幻想芝浜
一人の冒険者がいた。その男の実力のほどは初心者に毛が生えた程度。そのくせ努力嫌いで、いつも一獲千金を夢見ているような男だった。
ちまちまとした仕事で日銭を稼ぐのが嫌になった男は、妻が必死で止めるのも聞かず、到底実力には見合わない危険な迷宮に一人で挑んだ。そして案の定、魔物に追い回されることになった男は、這う這うの体で逃げる途中、うっかり足を滑らせて落とし穴から階下に落ちてしまう。ところがその先は隠し部屋につながっており、そこで大量の金銀が入った宝箱を発見したのだ。
それをどうにかこうにか持ち帰ることに成功した男は、妻にそのことを告げた。そして二人で祝杯を挙げながら、男は自分がどれだけ危険な目にあって、その中でいかにしてこの幸運を手にしたかを大げさに語り、最後は酔いつぶれて寝てしまった。
翌日の昼を過ぎたころ、男は妻に揺り起こされた。二日酔いにガンガンと痛む頭を抱えていると、妻が男を叱りつけた。
「またそんな飲んで! 今日の仕事はいったいどうするんですか!?」
「仕事ぉ? 馬鹿お前、あんだけの金があれば数年は遊んで暮らせるだろうが。しばらくは仕事の心配なんてしなくていいよ」
「お金? お金なんてどこにあるんですか。あなたの酒代で今月の家賃だって苦しいっていうのに」
「なにぃ? 昨日俺が命からがら持って帰ったあの金があるだろうが! お前にも見せてやったじゃねぇか!」
「何言ってるの。そんなもの見せてもらったことなんてありませんよ。どうせ飲んだくれて都合のいい夢でも見てたんじゃないですか?」
「夢ぇ? ……あれが全部夢だったってのか?」
「そんな大金が簡単に手に入るわけないでしょう。いつまでも夢みたいなこといってないで、ちゃんと地に足つけて仕事してください」
そう言われれば確かにあまり現実感のない話ではあった。やっぱりそんな旨い話がそうそうあるわけがないと思い知った男は、それからは心を入れ替え、身の丈に合った仕事を地道にこなすようになった。そんな男を妻はこれまで以上に献身的に支えた。
それから数年。ちょっとした失敗が原因で男は片足を失う大怪我を負った。世の中にはそれを治す方法もあったが、それには今の男には到底手の届かないような大金が必要だった。これでついに冒険者も引退かと男が腹をくくると、妻が見たこともない大金を差し出した。
「あなた、このお金を足の治療に使って」
「お前、この金はいったいどうしたんだ?」
「数年前、あなたが無茶して大金を手に入れたことがあったでしょう? あの時のお金です」
「え、いや、けどあれは夢だったってお前が――」
「ええ。あの時はね、もしこのお金をあの時のあなたが手に入れてたら、そんなのすぐに使い果たして、それでまた無茶して今度こそ死んじゃうんじゃないかって心配だったんです。だからわたしがずっと隠してたの」
「そうだったのか……。あれは夢じゃなかったんだな……」
「今まで嘘ついててごめんなさい。誓って一銭も使ってはないけど、あなたのお金をずっと黙って隠してたことは悪いと思ってます。だからこれを使って冒険者を続けてください」
「ああ、そうか。その金があれば俺はまだ冒険者を続けられるのか。…………。いや、やっぱりやめておこう」
「え、どうして!? やっぱり怒って……?」
「いや、違うよ。むしろ感謝してるさ。お前の言う通り、ただの幸運を自分の力だと勘違いしてたあの頃の馬鹿な俺なら、その大金もものの数日で使い果たして、今度こそどっかで野垂れ死んでたろうさ」
「でも今のあなたならそんなこと――」
「実はな、もうここのところ、冒険者としての自分の底が見えちまった気がしてたんだ。ここらがいい潮時だったんだよ」
「あなた……本当にいいの?」
「ああ。だからさ、それよりもその金を使って、二人でなにか商売でも始めないか?」
「商売って……?」
「なんでもいいいんだ。商店でも、酒場でも、宿屋だっていい。これまでやってこれたように、地味でも地道に続ければなんとかなるだろうさ」
「ああ、うれしい! あなたが危険な仕事から足を洗ってくれて、その上お店が持てるだなんて! まるで夢みた――」
「おっと、それ以上はいけねぇ。また夢になられちゃ困るからな」




