エピソード13 ロイヤルミルクティーを飲みながら。
「今年も綺麗に咲いたねぇ…」
「そうですね、今年も咲いてくれましたね…紅茶、ここに置きますね?」
「はい、ありがとう」
「ごゆっくりしていって下さい。」
「はい、ありがとうねぇ…」
そう言って、そのお婆さんはまた、窓の外の桜を見続けた。
ここは東京の路地裏にある喫茶店「樹」。
喫茶店の斜め前には、ソメイヨシノが満開の花を咲かせています。
「シャロンさん、あのお客様、いつもあの席にいるね?」
リサが不思議そうに言った。
「あぁ…あのお婆さんは、毎年桜の咲く頃に「樹」に来てくれるのよ」
「へ〜、そうなんだ、よっぽど桜が好きなんだね!」
「ん〜、でもちょっと違うんじゃないかな…」
後にいた翔子がそう言った。
「へ?何で?」
「いや、あの席から見える桜の木は、あの一本だけなのよ…」
その桜の木は、この辺りでは一番古い木だった。
「桜が好きなだけなら、もっと見やすくて良い所が沢山あるのに…」
「そうか!きっとあの桜の木に思い出があるんだね!」
「そうかも知れないけど…」
「あんまり詮索しない方が良いかも…」
翔子もシャロンも、いつもと違って乗り気じゃない様子だ
「???どしたの?いつもと何か違うね?」
「あ〜、えっとね…」
「リサちゃんは、フランス生まれだから余り知らないかもだけど…桜の樹の下にはね…」
『死体が埋まってるって言う都市伝説みたいな噂があるの…』
「な、なにそれ怖っ!!」
「あはは、まぁ古い桜の木にはつきものの噂話だけどね〜」
「なによ〜脅かしただけ?」
「うふふ〜♪」
店内のかしましい3人を、お婆さんは楽しそうに見ていた。
『…ソメイヨシノの寿命は60年から80年と言われています。』
「へー、桜の木って人間の寿命とそんなに変わんないんだ」
テレビから流れるニュースを見ながら、リサがつぶやいた。
「それじゃあ、あの木とお婆さんは同じ年齢くらいなのかな?」
『ただしソメイヨシノは病気や害虫に弱く、空洞化しやすい…』
「え!?空洞化?それって大変じゃん!」
リサはあの桜の木が心配になってきてしまいました。
次の日、リサは「樹」に着くなり
「ちょっとごめーん」と桜の様子を見に行きました。
「えっと、空洞化は…」
幹の周りをくるりと一周して見ましたが、空洞化している様には見えませんでした。
「あ〜よかった!」
風に枝が揺れ、花弁がひらひらと舞い落ちる。
リサは木を見上げた。
「いつもは気にしてなかったけれど…こんなに大きな木だったんだね。」
大きく枝を広げ沢山の花を咲かせた桜の木…
ずっと見ていたい様な…何だか不思議な気持ちになってくる。
「あなた…桜が好きなの?」
「えっ!?」
声を掛けられびっくりするリサ
「あら、驚かせてごめんなさいね?」
「あぁ、いえ!つい見とれちゃってて(あ〜びっくりした!)…」
すぐ横にいたのは、「樹」に来てくれる、あのお婆さんだった。
「あたしねぇ、この桜の木が好きなのよ…でも、春は風が強いし、すぐ冷えるでしょ?…だからいつもは、喫茶店から見てるのよ」
「あぁ、そうだったんですね…あれ?でも今日は…」
「あなたが、嬉しそうに桜の木を見ていたから、つい声を掛けてみたくなっちゃったのよ」
「あ、えっと…昨日ニュースで桜の木が病気になりやすいって言ってたから、大丈夫かなって…」
「あらあら、優しいのね、あなた…えっと」
「あ、あたしリサっていいます!」
「リサちゃんね。実は私、名前が「さくら」なの、だから桜の花が咲くのが何だか嬉しくてね…」
「わあ!おばあちゃん「桜」さんなんですね!あ、いけないお客様に…」
「いいのよ、リサちゃんみたいな孫がいたら、私も嬉しいわ(笑)」
「え〜?そうですか?じゃあ、冷えない内に、喫茶店に入りましょうか?」
「そうね、今日はロイヤルミルクティーにしようかしら!」
「かしこまりました!」
そう言って、リサは桜さんと「樹」に入っていきました。
それから桜さんは毎日いつもの席に座り、桜の花を眺めに来ました。
「今日は風が穏やかで、気持ちが良いわねぇ」
「そうですね〜」
「…あの日もこんな穏やかな日だったわね…」
「やっぱりあの桜の木に思い出があるんですか?」
「それは…たくさんあるわよ、この年ですもの(笑)」
リサは桜さんとお話をするのが愉しみになっていました。
「え〜ちょっと聞いてみたいな」
「…一番の思い出は…さえちゃんかな…」
「さえちゃん?」
「そう、お友だちの紗栄子ちゃん…よく一緒に遊んだのよ?
