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フランク・クラマー

元レインラント帝国陸軍小将、現レインラント共和国治安警察少将

 やあ、こんばんわ。


 さて、まずは質問だ。君はなぜ、ここに連れて来られたのか、理由が分かっているかね?


(私は両手首にかけられた重い手錠を少しだけ持ち上げ、軽く首を傾げる。

 別段、挑発しているというわけでは、ない。

 ただ単に、思い当たる節が多すぎて、どれが理由なのか分からないだけだ)


 残念だな。君は晩飯が冷める前に家に帰るという賢明な選択肢を、自ら捨て去ったわけだ。


 君には反革命思想保持の容疑と、反革命思想煽動罪の容疑がかかっている。

 つまり今の君は、共和国憲章が規定する市民の権利の一部が、制限された状況にある。

 これが何を意味するのかは、分かっているだろうね?


(私は少し驚いたような表情を作ってから、慌てて頷いてみせる。

 わざとらしくなりすぎている気もするが、状況を把握するには、いま少し、彼に喋ってもらう必要がある)


 結構。

 では、答えてもらおう。

 ヴージェ皇国は、行方不明の女伝書使(クーリエ)について、どこまで知っている?

 今頃になって貴様のようなエージェントを送り込んできた、その目的は何だ?


(――なるほど。

 だとすると、彼の背後にいるのは、あのあたりか、それともあのあたりか。

 もう少し、状況を確認する必要がある)


 ……黙秘は、あまり賢いとは言えんな、マドモワゼル。

 君の状況は、極めて劣悪なのだよ?

 君がヴージェの人間だというのは、こちらはもう掴んでいる。そして君が――いや、君の無能な主が――何をトチ狂ったのか、君に共和国市民権を与えたこともな。


 いいかね、君は今、まったく、完全に、頭の天辺からつま先まで、この国の人間だ。君は共和国の法律によって、雁字搦めに拘束されている。それが、この国の「市民」になる、ということだ。

 つまり、君が内心で期待するように、ヴージェ皇国の外交官が、自国民の保護を求めてこの場に姿を現すことは、決してあり得ないのだよ。

 そのあたり、君はちゃんと理解しているのかね?


(これ以上黙っていると彼が激発しかねないので、私は口を開くことにする)


「――そのお話には、いくつも誤解があります。

 その点について、発言してもよろしいでしょうか?」


(彼はピクリと眉を動かし、即座に私の言葉を否定しようとした。

 が、そこで思い直したのか、フンと鼻で笑う。

 そして私と向かい合うようにして席に座ると、部屋の隅で置物のようになっていた書記官に声をかけた)


 いいだろう――おい、しっかり記録しろよ。重要な証言だ。


 ここから先、貴様の発言はすべて公式の記録となる。

 適当なことを言い繕って、その場凌ぎをしようとは思わないことだ。


(当然だ。それに、その場凌ぎは、私のモットーに反する)


「まず最初に、私とヴージェ皇国の関係について、ですが。

 私が皇国出身だというのは、誤りです。

 私の故郷は、シャイベンハルト村でした。革命継承戦争によってヴージェ皇国に割譲され、今ではシャイベンアール村と改名された村です。

 私の母は、シャイベンハルト村を含むエレーヌ領がヴージェ皇国に割譲されることが決まったとき、難民となってその地を離れました。母は新教徒でしたから、ヴージェ皇国民になると異端として処刑されますので」


 ――ほう。確かに我が国は伝統的に、新教徒にも信仰の自由を認めているからな。

 では貴様も新教徒なのか?


「いえ。母は旅の空で私を産み、それからすぐに亡くなったと聞いています。

 私はレインラント正教会の修道院に預けられ、そこで正教徒としての洗礼を受けました」


 なるほど。よくできた物語だ。

 それで、まだ続きがあるのか?


「物語ではなく、事実です。

 私が皇国出身と間違われるのは、これが初めてではありません。出生台帳には、私は割譲された後のシャイベンハルト村出身と記録されていますから、仕方ないとは思いますが」


 ならばお前のレインラント語の端々に出てくる、そのイモ臭いヴージェ訛りはどう説明する?


