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聖騎士は報告書に嘘を書く——集落を滅ぼす命令の裏で  作者: 蒼月よる


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天井の灯

 冬だった。


 西の丘陵地帯に、集落があった。


 四十人。丘の上に家が点在していた。石造りの小さな家が、丘の斜面に散らばっていた。道はない。獣道のような細い筋が、家と家のあいだを繋いでいた。冬の風が丘を越えて吹いていた。低い雲が山の上に載っていた。空が近かった。


 三十七。おれは三十七になっていた。


 何度目の査定かは数えていない。数える意味を、どこかで失くした。任務が来る。命令を受ける。査定に行く。報告書を書く。提出する。手順は体に染みついていた。考えなくてもできた。朝起きて、服を着て、歩くように。


 集落に入った。


 小さかった。今まで見た中で、最も小さい集落だった。四十人。北の山裾の六十人よりも少ない。港町の百十人の三分の一以下。南の九十人の半分以下。家は全部で七軒だった。石と土の壁。木の屋根。煙突から煙が出ていたのは三軒だけだった。


 静かだった。人の声がほとんどしなかった。子供の声もなかった。年寄りの集落なのだろう。若い人間は街に下りている。残っているのは、動けない者か、動かない者だ。


 部下に命令を出した。聞き取り。配置の確認。遺物の特定。声は低く、短く。いつも通りだった。部下たちは散った。おれは集落の中を歩いた。


 丘の上から、遠くが見えた。丘陵が波のように続いていた。緑はない。冬の枯れた草が、丘を薄い茶色に染めていた。空の灰色と、丘の茶色。二色だけの景色だった。


 住民は静かに協力した。年長の女が出てきて、案内すると言った。疲れた顔をしていた。聖騎士に怯えてはいなかった。怯えるほどの元気がないように見えた。


 遺物は集会所にあった。


 集会所は丘の中腹にあった。他の家より少し大きいだけの、石造りの建物。扉を開けると——天井に灯りが一つ、吊ってあった。


 蜂蜜色の光だった。


 港町の灯台と同じ色だった。だが小さい。掌の半分ほどの光が、天井の梁から紐で吊り下げられていた。部屋を照らすには十分で、窓のない集会所の中が薄く金色に染まっていた。


 灯りはこれだけだった。遺物は灯りが一つ。小さな集落の、唯一の共有物。


 部屋の中を見回した。石の壁。土の床。木の梁。長椅子が三つ。壁に棚があり、食器が並んでいた。共同の台所も兼ねているのだろう。鍋が一つ、棚の隅に置いてあった。


 全てが質素だった。この集落には余剰がない。四十人が暮らすのに必要なものだけがある。灯りは——その中で唯一、必要以上のものだった。暗い部屋を照らす。それだけのために、天井から吊るされている。なければ暗いだけだ。死なない。だが集まれない。話ができない。冬の長い夜を、各々が一人で過ごすことになる。


 老人たちがいた。


 集会所の中に、四人の老人が座っていた。丸太の長椅子に座って、話をしていた。おれたちが入ってきたのを見て、一瞬だけ振り返った。それからまた、話に戻った。


 聖騎士が来ても、大して気にしていなかった。この集落は小さすぎて、外部の人間が来ること自体が稀だろう。だが恐怖もなかった。好奇心もなかった。年寄りは年寄りの世界に生きている。おれたちは通り過ぎる影だった。


 白髪の老人が、隣の老人に話していた。穏やかな目をしていた。灯りの下で、しわの深い顔が金色に照らされていた。


「——うちの孫がな、来月には歩けるようになるらしい」


 隣の老人が頷いた。何か返事をした。聞き取れなかった。二人は笑った。声の小さな、穏やかな笑い方だった。


 灯りの話はしなかった。


 灯りは空気だった。この老人たちにとって、天井の灯りは空気のように当たり前のもので、話題にすらならなかった。灯りがあるから冬の夜も集まれる。灯りがあるから話ができる。灯りがなかったら、この集会所は真っ暗で、老人たちは各々の家に閉じこもっているだろう。だが誰もそんなことは考えない。灯りはそこにある。ずっとそこにあった。それだけだった。


