前世 飛行機マニアのささやかな願望
葵生と言います、よろしくお願いします。
「うーん、やっぱりこの素材だと駄目ね。重すぎるわ。いっそ、空中スクリューでもつくろうかしら。いえ、あれは飛べないのがオチよね。中2の夏休みの自由研究で計算しまくったんだったわ・・・じゃあやっぱり・・・」
「うわぁっ!」
うーん、うーん、と唸り、ブツブツと呟きながら歩いていたアカネはどんっ! という衝撃に尻餅をついてしまった。
へ? と目を瞬いていると、目の前にこちらを睨んでいる男女。
更にぱちぱちとすると、赤い髪の毛に緑色の瞳をした華やかな容姿の男性が、こちらを指差す。びっ! とさされたその勢いに、びくっと震えると更に苛立ったように舌打ちされた。
「アカネ! 私、オスカー・ヴィクトリーはお前との婚約を破棄する!」
その宣言に、男性の隣に経っていた女性が、ふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「えっと・・・。ヴィクトリー子爵令息、ですよね?」
アカネが確認すると、男性———恐らく、ヴィクトリー子爵令息、長いので、オスカーと呼ぼうーーーは鼻白んだ。
「お前は婚約者の顔すら、知らないのか!? 信じられぬ。貴族としてあり得ぬ振る舞いだ」
アカネは、再度突きつけられた指先から、少し後ずさりして逃れた。その動作に、オスカーがぐぐっ、と眉間にしわを寄せる。
「なんて振る舞いだ! なんて傲岸不遜なんだ! これが私の元婚約者だなんて信じられない! 信じたくもないな。婚約破棄できて、良かったよ! ああ、そうだ、私は優しいから、お前の気持ちも聞いて上げよう。何か言いたいことはあるか?」
偉そうにふふん、といばる様子を見て、アカネはまたもや目を瞬くと、そっとずり落ちかけていた眼鏡をそっと元の位置に戻した。
「では、言わせていただきます」
「何だ?」
「まず、わたしが貴方のお名前を確認した件についてですが。貴方は、わたくしと会うのは初めてですよ? 何故、わたしが貴方のお顔を存じているとお考えになったのですか?」
アカネの質問に、周りがざわめく。
そう、ここは夜会の場だ。しかも、盛大な、王家主催の。
もちろん、殆どの貴族が参加する重要なパーティであるから、周りにもたくさんの人がしたくもない見物をしていたのだった。中には、したい人もいるのだろうけれど。
アカネはそっと微笑むと、オスカーを見た。
「んなっ・・・。それは、私が有名人だからだ!」
「有名人・・・。それは、何を持って有名人だと? 遊び人として有名人、でしょうか?」
オスカーが顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。
「そんなわけ無いだろう! 大体! 私は遊び人ではない!」
「左様でございましたか。失礼致しました、ほんの戯れのつもりでしたから、そう怒らないでください」
アカネの取りなしに、ますます怒りに震えるオスカー。
「あの! 一つ、よろしいですか?」
見物に徹していた外野から、ついに手が挙がった。アカネが発言を許可すると、その令嬢はそうっと尋ねた。
「あの、わたくしが聞いたのですと、お二人はもう半年も前に婚約なさっていたのではないでしょうか? それはわたくしの誤解ですか?」
「いいえ。誤解ではありません。彼は半年前から、わたしの婚約者でした。たった先ほどまでは」
アカネの回答に、ますますざわめく音が大きくなる。オスカーは、赤い顔から少し青くなってきていた。隣に立っている女性が、オスカーを心配そうに覗き込む。
先ほどの令嬢が、ますます不思議そうに問うた。
「あの、では何故お二人は面識がないのですか? 普通、顔合わせからはじめ、お茶会をもうけますよね」
