イグナーツ・オンドルフ
レインラント共和国警察大臣・レインラント共和国市民軍参謀本部長
これはどうも、はじめまして。噂には聞いていたが、随分とお若いのですね。
いや、そこは驚くべきところではありませんね。私たちが革命を指導しはじめたとき、あなたよりも若い同志だって、たくさんいたものです。
それで、革命戦争中の伝書使について、話を聞きたい、と。
ふむ……いいでしょう。機密に抵触しない範囲で、質問にお答えします。
共和国政府は、開かれた政府です。あなたのような優秀な記者さんに記事を書いてもらえるのは、我々にとっても良いチャンスですからね。
特に昨今、伝書使については根も葉もない、射幸心にあふれた噂が巷を駆け巡っておりますし。
お察しの通り、伝書使は、我々革命政府にとって、暗部とも言える「歴史」です。そのことを否定するつもりは、まったくありません。
彼らはまさに、革命によって真っ先に救済されるべき人々でした。願わくば、我々の側に立って、ともに戦ってほしかった。
ですが結果的に、我々は彼らを救済することができなかった。そして革命戦争が革命継承戦争として新たな局面を迎えるまで、我々革命政府と伝書使が手を結ぶことも、ありませんでした。それは、否定しようのない、歴史的事実です。
なぜこんな悲劇が起こったのか? その理由の本質は、レインラント旧帝国の、歪んだ統治体制に依拠していました。
そもそも伝書使は、旧帝国においても、図抜けて異様なシステムでした。
伝書使は、立場としては傭兵に過ぎません。しかも彼らを管理するのは帝国陸軍ではなく、帝国内務省でした。伝書使とは、旧内務省の私兵だったのです。
そして、そのようなイレギュラーな立場にありながら、彼らは帝国の指導部および軍部における機密通信運搬を、一手に引き受けていました。
なんとも、実に非常識なシステムです! 出自も定かならぬ傭兵に、帝国の機密通信は依存していたのですから。
しかも、伝書使に支払われていた平均的な給与は、当時の都市労働者の1/4以下です。食事と住居、医療サービスが保証されていたとはいえ、容易に買収されうる金額でした。
――ええ。ご指摘のとおりですね。
伝書使たちは、革命継承戦争が終わって、組織が解体されるまでの間、ただの一人も離反者を出しませんでした。
任務の性質上、行方不明者は大量に出ていますが、現時点において伝書使が諸外国勢力、ないし内務省――ひいては皇帝に敵対する勢力に情報を売ったというケースは、確認されていません。
まあ、待ってください。かの非常識なシステムが、なぜか機能してしまっていたのは、どうしようもなく陰鬱で、抑圧的な構造がその背後にあったからです。
伝書使は原則として、現政府が一時的措置として二等市民と定義している、被差別少数民族によって構成されていました。
伝書使になるというのは、彼ら被差別民にとって、唯一の救済だったのです。伝書使になれば、毎日の食事が保証され、家主の気まぐれで家から追い出されることもなくなり、領主の都合で犯罪者の濡れ衣を被せられて処刑されることもない。
巧妙だったのは、伝書使の任命は、皇帝自らが行っていたということです。
皇帝、皇后を筆頭に、旧帝国の政軍における重鎮たちが居並ぶ中、皇帝の手で伝書使の印章が授けられる。そのとき彼らは、生まれて初めて、「人間」として扱われるのです。このとき、極めて原始的かつ強烈な忠誠心が、伝書使には刷り込まれます。
これが、伝書使というシステムの、本質です。
皇帝たちは、おぞましいほど根源的なレベルで、人間を「所有」していたのです。
そういう意味で、伝書使は、旧帝国最大の被害者であると同時に、その象徴でもあった、と申し上げました。
それゆえ我々は、なんとか彼らを救済できないかと、あらゆる手を尽くしました。
その努力が、具体的成果として実を結ばなかったのは、残念だとしか言いようがありません。
ですが少なくとも現在、レインラント共和国において、もはや伝書使は存在しません。彼らには市民の一員として、ほぼ欠けることなき権利が与えられ、共和国に対して己の意志で奉仕することもできれば、己の生きたいように生きることもできます。国外旅行など、一部の権利はいまだ制限されておりますが、これも時間の問題でありましょう。
(沈痛そうな、それでいて些か満足気な表情を浮かべる彼に対して、私は一通の書類を手渡した)
……なるほど。
なるほど。
――これを、どこで手に入れました?
いや、言わなくて結構。なるほど、あなたの後援者にオチェナーシェク老がついたというのは、事実だったようですね。
まったくあの老人は、どうしてここまで政争を好まれるのか!
まず最初に、警告しておきましょう。
この文章は、共和国軍機密に抵触すると判断することが可能です。
そしてその判断を下すのは、共和国市民軍参謀本部だ。
そのことの意味を、まずご理解頂きたい。
いいですか? 共和国は生まれたばかりの、幼子のようなものだ。
手厚く守り、育てなくては、一瞬で瓦解してしまう。
我々は、開かれた政府だ。旧帝国のように、無意味な言論の弾圧や、恣意的な誘導を行ったりは、決してしない。
だが現在の共和国統治において、言論統制は欠かせない。なんでもかんでも無責任に喋られては、革命継承戦争のように、再び諸外国の侵略を招くことになる。
それが分からないほど、あなたは愚かではないでしょう?
