Nov.10 ~ Breakfast~
Nov.10
今朝は目が覚めるとぐうとお腹の虫が鳴き始めた。それと同時に微量な木炭の匂いが風に乗ってやってきたのを感じる。辺りの寝室を見回したが、他の『作る者』の少女たちは気づいていないのか、まだ起床時間ではないからなのか。静かに眠りについていた。
私はもちろん、その匂いの正体は分かっていた。
それでも心配だったので、練習のために使っていいと料理長が許可を出した小さな厨房に足を運んだ。
厨房は間取りが狭く思うように身動きも取れず、調理台の上に置かれた皿をあやうく落としそうになってしまった。
小さな窓から差し込む微量な光で、竈の前で咳こみながら、なにかを取り出そうとしているのはやはり見慣れた、私の親友だった。
スカーレットも私の姿に気づいて、青いエプロンについたすすを払いながら、舌をちらり出した。
「あはっ、温度の調節を間違えちゃったみたい」
朗らかに笑いながらパンらしきものを指さす。昨日に比べれば形は綺麗に丸くなっているが、いかんせん色が真っ黒だ。
ぱんぱん、とお尻についた煤を払ってあげると、彼女はありがとうと言った。
「がんばってるのね、スカーレット」
「うん。このありさまだけどね……でもね、要領がつかめた気がするわ。明日もう一回練習すれば、今回の試験は補習を受けなくても済むかもしれないの!」
手をぐっと握り締めて拳を作ったスカーレットは力んでいるのだろうが、細い容姿なのでなんだか頼りなく感じた。強く感じるのは彼女の声だけだ。
スカーレットは毎朝、試験のために小さな厨房で料理の練習をする。
その中でももちろん、砂糖と塩を間違えたりするのは健在で、今日もまた黒い物体を完成させた。
だけど、この早朝で、彼女は着実に、人より遅いがしっかり歩んでいる。
彼女は『作ること』が苦手でだけでなく、試験というものにも弱いため緊張して、努力が無駄になることも少なくなかった。それでも彼女は健気なことに諦めないのだ。要領が悪いと言うが、私にしてみれば器用貧乏と言ったところだろう。
スカーレットは黒い物体を口に放り込んで、舌を動かしているようだ。
「温度だけじゃなくて、ちょっと塩が多かったかしら。インディゴもどう?」
そう言って黒い物体を差し出され、一度は躊躇をせざるえなかった。
彼女の舌に嘘は無い。手にとって少し物体をちぎって口に放り込む。ざらっとした味が舌全体にやって来る。しょっぱかったが、それは紛れもなく、柔らかくてなおかつ温かいパンだった。
どう、とスカーレットは私の顔を覗き込んで言った。
「塩を抜きにすれば、とてもおいしいわよ」
「本当? ありがとう。ようし、張り切っちゃうんだから」
彼女はぴょんととび跳ねて、赤いおさげを弾けさせた。
それと同時に六時を示す鐘の音が鳴り始めた。慌ただしい足音が聞こえた。もうみんな起き始めたのだろう。
私たちも行こうと言って、鳴り響く鐘の中で、早朝、スカーレットと共に小さな温もりを宿した厨房を離れた。