「ええ。それが正式な婚約の仕方なのでしょう。ですが、わたしたちは普通ではなかったのですね。ヴィクトリー子爵令息は顔合わせにはいらっしゃいませんでした。その後のお茶会も、用事だの体調不良だの、色々とお忙しいようでしたの」
アカネの淡々とした様子に、ホロリときた様子のご夫人もいる。
「え・・・。それは、マナーとしてどうなのでしょうか・・・」
令嬢はそれだけ述べると、軽蔑したようにオスカーを眺めた。
オスカーは、今まで遊び人として名を馳せていたものの、かなりの美男子としても名を馳せていたので、令嬢からそんな視線を浴びせられたことが無かったらしく、相当ショックを受けている。
「そ、それはっ! 誤解だ!」
「誤解? 何が誤解なのでしょう?」
「うっ、それはっ! こ、こいつの言っていることは全て嘘なんだっ!」
泡を食った様子で弁明しているが、既に周りの視線は冷たい。絶対零度だ。
「それと、もう一つ。ここは、王家主催の夜会会場です。このように華やかな場所で婚約破棄を高らかに告げる。それは、貴族としてあり得ぬ振る舞いではありませんか?」
アカネの冷静な言葉に、誰も彼もが頷く。
オスカーは、怯んだ様子で周りを見つめた。
「どちらが傲岸不遜なのか。よく考えてみてください。婚約破棄は、承りました。ああ、一つだけ、言い忘れていました」
アカネは振り返ると、顔の三分の一を隠すほど大きな眼鏡越しに彼を見て、にっこりと笑った。
「わたし、研究の邪魔をされるのが一番嫌ですので。今後、一切ライト伯爵家にはいらっしゃらないでください」
それでは、とアカネは微笑み、優雅に去った。騒ぎを起こしたことを王家にきちんと、謝罪して。
♢♢♢
「うーん、やっぱりエンジンをつくるしかないかな? でも、燃料がねぇ・・・。いっそ、魔法を使っちゃう? アリね。よし、燃料を探しつつ、魔法を使えるようになりつつ、エンジンをつくろうっ!」
婚約破棄された後。
父母には、労りを向けられただけで、責められることは一切なかった。元々破棄しようとしていたとまで言われたくらいだ。
そして、アカネは今、研究に励んでいた。
その内容は、飛行機をつくることだ。
アカネは、前世の記憶があった。生まれたときからだ。
空山茜。それが前の名前だ。日本人として生まれ育ち、文明の利器に囲まれ生きていたアカネにとって、生まれ変わったと気づいたときにはスマホが見たくて仕様がなかったーーーーー
ことはなかった。
別に、スマホがなくても困ることはない。だが、アカネにとって、なくてはならないものがある。世界に、必ず要するものだ。
飛行機。
アカネはいわゆる、飛行機マニアだった。父がパイロット、母が設計に関わる仕事をしていたのだから、当然の成り行きと言えなくもないだろう。
とにかく、幼い頃から飛行機を見て、ニコニコと満足そうに過ごしていたというのだから、アカネは筋金入りの飛行機好きなのであった。
けれど、今世では当たり前だが、飛行機がない。いわゆる、異世界転生をしてしまったらしいアカネ。
魔法は使えるものの、科学技術が一歩も発展していないこの世界で、アカネは一から飛行機をつくろうと決心したのである。
だが、問題は山積みだった。まず彼女が行ったのは設計図の作成。幸い、紙もインクもペンも定規もすぐに手に入る環境にはいた。
そのために、すぐに設計図を書き上げたら良いものの、いきなりハイレベルな飛行機をつくるのはキツかった。というより、不可能だった。
今はとにかく材料探しと、設計図の見直しを行なっている。
材料はひとまず頭から放り出し、設計図の見直しに移ったアカネの研究室を、ノックする人がいた。
「アカネ? ライトネル伯爵令息がおいでよ。部屋に通しても良いかしら?」
「どうぞー」
研究に熱中していたアカネは生返事を返す。
「久しぶりだな、アカネ! って、相変わらず凄い集中力だな」
声をかけられ、はっと顔をあげると、見慣れた顔があった。
「あれ? バーナード」
「やあ、アカネ」
