その六 魔法世界は一つじゃない 後編
今回の講義でゲストとしてプレゼンテーションをしてもらっているシユさん。彼女は研究の末、この世界以外にも次元が存在し、他の次元、世界には我らの知らない物質や法則があることを半分解明したと言うことを生徒に伝えていた。彼女はついにイトスの話していた、マナ粒子にまでたどり着いた。その上、研究室内で作ることにも成功した。
「私は検出されたさまざまなエネルギーを併せ持った粒子を新たに作り出し、マナ粒子を完成させた。」
シユさんは説明を続けた。
「この粒子の面白いところをお見せしよう」
次のスライドには動画が映っていた。
動画には白い研究室に白衣を着た男の人が注射器を持って立っていた。注射器の中身は水色っぽく、自然界にはそうそうない色でいかにも作り出されたかのような見た目だった。
「マナ粒子の面白いところは電子が一つもないところだ。しかし、陽子もない。つまりイオンではない、かつ電子のない状態の元素。このマナ粒子ははっきり言って元素と呼んでいいのかは分からないが、とりあえずわかることは二つ。一つ目は原子核が六つ繋がっているような構造になっていると言うことだ」
動画を一時停止させ、次のスライドに移った。そのスライドにはマナ粒子と思われるものの図のようなものがあり、中性子ともう一つ紫色の丸が六つの玉になって固まっていた。六つの玉は垂直に交わるX、Y、Z軸の端に二つずつあり、中心は空洞になっていた。要するに、中身が空っぽなサイコロみたいな見た目だ。それでも分かりづらいなら、まあしょうがない。俺だってこの授業ついていくの大変なんだ。いつか俺も頭良さそうにプレゼンテーションしてみたいな。先生になったら、未来の科学者達よこの先を作って行くのは君たちだ!とか生徒に言ってみたいな。もうセリフも決まっちゃった。今思い出してみれば、中学や高校で先生が生徒を揶揄いたくなり、面白い発言をしようとして滑ったり、課題を大量に出して意地悪したりしたくなるのもちょっと分からなくもない。いかんいかん。講義に集中だ。
「この紫色の部分は私がマナ電陽子と呼んでいるものだ。一粒の大きさが電子の二倍であるとはいえ、エネルギー量は約二万五千倍。その上エネルギーがそれだけあるにも関わらず陽子がなくとも電子のような、陰のエネルギーが全くない。どちらでもあり、どちらでもない、そんな働きを持つものだ」
みんなが熱心に聞いている間、俺はこれはリゼーラ達に見せた方がいいものだと判断し、こっそり図の写真を撮り、ノートにメモをとり始めた。
「この注射器に入っている液体は水素とマナ粒子を結合させたもの。」
シユさんは動画のスライドに戻すと動画を再生しながら説明してくれた。
動画の人物は注射器を自分の腕に指すと液体を注入した。しばらく待ち、注射器を台におくと腕を地面と水平にあげ、手のひらを前に出した。
「手のひらの先をよく見ておけ」
シユさんは全体に注意した。
すると動画の男の力む声、そして浮かび上がる手や腕の血管とは別に、手のひらの先、一瞬だけ水蒸気がモワッと現れ、すぐに空気中に広まった。
室内は生徒の声でざわつき、誰も今見たことが信じられなかった。
何もなかったところからいきなり現れた水蒸気。これが魔法か?マナ粒子だったか、が無いからリゼーラもイトスも魔法が使えなかった。だから俺が異世界人と暮らしているとはいえ、魔法は見たことがなかった。俺もこの部屋の全員と同じ、見たのかこれが初めてだ。これが強力になれば完全な魔導士とか作れるんじゃないか?
「君たちは今、ゲームやテレビなどで見る、いわゆる魔法の誕生を目にした」
シユさんは動画の終わった後に続けた。
「これを使えばガスコンロも水道も、発電所もいらない。粒子を作る工場だけで十分だ。環境問題も改善され、一般市民の暮らしもよくなる。もちろんやろうと思えば兵器として戦争でも使える」
戦争に使える兵器?これ、政府以外には見せちゃいけない系のやつなんじゃ?なんで俺らなんかに見せてるんだ?俺の頭の中は疑問でいっぱいだ。
「なぜこの政府以外に見せてはいけなさそうな実験を君たちに見せているのか、知りたそうな顔をしている奴が何人かいるようだ」
ギクッ
人の考えてること分かるのかこの人。すごいけどなんか怖いな。そういう魔法を作って使っていたり?
