その七 チョコレートの隣には 前編
「引っ越したんだって〜?」
俺が朝ドアを開けるとレイラがすでに待ち伏せていた。
「集合は大学の駅だっただろ」
俺が指摘すると彼女はムスッとした顔で言い訳をしてきた。
「いいじゃーん。ここの住所祐一教えてもらったからもう行っちゃおうと思って!」
俺は外に祐一も立っていたことに気づいた。
「まあまあ。こうして全員揃ったんだし、もうこのまま出発でいいと思うけどね」
彼は少し笑いながらいった。
「随分と彼女に振り回されてるじゃんかよ。俺もこいつにはだいぶ迷惑かけられてるしな」
「ムキー!なんだよ、その言い方は!」
レイラは俺を叩き始めると廊下、俺の後ろに立っている二人に気がつき、俺を押し退けて二人の姿を拝めに行った。
「この二人がリゼーラちゃんとナトルちゃん?」
「そうだよ。全く。あと、実際の異世界での年は二人とも何百歳だからお前は相当年下だぞ」
「そんなんどうだっていいでしょ!」
レイラはリゼーラとナトルの手を取った。
「二人とも綺麗ね!泰知に襲われたりしてない?」
「あ、ありがとう…」
リゼーラはレイラの陽気な性格に少し戸惑っていた。
「まだ襲われてな〜い。でもタイチ、しょっちゅうリゼーラ見てるからいつ襲われるか分からな〜い」
レイラの馬鹿馬鹿しい冗談に乗ったのはナトルの方だった。
この二人が手組んだらこの世の終わりだな。
「う、うるさいぞ!見てないっ。さっさと行くぞ」
俺はレイラを二人から引き離し、家を出るとゆういちの隣に並び、リゼーラとナトルが靴を履くのを待った。
ナトルには先週、レイラが持ってきた服を着てもらい、また、レイラのスペアシューズを履いてもらった。
俺ら五人ぐみはレイラがどうしてもリゼーラとナトルに会いたいと言うのでちょうど引っ越した後のこの祝日で出かけることとなった。
「じゃあ、レッツゴー!」
レイラが仕切るこの計画は、彼女の考えた異世界の二人に日本を楽しんでもらおうと言う作戦。今日を通してあらゆるこっちの世界の凄さを異世界人に知ってもらおうということだ。ただレイラが日本代表というようになっているのはあまり納得しないな。
最初どこに行くかは全く教えてもらっていない。本人によれば、「サプライズの方が面白いじゃん!」だそうだ。
俺らが向かったのは駅。大通りを走る大量の車に驚いていたナトルだったが、駅のホームに立ち、目の前を電車が通った瞬間、とてもウキウキしているように見えた。
「こ、この鋼の怪物は?」
ナトルは電車を指差して言った。
「そ、それはデンシャと言って人間を運ぶモノだそうだ。大通りにあったクルマと言うも乗り物も、馬車などから進化したものらしい」
リゼーラも電車を間近で見るのは初めてだが、ナトルより先に来ていることもあって、少し先輩気分だったんだろう。本人も驚いているのにプロかのように説明していた。
「くっちゃべってないで乗るぞ。これが切符だ」
俺はレイラの買った切符を二人に渡した。
「これで改札を通るんだ」
改札に切符を入れて通った後、二人は手元の切符にとても感心していた。切符に驚いてる姿を見るとまるで子供だ。
「ほら、早くしろ。その切符は無くさないように持っておけ」
開いた電車のドアに五人で乗り込んだ。
音を立てながら発車する電車の窓から外を見る二人。
「どう?すごいでしょ?」
レイラは街並みを見るリゼーラとナトルに向かって自慢げに言った。
「魔法がなくてもこんなに文明が発展しているなんて…」
「未来に来たみたいだー」
彼女の予想通り、異世界人の二人はとても驚いていた。
何駅かあと、レイラに誘導され、電車を降りた。再び改札を通り、駅の外に。
この駅、リゼーラと来たショッピングモールの駅だ。以前はアパートから一駅だったため、歩いてきていた。
「まさかお前…」
俺が彼女のこれからのアクティビティに対して予想しようとすると、それはすぐに彼女に確認された。
「そっ。ゲーセン」
ショッピングモールに入り、慣れたようにゲームエリアに真っ直ぐ向かうレイラ、そしてついていく俺たち。
「ごめん。なんか」
また少し笑いながら祐一が謝ってきた。
「別にいいよ。もう来ちゃったし」
「レイラはいつもここにきてるからね。暇な時はほとんどここだよ」
「よくここまで付き合ってられるな。お前すげーわ」
「俺も好きだからね」
「レイラがか?それともゲームがか?」
「どっちもさ」
俺が揶揄うと祐一はあったりまえだと言う顔で決めてきた。
「いっそのことゲーム機と付き合えばよかったのによ、二人とも」
先に歩いていったレイラは俺らが到着した頃にはすでに百円玉を入れ、VRのシューチングゲームを始めていた。
「レイラ待ってよ!」
祐一が彼女の隣に入り込んだ。シューチングゲームか。ちょっと魔法っぽくてリゼーラとナトルにもやりやすいかな?
