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9/9

最終話 未来

 9月も下旬に入り、涼風を感じる事も増えてきた頃。

 後期の授業が始まってから初めての土曜日を迎えた私は、たった今コンビニでのバイトを終えてお店を出たところだった。


「はぁ……」

 

 しかしそんな爽やかな天気とは対照的に、私の人知れずついた溜息は重苦しさを孕んでいた。この溜息は、近頃では最早お馴染みのものと化している。

 

 ダイスと言い争ったあの日から、10日が経過した。

 

 その日以来、私の気分は酷く落ちこみ、鬱々とした状態が続いていた。おかげで授業にもバイトにもうまく集中できない。暇さえあればあの日の事を思い出して、心を痛める毎日だ。

 

 あれ以来、ダイスとは一度も顔を合わせていない。

 

 実を言うと、病院には毎日顔を出している。だけど、ダイスのいる病室前まで行っては、中に入れずに結局帰るといった繰り返しだ。

 だって勇気が出ない。あんなに散々責めるような事言って、しかも逃げ出しといて、今更合わせる顔がない。このままじゃいけないのは分かってるのに……。

 

 正直、注射をあんなに拒絶されるとは思ってなかった。いや、違う。ダイスが拒んでいるのは注射そのものというより、この世界で生きていく事だ。

 ダイスは何故あんな事を言ったんだろう。なんであんなに拒むんだろう。どんなにどんなに考えても、結局その答えは分からないままだった……。

 

 以前、洸に言われた事を思い出す。

 

 

 ――こいつとオレらじゃ、そもそも生きてきた世界が違うんだ。

 

 ――そんな奴と生きてくってのがどういう事か、お前分かってんの?

 

 

 今更ながら痛感していた。彼の言う通りだったと。

 

 もちろんこれまでだって覚悟がなかった訳じゃない。ダイスが無事"消滅"を免れて、普通の人間の体になれたとしても、正体を隠して生きていかなきゃいけない事に変わりない。万が一正体がバレたなら、彼の側にいる私はきっと、世間からバッシングを浴びる事に違いないだろう。

 それでも私は、ダイスが生きてくれる事を望んだ。そのためなら、批判や罵声を浴びる事も厭わない。その気持ちに偽りはない。

 だけど、それでは足りなかった。決定的に欠けた部分があったのだ。

 

 私は、肝心なダイスの気持ちを考えていなかった。

 

 彼に生きてほしい。幸せになってほしい。そう願うばかりで、私は彼の気持ちに向き合っていなかった。だからあの時も、自分の勝手な願望を押し付けるだけになってしまった。

 

 私は、ただのファンでしかなかったんだ。

 

 洸が言ってたのは、きっとこういう事だったんだ。一緒に生きる選択をする以上、これまでみたいにただ「推しキャラ」としてダイスを見てはいけない。彼も一人の人間であると理解して、向き合っていかなきゃいけない。私はダイスを理解してるつもりだったけど、あくまでも"つもり"で、結局何も分かってなかったんだ。


「はぁ……」

 

 だけどそれが分かったところで、ダイスを説得できる言葉が出てくる訳じゃない。

 一体どうしたら、彼は注射を受けてくれるだろうか。そう悩みながら、病院へ行こうか迷っていたその時だった。

 

 ヴー、ヴー……


「……ん?」

 

 バッグの中で何か震えている。電話かもしれない。

 急いでスマホを取り出すと、画面には病院の名前が。

 

 え、まさか…………。膨らむ不安を必死に抑えて、応答ボタンを押す。


「…………もしもし」


「……明命(めいめい)病院の新條(しんじょう)です。春家さんのお電話でお間違いないですか」


「あ、はい……」

 

 聞こえてきたのは、既に聞き馴染んでいる新條先生の穏やかな声だった。

 先生が直接電話をかけてきたという事は……。思わず身を固くする。


「お忙しいところ申し訳ございません。実は……」


「ダイスに何かあったんですか?」

 

 先生の前置きを遮って、単刀直入に確認する。すると、先生の声のトーンが下がった。


「……ええ、意識不明の状態になりました」


「っ……!」

 

