11ライウェル
「古より参りし緑の神よ。
其方の力を授かりし人形、キャナイチュア。
魔の力を持ってして、紡がれよう」
その決まり言葉を口にして、空中で針に糸を通す。
一方は、鋏を動かし布を裁断した。
物を動かす魔術を用いて作ることが決められているので、手を使うことができない。
ジッと複数の視線が感じられる。
今回の依頼主御一行様だ。
しかし、驚いた。
私を挟むように置かれている二つのソファ。
それぞれに三人ずつ座っており、その中に一人見慣れた髪の奴がいた。
毛の根元は黒色の目元まで覆う銀髪。
基本、気だるげにしていて他人に興味関心が無い無気力の代名詞とも言える人間。
いや、予想外、うん。
予想外すぎるよ、うん。
よりによって君?他の奴ならまだしも、君?
彼は、私の見習い七人の一人。
どうしてこんなところに、という疑問が振り払えない。
そんな衝撃を抱えながら、買ってきた材料を広げ早速作業に入った私。
褒め称えたい。
チクチク、と静かな室内に音を響かせながら着々と縫っていく。
綿を詰め、手足胴体頭を繋げ、顔を作る。
髪の毛を着け、服を着せ、靴を履かせ、ネックレスやブローチ、髪飾りを施す。
最後の仕上げに、花で作った粉〈マリゼット〉を使ってふわりと頬や肌に色付けた。
「緑の神よ、舞い降りよ。
其方の祝祭、どうか見届け願いたい。
この祝い人形キャナイチュアを宿り木に、御心を預けておくれ」
最後の言葉の詠唱を合図に、グッと魔力を込める。
実は、マリゼットには一定以上の魔力を受けると輝くという特性がある。
祝い人形作製が難しい理由は、『微妙な力加減で魔力を操作しなければならない』という点と『強い魔力を込めなければならない』という二点がある。
キラキラと光り輝いたところを確認して、主催者のおじさまの方を向きニコリと微笑む。
「これでキャナイチュア作製の工程は終了いたしました。お疲れ様です」
そう言うと、おじさまは厳しい表情を崩して「ありがとうございました、お疲れ様です」と返してくれる。
「それでは、使ったものの片付けに入りますのでその間にこちらのご記入をよろしくお願いします」
その言葉と共に、渡されていた資料の一番最後を開きペンと一緒に渡す。
キャナイチュアはショーケースに入れて、奥様と思われる女性に手渡した。
「本当に助かりましたわ。なかなか引き受けてくださる方が見つからなくって困っていたところでしたの」
優雅な所作で頭を下げる奥様に慌ててお辞儀する。
「いえ、こちらも仕事ですので」
「それにしたって、とても美しかったですわ。私、つい見とれてしまいました」
「つまらない時間にならなくて良かったです。祭典のご成功を心から願っております」
ありがとう、と微笑む奥様。
大人の女性の雰囲気がバシバシ出ていて、見習わなきゃとつい思ってしまう。
片付けをしなければならないことを思い出し、断りを入れて散らばった針や鋏、布切れを回収する。
「ねえ、あんたアー様?」
「は?」
つい条件反射で返してしまったが、よく考えてみても意味がわからない。
下に向いていた視線を声のした方に向ける。
ギクリ、と体が固まった。
銀髪がサラリと揺れている。
前髪は手で搔き上げられており、深い藍色の瞳が私をジッと見据えていた。
「えっと…どなたです?」
「カーベ・メイリス・リー・ライウェル」
「存じ上げませんが」
ピリピリとした緊張感。
気づかれたのだろうか、変身の術を見破られた?
アー様とは、こいつが私を呼ぶ時の言い方。
アーネシアが長いから、アー様になったそうだ。
皆んな、アーネ様かアーネシア様と呼ぶので一人だけ印象的だった。
「はあ、やっぱりいないよなぁ」
「は?」
「ごめんね、人を探してて」
は?
疑問符しか出てこない。
髪を掻き上げていた手を下ろし、また目が見えなくなる。
まあまあ整った顔立ちをしているのに、隠してしまうなんて損だ。
「アー様って人を探してるんだ、こうやって祝い人形作るとこに同行して。でも、やっぱりいない・・・」
うわー、うわー。
なんで、この人来させちゃったの?
君アー様?って聞かれて、はい、なんて答えるわけないでしょ。
「そうだったんですか」
無難に返し、持ってきたバッグにいろいろ詰め込む。
ふと、手が止まる。
私を、探している?
あれ、私死んだことになってるはずじゃ?
