Nov.20 ~ Misfortune~
Nov.20
枯葉を踏みしめながら住宅街を通り過ぎていると不思議な匂いがしたが、この匂いはなにかしら?街路樹のひらひらと落ちていく葉を傍目に、私はふと考えを巡らせていると、隣にいたスカーレットがぱんと手を鳴らした。
「これは、胡麻だわ」
もう一度よく嗅いでみると、確かそうだ。にコクがある胡麻の香りだった。きっとどこかの女将がゴマを擦っているのだろう。
それにしても彼女の的確な嗅覚には、よく私は驚かされてしまう。
「すごいわね、スカーレット」
そう褒めると、彼女は満面の笑みを浮かべ兎のようにぴょんと跳ねて、地に落ちた葉の塊を飛び越える。
だけど、この時は口先では褒めた裏腹に、私は自分自身に対する焦りと困惑を感じていた。
今日はパンの試験が行われた。
試験の日と言うのは、どうして前日に比べると気が緩んでしまうのだろう。
どうにでもなってほしいという思いが強いせいなのだろうか。もっと緊張感を持たなければならないので、闘志を高めようと試みる。しかし大抵、繕ったように緊張感を作ってしまうと、緊張が足りない時よりも余計におかしくなってしまう。それを昔から知っているというのに、私は今日に限って仕出かしてしまったのだ。
最悪の調子で臨んだ結果はまだ出ていないが、思い出すだけで前頭葉が痛くなるほどの惨状だった。
塩の分量を間違えたのはおろか、温度調節もできなかった。全部の指もかちこちに固まってしまい、形も不格好で見た目からして美味しくなさそうなパン、いやパンじゃない物体をそれこそ作り出してしまったのだ。
どんな味だったのかは試食ができないので分からないが、いつもの禿げかかった料理長と、眼鏡をかけた温和そうな顔の料理長は恐る恐る口に入れた途端、一気に眉間に皺を寄せた。
しばらくの間、とてもとても長い沈黙が走った。
脂汗をこめかみに浮かべて私はお腹の痛みを覚えた。
そのまま私はなんの言葉ももらえずに、次の人を呼んでと言われる始末だ。
私はおじぎもままならず、ただ情けないほど猫背ですごすごと広い厨房を出ていった。
その時の惨めな気持ちは一生忘れることはできないだろう。
そして誰にもわからないであろうと感じていた。
特に、この隣で能天気に笑っている赤いおさげの女の子には。
「インディゴ、今日はどうする? 試験で疲れたならもう寮に帰ろうか?」
心配そうに見つめるスカーレットを見て、私はなんだかさらに疲労感が増した。だけど彼女の心配に応じて、私は力なく頷いた。
それ以降、私たちはなにも喋らずに寮に戻って、スカーレットとも手を振るだけの別れとなった。
すぐにベッドの中で眠ろうと私は目を瞑ろうとしたが、ふと彼女の悲しそうな顔を思い浮かべてしまった。
今思えば、彼女は私のことを気遣ってくれたのではないか?
彼女は試験が終わった祝いで美味しい料理店に行きたかったのではないだろうか?
思えば、いつも試験が終わると私とスカーレットはそこに行って、美味しい料理を食べて開放感を得ていたのだ。特に私も彼女もミートスパゲティが好きだったので、それをフォークに巻きつけながら、他愛もないおしゃべりをして、スカーレットはまた補習だけど、それでも頑張るわ。なんてはにかんだように笑ってくれる。
だけど、彼女はそれを我慢して、私の気持ちを察して寮に戻ってくれたのだろうか。
そう考えると、彼女に申し訳なくて、むず痒くなった。
寝て忘れようという自分の考えが馬鹿らしく思えて、眠ることがしばらくできなって、今、筆を執っているというわけだ。
だからと言って、こんなことを書いて彼女に届くはずがないのだけれど。
それでも、自分のためにこれだけは書いておかなければ。
明日の早朝、彼女に謝ろう……。