「これやってみないか?」
虹色に光るゲームセンターを見回している二人に呼びかけるとすぐによってきた。
「魔法の弓矢で敵を倒す感じだ。ここを引けば矢が出る」
VRゴーグルを二人の頭につけ、プラスチックの銃を持たせ百円玉を何枚か入れ、ゲームを始めた。
「な、なんだこれは!また他の世界に飛ばされたのか?!」
当然、バーチャルリアリティには驚いていた。
「私は弓矢なんて使ったことない!」
ナトルもリゼーラのようにあたふたと焦りながらトリガーを引いていた。
VRやってる人を外から見るのって、自分がやるよりも面白いかも知れない。リゼーラだからか?
無意識に俺の視線はずっと彼女のゴーグルからはみ出るピンク色の唇、そして彼女のフットワークに行っていた。すぐに我に戻って頭が震えた。
「ゲームオーバー。二人とも異世界だと最強の戦士なのにこっちの世界じゃ全然だな」
ちょっと馬鹿にしてやった。
レイラと祐一を待っている間に俺は二人をクレーンゲームで案内した。
「さっきのやつみたいに激しくはないけど、ついつい何十分もやっちゃうやつだ」
二人に百円ずつ渡し、ぬいぐるみを取らせてみた。
遊び方はすぐに理解したらしく、二人ともすぐに一つ掴めた。
「取れたぞ!」
喜んでいたリゼーラだったが、穴まで運ばれる直前で落ちた。
「ぐぬぬ。もう一回やらせてくれ!」
悔しがるリゼーラに俺はもう一枚渡した。
「タイチ〜、ダメだった」
ナトルも落ちたといい、俺は彼女にも一枚渡した。
もう一枚。
そしてもう一枚。
更にまたもう一枚。
そしてそれが続いていき、俺は百円玉が切れてしまった。
「お〜。見て見て」
ナトルは見事に最後の一枚でウサギのぬいぐるみを手に入れることができた。
「よく森の外れにいる魔物みたい」
「恐ろしいこと言うなよ」
俺はナトルがウサギのぬいぐるみを観察しているのを見た後、俺の反対にいたリゼーラをみた。
彼女は結局何も取れず、床に敗北で崩れていた。
「な、なぜだ…」
「あはは。何か札崩してくるよ」
そこにレイラと祐一が現れた。レイラは俺ら三人を見ると、ナトルの腕を掴んで引っ張って行った。
「ナトルちゃん行こう!探検使うんでしょ?忍者みたいだったって泰知が言ってたよ。向こうに忍者のゲームがあるんだよ。手裏剣とか!」
彼女は俺の方に振り返り、リゼーラを指差し、俺に親指を立てた。
こいつめ…
「リゼーラ、百円玉を作りに行こう。美味しいもの食べさせてやるよ」
俺はリゼーラを連れ、ショッピングモールの中を歩いた。
さっき来た時は五人一っしょだったからあまり気づかなかったものの、今は全世界がリゼーラを見ている気がする。通すぎる人、特に男性のほぼ全員と言っていい、が振り返ってリゼーラのことをもう一度見ようとする。それがなぜか俺の中でモヤモヤとした気持ちを作っていた。
「リゼーラ、ちょっと急いで歩くぞ」
彼女に集まる視線を我慢できなかった俺はついに彼女の手を掴んで早歩きしながら彼女を誘導した。できるだけ曲がり角を曲がり、そして目的地についた。
「どうしたんだ?タイチ。ここは?」
俺は今更恥ずかしくなって繋いでいた手を離した。
俺が手を離したとき、少しリゼーラと目があったが、俺が逸らす前に向こうから逸らしてきた。
俺、何かしたか?