「私が預けられた修道院は、エレーヌ領の隣にあるバルザ領の、ヤーン修道院でした。私が教育を受けたのも、その修道院です。

 ご存知の通りバルザ領は、革命戦争が勃発する50年ほど前は、ヴージェ皇国領でした。修道院だけでなく、領民はみな、ヴージェの訛りが強かったのです。

 これでも訛りを抜こうと必死で努力したのですが、今なお田舎者丸出しのレインラント語であることについては、釈明の余地もございません」


(喋りながら、私は切り札を切ってしまうべきかどうか、わずかに逡巡する。

 切ってしまえば、この話はここでおしまいだ。私は5分以内にこの建物を出て、まだ多少は温かいであろうスープにありつくことができる。

 だが、この状況で切り札を切るということは、つまるところ、新しく借りを作るということだ。

 しかも、切り札を切った挙句、間違った切り方をしていたともなれば、そこで発生する「借り」の規模は、想像を絶する――というか、ほぼ間違いなく、命で払うことになる。それは、避けたい。

 ……そんな迷いが、わずかに漏れたのだろう。彼はぐっと身を乗り出して、私の顔を睨みつけた)


 これが、最後のチャンスだ。

 その愚にもつかない物語はとっとと押入れにでもしまいこんで、真実を話し給え。

 もう一度、聞こう。

 ヴージェ皇国の狙いは、何だ?

 行方不明の女伝書使(クーリエ)は、どこにいる?


(私は負けじと、彼の瞳を睨み返す。

 彼は、内心、焦っている。焦って、勇み足を踏んだ。普通なら「女伝書使(クーリエ)はまだ生きているのか?」と聞くべき場面――ミコラーシュ大将が指摘したように、彼女が生きているかいないかの情報は、それだけで政局を動かせる重みがある――で、彼はその「居場所」を聞いたのだ。

 よって彼は、その理由はともかく、「女伝書使(クーリエ)はまだ生きている」ことを、確信している。

 換言すれば、彼はそんな重大事実を確信できるだけの理由を持っているということを、無意識のうちに白状した。


 人に話を聞くとは、かのごとく恐ろしい。

 質問することは、往々にして、己を語ることでもあるのだ。


 とはいえこの言葉だけでは、反撃に出るには不十分だ。状況的に言って反撃のチャンスは一度しかないのだから、反撃するならその一撃で勝たなくてはならない。

 だから私は、彼を挑発する。もう一歩深く、勇み足を先に進めてもらわねば、私に勝ちはない)


「私は生まれも育ちも共和国ですし、女伝書使(クーリエ)の行方は現在まさに調査中です」


(薄暗い室内に、一瞬、キラリと何かが光った。

 次の瞬間、机の上に置かれた私の左手に、冷たい痛みが走る。

 その痛みは、間髪入れずに、燃えるような激痛に変わった。


 彼は懐からナイフを抜くと、私の左手に突き立てていた。

 机の上に、傷口からあふれた赤い血が、広がっていく)


 いいかね、マドモワゼル。

 貴様は自分が有能で、頭の回転が早く、意志堅固であると思っているようだが、それは大きな間違いだ。

 何の訓練も受けていない人間が、このように突然ナイフで刺されたら、まずは痛みで悲鳴を上げるのだよ。

 中途半端な訓練が、悪い方向に出たな。貴様のように歯を食いしばって悲鳴を堪えるのは、「自分は普通の人間ではない」と宣言したようなものだ。


 さあ、答えろ。

 ヴージェ皇国の狙いは、何だ?

 行方不明の女伝書使(クーリエ)は、どこにいる?


(激痛に乱れる意志と思考を叱咤しながら、私はなおも歯を食いしばって、悲鳴を抑えこむ。

 今の一幕のせいで、彼は勝利を確信した。

 だが決して、焦りが抜けたわけではない。

 だから、もう少しで、必ず、彼は、勝ち急ぐ。


 私は浅い呼吸を繰り返しながら、言葉を紡ぐ)


「私は――共和国、市民です……。

 女伝書使(クーリエ)の行方を、調べている――記者に……すぎません」


(侮蔑の笑いが微かに聞こえたが、それを知覚できたのはごく一瞬だった。

 左の人差し指の先から、全身の末端に向けて、鮮烈な痛み走り抜ける。

 喉の奥から、獣のような叫びが迸った。

 自分にこんな声が出せるということに、少しだけ、驚く)


 君の両手には、指が10本ある。まずは1本目だ。

 どうかね? ちゃんと話そうという気になったかね?

