エピソード4 シャロンと翔子の休日
ダイナー・グローバルの調査チームを(父の暗躍もありつつ)追い払ってから数日。
喫茶店「樹」には、束の間の平穏が訪れていました。
「シャロンさん、明日は定休日ですよね。たまには外に出ましょう!」
「えっ、でも、新しい試作もしなきゃいけないし……」
「ダメです。インプットがなきゃ、アウトプットの質は落ちる一方ですよ。
これは『市場調査』、つまりお仕事です!」
翔子の強引な(しかし理にかなった)誘いに押し切られ、二人は街へ繰り出すことになりました。
駅前の巨大なショッピングモール。
そこにはシャロンが普段見ることのない、キラキラとした「食の最前線」が広がっていました。
「見てください、シャロンさん。あのアイスクリーム屋の行列。味もそうですが、みんな『色』と『形』を写真に撮るために並んでるんです」
「すごいい……。あっちのタピオカ屋さんも、みんなスマートフォンを構えてるわ」
翔子は手帳を片手に、客の年齢層、滞在時間、手に持っている袋のロゴなどを次々とチェックしていきます。
一方のシャロンは、ショーケースに並ぶ色鮮やかなケーキたちに目を輝かせていました。
「翔子ちゃん、見て! あのムース、すごく綺麗。どうやって固めてるのかしら……」
分析に余念がない軍師と、職人気質が隠せない店主。
二人の歩幅はなかなか合いませんが、その凸凹さがどこか微笑ましく、すれ違う人々も「仲の良い姉妹(あるいは親友)」として二人を見守っていました。
歩き疲れた二人は、公園のベンチで一休みすることにしました。
翔子が買ってきたのは、行列のできるベーカリーのクロワッサン。
「……ん、美味しい。けど、シャロンさんのフィナンシェの方が、バターの香りに深みがありますね」
「ふふ、ありがとう。でも、このクロワッサンの層の重なり方は勉強になるわ。父が昔言ってたの。『お菓子は、食べる人を驚かせる魔法じゃなきゃいけない』って」
シャロンがふと遠くを見つめながら呟きました。
「私の父も……似たようなことを言ってました。『数字の裏には必ず人がいる。その人の心を動かさない数字に価値はない』って。やり方は全然違うけど、二人とも、誰かを喜ばせたいって気持ちは同じだったのかも」
二人は顔を見合わせ、小さく笑いました。
厳格な父と、優しすぎる父。
境遇は違えど、背中を追いかけ、認められたいと願う娘の気持ちは共通していたのです。
夕暮れ時。帰り道で翔子が取り出したのは、雑貨屋で購入した「少し変わった形のティーカップ」と、アンティーク風の「黒板」でした。
「これをどうするの?」
「ティーカップは、新作の『お一人様用パンケーキ』に使います。このサイズなら、食べきれなくて注文を控えていた年配の方も頼みやすくなるはず。黒板は、私が毎日『今日の一言』を書きます。シャロンさんのこだわりを、私の言葉で伝えるんです」
翔子の目は、すでに明日の営業に向けた戦略で満ちていました。
「……翔子ちゃんって、本当に凄いね」
「私が凄いんじゃないですよ。シャロンさんの作るお菓子に、それだけの価値があるから、私も本気になれるんです」
照れ隠しに早歩きになる翔子の後ろを、シャロンが嬉しそうに追いかけます。
「樹」という小さな店が、いつか世界一の喫茶店になる。
そんな大それた夢も、この二人なら叶えられるかもしれない――。
夕焼けに染まる二人の影が、路地裏の店へと長く伸びていきました。
喫茶店「樹」の新作『お一人様用パンケーキ』
大きすぎて注文を控えていた方もこれなら大丈夫!
あとがきにかえて…
メニューに込められた願い
今出しているカヌレやフィナンシェは、幼い頃に父が作ってくれた「世界で一番大好きな味」をシャロンが再現したものです。
シャロンの想い: 「この味を出し続けていれば、いつか父がふらっと店に帰ってきてくれるかもしれない……」という、かすかな希望が彼女の原動力になっています。




