3話
俺は一通り拠点をイーリスに案内された。現在ある施設は、それなりのベッドが1、火を起こすせる釜戸が1、食器が入っている棚が1、簡素なトイレが1、狭い風呂場が1、大きめのテーブルが1と椅子が4だった。食料に関しては良く解からない箱から取り出すらしい。食材を並べられたが、2人では十分すぎるほどあるようだ。
「なるほど、最低限の生活は出来そうだな。俺は料理が出来ないんだが、イーリスは出来るのか?」
「はい、問題ありません」
と言葉を交わす。どうやら異世界の料理を振舞ってくれそうだ。楽しみにしよう。俺たちは操作盤の所まで戻るとゴブリンたちが生活をし始めたようだ。
(こいつら……最初に始めるのが交尾かよ)
画面を覗くと2体X5の組み合わせでカップルが早くも出来たらしい。さすがは繁殖能力の高い種族だ。思わずイーリスの方を見るが特に表情の変化は見られない。何とも思っていないようだ。
「今日は特にないな。イーリス、この世界の事をもっと教えてくれ」
俺はそう言って夜まで時間を潰していった。
そして夜になり、イーリスの手製の食事が振舞われた。調味料が塩しかなかったのでかなり簡素だ。どうやらその辺りから調達する必要がありそうだ。
「なぁ、水ってどこから得たんだ?」
良く解からない素材で出来た食器をフォークで突付きながら聞く。井戸なんて見当たらなかったし、水道の蛇口も見なかった気がする。
「お風呂場に水道があります。そこから汲みました」
イーリスは淡々と答える。この娘さんは感情の起伏がないのだろうか。感情がないと話していても少し寂しい気がする。謎の金属で出来た食器を折り曲げようとしてみるが全く曲がらない。
(水道があるのか、本当に良く解からない場所だな)
現代人からしてみると原理とか気になるが、気にしても答えはないのだろう。それより娯楽が一切無いのが辛い。数日はイーリスと話して過ごすのも良いのだが、いつもネタがある訳ではない。その内尽きるだろう。
俺は操作盤に向かうと娯楽が無いか調べてみる。するとどこかで見た事があるような品が並んだ。
「本にゲーム機、テレビ?」
ファンタジーの世界とは関連性が無い。本のタイトルやゲームソフトの名前を見ていると見覚えのあるものばかりだった。
「イーリス、これはまさか?」
「はい、管理者様が以前住んでいた部屋の品物になります。一時的に異空間に保管してあります」
すぐに返事が返ってくる。会ってからずっと俺についてきているが、そういう役目なのだろうか。
どうやら俺の私物が呼び出せるらしい。操作盤から私物を全て取り出し、拠点に並べていく。それだけでも殺風景だった拠点の部屋がかなり充実してくる。ただ、部屋が石造りなのでその中に家電製品があるとか違和感が凄い。
「さて、家電製品があるのはいいんだが……電気ってどうなっているんだ?」
いくら科学の発展した品物があっても電気がなければただの箱である。コンセントの先端をみるとプラグがなかった。
「ん?どうなってんだこれ」
これでは差し込むことは出来ない。先端を見ても銅線がむき出しになっているという事もなかった。試しにリモコンでテレビをつけてみると普通についた。しかも日本語の番組が放映されている。電波とか電気がどうなっているのかさっぱり解からないが、イーリスに聞いても答えてくれそうに無いから止めておく。
(こんな所までN○Kの集金は来ないよな……?)
少し不安になるが、さすがに異世界にまで来ないだろう。あっちこっちチャンネルを変えてみるが、特に不審な所は無いようだ。
イーリスが後ろで不思議そうに見ていたので、家電製品の使い方を1つ1つ丁寧に教えていく。洗濯機の事を教えた時は驚愕していた。初めてこの子の表情の変化を見たかもしれない。
俺は操作盤へと戻り、消耗品はどうするか眺めているとどうやらDPで買えるらしい。どこまで便利なのだろうか。時計を見ると、家電製品の事を教えていた為か結構な時間になっている。
「さて、そろそろ寝ようか」
俺はそう呟いて気が付いた。
(あ、ベッドが1つしかない)
決して意図的に考えから外していたわけではない。信じて欲しい。
「私は床で眠ります。管理者様はお気になさらずにお願いします」
イーリスが相変わらず淡々と言う。さすがにカーペットならまだしも石のごつごつした地面に寝かせるわけにはいかない。
「いや、俺が椅子に座りながら寝るよ。イーリスはベッドを使ってくれ」
別にフェミニストという程では無いが、女の子を地面に寝かせて自分だけベッドで寝るのは気が引ける。
「駄目です。管理者様を差し置いて私がベッドを使うわけにはいきません」
どうやらイーリスも頑固のようだ。主従関係が出来ているのだからそんなものなのかも知れないが。
「なら一緒に寝るか?」
下心を隠すつもりはない。とは言え、俺は今日会ったばかりの子に手を出すほど欲望に忠実という訳でもない。
「……解かりました」
一瞬表情を変えるとすぐにいつもの無表情に戻る。やはり若い娘としては葛藤があったのだろうか。俺たちは同じベッドに横たわる。俺が目を閉じる振りをするとイーリスも目を閉じたようだ。
(綺麗な子だよな……)
近くで見ると尚更そう思う。手を出したい気持ちはあるが、さすがにそこまで飢えては居ない。今後どうなるかまでは保障は出来ないが……。
(俺、1階をちゃんと運営できたらこの子に手を出すんだ……)