爽やかな笑みとともに現れたのは、銀髪に青色の瞳をした青年だった。
恐らく前世でもかなりのイケメンの部類に匹敵するほどの顔立ち。
アカネはその姿を見て、ぽつりと一言。
「来てたんだ」
「って、いや酷すぎるだろ!! きちゃ悪いか!? っていうか、夫人がさっき! 先に言ってくれてただろ!」
アカネは首を傾げる。
「さあ? そんなことは一言も聞いてないよ。それよりどうぞ入って。今ね、設計図の見直しをしているところだったの。やっぱり、空気抵抗は少ない方が良いだろうから、機体の形を少しだけ変えることにしようかと」
「お前は本当に・・・」
夫人が不憫でならないよ、と呟く青年。
彼は、バーナード・ライトネル伯爵令息。アカネの研究における、パートナーだ。バーナードが主に材料探しを担当してくれている。
「? あ、そうだ。お母様から、お菓子貰ったんだった。いる?」
「・・・ああ、貰うよ」
アカネが差し出したお菓子を、力なく受け取るバーナード。
「バーナード、悪いんだけど、やっぱり方針を変更したいの」
アカネもお菓子を食べながら、バーナードに今までの考えを説明する。
脱力状態だったバーナードは、力強い光を瞳に宿して、聞いてくれた。
「ーーーーーって言うわけなの」
「なるほどな。んじゃあ、やっぱり燃料が必要なのか」
「まずはそこが重要かな」
なるほど、とバーナードは呟き、目を閉じて記憶を探るような表情になった。
アカネも、設計図の見直しにかかる。
「うーん、やっぱりここはもう少し・・・いや、でも。あー、そうかそうね。ふむふむ」
アカネはぶつぶつと呟きながら仕事をしてしまうタイプだ。前世でも、いつ死んだかなどは覚えていないけれど、ぶつぶつとひとりごとを言ってしまっていたのは覚えている。
「分かった!」
ばさばさばさっ!
バーナードが突然叫んだのに驚き、アカネは机の上にどさどさと積んでいた書類を薙ぎ倒してしまった。
「ど、どうしたの!?」
「分かったよ! アカネ、燃料のことだが、何とかなりそうだ。僕が何とかするから、君は設計を続けててくれ。必ず、一ヶ月後には手に入れるよ」
「へ?」
勢い込んでいうだけ言って、バーナードはさっさと帰ってしまった。
その様子に呆然としつつも、アカネも作業に戻る。
バーナードもアカネも、没頭しすぎてもう外は暗くなっていたが、気付かないままだった。
♢♢♢
そして、一ヶ月後。
「できた! これでエンジンは何とかなるかなぁ。さて、燃料は今日見本を持ってきてくれるってバーナードが言ってたけど・・・」
アカネは、完成したエンジンの設計図を満足そうに眺めると、バーナードを待った。
「アカネ? ライトネル伯爵令息が・・・」
「すぐどうぞ!!!!!」
またもや母が知らせてくれたのを遮り、返事をすると、部屋を覗き込んでいた母は、えっええと慌てて頷き、バーナードに伝えに行った。
「アカネ! 遅くなってすまない!」
「ううん! ありがとうね! それで!?」
「これが燃料だよ」
バーナードは、にやりと笑うと小さな革袋から、黒色の鈍い光を放つ小さな石を出した。
これは・・・。
「魔石?」
ぽつりと呟いたアカネに、バーナードは大きく頷いた。
「そうだよ! しかし、これは単なる魔石じゃない。もう使えなくなった魔石なんだ」
魔石は通常、魔術具と呼ばれる、機械のようなものを動かすための動力源だ。この世界では、誰もが魔力を持ち、微量の魔力を注いだだけで人々は魔術具を使えるようになっていた。
しかし、魔石も注がれる魔力量には、限界がある。その限界を迎えた魔石は、大抵の場合、使えないので埋められるなどして処分されていた。
「まさか・・・これが燃料になるの?」
「そうなんだよ。実は、使い果たした魔石を埋め立てる場所がもうなくなってきていてね。それは、一部の人が知っていることなんだが、かなり困っているようなんだ。それで、燃やしたらどうなるか、と現場の人が確かめてみたらしい。そうしたら、なんと!」
