その三 異世界の料理は、とてもおいしい
リゼーラが来てから二回目の朝。俺は何か焦げた匂いに起こされた。喉が詰まるような空気を吸ったことで目が覚め、いやな予感がした。寝ていたソファーから起き上がるとすぐに俺の予感が的中していた。リゼーラが、朝ご飯を作っていた。これ自体には何の問題もないのだ。昨日のことで俺の役に立ちたいと思って朝ご飯を代わりに作ろうと思ってくれたのだろう。彼女は騎士様だ。正直、騎士が料理できるというのはあまり聞いたことがない。でもまあエルフだしもしかしたら上手なのかもしれない。戦場で倒した魔物肉でも調理するのだろうか。しかし、彼女の世界では魔法があるらしい。いつもの調理方法が火の魔法とかなら、この世界では?ガスコンロなんて初めて見るだろう。俺が昨日使っていたのを見ただけであのポンコツエルフがマスターできたはずがない。
「リゼーラ、なんだこれは!」
鼻と口を覆いながら俺はキッチンへ叫んだ。
「朝ご飯を作っていたんだが、思った通りに行かなくてな?」
ほらみろ。
「火を消せ、火を!」
「すまん、つけるところはできたんだが、消すところまでは…」
俺はソファーから立ち上がり、キッチンへ入った。慌てているリゼーラの隣に入り、つまみを消火に合わせて火を消した。
「朝ご飯を作ろうとしてくれてたのはうれしいけど、火を使うのは俺とにしてくれ。ところで、何を作ろうとしてたんだ?」
焦げたフライパンの中身を見つめるリゼーラに問う。
「私の故郷の一般的な朝ご飯で、ヤブリスというのだ。」
と答えられ、俺はフライパンの中身をのぞいた。
パイみたいだ。背の高いパイ、そういえばわかるだろうか。
「だが焦げてしまったのでもういいのだ、忘れてくれ。」
彼女は焦げたのをゴミ箱を捨てようとしたが、俺は彼女を止めた。
「大丈夫。せっかく作ってもらったんだ。食べるよ。」
それもあるが、メインは材料がもったいないから食べるということだ。少しさらによそい、フォークで切った後。一口ためてみた。そうすると中からはチーズがあふれ出てきた。焦げているのに、口の中でとろける感じが外側の焦げたパリパリとコントラストを作って結構いける。焦げてなかったらめっちゃおいしそうだな。今度は一緒に作ってもらおう。
「おいしいなこれ!」
「本当か?!」
俺のコメントにリゼーラは笑みを浮かべていた。
「ああ、俺にも教えてほしいな。これは」
リゼーラは嬉しさのあまり飛び上がっていた。
完食した後、俺は着替えた。今日は大学に行くことにした。リゼーラも一人で大丈夫だろう。丸一日でもない。行くのは三時間だけ、通学合わせても昼過ぎにはもどれるだろう。そうだ、帰ってきたらリゼーラにもバイトをさせてみようか。そうすれば彼女も金が稼げる。そしてほかの日、俺が大学に行ってるときには彼女にバイトしてもらって、俺のゲーム代、じゃなくて俺らの生活費を一緒に稼ぐんだ。俺って天才だな。待ってろよリゼーラ、帰ったらお前をしっかり役立たせてやろう。
「じゃあ、留守番してろよ。何かあったら、あの電話で001を押すんだ。俺のスマホにつながる」
「分かった。この家は私が守ってみせる」
「頼んだぞ」
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「いつも、金がもったいない、とか言って絶対授業のある日は毎日来ていたのに連絡もなしで急に休むなんて。どうしたんだい?」
後ろのほうに座った俺の隣に来たのは祐一だった。
リゼーラのことを言うべきか?普通に風邪ってごまかすか?
「いやあな、それが…」
「女だよ、女。その顔はなあ」
俺が祐一の質問に答えようとした途端、奴の彼女が割り込んできた。こいつら講義中にもイチャコラしってっからな。
「人の話しているところに割り込んじゃだめだよ、レイラ」
祐一が注意した。
この二人、俺からしたらあまり釣り合わないんだよな。レイラと祐一の共通点はエアソフトが好きだ。俺も一緒に三人で行くことが多い。だが問題はレイラだ。レイラは今この大学のほかにもう一つ行っていて、自衛隊員になるために努力しているらしい。彼女は成績トップクラスらしく、来年にはもう入隊だそうだ。そんな奴がなぜこうも遊んでいる。日曜日なんて祐一と毎週のようにエアソフトだ。まあトレーニングにもなるのかもしれないが。祐一のまじめさを、彼女の無責任さが天秤ごとひっくり返しそうだ。それに大学二つって、とんでもなく金持ちじゃねえか?