「教えてやろう。週の始まり、そして今朝まででこのマナ粒子をこの辺りで合計三回検出した」
リゼーラ達のことだな多分。これはまずい。異世界人だとか言って連れて行かれて解剖でもされちゃうんじゃないか。
「何か知ってる奴がいるんじゃ無いかと思ってな。もしそうならばすぐに知らせてくれ。この話を外に漏らしたらどうなるかは各々の想像に任せよう」
そう言ってシユさんはノートパソコンを閉じ、資料を抱えて出ていった。
リゼーラとナトルが異世界人だと知っているのは俺、祐一、そしてレイラの三人のみ。レイラはちょっと心配だが、祐一が二人の存在がレイラの口によって広まらないよう、なんとかしてくれるだろう。帰ったらすぐにリゼーラとナトルに知らせ、今後どうするか考えなくては。
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アパートに着き次第、俺は靴を脱ぎ捨て中に。
「リゼーラ!大事な話がある!」
飛び込んだ俺は、リビングにいるリゼーラとナトルを見つけるなり叫んだ。
二人はソファでクッション抱えながらテレビを観ていた。
「なあユウ…タイチ~、これはどういうからくりなんだ?この世界に魔法はないのに」
ナトルが首をかしげて聞いてきた。
「簡単な話だ。この世界の人々は魔法が使えないが故、魔法以外のものが発達したのだ。しかしこれほどとはすごい。タイチ、教えてくれるか?」
リゼーラが説明していた。
「ああ。それはテレビって言ってな、写真を何枚も…って今はこんな話をしている場合じゃない!話題を変えるぞ。今日、この何とかシユってやつが来て、マナ粒子がどーのこーので水をちょっと手から出してる人を見せられたんだ!」
あえて俺は動画とか水蒸気とかと呼ぶのを避けた。彼女たちには通じないだろうからな。
「それは本当か?」
リゼーラがソファーからすくっと立ち上がった。
「多分本当だ。それにお前らが来た時にちょっとだけマナ粒子が出てたらしい」
「転移魔法そのものと私たちの体についていたものだな」
「でも体内にマナ粒子があるならそれを使って魔法を唱えられないのか?なんか隠蔽魔法でもないのか?」
「それはできないよ」
ナトルが入ってきた。
「昔はできたけどね」
「というと?」
「初代の魔導士は全員体内のマナ粒子を使って魔法を唱えていた」
とリゼーラが彼女たちの世界の魔法の歴史を説明し始めた。
「だが体内のマナを使うのはとても疲れる。その上、唱えられる魔法の強さと数の上限ができる。三千年前ほどに空気中のマナ粒子を使う魔導士が現れ、それから魔法が急速に発展した、という話だ」
「それじゃあ魔導士は魔法使い放題で最強じゃないか!」
「空気中のマナ粒子を使うには莫大な集中力と練習、経験が必要だ。誰でもできるわけじゃない。長期戦では集中力が衰え、だんだん魔法の精度も落ちていく。それに騎士団などの憲兵には魔法を軽減する鎧や弾く盾が配られている」
つまりリゼーラやナトルは体内中のマナ粒子の使い方がわからないってことだ。
大学は今年で最後、それに近年は温度が安定して寒くならないため紅葉もまだまだで全然そんな感じはしないがもう十月だ。あと半年もない。今のうちにこの町から少し遠いところに引っ越して電車で通学したほうが安全そうだ。
「じゃあ引っ越すしかなさそうだな」
「わかった」
俺の提案に二人は了承してくれた。とは言え、俺が世話してやってるんだからノーとか言ったらおいていくけどな。特にナトル。
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その夕方、物件はあっさり見つかった。戸建てだが、家賃は今のアパートより少ない。正直、三人だし戸建てのほうが大きさ的にもよっぽどいいだろう。とても恥ずかしいが、リゼーラを彼女だと言うことで、同棲しているから引っ越したいと親を説得し、卒業まではお金を送ってくれるとのことだ。証拠のため、リゼーラと一緒に親と通話したときは心臓が止まるかと思った。話している間、両親はずっとどこまで行ったのか聞いてきた。レイラみたいだったな。リゼーラは通話中だけできる限り敬語で話させた。どうもリゼーラもナトルも敬語を知らないようだからな。彼女が天然でちょっと抜けてる子だと思われただろうな。ナトルのことはもちろん話していない。
ピロン♪
着信音とともに今度はリゼーラとナトルが二人とも飛び上がった。
早く慣れてはくれないだろうか。お、雄一からだ。はっきり言って通知来る奴、片手で数え切れるほどだからな。どうやら彼はあの講義を受けた人たちが話しているのを小耳にはさみ、俺たちのことを心配しているようだ。「引っ越す予定だけど問題ない」と返信し、予定の住所を送った。
一週間後には引っ越す。新しいバイト先も探さなきゃな。
俺はそう思い、部屋を掃除し始めた。