 それとももう1本、試してみるか?


(彼は私の髪の毛を強く掴むと、鈍く光る針を目の前に突きつけた。

 先端に微細なギザギザがついたその針は、これまで何人もの血を吸ってきたのか、薄暗がりの中で不気味にぬめった光沢を放っていた)


 あの忌まわしい「怪物」が開発した、特別な針だ。

 今日は念のため、20本用意してある。

 「怪物」曰く、この針を爪の間に刺された捕虜のうち、最後まで沈黙を貫いたのは1人しかいなかったそうだ。屈強な兵士でも、4本目を刺されそうになったところで、泣きながら喋り出すと言っていたな。

 君は、歴史に名を刻む2人目を目指すかね?

 それともその小さな頭をフル回転させて、おとなしく喋ることにするかね?


(私は涎を垂らしながら、浅い深呼吸を繰り返す。

 もう、少し。もう少しで、彼は、一歩を、踏み外す。


 だがそこで、私の意識はフッツリと途切れた)




 寝ている暇はないのだよ、マドモワゼル。


(冷水を浴びせかけられたのだろう。

 息苦しさと冷たさで、私の意識は現世に戻ってきた)


 今のは、君のかわいい指に刺した針を、軽く揺らしてあげただけだ。

 意識を飛ばすほどお気に召して頂けたようだが、新しい1本を刺したわけでは、ない。


 さあ。次はもう少し強く、針を捻ってやろうか?

 ああそうだ、ちょっとだけ針を抜いてやってもいい。針の先端のギザギザが傷口を抉るから、たぶん、もう一度昇天できるだろう。

 それとも、新しい1本を、今度は親指あたりに刺してやろうか?

 貴様に、選ばせてやる。どれがいい?

 どうせまだ、喋るつもりはないんだろう? さあ、どんな苦痛がお好みだ?


(無意識のうちに、私は激しく首を横に振っていた。

 喉の奥から、かすれた悲鳴が断続的に漏れる。

 理性を保とうとしても、本能的な恐怖の前に、体が完全に萎縮していた)


 何とも無様だな、ヴージェの犬よ!


 ……いや、違うな。

 さては貴様、ヴージェの犬ではないな?

 ヴージェの犬なら、もう少し頑張ってみせただろうからな!


 もしや貴様、本当にただの平民か?

 かもしれん! この程度でヒィヒィ泣き始めるのは、平民ならばこそだ!


 まったく、下賎な平民はこれだから困る。

 誇り高き帝国貴族たる私が、貴様のような下等民と、同じ部屋で、同じ空気を吸っていると思うだけで、反吐が出そうだ!


 本来、貴様らのような連中は、我々の許可と慈悲のもとに、命を許されているのだ。

 貴様らのような連中には、何の価値もない。

 市民の権利? 自由? そんなもの、神の意志に反している! 汚物と宝石を同じ袋に入れる愚行を、神がお認めになるはずがないではないか!


 結局、革命政府とやらも、ヴージェやファールンが介入してきたが最後、我ら貴族による獅子奮迅の戦いなしには、国を保たせられなかった。

 平民ごときがどれほど集まっても、真の栄光ある戦場においては、ゴミ同然なのだよ。

 滅びる寸前だったこの国を、なんとか踏みとどまらせたのは、我々貴族が、気高き義務ノブリス・オブリージュを遂行したからだ。


 革命だ? 市民だ? 馬鹿らしい!

 ああ、天も照覧あれ!

 まもなくこの国は、あるべき姿を取り戻すだろう!


(勝ち誇った彼の、無意味な演説のおかげで、私は少し冷静さを取り戻し始めていた。

 というよりも、このとき私は、それまでの人生の中で、一番冷静だったように思う。

 しわがれた声で、私は囁くように取引を持ちかける)


「――何が、聞きたいんです……」


(ぐらぐらと揺れる、歪んだ視界の中で、彼の顔が醜く変形した。

 勝利を確信した、蛙の顔だ)


 行方不明の、女伝書使(クーリエ)は、どこにいる?

