第四話
ついたのは、和洋折衷の立派な屋敷である。
「さぁ、入って」
人の気配を感じないそこは、大きすぎる建物に対していつも人がたくさんいることに慣れているからだろうか、異様に感じた。
案内されて廊下を歩く。中庭にはアジサイが咲き始めており、季節の変化を感じる。通された部屋は、畳張りのごく普通の部屋だった。
「何もないところでごめんね」
彼はそう言い、座り、対面に座るよう勧めてきた。腰を下ろしながら、彼の様子を探る。黙ってついてきたはいいけど、これがもし無能が大嫌いなあの人たちと同じ人だったら、それとも穀潰しの私は売られでもしたか。
いやいや、私が手紙を受け取って浮いてきたんだからそんなはずもない。考えても答えの出ない無駄なことをぐるぐる考える。
「失礼いたします」
ふすまを開けて入ってきたのは長い黒髪の似合う女性だった。ここ他にも人いたんだ。私はまた目が合わないように視線を下げながら、会釈をする。
女の人は私を一瞥すると、彼の方には音もたてずにお茶を置き、私の前にはドンッと音を立てて置いた後、部屋から出ていった。
「香也は人見知りでね。」
彼は、香也の態度を私にわびた。そのまま湯呑を手にしてお茶をすする。
「それで、あの」
庭の草木が風に吹かれて揺れる。その様子を楽しげに眺めながら、話をしようとしない彼にしびれを切らして話しかけた。
「まぁ、そんなに焦らないで」
やはり彼は楽しそうにそんなことをいう。何のために、何の話があってここへ連れてこられたのか、早く知りたいと思うのは、間違いだろうか。
日も沈み切り、暗くなってくると、彼は電気を灯し、そろそろいいかな。とでもいうように私に向き直った。電気があるなんて、やはり彼は高い身分なのかもしれない。
「自己紹介がまだだったね。」
そういえば、私は彼の名前も知らない。彼はどこで知ったのか、私の名前や住まい、どのように暮らしているのかまでも把握しているようなのに。
「私の名前は、桐生透真。訳あって、今は神通封印者の保護活動をしている。」
桐生───。
私でも聞いたことのある、名のあるお家だ。
それよりも気になるのは、
「あの、神通封印者って?」
「そのままの意味だよ。何かしらの理由があって神通が発現する前に封印された人たちのことだ。」
そんな人たちがいるんだ。周りが普通に持っているものを、持っておらず、もしそれが奪われたものだとしたら。それはとてもかわいそうなことなのかもしれない。
私は神通が発現しなかったから、そんな他人事のような気分でいられるのかもしれないが。本人たちはたまったものではないだろう。
「君は少しこの世界のことについての知識を付ける必要があるようだね。」
ピンと来ていないような私の反応を見て、彼は困ったように笑った。
「そうだね。まず、神通ってどのように管理されているかは知ってる?」
神通が管理されてる?そんな話聞いたこともなく、頭を横に振る。
私が知っているのは、神通はこの世界の人ならば絶対的に持っているもので、その強さによって身分が変わるということ。
神通を持っていない人は、仕事に就くこともままならないこと。生きている価値がない、何の役にも立たない存在ということ。
知っていることを彼、桐生に話すと、眉間にしわを寄せ、険しい反応をした。
「君は、あの屋敷でそんなことを言われて育ったの」
もう少し早く見つけてあげるべきだった。
その声には後悔、怒り、そんな感情が見て取れる。桐生が気にすることではない。無能に生まれてしまった私が悪いのだから。
「よし、決めた。今日からここに住もう。」
一時俯いていた桐生は顔を上げてにっこり笑ってそういった。ここに住もうって、彼はもうここに住んでいるはずである。ここは彼の家なのだから。
それとももしかして、ここはいくつかあるうちの一つで、今日からはここに住むという話?
でも、それなら別に私の前で話す必要はない。
「はぁ、」
「気にしなくていいよ。荷物とか運びたいよね。今日はここに泊って。明日取りに行こう。」
それが良い。そうと決まったら、
と立ち上がり、香也の名前を呼びながらどこかに歩いて行ってしまった。