その二 サイズは長さ以外、XXのXLです
昨日あのままリゼーラが寝た後すぐにソファーに倒れこんで寝た。いやしかしソファーは寝るところじゃないな。背中が痛い。ベッドになるタイプのソファーを買うか?
俺はソファーから起き上がるとスマホを見た。十時か。そうだな、今日は授業を休んでしまおう。
「なあ、起きてるか?」
俺はリゼーラを起こすつもりで扉を開けた。すると急に彼女が飛び出してきた。
「タイチ!ど、どこで用を足せばいい?」
彼女は太ももをすり合わせながら聞いてきた。トイレだな。
俺は朝から騒がしい彼女をトイレに連れて行った。
「いいか、ここに座ってやるんだぞ。終わったらこの紙で拭く。それでこのボタンを押す」
俺はトイレットペーパーとトイレの流し方を説明した。彼女がこれ以上待てなさそうだったので俺はそこから出て彼女を一人にした。
しばらくすると、予想通りでもあるが、トイレから高い悲鳴が聞こえてきた。
「水魔法で攻撃してきたぞっ!タイチ!」
「止めるって書いてあるところを押せ!」
「うう、私はこの世界の字が読めない…」
彼女が扉の向こうから叫ぶ。確かにそうだな。彼女に日本語を呼んで書けるようになってもらわないとな。
「オレンジ色のやつだ!」
俺が彼女に伝えると直後に水噴射の音は止まった。そのあとにも流れる音が聞こえた。そして彼女はトイレから出てきた。
「すまない…」
彼女はとても申し訳なさそうだった。
「いいさ、気にすんな。それより、朝ごはん食べるか」
そう言いつつも何か作るわけでもなく、彼女を机に座らせ、前に皿を置き、バタートーストをのせてやった。これなら彼女の世界にもあるだろうし食べやすいはずだ。
彼女が食べている間に俺も自分の腹に何かつめる。
「今日バイトまで時間あるし、その間お前の服とか靴とか生活用品買いに行くぞ」
そう言って俺はとりあえず彼女に俺の大きなコートを着せた。秋で少し寒いから大きなコートを着てフードで耳を隠せば問題ないだろう。しかしチャックが胸あたりから上にあげられなくなっている。彼女に無理やりしめてもらい、俺も着替えると彼女には俺のサンダルを履いてもらい、二人でアパート部屋の外に出る。俺が鍵を閉めると彼女はもう外の世界に見とれていた。車を見るなり、
「な、なんだあの鉄の怪物は!」
とか騒いでいた。彼女には情報量が多すぎて頭がパンクしてしまうんじゃないか。彼女の眼は光っていた。大通りにでて駅に行く間も、電車に乗るのを食べられるとか言って怖がったり、そんなこんなでやっとショッピングモールについた。
「ここは?」
彼女は店のしきつまった大きな建物を見て口を開けていた。
「まぁ、市場みたいなものかな?」
「こんなに大きな市場が…」
彼女はとても驚いていた。そして俺も驚く彼女を見ているとなんだかうれしくなってもっといろいろと見せてやりたくなった。
ピロン♪
「きゃっ?!」
またまた騎士とは思えない声を出すリゼーラ。現実世界《この世界》に来てからずっと俺のスマホの着信音がなるたびに飛び跳ねている。機械的な音ではあるし、急になるから聞きなれてないとびっくりするだろう。
「祐一か」
祐一は俺がよく一緒にゲームしたりエアソフトする友達だ。しかしあいつには彼女がいるんだよなあ。うらやましい。ほら、送ってきた内容だって、「今日大丈夫か?しっかり休めよ」だってさ。くーっ、やっぱり彼女持ちは友達への接し方も高いな。俺は、「平気」とだけ送ってスマホをポケットにしまう。
リゼーラは光る看板やおしゃれな服を店の外から眺めていた。
「リゼーラおいで」
俺は彼女を連れ、一般的な洋服屋に入った。女性のも見つかるだろうから彼女にデザインを選ばせてあげよう。
彼女はさっそく綿や化学繊維の服を手でなでていた。
「これなんかどうだ?」
俺は少しかわいらしいピンク色の服を女性セクションからとってきて彼女に渡した。
「こ、こんな高級な!」
彼女はとても驚いていた。
「いいって着てみなよ」
俺は彼女を試着室に押し入れてカーテンを閉めさせる。
しばらくするとカーテンの下を抑えながら彼女が頭だけ出してきた。
「た、タイチ…胸の周りがきつすぎて服がうまく着られないのだ…」
そういうことか。しかしまいったな、あらかじめ少し考慮して女性でも一番大きなサイズを持って来たんだが。男性のほうをもってきてみるか。できるだけシンプルなやつを。
「分かった。ちょっと待っていろ」
男性セクションに来るなり俺は一色だけの物や、ロゴ以外デザインのないものを選んだ。あんまり男子って物は着たくなさそうだし、周りから見たら変だからな。俺は自分の着るLサイズを手に取るが、俺のジャケットを思い出す。彼女が来ているのは俺が自分用に買った一回り上のXLサイズ。あれでもダメだったな。でもXLもXXLもほとんどはLから縦に長くなっただけで横には、特に胸元は全く大きくならない。まあどちらにせよ、ここにはそのサイズはないみたいだ。
