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封じの花は目覚めに咲く  作者: Spring
第一章 封じられし、光
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第二話

「どこほっつき歩いてたんだい!」


 女中長が私を見るなり飛んできて、手を上げようとした。が、あまりにもぼろぼろの姿の私を見て、顔も見たくないと、さっさとどっか行きなとでもいうように追い払う。

 拍子抜けだ。

 今まではどんなにボロボロであろうと殴られていたのに。薄桃色の花が守ってくれたのか。なんて柄にもないことを考える。 


 無能用の井戸で水を汲み顔や腹など殴られたところを冷やす。手加減もなしに殴られたようで腹部は見るも無残なひどい色に変色している。この色が顔にもできていると考えると…。想像するだけで痛々しい。

 冷やすのもほどほどに、納屋へ行き体を横たえる。

 明日も早くから仕事である。少しでも寝ておかなくては。



 夢を見た。まだ、両親がいる時の夢である。いや、これは私の妄想かもしれない。目の前には七つくらいの女の子とその両親が笑顔で手をつないで散歩している光景が広がっていた。

 妄想に違いない。だって私が七つのころ両親はもうすでにいなかったのだから。

 母親が口を開いた。


「かわいそうなわが子。どうか、どうか無力な父と母を許してね。これからきっとあなたは死ぬよりも恐ろしい目にあい、生きていくでしょう。でも、でもね、これだけは忘れないで、父と母はあなたのことをずっと見守っているからね。大切な愛おしい子」


 薄桃色の花弁が目の前を覆いつくしてそのまやかしとも思える幸せな光景は掻き消えた。

 目を覚ました時、私の目には涙があふれており、しばらく止まることはなかった。


 無能と呼ばれる私たちは、この屋敷の誰よりも早く起きて、屋敷中の掃除を行わなくてはいけない。そして、他の使用人が起きてくる前には仕事を終わらせ一緒に働くことなく、さもいないかのようにふるまわなくてはいけない。朝というにはまだ早すぎる時間。普段はまだ屋敷は寝静まっている。それなのに今日は屋敷中が慌ただしく回っている。

 他の使用人や屋敷の主に見つからないように、物陰に隠れて様子をうかがう。


「あぁ、それはそこに置いちゃいけないよ。あっちの倉庫に片づけておきな」

「なんだいここは!埃まみれじゃないか!しっかり掃除しな!」

「あの無能らは今日は屋敷に入れるんじゃないよ。今日は高貴なお方がお見えになるんだからね」


 女中長の言葉を聞き、今日は屋敷には入らない方が賢明だと、使用人らに見つかる前に家を出た。昨日殴られた傷はほぼ癒え、痛みもなくなっている。水で冷やすことができたからだろう。

 屋敷中が騒がしくなるのはこれが初めてではない。来客がある日は無能は人前に絶対に出てこないように締め出される。それも身分の高い方が来るときは必ずである。この前は、従姉妹、三女(玲)の婚約者が来るからとか何とかで騒がしくしていた。


 この家の掃除のほとんどは無能が行っている。そのため、無能が締め出されるとなったら忙しくなるのは他の使用人である。この屋敷はなかなかの身分らしく、使用人も身分の高い者が多くいる。それこそ、掃除なんかなぜ私がというお嬢様が存在しているのだ。不満を持ちながら来客中屋敷の仕事を行うと想像もしやすい。一日の反動が無能に来るのである。暴力という形で。


「おい、そこの無能。」


屋敷を出る前に、声をかけられた。振り返るとそこには使用人が立っており、慌てて視線を下に向ける。


「はい、どのような御用でございますか」


「来客用の酒が足りん。これでいつものを買ってこい」


 盗んだりすんじゃないぞ。と、使用人は忙しそうに屋敷の中へ戻っていく。私の手元には酒を買う分のお金が入った袋がある。面倒ごとを頼まれてしまった。

 とはいえ、早くいかなくてはあの使用人の機嫌を損ねてしまう。

 街に出て、酒屋を目指す。酒屋の女将さんはいい人でこんな私でも優しく接してくれる。


 「こんにちは。すみません、いつものお酒もらえますか」


 「あら、いっちゃん。ってどうしたのその傷!」


 女将さんは私の顔を見て慌てて近寄ってくる。強引ながらも力は入っておらず痛くないが引っ張られ、上り口に座らせられる。


 「父ちゃん!いつもの酒すぐ持ってきてやんな!」


 あまり手当てしすぎるとさらに私に害が出ると理解しているのか、清潔な布で傷口を洗ってくれる。


 「また、あいつらかい?やんなっちゃうねぇ。神通だけで人を見下して。こんなかわいい子に…。」


 「ごめんね。でも大丈夫です。いつものことだから。」


 私がそういうと、女将さんの顔はさらに険しくなった。


 「そういうことじゃないの。いつも言っているけど、慣れるものじゃないのよ。」


 無能として働き始めてから、女将さんにはとても世話を焼いてもらった。買い物の仕方なんか知らない私に一からすべて教えてくれて、けがをしたときには、手当ても。さらにひどくなることが分かってからは傷口を洗ってくれるくらいになった。


 「ねぇ、いっちゃん。やっぱりあんた…。」


 女将さんが口を開こうとしたとき、旦那さんが酒を持ってきてくれた。旦那さんから酒を受け取り、お金を渡す。


 「いつもありがとうね。じゃまた来るよ」


 そういって店を出た。女将さんはやはり何か言いたそうだったけど、笑顔で、また顔見せにおいでよ。と送り出してくれる。女将さんや旦那さんの存在は私にとって心の支えである。


 酒屋さんからの帰り道、ふと思い立って、あの花の木を見て帰ろうと、足を向けた。昨日は見ることができなかったから。言い訳じみたことを考えながら、酒も届けなくてはいけないし、少し速足で、その木のもとへ向かう。


 「やっぱりきれいな花」


 昨日花びらが結構舞っていたようだから心配していたが、まだきれいに咲いていてくれたようだ。


 「きみ、ちょっといいかな」


 突然後ろから声をかけられた。

 驚いて後ろを振り向くと、短い黒髪、黒の袴に黒の外套。白く目立つ手袋。この季節には少々厚着をした男の人が立っていた。その男の人は一見普通だが、一番目を引くのは、瞳の色で、瞳は金色に輝いていた。


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