エピソード10.5 親友と、春風と、秘密のレシピ
「翔子ぉ!……あ、いたいた!」
喫茶店『樹』の扉が勢いよく開き、カランカランと激しくベルが鳴った。
そこに立っていたのは、ブロンドの髪をなびかせた、翔子のクラスメイトであり親友のリサだった。
「リサ!? どうしたの、こんな時間に」
驚いて顔を上げる翔子の目は、まだ少しだけ赤かった。
リサはカウンターまでダッシュしてくると、翔子の両手をぎゅっと握りしめる。
「どうしたの、じゃないよ! お花見から帰ったあと、一言もLINE返さないんだもん。心配でパパを振り切って飛んできちゃった!」
リサは日本人の父とフランス人の母を持つ、翔子よりずっとアクティブな性格の女の子だ。
「……ごめんね。ちょっと、色々あって」
「知ってる。相葉さんのことでしょ? あの『春風パティシエ』、婚約者がいたなんて信じられない!」
「えっ、なんでそれを……」
「シャロンさんから聞いたの。私がお店に入ったとき、ちょうどお父さんと奥で話してたから」
リサは厨房の方をチラリと見た。奥ではジャンとシャロンが、娘のような二人の様子を心配そうに、けれど温かく見守っている。
「……リサ。私、もう大丈夫だよ。ほら、これ」
翔子は書き上げたばかりの『ファースト・ブラッシュ・ロール』のレシピを見せた。
リサはその紙を食い入るように見つめ、パッと顔を輝かせた。
「すごっ! 失恋を速攻で新作スイーツに変えるなんて、さすが私の親友! ……でも、ダメ。今の翔子には、まだ足りないものがあるわ」
「足りないもの?」
「そう! 悔しさを吹き飛ばす『笑い』よ!」
リサはそう言うと、勝手知ったる様子でエプロンを借り、翔子の隣に並んだ。
「パティシエの修行なんて、相葉さんじゃなくてもできるもん。私も手伝う! こう見えて、パパからフランス仕込みのデコレーション、叩き込まれてるんだから」
実はリサの父は、かつてフランスでジャンと何らかの因縁があったらしいのだが、今はそんなことは二の次だった。
「リサ、ありがとう……」
「お礼はいいから、さっさと試作! 私が世界一厳しいテイスターになってあげるわよ!」
リサの明るい声が、沈んでいた店内の空気を一気に塗り替えていく。
翔子は鼻をすすり、力強く頷いた。
「うん……作ろう! 相葉さんが驚くくらいの、世界一のロールケーキを!」
外ではまだ桜が舞っている。
けれど、翔子の隣には、春風よりも力強く、太陽のように明るい親友がいた。
シャロンの喫茶店 エピソード10.5 親友と、春風と、秘密のレシピ 完
あとがきにかえて…
翔子の親友、リサの登場です。
いつ登場させるか悩んでましたが、やはり親友の失恋をほっておけるような性格では無いので、エピソード10.5としました。