あの桜の木の下でおままごとしたり、お花見もしたわ。」
「幼なじみのさえちゃんか…」
「でも、戦争があってね…私達子供は田舎に疎開に出されたの」
「さえちゃんと一緒に?」
「…いいえ、それぞれ別の所に疎開してしまってね…さえちゃんとは、それきりになってしまったわ…」
「そうなんですね…」
「疎開先に出発する時にね、さえちゃんと約束したの…桜が咲く頃にまた会いましょうって…」
「それで…会えたんですか?」
「いいえ、ずっと忘れていたのよ…本当に幼い頃の話だから…でも平和になって、日本が豊かになって、子供達も独り立ちして、夫も亡くなって…ある時ふっと思い出したの」
「…さえちゃんとの約束を?」
「ええ…数年前に、この桜の木の前を通った時にね」
「…」
「なんとなく、さえちゃんに会えた様な気がして…それから、毎年桜が咲くと、ここに来るようになったのよ」
「…毎年、さえちゃんに会いに?」
「そんな大層な話じゃないわ…ただ紅茶を飲みながら、桜の花を眺めているだけよ」
「…」
それから暫くして…
桜の花が散った頃、桜さんは喫茶店に現れなくなりました。
「毎年の事だから…来年を待とう?」
と、しょんぼりしているリサをシャロンが慰めてくれました。
リサは花が散ってからも、あの桜の木を見に行きました。
「来年も桜さんに花を見てもらおうね!」と、桜の木に声を掛ける程でした。
ところが
「あの桜の木を切るんですか?」
桜の木を管理する職員が近所の人を集めて説明会を開きました
「この桜の木は樹齢90年を超えてまして…表面上は問題無い様に見えて、中は空洞化が進んでるんです。」
と、画像を見せて説明しました。
「このまま放置すると、倒木の恐れがあるので…」
「だめだよ!」
リサが思わず声をあげました。
「あの桜を、毎年楽しみにしているおばあちゃんがいるんです!」
「そ、そう言われましても…」
「あの桜の木だって、あんなに元気に花を咲かせているじゃない!」
「あ〜、お嬢さん、」
樹木医と呼ばれているおじさんがリサに説明し始めました。
「桜の木はですね、外側の木の皮の部分があれば、中身が空洞でも生きていて花を咲かせる事ができるんですよ、だから…」
「それじゃまだ桜の木だって生きているんじゃない!何とかしてよ!」
「リサちゃん、落ち着いて…」「リサ、ほら座ろう…」
シャロンと翔子がリサをなだめ、席に座らせる。
「…申し訳ありませんが、安全面を考え決定した事ですので、ご了承ください、説明会は以上です。」
集まった人達は、席を立ち帰ってゆく。
「…酷いよ、まだ花を咲かせられるのに…」
シャロンも翔子も何と声をかければよいか分からず、ただリサのそばに一緒にいる事しかできなかった。
暫くして、桜の木を伐採する工事が始まった。
シャロンはリサに、工事が終わるまでバイトを休んでも良いと言いましたが、
「桜さんに説明したいから、最後まで見届ける」と言い、毎日工事の様子を見ていました。
時々あの桜の木を管理する職員が工事現場を訪れ何か指示をしていました。
「あ、もしもし、私そちらの理科大卒の…そうです!木村か?俺だ、高山だ…」
携帯で電話をかけながら、不意に喫茶店の方を向いた時、リサと目が合ってしまいました。
思い切り睨みつけるリサ
それに対して、苦笑いしながら会釈する職員の男性でした。
「あ…ハハハ…あ、いやスマン、頼みがあるんだ」
工事はすぐに終わり、きれいに更地になった
そこに、桜の木があったとは誰も思わないだろう…
リサはそう思いながら、桜があったその場所を見つめていた
「あれ?何これ?」
それは小さな桜の髪飾りだった
「…」
まるで桜の木が、何かを預けていったみたいで……リサはそれを、大切にポケットにしまった。
それから夏が過ぎ、秋が終わる頃…
カラン…
あの職員が、「樹」にやって来た。
「あ、あの、すいません。」
「いらっしゃいませ」
「えっと〜、あの、金髪のあの子は、いますか?」
「え?…どちら様ですか?」
翔子が怪しい男性ではないかと警戒する。
「あ、いや僕は怪しい者ではありません!桜の木の!管理事務所の!」
「あーあの時の!」
「え、どしたの?」
翔子が入口で何やら揉めてるみたいなので、リサがやって来た。
「あ!あなた!すみません、ちょっとお話しが!」
「え?あたし?」
取り敢えず、不審者では無い様なので、店の中に入ってもらった。
「で、何の用ですか?」