術が見破られたのか・・・いや、そんなはずは。
「あ、あの。アー様って・・・?」
「ん?えーと、俺のご主人様?師匠?かな」
「メイリス・リーって事は、もしかしてあの、伝説の?」
一介の魔術師として演技してみる。
素人にしてはなかなか上手い(筈だ、多分)。
「ん、そーだよ」
「あの方は、亡くなられたとお聞きしましたが」
「んー、そうだね。死んだ、かもしれない」
おお、術が解けたわけではないようだ。
「かも?」
「アー様が簡単に死ぬわけないって、皆んな言ってる」
決定的な証拠として死体を残してきたというのに、全然意味を成していない。
「そうなんですね」
でも、よかった。
まだ探している段階って事はバレてないし。
私が生きているっていう確証もないようだし。
「あ、一応背中見せて欲しいんだけど」
ほっとしたのも束の間、予想外の言葉に「へ?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
「背中、ですか?」
「ん、アー様なら傷がある筈、だから」
まてまて、それはマズイぞ。
説明するのがややこしいから省くけれど、私の背中にある傷は変身の術で隠すことが困難。
隠すとなると膨大な魔力がかかり、周囲の人がピリピリとした感覚を覚えてしまう。
そもそも、体全体に術をかけること自体、その危険性を伴うのだが。
なので、隠すつもりもなかったし実際隠していない。
今、見られてしまうと言い訳なんて通用しない。
「い、嫌ですよ!!」
「ん?なんで?」
なんで?いや、なんでって。
「恥ずかしいからに決まってるじゃないですか!せ、背中ですよ!?会ったばかりの人になんて見せたくないでしょう?」
苦し紛れの言い訳。
でも、いたいけな少女にとってはもっともな言い分だ。
「えー、俺は見せられるよ?」
はあ?なんだ、こいつ。デリカシーの欠片もないな。
「私は無理です!女ですよ、わかってます?」
会って間もない(実際はそんなことない)女子にいきなり「背中見せろ」だ?
一般的に変態行為だから、それ。
「うーん、俺がハイネに怒られる。お願い、見せて?」
「絶対に嫌です!ていうか、他の子も見せたんですか?」
これを画策したのはハイネか。
妙に勘が良い、本当に腹立つ。
見習いの分際で、私を困らせやがって。
チッと小さく舌打ちをした。
「うん。さっきみたいに、こうやったら見せてくれた」
そう言って、ライウェルは髪を搔き上げる。
あー、策士だ。
完璧にハイネの指示だ。
いたいけな少女達に、ライウェルの整った顔を見せつけ背中を確認する。
でも、私は絶対に無理。
なぜかって?私の背には大きな傷があるからね。
「あー、そうですか。でも、私は見せませんよ?一般論で考えてください」
そう言って、逃げるようにバッグを持ち主催者のおじさまに寄る。
「終わりましたか?」
「はい、出来たよ。一応確認してみてくれ」
そう言われて、記入項目を確認したがしっかりとした字で漏れなく書かれていた。
「大丈夫です、この度はどうもありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。また何かあったら頼むよ」
「本当ですか?嬉しいです。改めまして。私、ルーネイ・ネシアと申します。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「ルーネイ・ネシアさんね、覚えておくよ。今回は本当にお疲れ様」
ぺこりとお辞儀をして、それでは失礼いたしますと扉の方へ歩く。
初依頼を気分良くこなしたところで、軽やかな気持ちで扉を開ける。
「ルーネイ・ネシア・・・?」
が、その訝しげな声に一気に心が重くなった。
さすがに、本名を流用しすぎた。
シャルネイヤ・アーネシアとルーネイ・ネシア。
知る人が聞けば、ん?となるくらい響きも何もかも似たり寄ったり。
ライウェルが考えていることなんて手に取るようにわかる。
私は素早く部屋から出て、扉を閉める。
最初は早歩き、次は小走り、現在進行形で全力疾走しながら必死に考えた。
やばい、ただでさえ疑われているのに。
名前を聞かせ、さらに逃走するという決定的と言える行動を取ってしまった。
もし、追いかけてきたりなんかしたらどうやって言い訳をしよう。
ああ、失態だ。
それから何度も後ろを振り返りながら走ったが、追いかけてくる気配はない。
とりあえず、ほっと息をついて見習い寮へ帰った。
報酬はそれなりに貰え、うきうきしながら再度街に出る。
目的は二つ。
【魔力抑制スープの材料】と【癒力スープの材料】の買い出しだ。
そう、私は癒力スープを自力で作ることにしたのだ。
高級で希少な材料を使うレシピとは別に、気軽に作れる方法が知りたかった私は小さい頃に低価格でそこらへんに売ってるものを使ったレシピを発案した。
効力は同様で、味も申し分ない。
むしろ、珍味と言われる高級食材を使用しない分、本物よりも美味しい自信がある。
まあ任せとけとばかりに腕を鳴らし、張り切って食料市場へと足を踏み入れた。




