『私は幼馴染の元カノに負けるわけにはいかないの!!』
唐突だが、私――神楽坂美咲は自分を勝ち組だと断言できる。
美人女優の母を持った故か、高校一年生にして学校一の美少女と言われる顔立ちとグラビアアイドル並みのナイスボディ。
大学教授の父の教え方が上手かったのか、勉強が得意になり成績も常にトップ。
運動や歌、料理や芸術等々も幅広くそして平均よりも巧く熟せる才能もある。
おまけに、物心つく前からのお隣の幼馴染の天宮昴ともつい先日、恋人になった。
彼からの告白を食い気味に受け入れたのだ。
周囲からの彼の評価は『眼鏡モブ』だが、知ったこっちゃない。
たまにイケメンと言われる奴らに声をかけられるが、微塵も興味がわかないくらいに、私は彼が大好きだ。
今が十六年生きて来た中での絶頂期。
正直、もっとイチャイチャラブラブしたい。
だからこそ私は――彼の元カノには負ける訳にはいかないのだ。
◇
「雪は可愛いなー。よしよしー」
とある日曜日。
私は幼馴染で恋人の昴の部屋に来ていた。
宿題は既に済ませているので、後は昴とまったりするだけなのだが、私達の仲を阻む邪魔者がいる。
昴は、超絶美少女のこの私がちょっとトイレで外している内に、雪ちゃんをベッドに連れ込んで、頭やお腹を撫で回していた。
彼の手慣れたテクニックに雪ちゃんは媚びる様に甘い声を漏らして悶えている。
「ほらほらー♪ ココが好きか? 気持ちいかー?」
昴も夢中になっていた。
悔しい事に、付き合い出してから私は雪ちゃん程に昴とイチャイチャ出来ていなかった。
キスはまだ一回だけ。それも一瞬、触れ合う軽い奴。
ハグとかもあんまりしていない。
二人っきりになり、良い雰囲になると決まって雪ちゃんが入ってくるせいだ。
今日こそはと思っていたが、ぐぬぬ……っ!
「この、泥棒猫―!!」
「フシャー!!」
私が叫ぶと同時に、雪ちゃんもベッドから跳び起きて、私に向かい白い毛を逆立て威嚇する。
「うわぁ!? ビックリした! いきなりどうしたの!?」
「女の戦いよ! 浮気男は引っ込んでて!」
「浮気とは!?」
混乱する昴を他所に、雪ちゃんは軽い動きで勉強机に飛び乗って、挑発する様に私に「ニャーン」と鳴いた。
漫画なら私達の視線がバチバチと火花を散らしている所だ。
「ゥ゛ウゥ……ッ」
静かに唸る雪ちゃんに、昴は頭を捻る。
「でも、なんで美咲にだけこんな威嚇するんだろ……。別に、叩いたり怒鳴ったりしてないのに」
「分かってるのよ。恋敵ってね!」
「猫相手に何を言ってるの?」
よくわかって無い様に、昴は呆けた。
……実際、私も何言ってるかちょっと分からない。
だが事実、雪ちゃんの態度はあからさまだ。
雪ちゃんは名前の所以になった雪の様に全身真っ白な可愛い女の子の猫ちゃんだ。
他の家族には素っ気ない塩対応だけど昴にだけ、デレデレ。
小学生六年頃に近所で捨てられていた子猫だった雪ちゃんを昴が拾った事で飼い出したのだが、きっとその影響で、彼が一番好きなのだろうと思う。
最初はまだ私もシャーシャー言われる程では無かった。
けど、中学生二年――お互いを完全に異性と認識し、好意を察した頃になると、今の様に敵意を剥き出しにされ始めたのだ。
――もう、完全に嫉妬じゃん!
