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シャロンの喫茶店  作者: Toru


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エピソード12 あかりのとちおとめタルト

春の柔らかな日差しが差し込む喫茶店「樹」。

ショーケースには、宝石のように艶やかなナパージュを纏った「とちおとめのタルト」が誇らしげに並んでいます。


黒板ボードには翔子が今日のおすすめとして、「とちおとめのタルト」と書いています。


『今日のおすすめは、いちごのタルトです。

でも喫茶店「樹」のいちごのタルトは、他のお店とはちょっと違います。

タルト台にアーモンドプードルを加え香ばしさをアップしました。

アーモンドクリームは、生地と一緒に焼き込むしっとりとした層で、コクをプラスします。

クリームは生クリームを混ぜたディプロマットクリームです。

いちごは栃木県の農家さんに作って頂いた、特別な「とちおとめ」を使います。

仕上げにナパージュを塗って…

「樹」特製「とちおとめのタルト」の出来上がりです。』


シャロンが作り立ての「とちおとめのタルト」をショーケースに並べていると…

「シャロンさん!今日のおすすめは『いちごのタルト』ですか?」

と飛び切り元気な声がシャロンに投げかけられます。


「そうよリサちゃん、「樹」特製「とちおとめのタルト」よ」

「とちおとめかあ美味しそう!」

「リサ!お客様のオーダー通さないと!」


翔子がリサに早く注文を通すよう促す


「あ、ごめ〜ん翔子」

「まったくもう」


リサの余りにあっけらかんとした態度に、翔子は呆れたという表情をします。


「まあまあ翔子ちゃん、後で休憩に「とちおとめのタルト」を出してあげるから」

「えっ!やった!」

「ほら!翔子だって食べたかったんじゃない」

「も、もうリサったら」

「うふふ〜」


リサも「樹」でバイトするようになって、シャロンは仲の良い妹が2人もできた様でとても嬉しかった。


カランッ、

「いらっしゃいませ…」

挿絵(By みてみん)

乾いたドアベルの音と共に現れたのは、フリルたっぷりのメイド風衣装に身を包み、ポニーテールを真っ赤なリボンで結んだを女の子「美園あかり」でした。


「あ、あの制服!」


リサが最近近くに出来た喫茶店の制服だと気が付きました。

それは、大通りにオープンした大手チェーン「キャッスル・カフェ」の制服です。


「ここが、例の古臭い喫茶店ね……。

ふん、私がすぐに潰してあげるわ!」


あかりが宣戦布告ともとれる言葉を叩きつけると、店内は一瞬で凍りつきました。


「何なのこの人」バイトのリサと翔子が身構える。

しかし店主のシャロンはおっとりと首をかしげます。


「あら、素敵な衣装ね!お向かいにできたお店の方かしら?街が賑やかになるのはとっても嬉しいわ。地域の皆さんのために、一緒に頑張りましょうね♡」


そう言って、あかりの両手をぎゅっと握りしめるシャロン。


「な、何言ってるんですか、このふわふわ店主は! 私はあなたの店を潰しに来たって言ってるのよ!」

「シャロンさん、相手は堂々とライバル宣言してるんですよ!」


翔子とリサが慌てて割って入りますが

シャロンは「え? そうなの? でも、美味しいお菓子が増えるのは良いことよねぇ」と、どこまでもマイペース。


あかりは拍子抜けして、毒気を抜かれたように立ち尽くしてしまいました。


「と、とにかく!ここを潰してでも、この地域一番の店にするのが私の仕事なの!