バーナードは一旦言葉を切り、アカネの母が出してくれていた紅茶を一口飲んだ。
「とても長い時間燃えると言うんだ! 最終的には燃えきって、なくなってしまうらしいんだが、それでも木などよりはかなり燃えたという」
「そうなの?! それなら、今回の材料にはうってつけだね!」
「ああ! しかも、炭や灰にならないから、ゴミもでない」
「そう・・・。それは良いことを聞いたな。よし、すぐにそれが平均でどれくらい燃え続けることができるのかとかを調べましょう」
アカネとバーナードは、互いに見合って頷いた。
♢♢♢
そして遂に。
「できたあああああ! 飛行機!!!!!」
飛ぶかは分からない。だが、形だけでも出来ただけで、だいぶ進展したものだ。
「アカネ、お疲れ様。使い果たした魔石を使えば良いことを発見してから五年間。諦めずにやってきたアカネは偉いよ! すごすぎる!」
横でバーナードが心底嬉しそうに微笑む。その顔には色濃く残る疲労と、これ以上ないほどの達成感で満ち溢れていた。
「バーナード・・・! 貴方も、ありがとう!! 貴方がいたおかげで、この研究は成功したも同然だよ! ほんとありがとーーーーーう!!!!」
アカネが思わず、バーナードに抱きつくと、彼は身じろぎする。
「・・・アカネ、君ももう二十二歳なんだから、慎みを持っ―――――」
「よし、この飛行機が飛ぶか、実験していきましょう! 空に物体を飛ばすのだから、被害が最小限のところが良いよね! 領地に何もない草原があるから、そこでやろう!」
「いや、ちょ、聞いてるぅぅぅ!?」
るんるん、とアカネのテンションはMAXになり、しかし、唐突にそれは訪れた。
「っ! アカネ!? って、眠ってる・・・」
バーナードに抱きついていたアカネに、体力の限界が訪れたのだ。
「まあ、ここ数日、眠れてなかったみたいだしな」
ぽつりとバーナードが呟く。
そして、アカネをソファに運び、毛布をかけてやった。
寝顔を見守りながら、そっと懐から小箱を取り出す。
「今日こそは・・・言いたかったんだけどな」
ぱこり、と開くと中には、きらりと輝くダイヤがついたシルバーの指輪が入っている。
「起きたら、言うか・・・」
一人寂しく呟いたバーナードは、自身も仮眠をとるために床に寝っ転がるのだった。
♢♢♢
それから、二年後。
アカネとバーナードは、新たな移動方法を発明したとして、確実な名声を得た。
アカネは、飛行機の生みの親として後世まで伝えられる偉大な研究者として名を馳せることになる。
それから、余談だが、眼鏡を外した彼女は三大美女の一人としても有名になったそうだ。
のちに、アカネの夫であり、研究パートナーのバーナードは、アカネの死後にこう語る。
「最初は、ヒコウキってなんだ? って思いましたよ。ただ、材料を探してほしい、という頼みをされたときには運命かなと思いました。
彼女とは、元々幼馴染で、気のおけない仲でしたね。でも、飛行機のおかげで、だいぶ距離が近づいたように思います」
そして、こうも語った。
「よく彼女はこう言っていましたね。
『飛行機マニアのささやかな願望を叶えたかっただけなのに・・・!!』
って」
その瞳には、柔らかな光と熱が宿っていたという。
今では、国の中心部にある国立公園には、飛行機の形をした大きな銅像がつくられ、その名前の下には二人の名前が仲良く並んでいる。
アカネ・ライトネル
バーナード・ライトネル
別の連載作品の執筆で、少し行き詰まったので、箸休めに(?)書いてみました。
わたし自身、飛行機が好きなので...!( ̄▽ ̄)
読んでくださる方の中には、とっても詳しい方もいらっしゃるとは思いますが...アバウトなところは許してください。
絶対7年でつくれねえだろ、という感想はもう爆笑で読ませていただきます笑




