ハリー・ケストナー
「市民新報」記者(新市民文化欄担当)
おーおーおーおー! こいつは驚いた! ガチで驚いたぜ!
まさか本当に、ご本人様に会えるとはな! いやいやいや、ありがてえ。実にありがてえ。これで俺も、仕事仕事って煩い編集長の鼻をあかせるってもんだ。
とりあえずは、乾杯といくかね――
(私は自分の前にあった酒盃を彼の前に動かし、自分は新しい一杯を注文した。
男の顔が、だらしなく緩む。
ここの酒場は、旨いが高い。おかげで客はまばらで、こういうちょっと込み入った話をするときには、とても便利だ。
改めて自分の前に置かれたグラスを掲げ、私は男と乾杯する)
ぷは、こいつはすげえな! こんな旨い酒、飲んだことがねえよ。
さあて、乾杯も終わったところで、本命のご相談といこうか。
あんた、伝書使のことを探ってるんだろ? 何が目的だ?
(私はクスリと笑って、首を横にふる。
そんな重大事を、ペラペラ喋るほど、馬鹿ではない)
おいおい、ここまで来てダンマリはねえよ。あんたと俺の仲じゃねえか!
それに、どうせあんたも、他の連中と同じなんだろ?
あらゆる不可能を可能にしてきた、謎の伝書使が、直接、先帝陛下から受けた、謎の命令!
102だか103だか、とにかくそういう桁外れな回数の仕事をこなしてきた女伝書使は、その命令を最後に、消息を絶った!
もう、これだけでも、カネの匂いがプンプンするぜ、なあ?
(私は静かに、102でも103でもなく、106回だと指摘した)
おっと、そうだったか。まあ、大した差はねえよ。だろ?
一番大事なのは、その女伝書使は、普通の人間にはまるで無理なことを、片っ端からやり遂げてきたってことだ。
そんな凄腕が、もうほとんど戦争も終わってるときに受けた命令を、仕損じた。そんな馬鹿なことがあるかってのは、誰でも思うわな。
じゃあ、本当の命令は何だったのか?
普通に考えれば、かの女伝書使は、先帝陛下から秘密の資金なりなんなりを預かって、どこかに潜んでるって推理が、一番しっくりくる。
なにしろあの頃、戦争はだいたい、俺たちの勝ちが見えてた。
ファールンの野蛮人どもはほとんど引き上げてたし、ヴージェの腰抜けどもはとうに手を引いてた。
となれば、次に来るのは、革命のやり直しだ。
革命戦争は、俺達が勝つ、その寸前だった。
あのクソ貴族どもも、腐れ坊主どもも、皇帝の一族も、みんな仲良く火刑台に送って、俺達の国を作る。その、一歩手前まで来てた。
だがそれを、ファールンとヴージェの連中が、軍隊揃えて、邪魔しに来やがった。
結局俺達は、クソ貴族連中と手を組んで、ファールンやヴージェの軍隊を追っ払うしかなかった。
当然、誰も納得なんぞしてねえわな。
革命軍のなかに、貴族と手を組んで戦うなんてことを、嬉しく思ってた奴なんていねえ。
だがよ、逆に考えれば、クソ貴族どもだって、革命軍と手を組むなんて絶対にありえねえと思ってただろう。
(男は下卑た笑みを浮かべた)
だから、この戦争のカタがついたら、もう一度革命戦争をやり直す。
それが、革命軍の男どもの、共通見解ってやつだった。
それは、クソ貴族どもだって、思ってたはずだ。
ってことは、だ。
戦争に必要なのは、カネだ。
もうイッパツ、革命戦争の第2ラウンドをやるんだったら、先帝陛下はカネの工面をしなきゃならねえ。
最悪――というか、絶対にそうなったのは間違いねえが、先帝陛下の火刑台送りが間違いないとなってくりゃあ、ケツまくって国から逃げるしかねえだろう。そのときにも、カネは絶対に必要だ。
(男はグラスの酒を、さらに呷った)
自分のキンタマの行方がかかったカネを、誰かに任せるとしたら、誰に任せるか。
将軍たち? 大臣ども? お偉い坊主?
あり得ねえよな。あり得ねえ。俺達革命軍の目にも、先帝陛下がそのあたりの連中をまるで信用してねえのは、まるわかりだったからな。
となれば、ここから先は、消去法、ってやつだ。なあ?
(私はアルコールに曇り始めた男の目を見つめながら、男の議論の論理的欠陥を指摘する。
なぜ今になって急に、「隠し財産」とやらの話が浮上したのか?
先帝陛下は革命後に隠棲したとはいえ、「最も名誉ある貴族」として今も存命なのだから、本人から何らかの声明が出るはずでは?
さもなくば、共和国政府が先帝閣下に「隠し財産」の行方を明かすように、公式に要請するはずでは?)
――ははあ、じゃあ何か、あんたはまだ、このヤマに取りつき始めたばかりってことか。
へへへ、なら、ここから先は有料だぜ?
おっと、損はさせねえ。俺は誠実な、筋金入りの、商売人だからな!