俺は試着室まで戻って彼女に呼びかけた。
「だめだ。隣の店行ってみるぞ」
そして隣の店でも、彼女が着た瞬間破れそうな服しかなかった。
店員に聞いてみるか。
「すみません、これより大きいサイズがないですか?できれば周りの大きいサイズがいいんです」
一人店員を呼び止めて聞いてみるとその人はリゼーラを見るなりうなずいた。なんか状況を理解したっぽい。
「あ、あります。周りだけでなく長さも両方大きくなってしまいますがそれでもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
試着室の前で待っていると店員はいくつか服を持ってきてくれた。XXLとXXXL。とんでもないサイズだな。Xがいっぱいだ。
服を今度は一枚ずつリゼーラに渡し、着替えてみてもらった。
「どうだ?」
「大丈夫だ。ちょうど良い」
よかったー。これでまだきつかったらもうはだかで我慢してもらおうかと思うところだった。
何着か選んだあと、フード付きのジャケットやパーカーも買った。下に着るものがあるからチャックは閉めなくていい。フードで耳が隠せば十分だ。正直、隠さなければいけないのは耳よりも顔かもしれない。こんな顔、男たちが半径一キロからぞろぞろ寄ってきてしまう。
「頑張って来てくれ」
こうして次、俺は金を渡して彼女を下着屋に行かせ、後は店員に任せた。店の外の休憩エリアのベンチに座る。
リゼーラは現実世界《この世界》に転移してきた。しかし帰れないし、あちらの様子もわからない。彼女はどんな感情を抱いているのだろう自分の残した者たちが勇者なしに戦っていると思うと怖いだろうか?俺が召喚されそうになった時に素直に異世界に行かなかったことに起こっているだろうか?彼女の表情からそういった感情は読み取れないが、俺はエルフじゃない。勝手に思い込むのはやめたほうがいいと思っている。
彼女が店から袋を持って出てくると俺はベンチから立ち上がった。
「タイチ、すまない。こんな金のかかるものをいくつも…」
「気にするなって。ほら、次は靴買いに行くぞ」
正直家賃もバイト休みまくっているからだいぶやばいが、着られる服を買ってやるのが俺のせいで来て帰れなくなってしまったリゼーラに俺が今できる最善のことだと思う。今は下は俺のズボンで我慢してもらうしかないが、ほかはできる限り買ってやる。
「27か。結構足でかいな」
「馬鹿にしているのではないのはわかるが、あまり女性には言わないほうが良いと思うぞタイチ」
「そうか、悪かった」
靴は割とあっさり決まった。プレーンな白いスニーカー値段はそこそこだが高くはない。長持ちしてくれれば少し高くてもいいだろう。
「おっと、もう四時半だ。バイトに行かないと」
再度スマホを確認して気づく。ショッピングモールから出て、人の量や車、電車に驚いているリゼーラを引っ張りながらアパートに戻る。
「ここで待っててくれ。六時過ぎにもどる。この長い棒が12を指して、この短い棒が6を指しているのが六時だ。」
彼女に言い聞かせ、俺はバイトに行った。
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「はい、一分遅刻ー」
俺がコンビニに足を踏み入れた瞬間先日話したバイトの先輩の麻紀さんに言われた。
「いいじゃないですか一分くらい」
「だめよ。ぴったりに来ても準備する時間必要だからアウトよ。胡粉は前に着てちょうだい。じゃあ私時間だから」
そう言って彼女は裏に入って行った。俺もすぐに着替え、接客を始める。
金は基本的に親が毎月送ってくれる。しかし今月は祐一とエアソフトしまくったりゲーム買いまくったりして俺には一円も残ってない。というとウソになるが、金欠なのだ。だからこうしてバイトして少しは自分で稼がなければならない。本当は今日二時間あるが、リゼーラが待っているので一時間にしてもらった。
「いらっしゃいませー」
こんなことを続けていては本当に追い出されてしまう。しばらくはゲーム我慢するか。どうせ最新作は祐一が買うからあいつにやらせてもらおう。
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バイトが終わり、俺はアパートに帰る。
「おい、帰ったぞ。夜にするか」
俺はソファーに座っていたリゼーラを起こした。
「エルフって肉も食べる?」
俺が聞くと彼女は不思議そうな顔をしていた。
「ええ。食べるけど…」
