1魔術が恋しい
「何故私が・・・」
なんてため息をもう何度こぼしてきただろうか。
今、平和な暮らしを手に入れていることは認める。
だが、これまでの私の当たり前だったことが崩れてしまったことに不愉快さを感じないわけがない。
なんだか釈然としないのだ。
こんな生活じゃあ、気軽に魔術を使うことが出来ないじゃないか。
見つかってしまうのも面倒なので、魔術を使わないことに越したことはないのはわかっている。
でも、やっぱり・・・
ああ、なんで私がこんな目に。
私はかの生ける伝説と言われた【シャルネイヤ・メイリス・ティ・アーネシア】様だというのに。
これは一人の可憐な少女の物語です。
どうぞお聞きください。
とまあ、図々しくも私のこれまでの生き様を簡単にご説明させていただきたいと思います。
あるところにアーネシアという女の子がいました。
彼女の父は魔力・魔術を研究していました。
魔力は誰にでも備わっている特別な力。
魔術はそれを引き出せた者のみが使える不思議な術、または魔力を使って生み出された現象などを総じてそう呼びます。
母は体が弱く、父は研究熱心で引きこもりがちだったのでアーネシアが家事全般をこなしていました。
父がぶつぶつ呟いている意味不明な言葉、暇つぶしにと渡される魔術書、勝手に部屋を掃除する箒、お使いとして頼まれる毒キノコ・・・それらを見聞きしているうちにあら不思議。
彼女は魔術を使えるようになっていました。
千人に一人しか発動が出来ないという魔術が幼いアーネシアは扱うことが出来たのです。
母はその重要性・異常性・危険性に全く持って気づかず、まるで一人で初めてお使いに行ってきた時のように凄い凄いと褒めまくり、父は少女に魔術についてを教えまくりました。
本来ならば、術式を学ぶ必要のある上級魔術と呼ばれるものは王立の学校に入って学ぶ必要があったし、その危険性から16歳以上だと義務付けられていたのですが父は調子に乗りました。
という訳あって、少女は物凄い魔術師になりました。
でも少女はわかっていなかったのです。
自分の特異性や、貴重さ、を。
母は持病で亡くなり、父は実験に失敗して亡くなってしまいました。
それから何やかんやあって、彼女は追われる身になってしまったのです。
というか、死んでしまったことになっているのでした。
何やかんやのところはめんどくさいので省いたけれど大体のところこんな感じかな。
そこで私がどうして今こんなに悶々としているかというと、当たり前のように使ってきた魔術が使えなくなってしまったからである。
私はしがないこの街で住み込み労働をするうちにわかった。
魔術って本当に貴重だ。
私もそれなりに生きてきているから、知識はある。
でも、実際にこうして何の変哲もない街で暮らしてみるとそのことがよくわかった。
まあ、当たり前と言ったら当たり前なのだが。
此処では、魔術が使える=物凄い出世頭なのだ。
それが術式を使わない初級魔術だったとしても。
だからそんな街で術式でも唱えてみろ・・・考えるのもめんどくさいことになりそうだ。
いくら姿を変えていようが、王立魔術学校に行った者として担ぎ上げられそれを聞きつけた王政の輩どもに調べられてしまう。
ああ、魔術が使いたい。
でも、この生活も崩したくない。
私だって人にばれない程度の超初級魔術はちょくちょく使っている。
指先から炎を出したり、ものを微妙に動かしたり。
ただ、それも全くリスクがないわけではない。
魔術というのは厄介で使うと周りの人が持っている魔力に干渉し超初級魔術であってもピリピリとした不快感を与えてしまうのだ。
強い魔術であるほどにそれは強くなっていく。
それは独特な感覚だから、一度でもそれを味わっている人はすぐにわかる。
「誰かが近くで魔術を使っている」と。
私はもっと強い魔術が使いたいのに。
だが、人がいないところに行くというのにも、問題があった。
魔術を使いたいというのなら人がいないところでやればいい、というのはもっともな話だ。
だからこそ、だめだ。
私は死んだことになっているが、それを疑う者もいるだろう。
「あの魔術師が?」と疑問に感じても無理はない。
実際死んでないし。
そういう人が「魔術を使うなら人のいないところだろう」という考え方でトラップを張っていたり見張っている可能性もあるのだ。
私は存在自体がばれてはいけない。
見つかったらそれはそれで移動の術で逃げればいいのだが私が生きていると知れたらなんとしても捕まえようとしてくるに違いない。
私は平和な生活がしたいのだ。
それならば疑いが消えるまで姿を変えて生活し魔術を我慢すればいいわけだ。
そんな決意のもと3か月生活しているわけだけど、そろそろ我慢の限界だ。
魔術を使わないと私が私でなくなってしまうようでならない。
私は何とか気を紛らわせようと街に出向いた。