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Oct.25  ~Daily~

Deer my appetite



Oct.25


 私たちが歩き通り過ぎた襤褸の家からシチューの匂いがした。微かな胡椒のスパイスも伴って鼻を突き刺す。

「美味しそうね」

 羨望の眼差しで私の隣で赤いおさげが揺れた。ごくりと唾を飲む音も少し聞こえたのが分かった。私はパンや林檎の入った袋を抱えて目を細めてしまった。お決まりのように私は小さなため息も付け加える。


「だけどスカーレット。私たちは『食べる者』じゃなくて、『作る者』でしょう」

「ええ、わかっているわ」

 そう窘めると赤いおさげは神妙な顔で頷いたが、やがておしゃまな笑みを浮かべる。

 だけど、スカーレットは『作ること』よりも『食べること』に目が行きやすいのは確かだった。

 住み込みの宿屋でも、少しの欠片も残さずに食べて、もうお鍋も空っぽだというのにおかわりをしてはよく女将さんに呆れられる。今日も何度も裏通りの充満している夕食の匂いに敏感だ。


 彼女は『食べること』に関しては貪欲だ。

 でも、『作ること』に関しては無知なのだ。


 私たちは毎日のように小さなパンやケーキを焼く。料理において、美しく丁寧に早く切れる方法や、最高の温度を体に叩きこむのだ。そこで毎回、彼女は砂糖と塩の見分けもつかずに間違える。お前は客にしょっぱいシフォンケーキを出すつもりか。料理長にこっぴどく叱られて、一人で『補習』を繰り返すのだ。

 それでも彼女はいつも豪快に笑って言うのだ。


「気にしないってわけじゃないけど、次のことを考えなきゃね」


 私だったらきっと間違えたら『作る者』としてやっていけないと打ちのめされているだろう。

 彼女は人よりも無知であったが、人一倍心が強かであった。そして、誰よりも努力をして、自分や相手を慰めるのが上手だ。


 私も今日も明日もきっとその彼女の強さに負けまいと『作る』のだろう。




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