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結婚式

「よう。そっちの準備は、どうだ?」


 エルシュペー伯が天幕の中に顔を出す。


「極めて不満足、もう遺憾も遺憾、遺憾の極みですけれど、諦めます」


 私の化粧をあちこち直しながら、振り向きもせずに答えたのはクラリッサ。しかるにそこまで答えて、声の主がエルシュペー伯であることに気づいたようだ。


「って、伯爵! なんで新郎が新婦の部屋に来てるんですか!

 しっしっ! あっち行って! ここは女の部屋です!」


 この数年で、クラリッサもだいぶ遠慮がなくなった。

 エルシュペー伯はクラリッサの暴言に苦笑しつつも、悠然と反論する。


「恨むなら、突然、結婚式がしたいとか言い出した新婦を恨め。

 部屋とは言うが、野戦天幕じゃ情緒もクソもないだろ」


 まあ、その、伯の言うとおりだ。

 私たちは、ショーシュ参謀本部長の計算に則り、黒獅子軍の補給部隊を叩くために行軍している最中だ。そしてその足で白軍が包囲している街に向い、もう補給は来ないことを切り札にして市長と交渉する。そんな感じの、いつもの行軍の、真っ最中なのだ。


 ただ、私たちはたまたま、焼き討ちされた村の跡地を今日の野営地にしようと考えた。

 そして実際にその村の跡地に行ってみると、なぜか教会だけは大きな損傷もなく、焼け残っていた。

 今日は屋根のあるところで眠れるぞとテンションを上げる隊員たちを見ているうちに私もテンションが上がって、そういえばここでなら結婚式もできるんじゃない? 従軍司祭もいるし? とか考えてしまったら、止まらなくなってしまった。

 そこで、何気なさを装いながら「ここで結婚式しちゃいません?」と伯に提案したら、「構わんぞ」と言われたので、急遽そうなったというわけだ。クラリッサは「ない! あり得ない! なんで! 今になって! こんなところで!」などと悲痛な叫びを上げたが、あなたの結婚式じゃないんだから、別にいいじゃない?


 ともあれ、市長と交渉するときのために、クラリッサは私の化粧道具も持ってきていた。

 衣装は諦めるから化粧はさせろと息巻くクラリッサによる入魂のメイクが完成したようなので、私は伯の手を取って、天幕を出る。


 天幕の外では、黒騎兵隊が2列縦隊で整列していた。

 隊員たちが一斉に抜刀し、サーベルのアーチを作ってくれる。

 「おめでとうございます!」「妬けますね!」的な温かい祝福の声を浴びながら、アーチの下を進んだ。


 サーベル・アーチの終着点は、教会の祭壇前だ。

 教壇には、従軍司祭が立っていた。従軍司祭と言っても服装は黒騎兵隊の制服のままなので、わりとアレな感じではある。

 とはいえ、かく言う新郎新婦も黒騎兵隊の制服だから、言うだけ野暮というものだ。


 野営の準備もあるので、従軍司祭はいろいろな手順をすっ飛ばして式を進行させる。


「新郎、エルシュペー伯トーレス殿。

 新婦、リュシール・アルダン殿。

 結婚の儀に先立ち、誓いをお立てください」


 私たちは互いに手を取り、司祭に頭を垂れる。


「私達は、夫婦として、

 順境にあっても逆境にあっても、

 病気の時も健康の時も、

 富める時も貧しい時も、

 生涯、互いに愛と忠実を尽くすことを誓います」


 誓いながら、思った。


 この人と会ってから、順境のときなんて、なかった。

 むしろ私は、逆境しか知らない気がする。

 それでも私は前に進んでこれたし、幸せだと断言もできる。


 前に進むだけなら、一人でもできる。

 でも幸せだと確信するには、私には、この人が必要だ。


 だって、人は一人では、騎兵にしかなれない。

 騎兵隊になるには、二人の騎兵が必要なのだ。


 多分それは、私の弱さなんだろう。

 でも、それでいい。

 その弱さこそが、私を人であり続けさせてくれたのだから。


 私は、完全な怪物になって初めて人であることの意味を知るような、そんな生き方は、しなくて済んだ。

 今はなにより、そのことを喜びたい。

 その喜びを、私の隣に立つこの人と、分かち合いたい。


「両人の誓い、確かに受け取りました。

 神もこの結婚を祝福されておられます。

 神に感謝を」


「神に感謝を」


 指輪の交換も、誓約書への署名も、何もないけれど。


 私は、隣に立つ人の顔を見た。

 隣に立つ人は、私の顔を見た。


 2人でふっと、微笑んで。


 私たちは、夫婦として初めての、キスを交わした。




【伝書使は還らず・了】

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