(私が返答を逡巡していると、彼はすっと目を細めた。
まるで、蛇がこちらを睨みつけているようだった)
我々は――いえ、私は、あなたがたが発行している新聞など、簡単に発行停止に追い込める。
あなたがそれを望むなら、廃刊にして差し上げることも、容易なことだ。
我々は現在進行形で、諸外国からの操作と介入を受け続けている。
あなたが、そういう連中の手先だとは、言わない。あなたの飼い主は、もっと厄介だからな。
だが、だからこそあなたとは手が組めると思うし、手を組みたい。あなたとは、この共和国から反革命思想を拭い去るという一点において協力できると、私は信じるからだ。
(あまりに突拍子もない提案に虚を突かれた私は、「それは過大評価です」と反論する。
が、彼は私の言葉を鼻で笑うと、演説を続けた)
我々は市民の自由のために、いまも戦い続けている。
自由からの逃走を願うような惰弱な敗北主義は、駆逐されねばならない。
そのような反革命思想をどうしても擁護するというのであれば、最悪、命をもってその罪を贖ってもらうのもやむを得ない。
我々は、不退転の決意でこの戦いに挑んでいる。御存知の通り、必要とあらば元貴族や王族はもちろん、元同志であれ、副大統領であれ、容赦はしない。
(彼の言葉はいちいち大げさだが、虚偽はまったく含まれていない。
彼が指摘する「容赦されなかった元同志の副大統領」――つまりベネシュ元副大統領は、革命軍の大物であり、革命軍を支える著名な思想家でもあった。が、共和国成立後、彼は「自由からの逃走」もまた自由の一部ではないかとする説を唱え、「自由のために不退転の決意で戦う」ことを標榜する共和国大統領や共和国警察と対立し――それを最期まで撤回しなかった。
彼の非業の死が象徴するように、共和国政府による思想統制の大鎌は、元革命軍だろうが元貴族だろうが原則として区別なく、「反革命思想の持ち主」の首を刈り取っている)
あなたは、ベネシュとは違う。
オチェナーシェク老の走狗となっただけでなく、よりにもよって彼の最大の政敵である私のもとに姿を現したあなたは、その手の敗北主義からは程遠い。
あなたが何を望んでいるにせよ、我々は同じ敢闘精神を共有しているという一点において、どうしようもなく「同じ穴のムジナ」なのだ。
無論、オチェナーシェク老を裏切れなどと要求するつもりは、まったくない。
今までどおり、かの老いた龍のごとき怪物と、上手く踊られるがいい。
むしろあなたがオチェナーシェク老を裏切って私につくなどという選択をするなら、私は公の場において、あなたとの関係を否定するだろう。あの老人との直接対決など、こちらから願い下げだ。
だが、あなたと私の間の利害は、調整させてもらう。
調整不能だというならば、あなたがあなたの戦いをしに来たように、私も私の戦いをする――つまりその場合、あなたがたの新聞は、明日の朝刊を用意しなくとも結構だ。
(私はそっと肩をすくめ、彼に向かって手を差し伸べた。
彼は、私の手をしっかりと握った。彼の肌は、異様なくらい、乾いていた)
素晴らしい! あなたは年齢に見合わぬ叡智をお持ちのようだ。
先ほど、我ら革命政府の黎明期においても、あなたに負けぬほど若い同志がいたと申し上げたが、あなたは彼らと決定的に違う――つまり、あなたは賢明だ。勇敢なる同志たちと違って、あなたはきっと、長生きするだろう。
では、これは処分させてもらって、構わないかな?
無論、これについては、あなたも黙秘するというのは、大前提だ。
(彼は私が手渡した書類を掲げてみせた。
私は静かに頷く)
大変結構。
大変、結構だ。
(彼は暖炉に向かって書類を投げ込んだ。
書類はあっという間に燃え上がり、灰になった)
さて、では改めてお話を伺いましょう、若き記者さん。
我らが共和国は、開かれた政府です。私に答えられる範囲で、質問にお答えしますよ。
(私は彼に、ある人物の名を告げた)
――あなたは、いったい、何を……。
いや、いいでしょう。私が口をつぐんだところで、オチェナーシェク老が本気を出せば、あなたは彼のもとに到達できる。
それに、私が手配したほうが、各所への波紋は最小限に抑えられるでしょう。
彼と会う日時と場所は、こちらから指定させて頂きます。
彼との遭遇はあくまで偶然であり、あなたは彼が何者かも知らないまま、世間話の延長として、聞きたいことを聞き、彼が所要で席を立ってもなお、彼が何者かは知らないまま別れる。この形式を、厳守してください。
これが守られない場合、あなたはもちろん私の怒りを買うことなりますが、それだけでは済まないことを、心に刻んで下さい。共和国の治安を守っているのは私だけではないことを、忘れないように。
それから、会話の内容はすべて盗聴させて頂き、記録にも残します。一応、会話の間、テーブルの上に手を置くことと、彼の身体に接触することを禁じます。もっとも、複数人の部下が監視しますので、なんらかの「秘密のサイン」があったとしても、それは私のもとまで報告されるとお考え下さい。
明日の夜までに、詳細をまとめた書面を送付します。
あなたが部屋に戻ると、机の上に見慣れぬ封筒がある――といった形での送付になりますが、驚かないでください。言うまでもないですが、読後は即、焼却するように。処分がなされていない場合、面会はキャンセルです。
無論、これ以外に私の判断で、一方的に面会をキャンセルする可能性はあります。面会の相手が、相手です。そのことは一応、了解頂きたいですね。
もっとも、そんな無粋なキャンセルが発生することは、まずないでしょう。
そう、なにしろ、あなたという大切な我が同志の、たっての願いなのですから。