まぁ正直、私も嫉妬してる。私だって、「可愛いなー」とか言われながら、頭とかほっぺとか撫でられたい。ベッドに押し倒される妄想とか結構する位だ。
今では、どっちが構って貰えるかの勝負をする恋敵。
「ニャオーン」
雪ちゃんはドヤ顔(猫だから厳密には分からないけど、私にはそう見える)をしてくる。
まるで、自分が昴の彼女だと言いたいかの様だ。
「元カノなんかに負けないわ! 今カノは私よ!!」
「だから猫相手に何を言っているの!?」
私はベッドに腰掛けた昴の横に急ぐと、俊敏な動きで雪ちゃんはより早く昴の肩に乗る。
「あぁ、もう。雪、危ないよ」
「ニャフン」
落ちかけた眼鏡をかけ直す昴の頭に雪ちゃんは、甘える様にすりすりして、
「ニャ」
そしてまたドヤ顔を私にみせてくる。
この猫ちゃん、中身が人間なんじゃないかと思う。
「そうよ、雪ちゃん。危ないから降りようねー?」
私が触れようと手を伸ばすと、
「ニャ!」
ペシン、と猫パンチ。
昴がしっかり爪切りをしてくれているから、ひっかかれる事は無かったけど、凄い勢いで連続パンチされる。
「あた、この……痛い痛い……!」
割と打撃として痛い。バカに出来ない猫パンチ。
それでも負けてられるかと、私は雪ちゃんを抱えて、床に優しく置く。
部屋の外に締め出す事も出来るが、今カノは私だという事を雪ちゃんに分からせる必要があるのだ。
「とう!」
私はベッドに上がり、彼に抱き着いた。
「美咲!?」
「今日は負けないんだからね!」
私が昴に抱き着いているのを見て、雪ちゃんは血相を変えてベッドに上り、私達の間に割って入ろうとする。
「なんか雪も、今日はやけに元気だね……」
「それだけ、雪ちゃんも今日は本気って訳ね! 受けて立つわよ!」
「だから、何を言っているのかな!?」
「アンタが今日、どっちとイチャイチャするかって話よ!」
私は、また連続猫パンチを受けながら、雪ちゃんを抱えてベッドから下ろす。
そして、再度雪ちゃんが飛び乗るより早く、私は掛け布団をひっぱって二人で潜る。
「フニャ!? ニャニャニャ!!」
必死になって、雪ちゃんは布団の中に潜ろうと前足で掻くが、しっかりガードしてるから入って来れないみたい。
――勝った? コレは勝ったかもしれない!
「ついにやったわ! やっと昴といっぱいイチャイチャ出来る! 今カノしか勝たん!」
「えっと……美咲?」
小さくガッツポーズをしていると、直ぐ近くから戸惑う声。
「イチャイチャ……したかったの?」
「――へ?」
我に返ると、私は昴を押し倒していた。
馬乗りになる形で密着する部分が妙に熱く感じてくる。
「えっと……うん。したいなーって……」
「そっか……」
倒れた勢いで眼鏡が外れ、隠れていた目が露わになって、ドキッとした。
縁の太い眼鏡と人見知りの性格のせいで、周りからは誤解されているが、昴は中々のイケメンさんなのだ。――単純に私が好きだからイケメンに見えているだけかもしれないけど。
でも、昴は酷い近眼で眼鏡が無いとまともに見れないから、この距離でも私の表情が分からなくて苦笑する。
「僕も……美咲とイチャイチャしたい……な?」
昴は照れ臭そうに、はにかんで、
「美咲の顔、ちゃんと見たいから近くに来てくれる?」
「……うん」
鼻先が触れ合う位に近づくと、昴は私の頬に手を触れる。
大きくて、暖かくて、優しくて、安心して――ドキドキした。
「美咲は可愛いね」
不意の彼の言葉に心臓が跳ねた。
「ま、まぁ……女優の娘だからね」
視線を逸らして、精一杯の照れ隠しをした私に昴はクスリと笑う。
「猫に嫉妬して、張り合う所が可愛いよ」
「うるさい」
どこか意地悪な言い方に、ムッとしたけどそれ以上に、喜んでいる自分にちょっと危機感。
優しい彼が時折見せる、積極的な部分にギャップ萌え。
昴の顔が見れなくて、彼の胸に顔を埋める。
「こうして、ひっつくのは初めてだね」
「……うん」
「嫌じゃない?」
「うん」
「もし、美咲が嫌じゃなかったら……」
少しだけ、間を置いて、
「キス、して良い?」
昴の問いに、一瞬心臓が止まったかと思った。
でも、答えは決まっているから、私は顔を昴に近づける。
その間に色々と理由が浮かんで来て、本当に私は昴が好きなんだと自覚した。
さっきまで、つまらない戦いをしていた気がするけど……まぁ、良いや。
ようやくの、大好きな彼との二回目の口づけの間際だった。
「シャー!!!!」
雪ちゃんが、布団の隙間から潜り込んで来て、私と昴の唇の間に猫パンチを差し込んで来た。
「ん゛っ!?」
何が悲しくて、猫の前足にキスせねばならないのか。
私が身体を起こすと、雪ちゃんは昴の顔を跨ぐ用にして、「私の彼は渡さない!」と睨んでくる。
折角のイチャラブ展開だったのに、台無しだ。
OK、OK。
元カノがその気なら今カノにも考えがある。
「戦争だこのー!」
「フニャー!」
それから私達は、泥沼のキャットファイトにもつれ込んだ。
どうやら、昴とイチャイチャするのはまだまだ先らしい。
やはり、私は――彼の元カノには負ける訳にはいかないのだ。