 おれはその顔を見ていた。


 何も感じなかった。


 北の山裾の老婆の手を見たとき——何かがひっかかった。港町で漁師の息子が灯台を見上げていたとき——胸が詰まった。南の街道で子供が水を飲んでいたとき——壁の下の子供とすり替わった。


 今、老人の顔を見ている。孫の話をしている。灯りの下で笑っている。


 何も感じない。


 六年前は違った。老婆の手を見たとき、何かがつかえた。漁師の息子を見たとき、胸が詰まった。子供が水を飲むのを見たとき、壁の下のあの子が重なった。あの頃はまだ——嘘を書くたびに、何かを感じていた。恐怖。罪悪感。ルールを破った恐れ。何でもいい。何かがあった。


 今は——ない。


 宿に戻った。


 集落に宿はない。丘を少し下ったところの、巡回騎士用の小屋だった。北の山裾の小屋と似ていた。六年前と同じような石の壁。同じような机。同じような蝋燭。


 報告書を広げた。


 最も簡単な案件だった。四十人。灯り一つ。条件は三つとも完全に満たす。違反は軽微——灯りが一つあるだけだ。住民は無知——遺物だと思っていない。遺物は受動的——光っているだけだ。


 条件を満たす。ルールは——すでに破っている。三年前に。だが条件を満たすかどうかは、まだ見ている。見ていることに意味があるのかどうかはわからない。ルールを破った男が、ルールを確認している。


「証拠不十分」


 書いた。


 手は震えなかった。何も浮かばなかった。紙は紙で、文字は文字だった。あの四歳の目は見えなかった。水を飲む子供の手も見えなかった。紙の上には何もいなかった。黒い文字と、白い紙。それだけだった。


 書き終わった。何の感慨もなかった。


 封をして、提出した。


 ——七日後、照会が来た。


 新しい審査手続きだった。三年前の通達で導入された追記欄。報告書を提出すると、上から照会が返ってくることがある。今までは来なかった。おれの報告書は形式的に不備がなかった。だが今回、初めて来た。


「当該集会所の灯火について、遺物との類似性の再確認を求む」


 おれは照会の文面を読んだ。


 机の上に広げた。蝋燭の光で文字を追った。冷静だった。手が震えるかと思った。震えなかった。心臓が跳ねるかと思った。跳ねなかった。頭だけが動いた。照会の文面を分析した。何を求めているのかを読んだ。文面の裏にある意図を読んだ。


 照会は形式的だった。「類似性の再確認」——つまり、報告書の記述だけでは遺物の可能性を完全に排除できないから、追加の所見を求めている。上が疑っているわけではない。おれの報告書を特定して疑っているわけではない。書式が変わったから、書式通りに手続きを踏んでいるだけだ。新しい照会制度が、全ての報告書に対して機械的に発動している。


 だが——この制度は、おれのような人間のために作られたものだ。


 報告書に嘘を書く班長がいるかもしれない。その可能性を、制度が認識し始めている。照会はそのための網だ。まだ目の粗い網だが、網は網だ。


 おれは回答を書いた。


「灯火の構造は一般的な魔石灯と外見上の差異がない。遺物特有の刻印・紋様は未確認」


 嘘ではなかった。差異がないのは事実だった。一般的な魔石灯と見分けがつかない——ただし、それは風で消えるかどうかを確認しなければの話だ。刻印・紋様は未確認——確認していないのではなく、確認しなかった。近づいて調べれば何かあるかもしれない。調べなかった。