「おいしさにぶっ飛ぶぞ」
カウンターの下に並ぶ色とりどりのアイスクリーム。
「おいしそうなやつがあったら言ってくれ」
「これはなんだ?まさか排泄物ではないだろうな…」
リゼーラは茶色いのを指した。
「安心しろ。ウ○コじゃない。チョコレートって味だ。とにかく甘い」
「ちょこれいと?変わった色だな。じゃあこれはなんだ?」
隣の茶色いかけらの入ったアイスを指した。
「これはチョコチップクッキーだ。さっきのチョコレートのかけらが入ってる」
「なるほど、かけらか。じゃあこれはなんだ?」
そのまた隣の茶色のかけらの混じった白いアイスを指した。
「クッキーアンドクリームだ。チョコレートのクッキーが入ってる」
「くっきあんどくりいむ?なるほど。じゃあこれはなんだ?」
今度は茶色のかけらの入った青いアイスクリームを指した。
「それはチョコミントだ。口の中がスースーする。チョコレートが入ってる」
「なるほど。面白い色をしているな。じゃあこれはなんだ?」
薄いチョコレートの色に濃いいろのかけらの混ざったアイスを指した
「チップドチョコレートだ。チョコレートの中にチョコレートのかけらが入ってる」
「なるほど。ちょこれいとの中にちょこれいとか。じゃあこれはなんだ?」
チョコっぽい色のアイスを指差したが、ぱっと見わからなかったため、俺は近づいてラベルをみた。
「ああ、これはアーモンドチョコレートだ。アーモンドと…」
「ちょこれいと、が入っているんだろう?」
俺が説明し終わる前に彼女が終わらせた。
「よくわかったな」
「なんだか…」
「言いたいことは、分かる」
俺らは二人で笑っていた。
「タイチ、選んでくれないか?」
「おうよ」
俺は自分にレモンシャーベット、そしてリゼーラにはクッキーアンドクリームを買ってやった。
始めてアイスを食べるリゼーラがやらかしかねないので今回かカップにさせてもらった。
スプーンを手渡し、店内の席につき、食べ始めた。
「溶けないうちに早く食べろよ」
「なるほど。面白い食べ物だな」
アイスを口に運びながらリゼーラはコメントした。
俺はプラスチックのスプーンで少しすくいああげ、彼女の目を見た。
「リゼーラ」
この前のリベンジだ。
俺は彼女の目から自分の目を離さなかった。
リゼーラも戸惑っていたが、口を開けた。
ゆっくりと彼女の口に入れ、彼女はスプーンを加え、アイスを食べた。彼女のその表情は確かに少し赤くなっていて、仕草も小さくなった。
もしかしてリゼーラも…?
俺は彼女の口からスプーンを取り出すと再び自分のアイスをすくい、自分で食べた。
が、リゼーラも振りほどき、自分のをすくいあげると今度は俺の口の前まで運んだ。
俺は口を開け、彼女のくれた一口を食べた。
向こうからやってくるなんて。レイラ、ありがとう…
リゼーラもまた、自分のアイスに戻り、何もなかったかのようだった。
「美味しいか?」
俺が聞くとリゼーラの食レポが始まった。
「この微妙くっきいの硬さが冷たくて柔らかいあいすくりいむとコントラストを作り…」
その間、俺は彼女のスピーチよりも、やはり彼女全体に意識を集中させていた。
「ふう。食べたな。百円玉もできたし、レイラたちのところに戻ろうか」
リゼーラのゴミも捨てると俺らは並んで店を出た。