 あまりの衝撃に、一瞬ふらりとよろけた。


「また目覚める可能性もありますが、もし1週間以上覚醒が確認できなければ、恐らく"消滅"前の段階に入ったと見て間違いないかと……」


「そんな……」

 

 という事は、もうダイスと話し合う事はできないんだ。もうこのまま、消えていくのを黙って見てるだけしかできないなんて……。やっぱり、思い切ってもう一度話をしに行けばよかった……。

 

 ショックに打ちひしがれる私をよそに、先生は話を続ける。


「我々もできる限りの処置を行いますが、今後は様子見となります。一昨日には成長ホルモン剤の投与を開始しましたが、果たして間に合うかどうか……」


「…………え?」

 

 私は耳を疑った。





 急いで病院へ向かい、勢いよく個室のドアを開けると、そこには思いもよらない先客がいた。


「洸…………」


「……よぉ」

 

 しばらく呆気にとられていたけど、ようやく我に返る。


「は、早くない?私さっき連絡貰ったばかりなんだけど……」


「いや……こいつが意識失った時、オレここにいたから」


「……そうだったの?」

 

 私はただただ驚いた。前にも一度遭遇したけど、まさかそんな頻繁にダイスのお見舞いに来てたなんて思わなかったから。

 

 視線を洸からベッドに移す。そう、ベッドだ。前は小さな台だったのに、いつの間にかベッドに変わっている。

 

 そして、その上で横になっているダイスは……。


「……大っきくなってる……」

 

 そう、体全体がひと回り大きくなっていた。それでもまだ手のひらに乗れそうなくらいのサイズだけど……。

 

 ダイス、本当に注射受けたんだ……。でもあんなに断固拒否してたのに、一体どうして?

 

 私はちらりと隣に目をやる。思い切って訊ねた。


「……何か知ってるの?」


「……何が」

 

 洸はダイスを見つめたまま、微動だにしない。


「ダイス、注射受けたって…………洸が説得したんでしょ?」


「……知らね」


「でも……」


「そういや先生が診察室に来てほしいって。今日は忙しいらしくて、なかなかこっち来れないからって。行こうぜ」


「あ、ちょっと……」

 

 洸は立ち上がって、病室を後にしようと背を向けた。私も慌てて後を追う。

 

 私は確信した。ダイスが注射を受けた理由に、絶対洸が絡んでると。

 だって知ってるから。洸は普段から淡々としてるけど、嘘ついたり隠しごとがあったりする時は、その態度に拍車がかかるって事。つまり、すっごいよそよそしくなる。

 

 洸ってば、私の事嘘が下手とか言うくせに、自分も人の事言えないじゃん。





 私と洸が診察室へ向かうと、ちょうど新條先生は他の患者さんの診察を終えたところだった。


「こんにちは、春家さん。こちらへどうぞ。北野くんも」


「失礼します……」

 

 先生に促されるまま、私達は椅子へ腰かける。


「すみません。この後も予定があるので、急いで今後についてお話しますね」


「はい……」

 

 忙しいはずなのに、先生はいつもと変わらず穏やかな口調で話し始める。


「これから毎週1回、ダイスさんに成長ホルモン剤の投与を行います。約1ヶ月後には通常の人間の大きさになるかと思います」

 

 これは以前にも聞いた話だ。私は頷きながら耳を傾ける。


「その後、更に1ヶ月様子を見ます。その間に目覚めた場合はいいのですが、もし目覚めなかった場合は検査をします」


「検査?」


「脳や心臓などあらゆる器官が機能しているか確認します」


「……もし機能していなかった場合は?」

 

 横から洸が訊ねた。ちょ、私が聞こうとしてたのに。

 先生の顔が少し曇った。私は唾をごくりと飲み込む。


「"消滅した"という扱いになります」


「…………」


「…………」

 

 私も洸も黙ってしまった。覚悟していた事だけど、実際に耳にすると非常に重い。


「万が一の為にも、覚悟はしておいてください」

 

 まるで、余命宣告のようだった。

 

 言葉を失っていると、先生がゆっくりと腰を上げた。


「申し訳ありませんが、次の予定がありますので……」


「あっ、す、すみません」

 

