エピソード9 シャロンのタルト・タタン
ここは都会の喧騒から一本入った路地裏。そこには、時代に取り残されたような静寂を纏った喫茶店「樹」があります。
お店は今日もお客様でいっぱいです。
「シャロンさん、ジャンさんはいつ日本に戻ってくるんですか?」
「フランスの友人を頼っての事だから、いつになるか…」
シャロンの父、ジャン・ピエールは日本の小麦や生クリーム等の高騰を目の当たりにし、フランスの生産者に直接買付けができないか商談に行っていた。
「忙しいんだから、早く帰って来てほしいです〜(汗)」
「そうだね〜(笑)」
ジリリリンッ
店の電話が鳴る
「シャロンさん!お電話です!」
「は~い!」
電話は、有名大学のサークル「スイーツ研究会」からでした。
パティシエとして、研究会に参加して欲しいと、シャロンに声がかかったのでした。
喫茶店「樹」のスイーツはSNSで話題となり、その界隈でシャロンはちょっとした有名人になっていた。
スイーツ研究会にはシャロンの高校時代の同級生が所属していて、そのつてを頼り、どうしてもとお願いしてきたのだった。
しかし…
「お願いされたら断れないから、あの子(笑)」と同級生の女はシャロンの事を影で笑っていた。
結局、「樹」の定休日だけでも良いから、と押し切られる形でシャロンはスイーツ研究会に参加する事を承諾してしまった。
「え?大丈夫なんですか、せっかくの休日を…」
翔子はちょっと心配になった。
だがシャロンは
「うん、無理しない程度なら参加するって友人には伝えたから…」と答えた。
今日はサークル「スイーツ研究会」に参加する初日だ。
「大学のキャンパスってこんなに広いのね…」
幼い頃からパティシエを目指して専門学校に進んだシャロンにとって、初めて行く有名大学は未知の世界で、キャンパスLIFEを謳歌している彼等彼女等がキラキラして見えた。
「喫茶店「樹」でパティシエをしていますシャロンです!よろしくお願いします!」
「お願いしま〜す」
シャロンが持参したフィナンシェを皆で食べ、お喋りしてそして解散…
「あれ?研究会って言ってたよね…」
シャロンはちょっと不思議な気がした。
しかし何度かサークルに足を運んでみると、研究会とは名ばかりで、結局シャロンの作ったスイーツが食べたかっただけと分かった。
「研究会と聞いて、少しでもパティシエとして得られるものが有ると思ったから参加したけど…あなたには悪いけれど、もう参加しないわ」
シャロンはサークルを辞めると伝えた。
「そんな事があったなんて知らなかったわ〜、ご迷惑かけてしまってごめんなさい。」
と同級生の女は迷惑をかけたお詫びにと、都内の有名ホテルで開かれる一流企業の社長や投資家が集まるパーティーにシャロンを招待するという…
「色んな方がお見えになるのよ?例えば○○製粉の会長とか…」
「ええ!?本当!」
高騰している原材料に精通している人物も多く参加していると聞いたシャロンはパーティーに参加する事にした。
「それじゃ行ってくるね翔子ちゃん!」
いつもとは違い淡いブルーのドレスを着たシャロンを見送る翔子。
シャロンがサークルを辞めた事は良かったが…
「シャロンさん、その…男性の目には気を付けて下さいね」
「え、なんで?」
「その格好…シャロンさん自分が魅惑的だって気付いてます?」
「ん?どゆこと??」
はぁ〜っとため息をつく翔子、しかしアルコールが提供されるパーティーに未成年の自分が一緒に行けるわけもなく…
「とにかく!声をかけられても付いていかない事!」
「そんな〜子供じゃ無いんだから(笑)」
「子供じゃ無いから言ってんですっ!」
シャロンが、出かけたあと店を閉めるため、翔子は「樹」で片付けをしていた。
店の前の黒板ボードに臨時休業と書き終えて、後は帰るだけ…
「…さてと」
ジリリリンッ
店の電話が鳴った
