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封じの花は目覚めに咲く  作者: Spring
第一章 封じられし、光
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第五話

 今の話ぶりからして、もしかしなくてもここに住むというのは私の話だろうか。

 荷物は明日取りに行くとか何とか。いや、大した荷物もないから、取りに行く必要もないのだけれど。いやいやいや、それよりもここに泊る?なぜ、私はそんなことされるような人間ではない。


 思考がまとまらないまま、桐生の出ていった襖を眺めていると、その襖が開き、入ってきたのは、香也。


 「今日からここに住むの?案内するからついてきて」


 そういって、私の反応も見ずにスタスタと歩きだす。慌てて立ち上がり、そのあとに続く。


 「まずお風呂、すぐ入ってきて。」


 臭すぎて無理。まるでそういうかのように、脱衣所に押し込まれる。お風呂?あの使用人ですらめったに入れない、あの?


 「み、みずでだいじょうぶです!」


 「うるさい、さっさとして。一人じゃ入れないの?」


 一人じゃ入れないかと聞かれれば、入れないかもしれない。無能として生きてこの方、お風呂というものには縁がなかったから。いつもは水で体を流すだけだった。


 脱衣所には丁寧に籠が置いてあり、そこに衣服を入れればいいのだろうか。こんなきれいな籠に、こんな汚い服を…?


 そんなこんなでササッと流して出てみれば、そこには香也が仁王立ちで立っており、


「やり直し」


 もう一度風呂に投げ込まれた。あまりに見てられなかったのか、途中から袖をまくった彼女が入ってきて、全身、頭の先から指の先まできれいに洗われた。


 お風呂から上がると、上等な着物が用意されており、ぼーっとしている間に着物を着せられ、頭の水分もいつの間にか乾いていた。髪を触られている間、ほんのり暖かくて、気持ちよかったな。



 お風呂に入ってみてわかる。自分がどれだけ汚れていたのかということが。

一度で落ちなかったのか、何度か洗われた。


 呆気に取られていたが、次に襲ってくるのは、申し訳なさである。

こんな汚い格好で部屋にあがってしまったのだから。部屋を掃除して回ったほうが良いかもしれない。

 話を聞くだけなら地面に座ったままでも聞ける。なぜ素直に上がり込んでしまったのだろう。自責の念に駆られる。




□□□




 香也についていくと、部屋の中には食事の準備がしてあった。上座には桐生が座っている。私たちが来たことに気づいた桐生は読んでいた書類から目を上げ、私の姿を見て満足げにうなずいた。


 「さっぱりしたかな。」


 「お風呂やこんなきれいな服まで着させていただいて、申し訳ないです」


 香也の案内で桐生の対面に座らせられようとしたが、そんな真ん中になんて座れない。端っこに立っているだけでもいい存在なのに。


 「あなたは今は客。おとなしく座って。」


 そういわれたら、おとなしく座るしかない。


 「香也ともずいぶん親しくなったようだね。」


 いじめられなかったかい?と桐生は香也に向って意地の悪い笑みを浮かべている。

はて、この二人はそんな仲なのだろうか。だから、香也は私に対してあたりが強い…?


 女の嫉妬が怖いことは、恋愛経験のない私でも知っている。


 以前、次女(鶴)の婚約者、物好きだったのだろう。優しく声をかけられた。たまたまその一回だけだったが、それを鶴に見られてしまい。婚約者が帰った後はそれはもう、手ひどくやられたことを思い出す。


 そんなことを思い出し、苦い顔を浮かべていると、体調が悪いと勘違いしたのか、桐生が声をかけてきた。体調不良ではないことを伝えると、安心した様子を見せた。


 「さぁ、遅くなったが、食事にしようか。」


 目の前に運ばれてきた箱膳の上には、今まで食べたこともないような食事が並んでいる。きれいな白米に天ぷらや魚の煮つけ、肉料理なども準備されている。


 「君が好きなものが分からなかったから、とりあえず出しているけど、食べられるだけで大丈夫だよ。」


 桐生はそう言って、手を合わせる。桐生が食べ始めたのを見て香也も料理に手を付ける。


 「い、いただきます。」


 手を合わせてから、箸を持ち、恐る恐る白米を口に運ぶ。

あたたかい、白米の香りが口いっぱいに広がる。


 「おいしい」


 「それはよかった。たくさん食べて」


 「ちょっと、あなた何泣いてるのよ」


 困惑している様子で香也がそばに寄ってくる。そう言われて初めて、頬に熱い何かが流れていることに気が付いた。ほほを触っていると濡れている。


 「あ、あれ?なにこれ」


 ごめんなさい。なんで泣いているんだろう。すぐに止めますから。

そう言いながら顔をこすり、涙を止めようとする。でも、止めようとすればするほど、流れ出てくる。


 「無理に止めようとするものじゃないよ。今の君には必要なことなんじゃないかな。」


 桐生はそっと私の背に手を添え、布を差し出す。

 そばには香也も来ており、さっきまでの冷たい態度は何だったんだろうというほどオロオロとしている。



 そんな二人に囲まれ、私は少しの間、涙を流した。最後に泣いたのはいつだったか。

 無能になってからは何もかもを諦めてしまって泣くこともなかった。両親が死んだときに涙を流した気がする。

───。



 あれ。私の記憶に両親がいるはずはないのに…。なぜそう思ったのだろう。



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