悪く思わないでね!」


そう言って、あかりは帰っていきました。


「そうよ、これは仕事なんだから…」

あかりには、絶対に失敗できない理由がありました。


彼女の上司は、売上のためなら手段を選ばない冷徹な女性マネージャー。


「樹から客を奪いなさい。できなきゃ田舎に帰れ!」という言葉が、あかりの肩に重くのしかかります。


「いらっしゃませ」

「また来た!美園あかり!」

「ちょっとリサ!一応お客様なんだから…」

「だって〜〜〜!」


あかりはその後も、偵察と称して「樹」に通い詰めました。


「いらっしゃませ、あかりさん」


翔子はすぐに顔に出るリサと違い、いつもと変わらず笑顔で接客します。


「今日のおすすめは「とちおとめのタルト」?フフン、私はいちご農家の娘よ?いちごの事なら私が一番よく分かるわ…一粒でも質の悪いいちごを使っていれば…」

挿絵(By みてみん)

粗探しをするつもりで注文した「とちおとめのタルト」を一口食べた瞬間、あかりの手が止まります。


「……このいちご、甘いだけじゃない。大切に育てられた味がする……」


それ以上に彼女を戸惑わせたのは、店内の光景でした。

常連客がシャロンに近況を報告し、リサと翔子が忙しくも楽しそうに立ち回る。

そこには、効率を重視する自分の店にはない、温かな時間が流れていました。


「…何なのこの報告書は!」


あかりが女性マネージャーに提出したのは、この数日通った喫茶店「樹」の報告書でした。


「相手の良い所ばっかりじゃない!」

「…良い所はウチでも取り入れるべきだと思います。」

「あのねぇ、あの店は邪魔なの!潰すための報告書を作りなさい!」


トゥルルルル

そこへ電話が掛かってきた


「ちょうどよかった、相手の弱点がどこか…よく見てなさい。」


そう言って受話器を取った女性マネージャー。


「もしもし栃南いちご園さん?

そう、「樹」にいちごを卸さないで頂けます?

ええ、ウチで倍の値段で仕入れますから…え?

信用できない?

樹との信頼関係を壊されたくない?

ちょっと、そんな〜、ウチは最大手ですよ?

…ダメ?なんでよ!ちょっと!………」

「…裏工作、失敗ですか?」

「う、うるさいわね!こうなったら…」


翌日、

「いちごをノーブランド品に代える!?」

あかりが勤める「キャッスル・カフェ」で女性マネージャーが今後は安く手に入るいちごを使うと言い出しました。


「待って下さい、それではいちごのタルトの味が極端に…」

「味なんて…ウチにくる客で、そんなの気にして食べている客はいないわ。

見てくれが良くて、甘くて、安い…客が望んでるのはそういう物よ!」

「お客様にはどう説明するんです、厳選されたいちごを使用してますって…」

「だから、厳選してるじゃない、うちが儲かるように(笑)」

「そんな!」

「とにかく!原価を下げ、利益率を向上させなさい!できなきゃ田舎に帰って農家でも手伝ってなさい!」

「っ!……………敵情視察に行ってきます。」


カラン…

「いらっしゃませ。」

「とちおとめのタルトとコーヒーを…」

「あかりさん?元気ないですね?」

「ほっといてよ…偵察なんだから…」


あかりの大きな赤いリボンは、彼女が「田舎臭い」と切り捨てようとした、実家のいちごの色のようでした。


「…美味しい、悔しいけど…ウチで出しているいちごのタルトよりも…」


「樹」の偵察を続けるうち、あかりは「樹」のいちごタルトに使われている「とちおとめ」が、自分の父が育てているものと同じくらい——あるいはそれ以上に、愛情を注がれていることに気づいてしまいました。


ピロン♪

スマホにLINEが来た…父からだ

『今年のいちごは良い出来だぞ』

広い畑で働く父と沢山のいちごの画像が添付されていた。


「どうして……こんな小さなお店が、私たちが必死に守ってきたものと同じ価値を知っているの?」


ある夜、シャロンが一人でタルトの仕込みをしているのを見守っていたあかりは、思わず声をかけます。


「ねえ、シャロンさん……。どうしてあんなに、私みたいな敵にまで優しくするの? 私はあなたの店を潰しに来たのよ…」


シャロンは手を止め、ふんわりと微笑みました。


「あら、あかりちゃん。あなたのその赤いリボン、とっても綺麗ないちご色だと思って見ていたの。そんなに素敵ないちごを知っている子が、悪い人なわけないわ」


その言葉に、あかりの張り詰めていた糸が切れました。


「何言ってるのよ…私は」

「いちごが、大好きなのよね?」

「!」


不意に父の顔を思い出してしまうあかり…

広い畑で働く父と沢山のいちご…


「私はぁっ!」

挿絵(By みてみん)