なにしろ、あの女伝書使の隠し財宝のことは、かれこれ5年以上、追っかけてるんだ。
昨日今日、流行りに乗っかって調べ始めたニワカ野郎とは、格が違うんだよ、格が、な。
(私はバーテンダーに、彼のためにもう1杯作ってくれるように、頼んだ)
そうこなくっちゃ。ま、その金額じゃあ話せないことも山ほどあるが、手付けには悪くねえ。
何より、あんたは粋ってもんを、良くわかってる!
きっとあんた、いい仕事をする記者になれるぜ!
(男は、新しく注がれた一杯を、すするように飲んだ)
女伝書使の隠し財宝ってネタは、ファールンの連中が出て行って、いよいよ革命のやり直しだと思ったのに、結局ナアナアで何もかも終わっちまうことが決まったその頃から、俺達革命軍の間じゃあ、噂になってたのさ。
なんだかんだで、伝書使って連中のことを、俺達革命軍は、リスペクトしてたのよ。
そりゃあ、真正面から敵だった頃は、貴族の犬どもめと思ってたさ。
だがよ、一緒に戦うとなると、話は変わってくる。
クソ貴族どもは相変わらずのクソっぷりだったが、伝書使連中の働きっぷりは、そりゃあ凄いもんだった。
俺はね、革命軍では、伝令をやってたんだ。
だから、伝令ってのが、戦争の行方をどれくらい変えるのか、痛いほどわかってるつもりだ。
でもな、世の中には、無理とか、不可能とかいうものがある。
どんなに必要な伝令だと思っても、今出て行けば死ぬのが間違いないってときに、出て行くわけにはいかねえ。
だが、伝書使たちは、そんなこと、お構いなしだった。
行けと言われれば、行く。そして、帰ってくる。
なるほど、あの腐りきった貴族どもの軍隊が、なかなか崩れなかったのも、よく分かるってなもんだ。
そんなこんなで、特に俺は、個人的にも伝書使の知り合いができたのよ。
何人かとは一緒に飲むこともあったし、馬鹿話をすることもあった。
その頃に小耳に挟んだのが、例の女伝書使さ。
皇帝陛下から直接命令を受ける、数少ないエリート中のエリート伝書使。
連中の目から見ても絶対に無理だと思える伝令を、何事もなかったかのようにこなしてくる女。
100回以上任務に出て、ただの一度もしくじっていない、伝書使の間でも恐れられる、精鋭。
そんな女がいるなら、会ってみたいと思ったもんさ。
それに、会ってみるってのは、そんなに無理な話でもないと思った。
なにしろ、話を聞く限り、その女は、不死身みたいなもんじゃねえか。
なら、俺が生き延びてる限り、どこかでそいつに会うこともあるだろう。
(男はゆっくりと、酒を飲んだ)
結局、俺はその女伝書使には、会えなかった。
その代わり、知り合いの伝書使から、その女がついに任務中行方不明になった、と聞かされた。
なるほど、「貴族と言えど、同じ人間には違いない」ってやつだ。
死から逃げられる人間なんて、いねえ。
死の前に、あらゆる人間は、平等なのさ。
でもそれとほとんど同じ頃、「皇帝が財宝をどこかに隠そうとしている」「宝物庫から貴重な宝石が消えた」ってな噂が流れた。
ピンと来たね。
知り合いの伝書使は、行方不明とは言ったが、死んだとは言ってねえ。つまり死体は上がってねえってことだ。
最強の伝書使が行方不明になって、皇帝陛下のカネも消えた。2足す2は4。だろ?
(男は再び下卑た笑みを浮かべたが、その目は微妙に焦点を欠いていた。
明らかに、彼は呂律が回らなくなりつつあった)
……それから何度も、女伝書使の隠し財宝ってぇネタは、浮かんだり沈んだりを繰り返してきた。
ま、浮かぶ理由も、沈む理由も……簡単だわな。
隠し財産なんてネタ……誰だって飛びつくもんさ。
だがよ、伝書使が絡むネタは……いまの政府にとってみると、ちょっと――そう、デリケートだ。
なにしろ我らが共和国政府のお偉方は、自分たちでもあれだけ伝書使をこき使ったのに……結局伝書使って仕組み自体を……ぶっ壊しちまったんだからな。
連中は……クソ貴族どもが軍隊を仕切る権利は守ったくせに、伝書使たちからは仕事を奪いやがったんだ。
まったく……政治ってやつは……たまらんよなあ?
(男は次第に、うつらうつらとし始め、やがてその体はカウンターへと突っ伏した)
――だが――だからよ……俺は――今度こそ……何かが――
こんなにも長く――この噂が……長続き――ない……
(そこまで話して、男は体を起こそうとした。
だが彼の体はカウンターに突っ伏したまま、動こうとしないようだった)
――クソ……何だ――この……
俺は……酒――こんな――弱く……
まさか――てめえ……盛った――
(私は二人ぶんの支払いを済ませると、大鼾をたてはじめた男を置いて、酒場を出た。
夜の風は冷たく、ノンアルコールしか飲まなかった私は、しばしの寒さに震えつつ、家路を急いだ)