フラグのような気がしなくも無いが、どこかで区切りを付けた方がいいだろう。少なくとも運営が出来る様になれば、気分的にも楽になる。そう思い俺は眠りに落ちた。
それから数日が経過する。迷宮はゴブリンが更に増えているくらいしか変化は見られない。恐ろしい繁殖能力だ。洞穴内の様子をボーっと見ていると、内部のある場所でゴブリン同士の喧嘩が起きていた。トラブルだろうか。
ゴブリンは殴り合いをして喧嘩している。そして片方が勝利したようだ。もしかしたら群れのリーダーを決めていたのかも知れない。負けた方のゴブリンはトボトボと重い足取りで洞穴内の出口へと向かっていく。負けたら追い出されるのかもしれない。
そのゴブリンに1体のメスのゴブリンが寄り添って一緒に出て行く。ゴブリンに夫婦という概念があるかどうか知らないが、どうやら仲のいい者同士なのかも知れない。
(ゴブ吉、頑張って生きろよ)
勝手に名前を付けて出て行くゴブリンを応援する。さすがにこいつらの社会なのだから勝手に手を出すわけにはいかない。黙って生活を見るだけだ。
「イーリス、ゴブリンもちゃんと生きているんだなぁ……」
いつもの様に隣で待機していたイーリスに声をかけると、何言ってんだこいつ、という蔑んだ目で見てくる。癖になりそうだ。
最近は徐々にイーリスも表情を見せるようになってきた。どうやら我慢していたらしい。さすがに言っては来ないが、たまに変わる表情が面白い。
(よし、新しくリーダーになったゴブリンと出て行ったゴブリンを成長させてみるか)
そう思い操作盤を叩き、魔物の成長の項目を見る。そこには、レベルの上昇と職業のランクアップがあった。
レベルの上昇は主にレベルを上げてステータスを上げる。見た目は変わらないが、どんどん強くなっていくらしい。職業のランクアップは見た目やスキルが変化し、一気に強くなるとの事。
(消費DPを見る限りでは職業のランクアップの方がコストが良いな)
ゴブリンのレベルは1つ上げる為に100DP消費する。職業は同じく100DPだが、スキルやステータスの上昇量が結構大きい。
(ゴブ吉は見た目が変わったらさすがに隠れて行動できないだろうし、レベルだな。こっちのリーダーは威厳を出す為にもクラスアップの方が良さそうだ)
現在、ゴブリンの生活でDPが増えていたので、両方ともそこそこ上げる事が出来る。ゴブリンのリーダーをゴブリンロードへ。出て行ったゴブ吉のレベルを5にする。これでDPは全て使い切った。
(頑張って新しい群れを作れよ。ゴブ吉)
ゴブ吉のステータスを見るとゴブリン10体分以上のステータスになっていた。上昇量半端ない。ゴブリンロードは元の20倍以上だったが。
ゴブリンロードの部下の強さを上げるのも良いかも知れないが、今は使い切ってしまったので今後にしよう。
そして俺はゴブリンを眺めながら平穏な時を過ごしてく。
ある日それが起こった。ゴブリンの洞穴に人間が10人侵入してきた。その人間を見る限り、近隣の村人だろうか。装備は金属製の剣と斧を持っている程度で防具は布の服だ。冒険者という存在もいるという話を聞いていたが、それにしては装備がお粗末だろう。
「イーリス、これは……」
「近隣の村の住人がゴブリンを見かけて様子見で来たのでしょう。この程度で勝てる相手ではないでしょうに……」
入ってきた哀れな人間は入り口で見張りをしていたゴブリンや通路を歩いていたゴブリンを容赦なく集団で殺していく。人気からしてみたら魔物なんてこんなものなのだろうか。
調子に乗った村人は遂に奴と対面してしまう。そうゴブリンロードだ。その容姿はゴブリンとはかけ離れている。かなりの威圧感を放っている。村人がそいつを発見すると慌てて逃げ出す。統率すらない。
ゴブリンロードはすぐに村人へ駆け寄ると一刀の元に村人を両断する。周囲のゴブリンも協力して村人を殺していく。俺はその光景を顔を青くしながら見続けている。
最終的に10人半数が逃げて、半数が死んだようだ。そしてゴブリンたちは死んだ村人に向かって刃物を振り下ろす。
(う……これは……)
食料にする為だろうか。どんどん解体していく。俺はその光景を見ながら吐き気を催す。さすがに同族を解体される光景には慣れているわけがない。死体を見るのとは全く違う。俺はトイレに駆け込むとそのまま吐いた。
大方吐き終わると、イーリスがコップに水を入れて持ってきて手渡してくれる。俺はそれで口をゆすいで口の中を綺麗にする。
「管理者様、提案があります」
この状況を見たイーリスが何か決めたらしい。俺はイーリスの顔を見る。
「今後、この様な光景は当たり前のようにあります。その度に吐いてしまったのでは管理者様の精神が壊れてしまう恐れがあります。なので、感情の制御をしては如何でしょうか?」
感情の制御を脳内で調べるとすぐに引っかかった。制御とは言っているが、封印、あるいはそれの破壊とも言える。早い話が罪悪感を一切感じなくなる。この迷宮を運営する以上どこかで割り切る必要があるのかも知れない。
「解かった、そうさせて貰う」
俺はかろうじてそれを口にする。毎回こんな調子では運営なんて無理だろう。見慣れるのすら難しそうだ。今も自分の行った事が原因で人が死んだ事での罪悪感で押し潰されそうだ。
俺はその制御を行うと気分が一気に正常な状態に戻っていく。心が落ち着き、先程の画面まで戻った。まだ解体は続いていたようだが、俺はもう何も感じなくなっていた。
俺はその日、人を辞めた。