「まあ、女で間違っていなくはないが…」
俺がリゼーラのことを話すと決めたとき、二人の目は大きく開いていた。もちろん、すぐにレイラにはどんな関係か問い詰められた。
「実は異世界から来たエルフでさ」
最初は全く俺の話を信じてくれなかった。俺が勇者らしいという話をしたらもっと笑われた。その証明のために、俺はあることをひらめいた。俺の全てを見る目を使って何か二人のことを言ってやればいい。例えばそうだな…
俺は意識を集中させ、またあの画面のようなものを出すことに成功した。俺は最近の説明っぽいことが書いてある内容を読み上げた。
「本橋麗羅、22歳、六月三日生まれ。最近、父親に遊びすぎだと怒られて落ち込んでいる。だってさ」
レイラには言わなかったが、彼女のレベルは70だった。それにAランク。さすがは自衛隊希望。あとで見たが、祐一は30と俺に近く、Bランクで安心した。
「きっも!うちのこと何でそんなに知ってんだよ!」
レイラはプイっと横を向いた。彼女の長いピンクに染められた髪がつられて揺れる。
「これで信じてくれるか?」
「まあ、信じるよ…じゃあちゃんと紹介してよね?」
「ああ、もちろんさ。おっ?」
ちょうど講義が終わったタイミングにリゼーラから電話がかかってきた。
「わりい、ちょっと出るわ」
「いいよ。ここにいるから」
ニヤニヤしながらレイラは俺の隣を離れなかった。俺とリゼーラの会話を聞こうってか?雄一は相変わらずレイラの行動に申し訳なさそうだった。
チッ
「すまん、リゼーラどうした?」
俺はすぐに電話に出た。
戸惑っているような彼女の声が聞こえた。
「いやあ、ちょっと…」
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アパートに帰り、ドアを開ける。そこにはリゼーラと、言われた通り、「もう一人」立っていた。二人目はリゼーラのように耳は長くなかった。髪は茶色で、また、リゼーラのように長くはなかった。ちょうど肩に触るくらいだった。栗色の目と、傾いた眉毛のついた顔がこちらを見ている。背は少し低いか?
「イトスか」
イトスはリゼーラと同じ世界の住人だ。しかしリゼーラから聞けば、これが彼女の本体ではないらしい。帰る方法を知らずにこの世界に来たバカはリゼーラだけということか。
「タイチ!お前よくもリゼーラさんに破廉恥なことを!」
俺が靴を脱ごうとした瞬間、彼女によくわからん罪をかぶされた。
「だ、だからタイチはなにもしてないのだ!」
イトスの隣でリゼーラがなだめようとしていた。
どうやらイトスの頭の中では俺がリゼーラをこの世界に連れ去らったらしい。そして俺の奴隷として暮らしているなどとぬかした。
「恥を知れタイチ!リゼーラさんにしたことの罪、償ってもらう!」
彼女は腕を上げ、手のひらを前に突き出した。そして、
「火炎覇!」
と思いっきり唱えたが、何も起こらなかった。まったく何もだ。彼女もこの世界に魔力はないと知っていただろうが、火の粉でさえも出ないと知って絶望的な顔だ。
ちょっと生意気だなこいつ。勝手に罪決めて攻撃してこようとするとは。しかし魔法とかかっこいいな。ちょっと異世界行けばと後悔している。しかし今はリゼーラをおいてはいけん。よくよく考えたらイトスこいつ、俺がリゼーラを助けてやってるのに俺を攻撃しようとしてきたじゃないか。
「これは本体じゃないんだよなあ?じゃあどれだけ痛めつけても問題ないよなあ?」
俺が彼女に迫ったとたん、リゼーラがイトスの頭を全力でたたいた。予想外のことにイトスは倒れこみ、床にあおむけに広がった。
おお、一発ノックアウト。恐ろしいな、騎士団長は。
「イトスは躾けておく。これでどうか許してやってくれ」
リゼーラは俺に頭を下げた。
「おう…」
俺は返す言葉に戸惑った。
イトスが起きるとリゼーラに頭を下げられ、きちんと俺に誤ってもらった。誤解が解けて何よりだ。
「じゃあリゼーラさんはもう帰ってこれないんですか?」
「分からない。今のところは無理だ。だが安心しろ、私にはタイチがついている!」
リゼーラはイトスの質問に元気よく答えた。意外と悲しくないんだろうか。彼女の世界の友人に会えて今は寂しさをあまり感じないのか。どちらにせよ、異世界トークが二人の間で始まってしまったので俺は夕飯を作り始めた。今日も特にこれといったものは作らない。昨日の残りはないが、リゼーラがあんなに肉じゃがをおいしそうに食べていたのでついまた作ってしまった。イトスも本体じゃなくても食べれるんだろうか?
昨日と同じ食事を三人分食卓に並べる。リゼーラが来てから思い知らされたが、みんなで食べるのは楽しい。一人で食べるよりずっとだ。イトスもちゃんとおいしいと言ってくれた。リゼーラも俺の特別でもなんでもない料理をほめてくれる。そういえば俺もリゼーラの料理おいしいって思ったな。異世界の料理は舌を刺激して特別に感じるのだろうか?
食べ終わり、俺とリゼーラが食器を洗っているときにイトスはぺこりとまた頭を下げ、彼女の体は空気に還った。こうやって別の世界に顔を出すのはとても消費が激しいらしい。当分は来れないと言っていた。しかしこいつらの「当分」の感覚がわからないから一か月以内にまた顔を出してきても、一年間来なくても驚かない。五十年とかだったら彼女らの世界は魔王に崩壊されてしまったのではないかと心配するかもしれない。
「本当にありがとう。タイチ」
リゼーラの後に風呂から出てきて着替えた俺にぼそっと彼女が口にしたのを聞いた。
「なんだよ。急に」
俺は聞いたが、彼女は答えてはくれなかった。そしてそのまま、日が終わった。




