閑話:泉のほとりにて
こちらです、リュシール様。
お足元が悪くて申し訳ございません。
(かつてアグノー家に仕えていたという初老の元執事に案内されて、私たちは下藪にほぼ占領されている小道を歩いた。
さすがに今日ばかりはクラリッサもズボンを履いている)
ミレーユ様は、たとえ異端の徒であろうとも、新教徒の骸が路傍に晒されたままで良いとはお考えになりませんでした。
ですが墓所への埋葬は、正教会から弾劾、悪くすれば破門されても仕方のない行いです。
(旧アグノー公爵邸から歩き始めて、もう1時間になるだろうか。
もしかすると一番息が上がっているのは、私かもしれない)
やむなく、ミレーヌ様はこの地を「遺体を破棄する場」として申請されました。伝染病や、死肉を漁る野獣のことを鑑み、領内統治の範囲において、この安置所を制定されたのです。
(最後の坂道を登り切ると、そこには美しい泉があった。
木々が鬱蒼と生い茂るなか、泉のほとりの、やや高台になった場所は開けている。高台中央にある大岩は、明らかに人の手で移設されたものだ)
アグノー侯爵家領で亡くなられた新教徒の方々は、かの岩の下に安置されております。
(元執事に導かれるまま、大岩の前に立つ。
岩の周囲は比較的綺麗になっていて、定期的に人の手が入っていることを思わせた――おそらくはこの老執事が、月に1度なりとも、この「墓」の環境を維持しているのだろう。
アグノーを管理する司教の許可を得て、ほとんど一週間がかりで過去帳を調べた私は、アーシェと私の母が、アグノー侯の名において告解と塗油の儀式を受けたことを知った。
それで十分と言えば、十分だ。
でも私はどうしても、この場を訪れたかった)
こんなところに、アーシュがいたなんてね。
あの子が死んだなんて、信じられない。
……死因は、分かったの?
「死因までは、さすがに。
ですが亡くなったのは、間違いありません。
人の生死を司祭様が偽るようなことがあれば――」
魂は永劫の煉獄をさまよう、のよね。
そっか……アーシュは、死んだの、か――
(アレンカはそう呟きながらも、まだアーシェの死を納得できていないようだった。
それでも、手にしていた花束を、岩の下に置く)
わかってる。死って、意外と、こういうものなのよね。
いつでも、びっくりするくらい、あっさりしてる。
ごめんね。あなたも花、持ってきてたのに。
「いえ、いいんです」
(アレンカが一歩下がったその場に、私も立つ。
私もそっと、花束を置いた)
「――行きましょう。
これ以上、ここでできることは、ありません」
あらリュシール。少し、ここで休んでいきましょう?
私も、クラリッサも、執事さんも、あとそこに隠れてるつもりのヴージェの人たちも、また1時間かけて山道を歩いて問題ないけれど、あなたは息があがってるじゃない。
「ぐっ……」
お昼ごはん持ってきましたから、ここで食べましょうよ。
ピクニックみたいで、楽しくありませんか?
(反論の余地もないので、私はさっさと諦めてクラリッサの提案に乗ることにする)
(テキパキと支度をするクラリッサを見ながら、思う。
土の下に埋められた死者は骨にすぎないし、岩は岩でしかない。
だからいま私が、母に見守られているような気持ちになっているのも、ただの錯覚にすぎない。
けれどその錯覚は、決して、悪いものではなかった)