明らかに機嫌が悪くなったリサに苦笑いをする職員
「あ、あのですね、僕、理科大学にいた頃から植物の研究をしていまして…」
「はい?」
何を言い出したのか分からず、リサも翔子も戸惑っています。
「それで、あの伐採した桜の木から接ぎ木苗ができないかと思いまして。」
「接ぎ木苗?」
「はい!ソメイヨシノは種では育たないんです。」
「そうなんですか?」
「ええ、接ぎ木苗といって、ヤマザクラやオオシマザクラを土台にして、ソメイヨシノの枝を「穂木」として接ぎ合わせることで新しい苗を作るんです。」
「はぁ…」
「4月,5月では時期的に遅すぎるんですが、どうにか苗木を作れないか大学の後輩に頼んでいたんですよ、そしたら!」
その職員は興奮しながらスマホの画像を見せてくれた。
そこには、高さ1メートル程の細い木が写っていた。
「…ごめんなさい、私達にはよくわからないんだけど…」
「あぁ!すみません!興奮しちゃって…これは、伐採したあの桜の木からできた、ソメイヨシノの苗木なんです。」
「…あの桜の木の子供ってこと?」
「いえ!子供ではなく、同じ木なんです。クローンと言ってもいい。」
「クローンですか?」
「そうなんです!ソメイヨシノは接ぎ木苗、つまり同じ木の枝が増えて日本中、いや世界にまで広がっているんです!」
「じゃあ、この苗木は、あの桜の木と同じって事?」
「そうなんです!!あ〜よかった…分かって頂けたみたいで…」
「…あそこに、苗木を植えるんですか?」
「はい、12月中には植えます。」
「なんで、わざわざ知らせてくれたの?」
リサが職員に向って聞いた
「あなたが、あの桜の木を助けたいって本気で言ってたから。」
「…それだけで?」
「…僕は植物が好きで理科大に入って、植物に関わる事ができる管理職員になりました…だから桜の木を守りたい気持ちは、僕にもよく分かります。」
「…職員さん、何か飲んでいきませんか?」
シャロンが職員に向ってそう言った
「あ!ここ喫茶店ですもんね、すみません何も注文してなくて。」
「…お兄さん、ロイヤルミルクティーって飲んだ事ある?」
「お、お兄さん?あ、いや飲んだ事ないな…」
リサが職員をお兄さん呼びしたので、ちょっとびっくりしながらも、そう答える。
「桜さんが…あの桜の木が好きなおばあちゃんがよく飲んでくれるの、美味しいって。」
「そうなんだ、じゃあそれを」
「あたしが奢る、桜の苗木のお礼」
「あ、いやそれは、僕は公務員だから…」
「今はプライベートでしょ?」
「まあ確かに…それじゃ、お願いしようかな?」
桜の苗木を作るのは職員としての行いではなかったので、それはまあ良いかと思う男性職員でした。
「うわ…美味しい…初めて飲んだよロイヤルミルクティー…」
「ふふっ、これ桜の花が大好きなお婆さんが飲んでいるのと、同じ淹れ方なんですよ?」
シャロンがそう説明する。
「そうだ!今度理科大の後輩の所に行くとき、ケーキとか差し入れを持っていきたいんですが、お願いできますか?」
「はい!もちろんです!」
リサは、あの桜の木を守りたいという輪が広がっていく様で、とても嬉しかった。
12月のある日、桜の苗木が植えられた。
「花が咲くには数年かかるだろうけど、きっといつか、沢山の花を咲かせる木になるよ。」
リサと管理職員はそう思った。
「ありがとう!高山さん!」
「えっ!?いや…どういたしまして…」
真っ直ぐに顔を見てお礼を言うリサに、ドギマギしてしまう管理職員の高山なのでした。
次の年の春、
桜の花が咲く頃に桜さんはいつもの席に座った。
「桜さん…これ見て」
リサは小さな桜の髪飾りを桜さんに見せました。
「…さえちゃんのでは無いわ」
「そっか…」
「でもきっと、それは桜の木の精さんのものね…」
「…そうだね」
桜の花は見れないけれど
桜の若木を眺めながら
リサは桜さんと沢山の話をしました。
ロイヤルミルクティーを飲みながら。
カラン…
桜さんが帰った後、
若木の細い枝に、リサがあの髪飾りをそっと結びつけた
「…これはあなたに返すね、さえちゃん」
冬の夕暮れ、若木の枝の桜の髪飾りが風に揺れた。
リサには、それが嬉しそうに揺れている様に思えた。
エピソード13 ロイヤルミルクティーを飲みながら 完
あとがきのようなもの…
東京も桜の開花宣言されました。
桜に関するお話しを書きたくなって、今回はリサを主人公に書きました。