 私も洸も慌てて立ち上がる。そうだ、先生はお忙しい中時間を割いてくれたんだ。


「ありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げてから、出入り口の扉を開く。

 すると……。


「えっ」


「えっ……このみちゃん?……と洸くん?」

 

 何故かそこには、友人のミマちゃんの姿があった。

 そしてその隣には……。


「……!あ、あなた確か……」


「あら、貴方……」

 

 そこにいたのは、この前映画館で近くに座っていたあの女性だった。


「ちさちー、このみちゃんを知ってるの?」


「いや、この前映画館で……」


「映画館?」

 

 ミマちゃんが親しげに女性と話している。

 ちさちー?なんか聞き覚えが……。


「皆さん、お知り合いですか?」

 

 後ろから声がして振り返ると、新條先生が不思議そうにこちらを見つめていた。


「あ、えっと、高校からの友人で……」


「そうなんですか」

 

 私がミマちゃんとの関係性を伝えると、先生は少し目を丸くしてなにやら考え込む仕草を見せた。


「……好元(よしもと)はどうしてここに?」

 

 洸がミマちゃんに訊ねる。


「あー、ちょっとこの人の用事でね……」

 

 ミマちゃんが女性の肩にぽんと手を置いた。その手につられるように私は女性を見る。


「え、ご病気なんですか……?」


「いえ、そういう訳じゃ……」


「定期検査です」

 

 女性が口を開きかけたところに、先生の声が割って入った。再度振り返ると、先生は女性に手のひらを差し向けて言った。


「彼女も、元はキャラクターです」


「…………え?」





「『ガルスプ』の黒羽(くろばね)千智(ちさと)ちゃん⁉︎」


「うん、そうなの……」

 

 診察室に入った女性と先生を見届け、残った私と洸とミマちゃんの3人は、飲食可能な休憩スペースへと場所を移した。そこで早速、ミマちゃんに色々情報を聞き出している。

 もちろん、さっきのあの女性について。


「このみ、知ってるのか?」


「うん、高校の頃にミマちゃんの家で一緒にアニメを……」

 

 新條先生が言った通り、あの女性もまた二次元からやってきたキャラクターらしい。そして私はたった今女性の正体を知り、驚きを隠せないでいる。

 

 彼女の正体は、『ガールズスプリング』のキャラクター・黒羽千智。


 『ガールズスプリング』とは、私達が中学生の頃に放送されたアニメで、略して『ガルスプ』と呼ばれている。それぞれ事情があって夢を諦めていた少女達が、高校3年間という限られた時間の中で、皆の夢を叶えていこうとする青春モノだ。

 

 黒羽千智ちゃんは、女優を夢見ていながらも生まれつき重い持病があって、その夢を諦めているというキャラクター。だけどクラスメイトの協力で、高校最後の文化祭で演劇の主演を務め、病に苦しみながらもその大役をやり遂げた。

 しかしその数ヶ月後、持病の悪化で帰らぬ人となった……。

 

 ミマちゃんの家に遊びに行った時、「これ超おすすめ!」と言われて一緒にアニメを見て、特にそのシーンは号泣したのを覚えてる。


「まさか千智ちゃんだったなんて……全っ然気づかなかった……」


「まあリアルな人間の見た目になってるし、分かんないよね〜」

 

 ミマちゃんは笑ってフォローしたけど、あのぱっちりとした猫目と、可愛い系ってより綺麗系なあの顔立ちは、完全に千智ちゃんだ。言われるまで気づかなかったけど。


「にしても、いつの間に好元そんな事になってたんだ?」


「っ、そうだよ!アニメ見せて貰ったの、確か高校一年の時だったよね?一体いつ……」


「あー……確か3年生の時だったなー」

 

 そうだったのか……まさか受験の年にそんな事になってたとは……。

 そこまで考えて、ふと気づく。


「あれ、ミマちゃんって千智ちゃんのフィギュア持ってたっけ?」

 

 何度かミマちゃんの家にお邪魔した事あるけど、彼女の部屋には見当たらなかったような……。

 そう思っていると、ミマちゃんは首を横に振った。


「ううん、持ってたのは私じゃなくて弟の方」


「え、じゃあ……」


「うん、そしたら現れた」

 