 シラを切っても無駄だぞ?

 お前があの伝書使(クーリエ)の行方を知っているということは、確かな筋から、掴んでいるのだ。


(思わず、安堵の溜息が出た。

 それが――その一言が、聞きたかった。

 私は安心して、切り札を切ることにする)




「閣下。残念ながら、私は本当に、伝書使(クーリエ)の行方は、知りません。

 ですが、一度だけ、『伝書使(クーリエ)の行方を知っている』と、ハッタリをかけたことは、あります」




(彼は明らかに、私が何を言っているのか、理解できていなかった。

 でも自分がとんでもない危険地帯(キル・ゾーン)のど真ん中に立っていることには、遅まきながら気づいたようだった)


「おそらく閣下は……嵌められておられます。

 なぜなら私がそのハッタリをかけた相手は、何の意図もなく、外に情報を漏らす方では、ないからです。

 つまり、閣下がご想像の通り、その方は閣下を陥れるために――」


(突然、彼の手が、私の口元を覆い隠した)


 言うな!

 それ以上、何も、一言も、言うんじゃない!

 わかったか!? 一言でも喋ったら、お前を殺す! 絶対にだ!

 わかったら、頷け! 神に誓え! 誓うならば、解放する! 解放してやる!


(彼の手には、私の首をへし折らんばかりの力が込められていた。

 私は小さく、同意の頷きを返す。


 彼は迂闊にも、〈「あの記者は、実はヴージェ皇国のスパイで、女伝書使(クーリエ)の行方を知っている」という超重大情報を独自の調査でキャッチし、そのスパイを何の抵抗もさせずに拘束し、尋問して、手柄を得る〉という、あまりにも都合の良い筋書きに、乗ってしまった。

 そして今、その筋書きが「都合が良すぎる」ことに、ようやく思い至ったのだ。


 だから、彼は一刻も早く、「何も起きていない」状態に戻そうとしている。このままでは、筋書きを書いた人間が予定したとおりの破滅へと、突っ込んでしまうから。

 こんな都合の良い筋書きの先に、輝かしい未来が待っていると想像するほど、彼は楽天的でも愚かでもなかった。


 だが彼が直面する問題は、それだけではない。彼はこの過程で余計な知見を(しかも露骨に致命的そうな知見を)得てしまうことも、絶対に避けねばならない。

 さもなくば、いつかどこかの段階で、参謀本部長にして警察大臣のオンドルフ閣下を前にして、「私は何も知りません」という嘘をつかねばならなくなる。

 オンドルフ閣下の御前というのは、嘘を貫くには、最悪の環境だ)


 おい、書記官! その記録をよこせ!

 いいか、今日、この部屋では、何もなかった。

 この部屋に入った者は、誰もいない。いいな!?


(書記官は戸惑いながらも、ガクガクと首を縦に振った。

 が、そのとき、書記官の目が驚愕に見開かれる。

 決して開かれるはずのない尋問室の扉が、ゆっくりと、開かれたからだ。

 クラマー少将もまた、扉のほうを振り返り、そのまま体を硬直させる。


 扉を開けて入ってきたのは、中肉中背の、何の特徴もない男だった――その額に刻まれた、流浪民の刺青を除けば。

 男は部屋を見渡すと、静かに語り始めた)


「我が主の忠実な下僕であるオチェナーシェク閣下より、クラマー閣下に連絡をお持ちしました。

 なお、オチェナーシェク閣下の命令により、連絡事項は口頭にてお伝えします」


(彼は、オチェナーシェク老が使っている、元伝書使(クーリエ)だ。

 その言葉遣いは丁寧だったが、有無をいわさぬ迫力があった)



〈貴殿が捕縛した市民は、オチェナーシェク家の客人である。

 その市民の身元は、オチェナーシェク家が保証している。

 共和国法に基き、至急その市民を解放し、この伝言を託した伝書使(クーリエ)に身柄を預けるよう、要請する。

 万が一、その市民の身に危害が加えられていた場合、後日、正当な手続きをもって、共和国警察に対して賠償を請求する。

 以上、不満があれば、共和国裁判所に反訴して頂いて結構〉



伝書使(クーリエ)の言葉を聞いたクラマー少将の顔色が、みるみる青ざめていった。ほとんど蒼白と言ってもいい。

 「万が一、その市民の身に危害が加えられていた場合」と言っているが、オチェナーシェク老はどこかで現状を監視していて、ベストのタイミングで伝書使(クーリエ)を踏み込ませたと思って間違いない。つまりこれは、「私はすべてを見ているぞ」という、脅しだ。

