ひのえのをんな
「えっ丙午の女ってガチエロって聞くからてっきり」
「な訳ないだろざけんなマジで!」
聞くと『六十年に一度のヒノエウマ』とかいって私たちの生まれ年の女は気性が荒いだか絶倫のあまり家を滅ぼすみたいなわけのわからん迷信があったらしい。信じるな令和生まれ。
彼がカーテンを開け朝日が目を焼く。
ほのかに残ったしとねのかをり。
「『丙午の女はガチエロで多産だから必ず娶る』という家訓がいまだ残っている」
「酔狂なご実家で。その家訓があることからも迷信が事実でないことは証明された。じゃあね」
私は手早くブラを回して。
「……ちくっ! フックがが」
安物のフックがめっちゃ痛い。
てか今気づいた立てない。
もっと可愛い下着にすりゃよかった。
「どっちがウマだ! このアホっ!」
「いや、同い年だし」
「だからって乱暴すぎるんだろクソどエロ童貞!」
悶絶する私をホテルのインスタントコーヒー片手に見下ろす彼は「童貞ちゃうわ」と告げた。
そりゃそうだ。私が一番知ってる。
シーツからまだ冷える半身だして、とりあえず喉に膨らむ安っぽいインスタントの香りを感じていると飲みたくもなる。
軽く悶える仕草をする。察しろ。
「はいよ」
手のひらにカップの重さ。
彼がすっと煙草に手を伸ばしたので腰が抜けてはいる身ながら気合いでストレートを入れた。
カップは置いた。
「ぶっ殺すわよ!」
「いや、他意はない」
単にヤニ切れですと彼はのたまうが普通に失礼だろ。
私は彼に手を伸ばす。
「ん」
「立たせて」
今度は察しが悪い。
「散々たたせ」
デリカシーなしのジョークに私が睨むと彼は黙って背中を抱き寄せてくれた。
唇に煙草が押し込まれて軽く咽せる。
今日日は認証煙草だ。
本来は本人以外が煙を出させることはできない。
「……くらくらする。飲み過ぎな上にヤニまで吸った」
「ゆっくりな。貴重なんだから」
あちこち痛いしむちゃくちゃしやがって。
暖を求めて近づいてきたやつを膝でつついてやる。少しは溜飲が下がるがまだ疼く。
「で、どうするのよ」
「親父に言うけどお袋が喜ぶから先に味方につけとく」
彼は認証煙草を軽く咥えて煙を出す。
吸わずにそれは私の手のひらへ。
「……ありがとう。冗談だと思ってた」
「本気だって言っても信じてくれないもん。俺頑張った」
この半年の側迷惑な奇行が恋のアプローチだと言うならば、それを受け入れるのは相当変わり者じゃないかしらとブーメランに思い至る。
よかった口に出さなくて。
彼は不思議そうにしている。
というかウマはどっちだ。
死ぬほど驚いたしあんなん無理だろ。
……『電話』がうるさい。
「二重奏でもありがたくないな」
全くだ。2人とも遅刻確定。全部お前のせい。
「もう一本」
「やめとけ」
火のでないヤニ吸いながら、
日も天に昇るなか、褥でふたり煙を見上げている。
胸に触れる手をぴしゃり。
大仰に痛がるこいつが子供っぽいのになんか愛しい。
「もう一本」
「もういっ……吸いません、じゃなかったもう言いません」
とりあえず口元を緩ませてあげて、彼の手から煙をつけようとしている煙草を取り上げる。
……ちょっと苦い。禁煙させなきゃ。
「五人くらいほしい」
唐突な台詞がわからず間が空いた。
「まさか私に家事育児丸投げじゃないでしょうね。種馬じゃあるまいに」
言い訳封じて肩にかかった彼のワイシャツのボタンを止める。
花を摘みに行きたいと言って部屋を歩こうとすると「ああトイレか」と言われた。デリカシーもとうな。
「支払いは俺が済ませておく」
「『僕』ちゃんが早速『俺』なんだ」
イキるのも悪くないけど、これから長いわよ。
「もう少しいたいな」
「えっ、まだ痛いの!?」
心配した顔に思わず吹き出す。
「ここ、リラクゼーションが評判なのよ」
「えっ。それは困る」
……意味がわからず後に問い詰めたところそんな動画ばかり見ていたことが発覚した。
とりあえず漫画コーナーは二人で満喫した。
彼は少女漫画ばかり読んでいた。
私が少年漫画ばかり読む環境だったのと同じか。
小姑たちとの出会いが今から楽しみであり不安であり。
うちの兄弟は……兄貴なら彼にワンパン入れてきそうだ。
弟たちは多分止めてくれる。
止めてくれないと姉ちゃんしばくぞ。
スパはなかなか快適である。
電話は部屋に置いてきた。
そういえばなぜ『電話』っておじいちゃんたちは言うんだろ。今度聞こう。
なんでも知ってるようで何も知らない。
スパを出ると男にしては早風呂な彼とビールの盃を交わす。
今日が愛しいように、明日も、来年もこれからもずっと愛しくありたい。
あなたを知りたい。