 ミマちゃんの話によれば、弟はしばらく千智ちゃんの存在を隠してたらしいけど、偶然母親が弟の部屋を訪ねた時に千智ちゃんを発見してしまい、発覚したらしい。


「もーホント大変だったよ……親子喧嘩になっちゃって、弟はちさちー連れて出て行くとか言い出して……」


「そりゃ災難だったな……」

 

 洸の顔が引き攣っている。確かにそれはミマちゃんの苦労が偲ばれるな……。


「その矢先に、ちさちーが熱出して倒れちゃったんだよね」


「えっ……」

 

 ミマちゃんの言葉に心当たりがありすぎて、思わず反応する。

 だってダイスも、同じような事があった……。


「あまりに熱が引かないからさ、もう家族全員パニックで。思い悩んだ末に病院連れてったんだよね。そしたら手に負えないって言われちゃって」


「それで……どうしたの?」


「ここの病院紹介して貰ったんだ。もしかしたら対応できるかもって。そしたら新條先生が担当になった」


「そうだったんだ……」


「まあ翌日には熱引いたんだけどねー。でもその時、先生に"消滅"の話聞かされて。そっからは何度も家族会議したなー」

 

 ミマちゃんは当時を懐かしむように語る。その表情に深刻そうな雰囲気は見られない。


「弟がちさちーと一緒がいいって言うのに対して、親は大反対でさー……。それで私、ちさちーに聞いたんだよね」


「何を?」


「ちさちーはどうしたいか、って事」


「…………」


「そしたらね、ちさちー、『私、生きたいです』って。それ聞いて、親も渋々了承したんだ」


「…………」

 

 そう語るミマちゃんの顔はなんだか眩しく見えた。

 

 すごいなぁ、ミマちゃん。千智ちゃんの気持ちを一番に考えたんだ。

 ……私とは、大違いだ。


「ちょっとミマ、なに勝手に全部話してるの」


「あ、ちさちーお帰りー」

 

 そこへ、定期検査を終えた女性……千智ちゃんが顔を出した。


「どうだった?」


「ん……特に問題ないって」


「そっか、よかったね」

 

 千智ちゃんから預かっていたバッグを手渡すミマちゃん。千智ちゃんも、慣れた様子で自然にそれを受け取った。


「定期検査って言ってたけど、何すんだ?」

 

 洸が2人に訊ねる。それに答えたのは千智ちゃんだった。


「体に異常がないか、脳や心臓が正常に機能してるか調べるの。注射で急成長した体だから、通常と異なる場合もあるらしくて」


「あ……そうなんすか」

 

 洸がなんだか気まずそうな顔になる。どうやら、ミマちゃんに声をかけたつもりだったようだ。

 そんな洸を、ミマちゃんが揶揄(からか)う。


「洸くん可愛いー。ちさちーが美人だからって照れちゃって!」


「照れてねーし!」


「ちょっとミマ……」

 

 千智ちゃんが呆れたようにミマちゃんを(たしな)める。

 その光景がなんだか微笑ましいなと思いながら見ていると、千智ちゃんと目が合った。


「あ……」

 

 思わずぺこりと頭を下げると、千智ちゃんは私に近づいてきた。な、なんだろう。


「やっぱり、そうだったのね」


「な、何がですか?」


「あの時、連れてきてたんでしょ。映画館に」


「あ……」

 

 それはきっと、ダイスの事だろう。って事は、やっぱりバレてた⁉︎


「き、気づいて……」


「……実はちょっとだけ見えちゃったの。ごめんね」


「マジですか……」


「なになに、何の話?」

 

 千智ちゃんの後ろから、ミマちゃんが顔を覗かせてきた。


「この前の映画の話よ」


「そういえばさっきも言ってたね……何の映画?」


「『ファイティン・バスターズ』」


「え、また観に行ったの?」


「また……?」

 