ポロポロとこぼれる涙を、あかりは止める事が出来ませんでした。


翌日、あかりは上司に辞表を叩きつけます。


「お客様に嘘をついてまで…あんないちごのタルトで1番を取るなんて、いちごに失礼です! 私は、私のやり方で1番を目指します!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!あ、あなたの他に誰が責任を取れると言うの?」

「…ご自分でどうぞ」


あかりは一度も振り返らず、そのまま「キャッスル・カフェ」を後にしました。


「何なのよ!今の若い子は!」

女性マネージャーは憤慨しながら店内スタッフの配置や会社に対する貢献度を数字化するタブレットAIをひらいた。


「あかりの後任の手配と、辞めたバイトの分の自動化の検討をしなさい」とAIに指示する。


その時、数名の女の子達が女性マネージャーのところへやって来た。


「あの…スミマセン」

「ん?なに?あなた達バイトの子でしょ、早くホールで仕事を…」

「あかりさんが辞めるなら、私達も辞めさせてもらいます」

「なんですって!」

「あかりさんがいなくなったら、マネージャー直接私達に怒鳴るでしょ?」

「あかりさんの代わりは嫌よ」「ね〜」

「それじゃ失礼しまーす」

「え!?ちょっと!待って!え〜!?」



「ただいま」

都会の喧騒を離れ、あかりは逃げ続けてきた栃木の実家へと戻りました。


「おう、おかえり」


ぶっきらぼうに父が応える。


「おかえり、あかり!」

「ねーちゃん、おかえりー」


「キャッスル・カフェ」を辞めた事は先に伝えておいたのに…

父も母も弟も、何も言わずあかりを温かく迎えてくれた。


「……お父さん、私、やっぱりここのいちごを世界一にしたい」


翌日から、あかりは畑に出て、父から畑の事だけでなくここで暮らす為に必要な事を、一つ一つ学んでいった。

白かったあかりの手は、次第に土にまみれ、逞しくなっていきます。

しかし、その瞳は今までになく輝いていました。


それから1年後の春。


喫茶店「樹」の前に、荷台に「美園いちご園」と書かれた一台の軽トラックが止まりました。

運転席から降りてきたのは、農作業着に身を包みつつも、あの時と同じ「真っ赤なリボン」を髪に結んだ、晴れやかな表情のあかりでした。

挿絵(By みてみん)

「シャロンさん、お待たせ! 今年の『とちおとめ』は、今までで最高の出来よ!」

「まあ、あかりちゃん! 待っていたわ」


シャロン、翔子、リサ、そして常連客たち。

みんながあかりを「おかえり」と迎えます。

あかりが育て、シャロンが魔法をかける。


「樹」の新作タルトの名前は、「あかりのとちおとめタルト」。


それは、かつてのライバルたちが手を取り合って作った、世界で一番甘くて優しい味がした。

香ばしい生地といちごのみずみずしさが、ディプロマットクリームの中で溶け合う、最高のいちごタルトなのでした。


挿絵(By みてみん)

喫茶店「樹」の新メニュー

あかりのとちおとめタルト

美園いちご園さんが育てた「とちおとめ」を世界で一番甘くて優しい味に仕上げました。

あとがきにかえて…


今回はゲストキャラクターの「美園あかり」ちゃんのお話でした。

実家は好きだけど、実家は継ぎたくない…

結構そんな人が多いのかな、と思った事があって作ったお話しでした。

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