 不作為による偽装。やらなかったことを、なかったことにする。


 照会は通った。追加の調査は命じられなかった。制度が締まりつつある。新しい手続きが導入されている。だがおれの技術は——それを上回っていた。


 上回っている。七年間嘘を書いてきた技術が、新しい制度の網より速く動いた。


 その事実を、おれは何の感情もなく受け止めた。達成感もない。安堵もない。恐怖もない。照会が来た。処理した。通った。それだけだった。


 夜、宿の蝋燭を見ていた。蝋燭の炎が揺れていた。風が隙間から入ってくるのだろう。炎が揺れる。灯りが揺れる。普通の灯りは揺れる。風が吹けば消える。


 集会所の灯りは揺れなかった。風が吹いても消えなかった。おれはそれを報告書に書かなかった。照会にも書かなかった。


 蝋燭の炎を見ながら、考えた。考えようとした。


 何も考えつかなかった。


 最も簡単な案件だった。四十人。灯り一つ。条件は全て満たしていた。照会も凌いだ。技術的にも、論理的にも、何の問題もなかった。完璧な嘘だった。


 だが——何も感じなかった。


 北の山裾で手が震えた。港町で班員を巻き込んだ罪悪感があった。南の街道で、自分のルールを破った恐怖があった。あの恐怖はどこに行ったのか。あの罪悪感はどこに行ったのか。


 ない。


 何もない。嘘を書いた。照会を凌いだ。四十人の集落は守った。それだけだった。感じるべき何かがあるはずだった。恐怖でも、罪悪感でも、安堵でも。あるはずだった。


 ないのだ。


 紙は紙で、文字は文字で、灯りは灯りで、おれはおれだった。全てが、ただそこにあった。


 感情が消えた分、部屋の中の細部だけが鮮明に見えた。蝋燭の蝋が垂れる形。蝋の滴が机の木目の溝に沿って流れていた。石壁の苔の色は三種類あった。灰緑。暗緑。黄緑。窓の隙間から入る冬の空気が、蝋燭の炎を一定のリズムで揺らしていた。全部が見えていた。全部が聞こえていた。何も感じなかった。


 これが麻痺というものだ、と思った。


 思っただけだった。麻痺していると知っても、何も変わらなかった。知ることと感じることは違う。おれは知っている。七年間で四つの集落に嘘を書いた。三百人と、七年のあいだに生まれた子供たち。報告書の向こう側に隠した。それを知っている。だが感じない。


 知っていることと感じることの距離が——七年で、ここまで開いた。


 集落を去った。


 丘を下りた。冬の風が吹いていた。背後で集会所の灯りが点いていた。窓のない建物だが、扉の隙間から蜂蜜色の光が漏れていた。老人たちの声が、風に乗ってかすかに聞こえた。孫の話をしているのだろう。灯りの話はしないだろう。来月歩けるようになる孫の話をしているだろう。


 足を止めた。


 振り返った。集落が丘の上に見えた。小さかった。七軒の家と、一つの集会所。四十人。おれが嘘を書いた集落の中で、最も小さく、最も静かで、最も簡単な集落だった。


 手を見た。


 何も残っていなかった。震えもしない。温かくもない。冬の空気の中で、手はただ冷たかった。七歳から使ってきた手。剣を握った手。薪を割った手。飯を作った手。報告書に嘘を書いた手。瓦礫をどけた手。子供を抱いた手。


 今は何の温度も持っていない手だった。何もつかんでいない。何も握っていない。掌を開いて、冬の空気に晒した。冷たかった。それだけだった。


 丘を下りながら、本部からの伝令とすれ違った。次の任務の通知だった。


 ラステン。人口百二十人。


 遺物の使用が報告されている。査定任務。——だが、一つだけ違う点があった。


 監察官が同行する。


 おれは通知を読んだ。読んで、畳んで、懐にしまった。


 監察官。報告書の内容を現地で確認する役職だ。班長が書いた査定結果が正しいかどうかを、監察官が独自に検証する。班長とは別の目で遺物を見て、別の報告書を書く。


 照会ではない。照会は紙の上のやり取りだった。回答を書けば通った。だが監察官は——現場にいる。おれの隣で、同じ遺物を見る。おれが見なかったことにしたものを、この目で見る人間が、隣にいる。


 嘘は——書けなくなるかもしれない。


 その考えが浮かんだとき、おれは何かを感じるかと思った。恐怖か。焦りか。後悔か。七年間の嘘が終わるかもしれない。四つの集落、四百人。その全てが——。


 何も感じなかった。


 おれは丘を下りた。冬の風が吹いていた。冷たかった。外套の裾が揺らいだ。通知を懐にしまった手が、冷たい空気の中で何の温度も持っていなかった。


 丘の向こうに、冬の空が広がっていた。灰色だった。低い雲が、どこまでも続いていた。その先に、ラステンがある。


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