Prologue
ふわり。心地の良い風が病室に流れ込んでくる。
壁も、床も、ベッドすらも白い部屋の中で色彩を持つのは、私の来ている患者用の服とベッド脇の棚にある花瓶の花くらい。
それ以外は白で統一されていて殺風景にも見える。
ここが私の世界で、一番馴染みのある場所。
生まれつき身体の弱かった私は家に帰ることも出来ないくらい病弱で、いつも病室のベッドの上にいた。
時々体調の良い日は屋上や中庭を散歩するときもあったけれど、それも、もう出来ない。
数ヶ月前に主治医から余命宣告を受けて私は自分の命の短さを知った。
どう頑張っても、病院から出ることは叶わないと知った。
悲しくて、寂しくて、だけど心のどこかではホッとしていた。
これでようやく家族に迷惑をかけることもない。
風邪を引いただけで命取りになるような私が生きていても、家族の重荷になるだけだもの。
――…あぁ、でも……。
彼に二度と会えなくなるのはとても辛い。
名前も知らない人だけど、彼がいたからこそきっと私は余命よりも長生きすることができたんだと思う。
たった数日の差だったとしても、宣告された余命より生きられたなんて、奇跡に近いことだから。
短い間だったけれど毎日のように来てくれて、私のために外の絵を描いてくれた彼のお陰。
本当は彼に伝えたい言葉があったのに。
開け放たれた窓から、そよ風が木々の葉を揺らす音がする。
その青々とした葉を見ようと目を開けたのに、私にはもう霞んだ色しか見えなかった。
諦めて目を閉じれば瞼の向こうに彼の笑顔が映る。
――はい、今日は学校の教室だよ。
鉛筆と淡い色合いの水彩で描かれた絵を差し出してくる彼。
…そうだ、あの絵が見たい。
上手く動かない体を無理矢理動かして、棚の上に重ねられていた紙を手に取った。
なのに、やっぱり私の目は綺麗な色彩を映してはくれなくて。
少しゴワついたスケッチブックの紙の感触に酷く心が落ち着き、そのまま紙を抱き締める。
彼はきっと、今日来てくれる。
今までと同じように外の景色を描いた紙を持って。
それを見られないことだけが何よりも心残りだけれど。
「…ごめん、ね……あり、が…と…、」
ゆっくりと広がる睡魔に笑みが零れ落ちる。
あぁ、痛みがなくて良かった。
笑顔で逝けるなんて私は幸せ者だ。
せめて絵だけは離さないよう、数枚の紙を掻き抱いて私は静かに瞼を閉じた。