 それだけでも顔面蒼白になるには十分だが、クラマー少将にとって、話はその程度では終わらない。


 治安警察のお偉いさんであるクラマー少将は、警察大臣であるオンドルフ閣下の部下として、その権勢を保ってきた。

 が、典型的な貴族優越論者のクラマー少将は、元平民であるオンドルフ閣下の下で働いているということに、プライドを傷つけられていたに違いない。

 私に手を出したのも、オンドルフ閣下を出し抜いて、手柄を上げようと思えばこそ、だ。「警察大臣が取引している記者は、実はヴージェ皇国のスパイである」という情報は、オンドルフ閣下を国賊と批判し追い落とすチャンスとして、彼を大いに奮い立たせただろう。私としては、こんな根も葉もない噂のせいで、なぜここまでされねばならないのかと嘆きたくもなる状況ではあるが……。


 結果、クラマー少将は何の弁護もできないレベルで(しかもオチェナーシェク老本人が張った罠にかかる形で)、オチェナーシェク老の財産――つまり私――に、手をつけてしまった。


 間違いなく、オンドルフ閣下はクラマー少将を、切り捨てるだろう。

 オチェナーシェク老は、「共和国警察を訴える」と宣言している。つまり、共和国警察が本件の責任をすべてクラマー少将に押し付け、公式見解として「重大な人権侵害が発生したことに強い遺憾の意を示す」ことを、暗に要求しているのだ。

 オンドルフ閣下としては、飲まない理由のない取引だ。あまり有能とは言いかねる、貴族優越論者であるクラマー少将(だが家柄だけは良い)から、誰にも文句を言わせない形で政治的ポストを奪えるのだから。なおかつ、少将が座っていた椅子は、オンドルフ閣下にとって新たな取引材料ともなる――ヴラナー中将の件のように。


 してみると、今回の茶番は、オンドルフ閣下とオチェナーシェク老が無数に交わす取引の中で行われた、オチェナーシェク老からの「支払い」なのかもしれない。

 というのも、私から見える範囲で言えば、今回の件で一番得をしているのは、馬鹿を粛清できたオンドルフ閣下であり、オチェナーシェク老は具体的な利益を得ていないからだ(私に対する賠償金のようなはした金が、利益としてカウントされようはずもない)。

 もちろん、「私に見える範囲」という、極めて限定された視野における推測なので、真相からは随分と遠いだろうが……。


 ともあれ、クラマー少将の政治生命は、尽きた。


 床に両膝をついたクラマー少将を無視して、伝書使(クーリエ)は私の手首から手錠を外し(どうやって合鍵を手に入れたのやら)、左手を手早く応急処置していった。消毒のために強い酒が振りかけられ、またしても意識が飛びそうになる。

 数分のうちに処置を終えた伝書使(クーリエ)は、負傷兵を抱え上げる要領で私を抱き上げると、立ち去ろうとした。


 が、部屋を出る間際、彼はクラマー少将の精神にトドメを刺すという任務を、忘れなかった。

 伝書使(クーリエ)の口から放たれた冷徹な言葉が、クラマー少将に突き刺さる)


「オチェナーシェク閣下から、クラマー少将に、もうひとつ伝言があります」


貴族の義務ノブリス・オブリージュを語るのは大いに結構だが、革命戦争においても、革命継承戦争においても、一度も戦場に立ったことのない貴殿がそれを語るのは、滑稽だ〉


「――伝言は、以上です。

 受領のサインは不要と聞いておりますので、これで失礼します」


(もはや、尋問室にはクラマー少将のすすり泣きが響くのみだった。

 過激な伝言を伝えた伝書使(クーリエ)は、何事もなかったかのように、尋問室を去っていく。

 伝書使(クーリエ)の肩に担がれた私は、緊張の糸が切れたのか、尋問室を出るや否や意識を失っていた)


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