 ミマちゃんの言葉が引っかかって、私は首を傾げる。


「あー実はあの映画、ちさちーちょっとだけ出てるんだよ」


「嘘っ⁉︎」


「ほら、主人公が所属する部隊の一人の、恋人役。これから戦争に向かうって時に、見送りに来てて」


「あ、あー……確かにそんなシーンあったような……」

 

 千智ちゃんには悪いけど、はっきりと思い出せない。

 一生懸命思い出そうと頭を捻っていると。


「たったワンシーンですもの。印象に残らなくて当然だわ」

 

 千智ちゃんはそう言って苦笑いを浮かべた。


「ごめんなさい、私……」


「いいのよ、気にしないで」

 

 すると、千智ちゃんは感慨深そうにどこか遠くを見つめた。


「でもね、嬉しかったの」


「何が……」


「夢に一歩近づけた事が」

 

 私ははっとした。

 千智ちゃんは変わらず遠くを見ている。まるで憧れの人を見つめるように。

 


「ずっとなりたかったけどなれなかった……女優の道を、私は歩き始めたんだなって」

 

「もう皆には、今の私の姿を見せられない……。だけど、私ちゃんと生きてるよって。今こうして夢を追いかけてるよって、胸を張れる」

 

「だから、こうして"今"をくれたミマ達には感謝してるの」



 そう語る千智ちゃんは、寂しそうで、懐かしそうで、そして嬉しそうだった。

 

 しんみりした空気を打ち破るように、ミマちゃんが明るい声を上げる。


「もー、ちさちーったら。嬉しい事言ってくれちゃって!」


「ちょ……」

 

 ミマちゃんに抱きつかれ、千智ちゃんは鬱陶しそうに眉を顰める。だけど、なんだか照れているようにも見えた。


「いいなぁ……信頼関係築けてるんだね」

 

 私が正直な思いを零すと、ミマちゃんが大きな瞳をこちらに向けた。


「このみちゃんもダイスくんとそうなんじゃないの?」


「いや、私は……」

 

 思わず口ごもる。自信を持ってそうだと言えない。

 すると、洸が揶揄うような口調で言った。


「絶賛喧嘩中だもんなー、ダイスと」


「洸っ……」


「そうなの?」

 

 ミマちゃんが意外そうに目を見開く。


「なんで?どんな理由?」


「あー、えっと……注射受けるか受けないかで……」

 

 私はダイスとの間にあった事を話した。彼が何を言って、私が何を言ったのかを。


「まあ、洸のおかげで注射は受けてくれたみたいだけど……」


「だからオレは何も……もういいや」

 

 洸はぷいっとそっぽを向く。


「けど私、ダイスの事分からなくて……こんなんでこれから先やってけるのかなって……」


「このみちゃん……」

 

 私にダイスの隣が務まるんだろうか。私より彼に相応しい人がいるんじゃないか。私じゃ、彼を不幸にしてしまうんじゃないか……。

 

 すると、黙って聞いていた千智ちゃんが口を開いた。


「にしてもめんどくさいわね、その彼」


「え」


「あー、それについてはオレも同感」

 

 千智ちゃんの思わぬ感想に目を丸くしていると、洸もそれに賛同した。

 ダイスがめんどくさい?まあ確かにそんな一面もあるけど……。


「えー、ちさちーがそれ言うー?」

 

 口を尖らせて非難するミマちゃんを、千智ちゃんがじろりと睨む。


「なによ」


「ちさちーだってめんどくさかったよ?今もだけど」


「喧嘩売ってるの?」


「え、えと……」

 

 私が戸惑っていると、2人の目がこちらに向けられた。


「大丈夫だよ、このみちゃん!私達だって最初は喧嘩ばかりだったし!」


「そ、そうかな……」


「うん。人間同士だもん、理解できない事だってあるよ」

 

 ミマちゃんが私の手を握って元気に励ましてくれた。その手は優しく、あったかい。

 

 すると、千智ちゃんが少し微笑んで言った。


「貴方が彼を諦めなければ、大丈夫じゃないかしら」


「諦めなければ……?」


「ええ、彼を知ろうとし、理解しようとする事を」


「そっか……」

 

 その言葉は、胸にじんわり優しく沁みた。

 私に寄り添おうとしてくれる2人の気持ちが、とても嬉しい。なんだか少し心が軽くなった。


「ありがとう」

 

