずっとこうしているわけにもいかないので馬車に行く、と見せかけて通り過ぎた。
やっぱりめんどくさいことには関わらないことが一番。
幸いにも人がいっぱいいて、顔を背けて歩く私のことなんて目に入らないだろう。
どうしても私を呼び出したいなら、もっと配慮しろと心の中で毒づいて依頼主の元へ向かった。
「やあ、おはよう!朝からありがとね!あははははは!!」
依頼主は、変人だった。
筋肉が付いた胸元が開いたシャツを着たおじさんで、やけに元気だ。
なんで癒力スープの調達を頼んだんだろう、と早々と疑問に感じる。
「いやあ、私には年頃の娘がいてねえ!あははははは!」
いや、そこ笑うとこ?
あまりの強烈さに息を呑みつつ、おとなしく話を聞く。
「ちょっとした失恋で、引き篭もってしまったんだよ!あははははは!」
いや、だから、そこ笑うとこなの?
ちょっとした失恋って。
「そんな娘のために癒力スープが欲しかったんだ!あははははは!」
「そうなんですね、心中お察しします」
まったくお察しでしませんがね、はい。
これ頼まれた品です、とバスケットから手早くスープの鍋を取り出す。
ああ、重かった。
本当に重かった。
ちょっと作りすぎちゃったかもしれない。
それでも綺麗に具材は抜いたから、少しは軽くなったけど。
蓋を開けて中を覗き込んだ依頼主のおじさんは、「ほお、これが噂の癒力スープだね!あははははは!」と無駄に元気な声で感動?してくれる。
早速娘を連れてくるよ!と階段を上っていったおじさん。
あの人、大丈夫かなぁ。本当に。
少ししてから、「やめて!離して!」との叫び声に似た声とともに降りてきたおじさん。
腕には布団の塊を抱えている。
声はそこから聞こえてくるようで、よくよく見てみると布団にくるまった女の子だった。
年は、12歳とかそこら辺だろうか。
よくまあ、布団に包んで持ってこれたね。
「あははははは!食べさせたいものがあるんだ!」
「その笑い方やめてよ!気持ち悪いから!なによ、食べさせたいものって」
この娘の言葉は正論だ。
反抗期だとか年頃だとか、そういうのは関係ない意見だ。
実際に、その笑い方をされて心地いいと感じる人がいるようには思えない。
「疲労を回復してくれるっていうスープだよ、飲んでみなさい」
一気に父親らしくなった口調と声のトーンに、娘は落ち着いて言葉を返した。
「なにそれ、胡散臭いわね。本当に疲れを癒してくれるの?」
確かに、端から聞くと胡散臭い。
気遣いとして持ってきた、スープ用のお皿二つに一杯ずつ入れる。
「どうぞ、お二人とも召し上がってください」
スプーンと共に差し出すと、娘はおずおずと椅子に座った。
この娘から見たら、私は怪しげな物売りに見えるだろうか。
キラキラ輝くスープ見て少し顔を綻ばせた表情は、子供特有の愛らしさを兼ね揃えていた。
そろりそろりと、スプーンでスープを掬い上げ口に運ぶ。
スープを口に入れると、ふにゃりと笑った。
「おいしいっ!」
味は特別に美味しい訳でもないだろうが、疲労が回復していく感覚が拍車をかけているのだろう。
これまでの疲れから解放されたような感覚はそうそう味わう機会があるものでもない。
暫くは指先に力を込めることもためらわれるほどに、ふわふわした世界を漂っていられる。
だからと言って、疲れている時に不思議と欲するスープなので中毒性もない。
きっとこの娘がこのスープを飲みたいと強く願うのは、順調に生活していけば一年先かもっと先かの話になるだろう。
私の場合は、あのクソ不味いスープをもう一度飲みたいだなんて考えなかったし、その影響で自らレシピを発案したわけだけど。
おじさんも娘の表情を見て安堵したのか、スープに口をつける。
さすが親子、というように笑った顔は似ていてこちらまで幸せな気持ちになった。
「ご満足、いただけましたでしょうか?」
食べ終えたのを確認してから声を掛けると、再び元気な言葉が返ってきた。
「とっても満足したよ!あはははは!」
「それは、よかったです。では、此方に空欄のご記入をお願いしたいのですが。一つ、言っておかなければならないことがあります」
「なんだい?」
「お客様が御依頼なさった【癒力スープの調達】という内容について、私共が提供した癒力スープが本物だという確信を得てからサインをお願いいたします。お手続き後の返金等は一切受け付けておりませんので、全くの不信感や疑念、不満を残していないと明言できる状況下での心地よい取引を成したいと考えております」
「わかった!これは本物だよね?偽物なわけない!」
「はい。調達ルートはお伝えすることができませんが、本物です」
いや、正しく言えば私のオリジナルレシピだが。
でもはっきり言って、力も本物に劣らず、味だっていい。
むしろ、私が作っている分、そこらへんの魔術師が作るやつと比べると性能だっていいだろう。
おとなしく書類に必要事項を書き始めたおじさんに一言声を掛ける。
「鍋置いていきますから、残った分どうぞお召し上がりください。鍋代はお気になさらず」
なんだかあんな安価で作っといて高額の報酬を貰うのが申し訳ない気がして表向きサービスとして鍋ごとプレゼントすることにしたのだ。
そうでもしないと、詐欺をしているような気になってきて胸が痛む。
「え!?残った分も、貰っていいのかい!?鍋まで!」
あんな高額貰うのならむしろ当たり前だろう。
逆にスープ二杯だけ飲ませて、ありがとうございましたって・・・ありえない。
「嬉しいなぁ、あの額で一杯分貰うはずが私まで食べさせてもらって!その鍋、まだ六杯分くらいはあっただろう?大丈夫なのかい?」
いや、大丈夫?って聞かれても。
材料費自体、全然高くないし。
それにしても、あの額で一杯分って・・・。
そもそも癒力スープの定価っていくらなんだろうか、なんだか恐ろしくなってきた。
私、またやっちゃったかな。
カディさんに術式を渡したときのことが蘇る。
ま、いっか。
深く考えてもしょうがない。
それから、資料を貰い記入漏れがないかを見て問題がないことを確認した。
満足そうに笑う親子に手を振られつつ、街を後にする。
これから魔力抑制スープを作らなければ。
早く帰って作り始めよう。
そう考えながら帰路につき、魔術学校の敷地内に入った。
そう、彼らのことも忘れて。