「ん?シャロンさんかな?」
また忘れ物でもしたのかな、と思いながら電話に出る
「もしもし…え!お父さん!?」
『シャロン君は居ないのか?』
「え?…ええ…今日はパーティに呼ばれてて…」
『そうか…翔子、よく聞いくれ…』
いつになく真剣な父の声に、翔子の不安は大きくなっていった…
……………
………
……
…
都内の有名ホテルのエントランスに、次々と高級車が入ってくる。
車から降りてくるのは、いかにもお金持ちといった人達だ。
「ええと、ここで良いのよね?」
シャロンは自分には不釣合な場所だと、ちょっと尻込みしていたが…
「あ、あの人!」
「参加する女性はこのIDパスを身に着けてくださ〜い」
受付で、スイーツ研究会の関係者がパスを配っているのを見つけ、シャロンは駆け寄った。
「あ、あの…」
「ああ、シャロンさん、上から伺ってますよ…ハイこれ、貴女のIDパスです。」
「え?あ、ありがとうございます…」
IDパスを渡すと、その関係者は、すぐに別の女性にIDパスを渡しに行ってしまった。
仕方なく、シャロンが会場に入ってみると、受付で渡されたIDパスを身に着けた女の子達が沢山いた。
「はい貴女も!」とシャロンにも身に着けるように促される。
「あぁ、はいっ」と慌てて身に着ける。
司会「ご来場の皆さん、IDパスを着けている方は、会場の飲食及び各企業様からご提供戴いた化粧品、グッズ等はご自由にお持ちになって結構です。」
会場には有名店のスイーツは勿論、豪華な料理や一流企業の試供品、中には高価なアクセサリーまであった。
「凄いなぁ…」
と圧倒されるシャロン
取り敢えず、有名店のスイーツを一通り試食して、気になる点や参考にできるところをメモる。
「美味しけど…あのスポンジは焼きが甘いし、このタルトは甘みと酸味のバランスが取れてない…こんなクオリティを「樹」で出したら翔子ちゃんに怒られるだろうな(笑)」
翔子の怒った顔を思い浮かべ苦笑するシャロン。
暫くすると会場の照明が暗くなった。
司会「ご来場の皆様、本日のメインイベントを始めます。センターテーブルまでお集まり下さい!」
特に興味がある訳ではないが…取り敢えずシャロンも行ってみた。
司会「ご参加戴いた皆様、ありがとうございます。本日は超目玉品もご用意致しましたのでどうぞ最後までお楽しみ下さい。」
参加者と思われる周りの人々から期待のどよめきが上がる。
「なんだビンゴゲームか何かか…」
参加者ではないシャロンは、元のテーブルに戻ろうとした。
すると…
パァッ!と、ある女性にスポットライトが当たった。
司会「おめでとうございます!○✕会社社長様、ご当選です!」
そう言うと社長らしき男性が、その女性の近くに現れて彼女を連れて何処かにいってしまった。
「何?今の?」
周りを見ると殆どの男性がスマホを見ながら何か操作をしている…
シャロンは傍にいた男性の後から、そっとスマホを覗いてみた
スマホには先程の女性の顔写真とプロフィールが表示されていて、数字を入力する欄がある…
画面が切り替わり、別の女性になった。
途端に数値を入力する男性達…
するとスポットライトがスマホに表示されていた女性を照らす…
司会「おめでとうございます!円山様ご当選です!」
「あの人有名な投資家さんだわ…」
「ちっ!アイツ幾ら払ったんだ?」
(これってまさか!女の子達が競売されてる?)
実はこのパーティーは、あのサークルが主催していて、スイーツで釣った女の子達を社長や投資家に斡旋するパーティーだった。
シャロンの同級生だった女は、そのパーティーで知り合った投資家の愛人になっていて、今では女の子の調達役にもなっていた。
突然シャロンが身に着けているIDパスにナンバーが表示される。
シャロンが驚いていると、スマホ画面が切り替わり…
「嘘でしょ!」
シャロンの顔写真とプロフィールが表示されている!