「分かった。いやな、この世界にもエルフはいないけどエルフのいる世界の書かれた本とかがいっぱいあるんだよ。」
説明してみると彼女はちょっと違うとらえ方をしてしまった。
「異世界を見ることのできる方が異世界についての本を書かれているのか!」
「いや、そういうことじゃなくて、ただの妄想だ本は」
俺は小説、漫画、アニメなどで出てくるエルフが野菜と果物しか食べなかったり、平和的で一切の武器を持たなかったり、人間を見下していたりしているということを伝えた。するとまたもやプライドを気づつけられたように少し頬を膨らませていた。
「私たちは人間を見下したりなんてしない。そもそも私の世界では人間とエルフの違いはエルフの寿命が人間の30倍ってことと耳が長いことくらい。エルフは美人が多いって人間は言うけれど、私だって人間に良い男がいると思っている…」
少し顔が赤くなっていた。彼女のいた席に恋人でもいたんだろうか。
「なあ、婚約者とかっていたのか?お前の世界に」
俺は料理しながら彼女に聞いた。しばらく黙っていたが、彼女は素直に答えた。
「ええ。いた、とは言えるかもしれない。政略結婚、そのような類のものに過ぎなかった。私は騎士だけれど、生まれはたいして良くもなかった。私は努力して上り詰めていき、騎士団長の座を手に入れた。しかし貧乏一家から這い上がって来た私をよく見ない人も多くいた。私の両親は私の稼ぐ金で良い暮らしをしていたが、すぐに貴族からありもしない借金を請求されるなど、私の家族に手を出す者が増えた」
過去の話をする彼女の顔は辛そうだった。しかし今の辛そうは帰れなくなってしまってもう友人や家族に会えないというより、辛かったという過去が掘り返されているような感じだった。
「それから、それから…」
俺はリゼーラの肩に手を置いた。
「いいんだ。辛くて話したくないなら話さなくていい。でもあっちの世界のことばっかり、過去ばっかり考えてるとここでの生活満喫できないぞ?」
俺の言葉は通ったらしく、彼女の表情は少し明るくなった。
「ありがとう。確かにタイチの言うとおりだ。ところで料理はいいのか?」
「しまった!」
俺たちはその後食卓に座り、作った肉じゃが、白米、そして軽くサラダを合わせて食べた。
「こ、これは…」
リゼーラはすぐに平らげてしまった。おいしそうに食べる彼女は止まらず、明日の昼にしようと思っていた残り物もすべて食べてしまった。
「こんなにおいしいものは食べたことがない、私の世界の何ともくらべものにならないほどおいしい!」
彼女は再びはしゃいでいた。ただの肉じゃがにそう言ってもらえるのは作った側としてとてもうれしい。しかし彼女の世界のどんな料理よりもおいしいというのは本当か。よくわからないが、品種改良が進んでいないとか、魔物の魔力で食材があまりよくないとかだろうか。
「明日の夜は私に作らせてくれないか?」
皿を一緒に洗いながら聞かれた。
「いいけど、アパート燃えてほしくないから俺がストーブとかは使うからな」
「すとーぶ?わからないが、わかった」
皿をしまった後は寝るまでダラダラするだけ。寝そうになってはリゼーラの風呂での悲鳴に起こされ、トイレでの悲鳴にも起こされる。最終的に俺は今日もまた大変疲れてしまったが、すこしの間、リゼーラと話していた。
「私は、タイチのことが知りたいのだ」
ベッドの上で体勢を変えながら彼女が言った。
「どんな?」
「じゃあ、タイチは普段いったいなにをするのだ?失礼かもしれないが、私が来てから一時間ほどしか働いていない。とても貢献しているようには正直見えないのだが…」
「確かに失礼だな。学生だよ、学生。大学生。俺はまだ学校に行ってる人で、昨日は日曜日でなかったの。今日はリゼーラの服を買いに行ったから休んだんだよ」
「そうだったのか、申し訳ない。私のためにそんな…」
「いいって。」
リゼーラはまだ話をしたっていたが、さすがに明日は授業が朝からあるので遠慮させてもらった。明日帰ったら彼女とそれぞれ話してみよう。彼女のことについてももう少し知りたいし、彼女の苦しくない範囲でぜひ異世界について教えてもらいたい。行きたくはないが、祐一に教えてみたらびっくりするだろうな。リゼーラを祐一たちに紹介するのもありだな。二人は何というだろうか。この子は異世界から来ましたーなんて言ったら信じるだろうか?
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『ユウシャヨ!』
ん…?またあの夢か。どっか行けよ早く。
『ヨクモダンチョウヲ、リゼーラサンヲ!』
リゼーラ?ああもうしらん。とにかく寝させろ!
『カナラズ…リ…ゼラサ…ヲ…』