その五 魔法世界は一つじゃない 前編
木曜日。俺はこの日、これまでとは違った目覚め方をした。リゼーラの部屋で聞こえた、金属のぶつかる音が耳に鳴り響き、俺は驚き余ってソファーから転げ落ちた。
「な、なんだ?!」
俺は立ち上がるとすぐにリゼーラの部屋のドアを開けた。するとそこには剣を持ち、戦闘姿勢で構えるリゼーラと、もう一人、耳の長い長寿族が短刀二本を胸の前にクロスで持ち、リゼーラの前に立っていた。
「だ、誰だ?」
俺が口を挟んだが、新たに現れたエルフの女性はリゼーラに向かって話していた。
「ちょっと鈍ったんじゃない?」
新しく来たエルフは背丈がリゼーラより少し小さく、肌が濃かった。とても深い褐色のような。髪の色も綺麗な銀で、金属の光沢のように光輝いていた。そしてもちろん、リゼーラのように長い耳があったが、服装はどっちかといえば防具より素早さ重視のローブっぽいものだ。短刀もあるし、忍者みたいだな。それにこのくらいスキントーンに銀髪?まさか、彼女はダークエルフであろうか?
「だとしたら?」
リゼーラがダークエルフの女性に聞き返した。
「あんまり楽しめないなーって」
そう答えられると再び戦いが始まった。ダークエルフの子は部屋中飛び回り、リゼーラの剣はパワフルな突きで壁に穴を開けそうだ。
「ストップ、ストーップ!」
俺は部屋の入り口から二人に向かって叫んだ。
すると二人はすぐにこちらを向き、武器を下げた。
「タイチ、すまない…」
そうリゼーラは申し訳なさそうな顔で答えた。
「お前が勇者か?面白そうなやつだな。勇者には全然見えないけど」
ダークエルフの子は俺を上から下まで観察しているようだった。
「お前は誰なんだよ!リゼーラ、知ってるなら教えてくれないか?」
俺は体をリゼーラに向けた。そうすると期待通り、二人の出会いの物語が語られ始めた。
「私は王国を守る騎士、そしてハイエルフ。ハイエルフのほとんどは剣技よりも魔術の方がよっぽど優れている。しかし私は違った。私だけは剣を鍛え、人間たちの剣士と競い合い、騎士団長の座を遂に手に入れたのだ。そこへ来たのが彼女、ナトル。」
リゼーラはナトルと呼ばれるダークエルフの女性を指差してから話を続けた。
「ナトルは基本的に戦闘能力の高いダークエルフに生まれた。誇り高く、剣技だけでなく、弓、槍、そして他にも様々な武器を扱うことができた。その代わり魔力が少なく、ほとんど使わない。ダークエルフに、一人仲間はずれがいた。それがナトルだ。ナトルは剣技に優れているだけでなく、魔術も使うことができた。そして私もまた彼女のように魔術と剣技の両方を磨いていた。そして私らが一人ずつ編み出した戦い方がある。それは剣などの武器に魔術を一つ纏わせて戦うことだ。火系の魔術を纏わせれば炎の剣、風系ならば一振りで相手を吹き飛ばすなどと特有の能力や戦い方があった。それにこの戦い方を会得していたのが私とナトルだけ。ナトルは私のことを知るとすぐに駆けつけて、決闘を挑んできた。それでそこからは仲のいいライバル関係といった感じだ」
なるほどな。別に敵ってわけじゃないのか。それでも室内でやるのはやめてほしいです。この世界で二人が魔法を使えないとはいえ、武器だけで十分ここを破壊されそうだ。
「ど、どうしてこの世界に?」
みた感じ俺を異世界に連れてくるって感じではなさそうだ。しかしイトスのようにリゼーラを守るために俺を排除するって感じでもなさそうだ。一体何しにこの世界に来たのだろう?
「んー、イトスから聞いた話で、リゼーラがこっちの世界で楽しそうって聞いたから私も来たくなっちゃったんだよね」
「は、はあ…」
この世界に用はなく、ただリゼーラが羨ましいだけ?