会場がざわめく
司会「おおっと、これは本日の超目玉です!皆様、どうぞご入力ください!」
周りの空気が変わり、皆が数値を入力する。
「に、逃げなきゃ」
慌てて会場から逃げようとドアに向かうが、数名の黒服スタッフに取り囲まれてしまった。
司会「おおっ!今シーズンの最高額が出ました!ご当選おめでとうございます!VIPルームのお客様でございます!」
「おおおっ」会場から歓声が湧き上がり、シャロンにスポットライトが当たる…
「ドバイの石油王でも来てるのか?」「可哀想に…あの娘もう日本には帰ってこられないだろうな(笑)」会場からはそんな声が漏れ聞こえてくる。
身体が震える…
「いやっ離して!」
懸命に逃げるシャロン
黒服達は展示された化粧品やアクセサリーなど、全く気にしない様子でシャロンを追いかけ、彼女を捕まえた。
暴れるシャロンを黒服が抑え込み、競りの当選者が待つVIPルームへと連れていった。
床には無惨にも踏み躙られ、汚されてしまったアクセサリー達が散乱していた…
「うう…怖いよぉ…誰か助けて…」
シャロンは黒服達に連れてこられたVIPルームの中で震えていた。
スマホは取り上げられ、ドアには鍵がかけられて、逃げようが無い…
そんな絶望的な状況の中、シャロンの耳に聞き馴染みのある声がした。
「…焼きが甘いスポンジは、翔子も認めないだろうな…」
「!」
意外にも競りに勝ったVIP客は翔子の父、高城だった。
「シャロン君、怖かったね、もう大丈夫だ。」
「た、た、高城さん…」安心して腰が抜けそうになったシャロンを高城が支える。
高城は警察の潜入捜査に協力していたのだった。
VIPにだけ配られる事前リストで、シャロンが競りにかけられるのを知った高城は、誰にも競り落とされないよう高額で入札したのだ。
スイーツ研究会を主催している連中は、前々から高城達飲食業界からも問題視されていたのだった。
警察が突入し主催していた関係者、投資家等が逮捕され競り落とされた女性達も無事保護された。
女性達はスイーツ研究会を入口に、如何わしい写真を撮られたり、高価な商品を買わされ借金を背負わされたり…身動きできない状態にされた上、競売にかけられていたのだった。
シャロンの同級生だったあの女も捕まった。
「何故シャロンさんを巻き込んだんだ?」
「…あの女が、私より上なんて…冗談じゃない!」
警察官に問われた同級生だった女は、大学に進学しなかったシャロンをバカにしていたが、自分自身は学費が払えなくなり大学を中退、今ではある投資家の愛人に成り下がった。その上人身売買の片棒を担ぐまでに…
一方でシャロンはSNSでスイーツ人気に火が付き有名になってゆく…
それが許せなかったと、身勝手な理由を警察の取り調べで述べている。
警察の事情聴取を終えシャロンは高城の車で無事に喫茶店「樹」に帰ってきた。
「シャロンさん!」
「樹」から翔子が飛び出して来てシャロンに抱き付いた
「翔子ちゃん、こんな時間までどうして…」
「電話でお父さんが、シャロンさんは必ず「樹」まで送り届けるから、「樹」で待ってなさいって…」
「そうでも言わないと、会場まで走って行きそうだったからな翔子は(笑)」
「翔子ちゃん…ごめんね心配かけて…」
抱き合い無事を喜び合う二人、そして
「翔子ちゃん…お店、開けましょう」
「え!これからですか?」
「お客様達を待たせてしまったわ…」
店の前の黒板ボードに書いた臨時休業の文字の下に小さく
『大丈夫?明日また来るよ、がんばってね!』
と書き込みがしてあった。
「これって常連さん達が…そうですね…開けましょうシャロンさん!」
こんな事で、へこたれてなんか居られない…
そう思うシャロンだった。
「いらっしゃいませ!」
「今日のおすすめスイーツは新作なんですよ!」
シャロンの作った新作スイーツはタルト・タタン
「一度はどん底までひっくり返されたけれど、タルト・タタンは最後には甘くて香ばしい最高のお菓子になるの…」
シャロンの失敗から成功へ!の気持ちから作ったタルト・タタンは大好評だった。
今日も翔子の接客と、シャロンの美味しいスイーツで喫茶店「樹」はお客様の笑顔でいっぱいです。
そう…これからもずっと…。
喫茶店「樹」の新作スイーツ「タルト・タタン」
タタン姉妹の失敗から作られた至高のタルト
シャロンの喫茶店 エピソード9 シャロンのタルト・タタン 完
あとがきにかえて…
エピソード5の悪意ある書き込みは、この同級生の女です。
いつものほのぼのとしたエピソードと違い、ちょっとサスペンス風に描きました。




