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パーティメンバーが勇者の俺より強い気がする  作者: 憂姫


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3/4

焚き火と距離

 火は、低く燃えていた。


 枝を多くくべたわけではない。煙も少ない。それでも、闇の中に円を描くように光を広げている。魔王直属の土地では、明かりを大きくすること自体が目印になりかねなかった。


 俺たちは焚き火を囲み、自然と間隔を取って腰を下ろしていた。


 ガルドは剣を膝に置き、黙々と刃を拭っている。戦闘の後、彼は必ずこうする。剣に付いた血や汚れを落とす行為は、彼にとって思考を整理する時間でもあった。


 リィナは焚き火から少し離れた位置に座り、杖を抱えたまま目を閉じている。魔力の循環を整えているのだろう。詠唱の疲労は表に出さないが、消耗がないわけではない。


 セシルは水袋を手に、皆の様子を一人ずつ確認していた。視線が俺に向いた時、彼女は小さく頷いた。それだけで、回復は足りていると伝わる。


 レインは焚き火の外縁を歩き、周囲の闇を観察している。足音はほとんどしない。いるのは分かっているのに、姿を追いづらい。


 それぞれが、それぞれのやり方で戦闘を終えていた。


 俺は焚き火を見つめながら、呼吸を整える。胸の奥に残る疲労は、身体的なものだけではなかった。判断を重ね、選択を重ね、繋ぎ続けた感覚が、まだ抜けきらない。


 第一魔将の領域は越えた。


 だが、完全に倒したという実感はない。あれは戦いだったのか。それとも、試されただけなのか。


「……思ったより、削られたな」


 ガルドがぽつりと言った。独り言に近い。


「地形操作は、やっぱり厄介だ」


 リィナが目を開けずに応じる。声は落ち着いているが、魔力の回復には時間が必要だろう。


「でも、致命的な怪我はありません」


 セシルが言う。その言葉に、少しだけ安堵が混じる。


 それは、良いことだ。間違いなく。


 だが、俺の中では別の考えが浮かんでいた。


 致命的な怪我が出なかったのは、運が良かっただけではないか。判断が一歩でも遅れていたら、結果は違っていたかもしれない。そう思うと、胸の奥が重くなる。


「勇者」


 セシルが俺を呼ぶ。役割の名で。


「先ほどの戦いですが」


 俺は視線を向ける。


「全体をよく見ていましたね」


 その言葉に、返答が遅れた。


 見ていた。そう言われれば、そうなのかもしれない。だが、自覚はなかった。必要に迫られて動いていただけだ。


「偶然だ」


 そう答えると、セシルは否定しなかった。ただ、少し困ったような表情を浮かべる。


 リィナが目を開け、焚き火越しにこちらを見る。

「偶然で、あそこまで繋げるなら、苦労しない」

 淡々とした口調だった。だが、その視線は真剣だ。


 俺は何も言えなかった。


 評価されているのは分かる。だが、それを受け取る準備ができていない。受け取ってしまえば、自分が前に出なければならない理由を、肯定してしまう気がした。


「カイン」


 レインが焚き火の向こうから声をかける。


「無茶はしてないか」


 その問いに、少しだけ驚く。


「してない」


 即答だった。無茶をしたつもりはない。できることを、できる範囲でやっただけだ。


 レインはそれ以上追及しなかった。だが、視線は俺から離れなかった。


 ガルドが剣を置き、焚き火を見る。


「俺は、正面しか見えない」


 唐突な言葉だった。


「だから、さっきみたいな戦いは苦手だ」


 それは弱音に近い告白だった。戦士である彼が、そういう言葉を口にするのは珍しい。


「だが、前が見えているなら、思い切り踏み込める」

 その視線が、一瞬だけ俺に向く。


 意味を、考えないようにした。


 焚き火がぱちりと音を立てる。火の粉が舞い、すぐに闇に消えた。


 仲間たちは強い。それぞれが、自分の役割を理解している。だからこそ、戦いは成立している。


 俺は、その隙間を埋めているだけだ。


 それを誇る理由はない。そう思っていた。


 夜は静かに更けていく。魔王城は、確実に近づいている。


 この先で、さらに厄介な戦いが待っていることは、誰もが理解していた。それでも、口にする者はいない。


 焚き火の光が、仲間たちの顔を照らす。その表情を見て、胸の奥に小さな痛みが走る。

 この中で、いなくなっても何とかなる存在は誰か。


 考えるまでもない。


 だから俺は、今日も距離を保つ。前に出過ぎず、後ろに下がりすぎず、ただ繋ぐ位置に留まる。


 それが、勇者としてではなく、一人の人間としての、今の最善だと思っていた。

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