「どうやって帰るんだ?イトスみたいに分身なのか?」
俺はナトルの帰還方法を聞いたつもりだが、彼女に笑われた。
「あはっ、ぜーんぜん。帰るつもりは全くないよ。リゼーラだけズルいから私もこの世界で勇者に世話をしてもらうんだ」
「ええ…一人で十分なんだけど…」
「勇者〜おねがーい」
ナトルは短剣を腰の鞘にしまうと俺に寄ってきて、足にしがみついてきた。
くそっ、恥知らずのエルフが二人目か。
「わかったわかった。なんとかするよ」
まいったな、こうなったらナトルも働かせるか。今日もこれから麻紀さんとバイトだ。絶対なんか言われそうだな…
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「あらリゼーラさんいらっしゃい、泰知も時間前にちゃんと来たわね。その子はだあれ?」
麻紀さんが迎えに来てくれたが、やはり最初にナトルに目を向けた。
「リゼーラの、友達です」
俺が代わりに答えた。
「綺麗な銀髪ね。ここでバイト?」
「そうさせてもらえると嬉しいです」
「ちょっと店長に聞いてみるわ」
そう言って去っていった先輩はしばらくすると戻って来た。
「ダメね。リゼーラさんを雇ったばかりなのにもう一人はもう無理だって。リゼーラさんの友達って言ったら相当張り切ってたけど、残念ね」
「そうですか。ありがとうございます」
ダメか。かと言って、リゼーラがバイトするところを見るナトル、とても羨ましそうだ。働かせてやりたい。そういえば昨日行ったラーメン店にバイト応募の張り紙があったような…
「ナトル今日はとりあえず待っててくれないか?明日お前がバイトできそうなところを見つけよう」
そういうとナトルはすぐに頷いた。意外と聞いてくれるんだな。それにナトルのリクエストでリゼーラと同じ距離感で話しているが、正直キツイ。リゼーラとは違った感じでナトルもとっても素敵な女性なのだ。特に大きくはないが、全体的にすごくスタイルがイイ。二人並べて見てたら鼻血出そうだわ。イトスも性格がちょっと早とちりで最初は印象よくなかったけど、思い返してみればあいつもそれなりに良かったと思う。こんな美人だらけなら異世界行っとけばよかったかなあ。
「ちょっと泰知くん」
休憩時間に俺は先輩に呼ばれた。
「なんですか?」
彼女に連れられ、俺らは休憩室の角に立った。
「リゼーラさんがいるのにあの新しいこのこと考えてないでしょうね?」
麻紀先輩は俺の耳に囁いてきた。
「どういうことですか?別に俺は何も…」
わけのわからない質問に俺も質問で答えるしかなかった。
「リゼーラさんという彼女がいながらあの子のこと変な目で見ちゃだめよ。それに彼女の友達なんでしょう?手を出したらもう男として最低よ」
「か、彼女?!」
「あら違うの?彼女が来てから遅刻しなくなったはいいけど、仕事中に彼女のことばっかり見てるわよ」
「そ、それはリゼーラがちゃんとできてるか心配で…」
「泰知くんよりはできるわよ」
「先輩冗談下手ですねえ、よしてくださいよ」
「あの新しい子があなたより仕事できたら泰知くん解雇されるわよ」
「ええ…」
「話戻すけど、じゃあまだ付き合ってないのね?」
全く何回やるんだこれ。思い込みが随分と激しいなこいつ。
「だ、だから!」
いや、もう何回正してもいつ付き合うのかとか関係の進捗状況を聞いてくるだろう。普通に付き合わなければいいさ。勝手に俺らが恋人同士だと思ってろ。
「まだ付き合って、ないです。」
俺は彼女の聞きたそうな感じで答えてやった。
すると予想通りとでも言うような顔をして俺に頭を寄せてきた。
「上手くいくようなデートプラン、一緒に考えてあげてもいいわ?この町に来てから長くないんでしょう?かっこいいところみせてさっさと付き合っちゃいなさいよ!」
そう言われ、俺は唾を飲んだ。
「お願いします」
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バイトが終わった後、俺ら三人は一旦アパートに戻った。今日も大学があるので行かなきゃならない。友達のエルフ二人を家に置いていき、俺は荷物をまとめ上げるとすぐにキャンパスへ向かった。
「泰知!」
着いた時に俺を待っていたのは祐一とレイラ。
「ねえ、いつになったら彼女に合わせてくれるの?今度の日曜なんかどお?」
と、レイラ。
そういえばこいつもリゼーラが俺の彼女だとか出鱈目言ってるんだったな。
「その事なんだけどさ」
