多国籍連合軍
今回は多国籍連合軍(多国籍軍)についてです。
ただし、これも明確な定義がある訳ではないので注意して下さい。
まず、多国籍軍という単語から何を連想するかを考えた時、最も有名なのは湾岸戦争においてイラクに対する軍事制裁を実行した組織の名称だと思います。しかし、ここで言うところの多国籍軍とは固有の名称では無く、国際的な合意に基づいて各国がそれぞれの裁量と責任で派遣した正規軍になります。
なので、多国籍連合軍と呼んだ方が本来の意味が伝わりやすいかもしれませんね。
さて、こうした連合軍を組織した時に重要となるのが指揮系統で、たとえ多国籍軍に参加していても末端にいる現場の各部隊は自国の指揮系統の下で任務を実施しているようなものです。ですが、上層部まで自国の指揮系統だけで動いていては効率が悪い上に、下手をすると参加国間での同士討ちが頻発して余計な外交問題へと発展しかねません。
そこで多国籍軍全体を管轄する上級司令部を設置して1つの指揮系統の下で任務を遂行する訳ですが、この上級司令部が各部隊の指揮を直接執るのではなく、どちらかと言うと足並みを揃えるための調整役としての機能の方が重視されています。
なぜなら、国によって使用する兵器も用兵思想も異なるので無理に単一の指揮系統に組み込んでも混乱が広がるだけで本来の力を発揮できないからです。
つまり、参加各国の正規軍の指揮系統はそのままに上級司令部は師団や軍団規模の集団ごとに適材適所の任務を割り振り、参加国間で共有する目標の達成に努める方が合理的です。もっとも、現実には発言力や影響力の強い国の意向が上級司令部でも反映されやすく、それに追従する形で他の参加国も行動を起こすという事は多々あります。
では、次に具体例として実際に組織された多国籍連合軍の幾つかを解説していきます。
最初は冒頭でも少しだけ触れた1991年の湾岸戦争における多国籍軍です。この連合軍は国連での承認を経て組織されたものですが、派遣軍を統括する多国籍軍司令部はアメリカとサウジアラビアが主体となっていました。そして、欧米各国の軍は中東地域を担当するアメリカ中央軍司令部に、アラブ諸国の軍はアラブ合同軍(サウジアラビア軍)司令部の指揮下に入って行動しています。ちなみに、書類上ではアメリカ中央軍司令部とアラブ合同軍司令部は同格(政治・宗教的理由による)となっていますが、実際にはアメリカ中央軍が全軍の指揮を執っていました。
2つ目はNATO(North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構)軍です。NATOとは東西冷戦時代に一部のヨーロッパ諸国が社会主義陣営への対抗策としてアメリカを巻き込んで発足させた多国間軍事同盟で、加盟国の正規軍に対する直接的な指揮権は戦時(有事)に限定されるもののNATOとして軍事行動を起こす際に使われる事の多い名称です。そして、NATO軍としての軍事行動で有名なものには1999年のコソボ紛争や2001年のアフガニスタン紛争があります。
3つ目は最近、よく耳にする有志連合軍です。これは国連や特定の軍事同盟による承認を受けずに(あるいは、その枠外で)組織された多国籍連合軍が名乗る事が多いですね。有名なのは、2003年のイラク戦争や2014年から続く過激派組織ダーイシュ(日本ではイスラム国と呼ばれる方が多い)との戦闘に参加する国家の連合軍でしょうか。
4つ目は国連軍ですが、他の多国籍連合軍と違って国連憲章に基づいた定義が存在しています。ただし、現時点で国連憲章に基づいた国連軍が組織された事は1度もありません。一応、1950年の朝鮮戦争において国連軍が組織されたように見えますが、あれは特例で国連軍司令部の設置や国連旗の使用を認めただけで厳密には国連軍ではありません。また、国連平和維持活動(United Nations Peacekeeping Operations:PKO)において派遣される国連平和維持軍(United Nations Peacekeeping Force:PKF)にも定義があり、これも国連軍とは明確に区別されています。