その九 一週間から数か月、十月から十二月
その後の日は割と難なく過ごすことができた。起こった主な出来事を思い返してみても悪いことはあまりない。
祝日の次の日、火曜日はナトルがリゼーラの剣術がなまっていると言い出し、煽られたリゼーラは激怒してナトルと一騎討ちの決闘を申し込んだ。家の中だと俺も巻き込まれそうだったから近くの公園に連れて行き、好き勝手やらせた。人はあまりいなかったものの、大人の女性が二人遊具でぴょんぴょん飛び回って武器を振っているのは近所の人たちには驚かされざるをえない光景だったようだ。二十分もしないうちに警察が来たのですぐに退散した。
水曜日は前日の試合の決着がつかなかったため、睨み合っていた二人に俺が格闘ゲームで決着をつけるように提案した。二人は張り切って俺を除け者にした後ずっと遊んでいた。俺は大学だったから良いんだが、行く前から遊んでいた二人は俺が帰って来た時もまだ遊んでいた。結局はリゼーラが買ったが、ナトルはもっと他のことでも勝負しようと言い出し、それからなんでも勝負になった。
木曜日。リゼーラのバイト経験で新しいバイトを始めさせた。俺の役に立ちたいとか言って家で毎日待つのは嫌だそうだ。リゼーラに先輩の称号を与え、ナトルの面倒を見させた。二人はどっちが多く売れるかという競争をし、結果コンビニは通常の倍以上の売り上げをしたそうだ。店長にとても感謝されて嬉しいと二人とも言っていた。
金曜日はレイラがナトルと遊びたいと言って来たから俺はリゼーラと二人きりだった。
別に何かしたわけじゃないぞ?変な妄想すんなよ、おい。
俺とリゼーラは一緒にゲームをしたりこの世界、彼女の世界について語り合った。面白いことをたくさん学んだのでいくつか挙げてみよう。
エルフの平均寿命は2500〜2800歳ほどで不老ではないらしい。656歳と言っていたリゼーらがこの世界に来てからは20歳になった。人間の一年はエルフの32.8年くらいだと計算すると人間年齢でエルフの寿命は76〜85歳。比率的には同じくらいか。
しかし医療制度が発達していないせいか、怪我は魔法で治せても病気は簡単には治せないらしい。エルフは毒や病気では死ぬことはなく、そのおかげで長生きできる一方、人間はすぐ病気が流行すると小さな村などは滅んでしまうらしい。そのため人間の平均寿命はたったの60年ほど。これはあくまで平均で、インフラなどの整っていない田舎の人たちは50年ちょっと生きたらすごいらしく、薬草のある王都に住む人や王族などは軽く70は行くらしい。だから、日本では平均寿命が80を超えていると教えると、彼女はとても驚いていた。
他にもリゼーラから学んだことは魔法の段階についてだ。魔法は詠唱すれば良いものではなく、何度も磨き上げることで精度が上がり、使える様になって行くものらしい。しかし当然同じ呪文でも限界がある。だから強力な魔術師はいくつもの強さを使い分ける、そして上限を上げるために《《段階》》と言うものを使うらしい。段階は級で表される。
魔法には火系、水系、地系、風系、雷系、特殊系の六種類あり、特殊系を除く五種類は初級、将級、王級、龍級、聖級の五つに分けられるらしい。同じ級同士、そして魔導士が同じ強さならば基本的に水系は火系に強く、雷系は水系に強く、地系は雷系に強く、そしてなぜか風系は地形に強く、火系は最後風系に強いそうだ。しかし魔導士の強さがちがければ、これが成り立たないこともある。例えばとても強い魔導士が龍級の火系魔法を使えば、龍級を覚えたての水系魔法を使う魔導士に勝てるだろう。また、級の高さは強さの上限を表しているので、限界まで鍛錬すれば王級でも、同じ系統の龍級の魔法に勝ることもできる。ちなみにイトスの使おうとしてきた魔法は王級だったらしい。ほんとに俺を殺す気かあいつは。
もう一つ知ったことは人間とエルフ以外にも様々な人種がいるらしい。人間とエルフに比べて人口がとても少ないので小国家だったり、人間の国の中で暮らす人種が多くいるそうだ。
獣人族とか言われたからちょっと異世界に行きたくなってしまった。イトスに一人連れて来てもらうか?いやいやもうすでにリゼーラを追ってきたナトルで大変なんだ。
土曜日は三人で家でダラダラした。祐一と電話をして日曜日に五人でエアソフトに行こうと決めた。俺が決めたと言うより、勝負に燃えていた異世界人二人の熱意がすごくて…
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そんなこんなで日曜日になったのだった。
「泰知!間に合ったね。電車遅延してたって聞いたよ」
走ってきた俺ら三人に祐一がエアソフト会場の外で迎えに出てきた。
「予約だからな。降りて走ってきたよ。早めに出てよかったわ」
息を切らしながら俺は答えた。
「じゃあちょっと休憩してから始めた方が良さそうだね。まだちょっとだけあるし。レイラは中で待ってるよ」
「そうだな」
俺らは施設の中に入った。中はいつも通り他の参加者でいっぱいだ。一ヶ月ぶりだから二人にボコされないように頑張らないとな。リゼーラ、ナトル、俺で三人だが、相手の二人は強力だ。何せ、自衛隊志望の軍人ゴリラ女とエアソフト銃に月五万使うその彼氏。
休憩の後俺らは貸し切ったステージに行き、対戦を始めた。始まった瞬間、俺ら三人は相手の動きを見て迂回してコソコソと動いた。背後を取ろう、そう思っていたものの、突然弾が飛んでくる。どこからだと探すと、後ろには祐一、前にはレイラがいてすぐに三人とも当たってしまった。
その次は三人別行動で行ったが、一人ずつ鴨のようにすぐにやられてしまった。
流石の実力差と、互いに勝負したい二人の元、俺と祐一とリゼーラ対ナトルとレイラとなった。
再び同じステージで対戦する。祐一の指示の通りに俺とリゼーラは左に周り、その間、祐一は右側に潜んだ。その時突然レイラが真ん中の広場に飛び出して来て祐一を撃った。出て来たレイラを俺とリゼーラは打つために立ち上がったが、これは全て作戦だった。祐一と相打ちになっていたレイラに気を取られて立ち上がった俺らはあっさりナトルにやられてしまった。ナトル、俺リゼーラがアイス食べてた時にさんざんレイラとゲームしてたからな。シューティングゲームで腕を上げたのだろう。
その後もう何度か試合をし、時間いっぱいまで使った。リゼーラとナトルの間の勝負では結局引き分けという結果になってしまったらしく、決着はまた後日に。
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そう俺らは何ヶ月も平穏に過ごしていた。
俺はちょくちょく大学に行き、シユさんとすれ違うたびに背筋が震えたが、向こうは俺のことを何とも思っていないようだった。
バイトは俺も土曜日は行っていたが、ほとんどのところはリゼーラとナトルの二人だけでバイトをしていた。バイトでも勝負を繰り返し、家の中まで影響が及んだ。どちらが洗濯物を早く、多く畳めるか。どちらが食器を早く洗って片づけられるか。たくさん競争することで家の中は賑やかだし、手伝ってくれるのはありがたいんだが、もう少し丁寧にやってくれるとありがたい。それも勝負してもらえばいいか。
少しずつ空気も寒むなっていき、十月が終わり、十一月が終わった。そしてあっというまにクリスマス前になっていた。