俺が答えようとした時、祐一が止めた。
「泰知、そうか。辛かったんだな。」
「は、はあ…?」
「振られたんだね、リゼーラさんに。僕らが慰めてあげるよ。今度一緒にエアソフト行こう…」
待て待て、こいつもなんか勘違いしてるぞ。
「ち、違う、落ち着け!俺が言いたいのは、もう一人異世界から来たんだ。」
まあ、イトスを入れたら三人だが。
「二人目?!…ふ、二股?」
レイラが問いかける。
全くどいつもこいつも…
「だからそんなんじゃないって。日曜日に二人を紹介するよ」
そう言って俺は自分のカバンを肩にかけ、講義に向かった。
「ええ、それではこの大学の卒業生であり、今現在生物の未知の可能性を解明するため、そして人類が新たな一歩へ踏み出せるよう日々研究している特別なゲストが本日は来てくださっています」
俺が席に着くと何やら面白いことが始まっていると気づいた。
「それでは、お願いいたします」
教授が端によけると彼の代わりに女性が一人前に出た。研究資料の束とノートパソコンを抱え、お辞儀をした。室内に生徒のざわめき声が広がった。
「どうも、教授。私は大箔司柚。シユさん、とでも呼んでもらって構わない」
この場を完全に支配しているように彼女は話した。
「教授の言った通り、私は人間が生物として次の段階に進めるような研究をしている」
どう言うことだ?生物として次の段階?俺は全く理解できず、部屋のあちこちを見渡したが、俺と同じく全員わからずに口を開けてポカンと聞いていだ。
「ふん、分からないようだな。地球温暖化。誰もが知る、今世界で解決すべきことナンバーワン」
まあ俺もそう思うな。生態系が崩れて行ったり、資源がなくなったり、天候が不安定で災害が増えたり、地球温暖化にメリットはない。とは言っても節電なんてする家庭は少ないし、日本を出ればゴミの分別なんて馬鹿げてると言われてしまう。
「その解決すべき地球温暖化だが、どうだ。進展はあるか?いや、ないね。生活に欠かせないもの、なくては不便なものを地球温暖化の名にかけて捨てることができるか?行動することができるか?中にはするやつもいるかもしれないが、大抵の人は、『私がやったところでどうせ変わらない』と言って投げ捨ててしまう」
確かに確かに。みんながやらなきゃ意味ないけど、自分一人やらなくったって未来は変わらないとか言う人がいると一生進まない。
「そこでだ。それらの捨てなきゃいけない、でも手放せないもの。それらを全部無価値にしてしまえばいい。これだけ聞くと私がイカれてるように聞こえるだろう?」
話し方からもうイカれてそうだけどな。無価値ってどう言うことだ?電気を必要なくするってことか?
ここでシユと名乗った女性はノートパソコンを開き、机に置いた。資料を手に取りながら大画面にパソコンを繋げると、スライドショーでプレゼンテーションを始めた。
「アメリカ合衆国で作られた世界最強のコンピューター、量子コンピューターは複数の次元を通して計算をしていると予想されている。そして私の今使っているパソコンが十億年かかっても解けないような問題をサクッと片付けてしまうのだ。そこで注目されるのは複数の次元。もうすでに答えのわかっている膨大な計算や、同じ式を何回かに分けて解かせた。すると驚くべきことが発見された。答えが、微かではあるが、違ったのだ」
次のスライドに進んだ。
なんで俺はこんなに難しいカリキュラムに入ったんだ。でも別次元ってなんかリゼーラとかナトルとかがきた異世界みたいだな。パラレルワールド?魔法があってエルフとか魔物がいて、科学が発展っ転しなかった世界的な?
「コンピューター自身に他の次元のコンピューターとデータなどを通信させてみた結果、驚くべきことがわかった。それはいくつかの他の次元に存在し、またいくつかの、そして我々の次元には存在しない、粒子のようなものがあることがわかった」
またスライドが変わる。
粒子?この話、どっかで聞いた気がするな…
「この粒子は不思議だった。更に調査してみると、いろんなタイプのエネルギーの粒子であった。私はこの粒子に興味をひかれ年月をかけ、遂に粒子をデータからこの世に作り出すことに成功した」
次のスライドに進んだが、すぐにスライドの見出しをみた俺は思わず声を出しそうになった。グッと堪え、シユという女性が話し始めるのをまった。そして見出しをみたにも関わらず、彼女の声は俺の中に響き、俺を神経ごと揺らした。
「私たちがこの粒子につけた名前は…」
マナ粒子