 私の感謝の言葉に、2人は笑って頷いてくれた。





 ミマちゃん達と別れた後、私と洸はダイスの病室に戻った。

 静かに横たわるダイスをただ見つめていると、不意に洸が口を開く。


「元気になったみたいだな」


「そう?」

 

 隣を見ると、洸もまたダイスを見つめていた。だから私もダイスに視線を戻し、言葉を返す。


「なんかあの2人見てたらさ、クヨクヨしててもしょうがないなーって思って」


「そっか」


「うん」

 

 しばらく沈黙する。数秒経った頃、私は洸に呼びかけた。


「洸」


「ん?」


「ありがとね」


「…………なんだよ、突然」

 

 不意打ちで感謝の言葉を告げられたからか、洸が少し驚いたようにこちらを見る。


「洸がいなかったら、きっとここまで来られなかった」


「別に大した事してねーよ。きっとオレじゃなくても……」


「まあ、こんな事ならミマちゃんに相談すればよかった〜と思ったりもするけど」


「おい」

 

 私が軽口を叩くと、洸が恨めしそうに顔を顰める。


「それでも」

 

 そんなおちゃらけた空気を押し留めて、私は真剣に洸を見つめた。


「本当に、ありがとう」


 厳しい事を言いながらも、ずっと付き合ってくれた。ずっと見守ってくれた。……ずっと心配してくれていた。

 今目の前にいる幼馴染は、ずっと私の事を思って行動してくれていた。


「本当に洸には、感謝してもしきれない」


「ちょ、やめろよ」

 

 洸は少し頬を染めて目を逸らす。未だに褒められたり感謝されたりするのには慣れていないようだ。

 本当はもっとたくさん伝えたいけど、そんな彼の様子を鑑みてこれ以上はやめる事にした。

 

 室内に静寂が訪れる。感謝を伝えた私の方も少々気恥ずかしい気持ちでいると、どうやら落ち着いたらしい洸が口を開いた。


「覚悟、決まったんだな」

 

 その表情は真剣だった。だから私もそれに応えるように、真剣に返す。


「うん、今度こそ」

 

 うん、決まったよ。ダイスと生きていく覚悟が。

 

 私の顔を見て、洸がふっと頬を緩める。


「そうか」

 

 洸の右手がこちらに伸びる。その手は私の目線より上の辺りを数秒彷徨ったけれど、やがてぽんと肩の上に置かれた。


「頑張れよ」

 

 そう言う洸の表情は、とてもとても優しかった。





 私は毎日、ダイスの元へ通った。

 日に日にダイスの体は大きくなり、1ヶ月を過ぎた頃にはとうとう通常の成人男性の大きさになった。

 だけど、一向にダイスが目覚める気配はなかった。

 徐々に近づいてくる期限の日。その日までに目覚めなかったら、ダイスは……。

 

 そしてとうとう、その日が翌日に迫った――。





 午後10時半。11月下旬ともなれば結構寒さも厳しい時間帯だけど、薄っすら暖房が効いてるからか思ったよりは寒くない。

 

 私は今、ダイスの病室にいる。

 新條先生に許可を貰って、今夜から明日までダイスを見守る事にしたのだ。


「ダイス……」

 

 呼びかけても、反応はない。本当に、このまま明日を迎えてしまうんだろうか。


「………………」

 

 大きくなったその姿を見つめる。元はフィギュアだったその体は、今はほぼ完全に生身の人間と同じものになっていた。

 本当に、どういう仕組みなんだか……。今考えても意味不明な事だらけだ。フィギュアが動き出したのも、二次元キャラがそれに憑依したのも、注射でこんなに大きくなったのも……。まあ今でも解明されてないって新條先生も言ってたし、私が考えてもしょうがないんだけど。

 

 ダイスの腕に触れてみる。やっぱりフィギュアのような硬さではなく、私の腕と同じくらい柔らかかった。


「………………」

 

 それにしても本当に起きない。

 胸の中で期待感と絶望感がせめぎ合っていたけれど、その姿を見て絶望感が僅かに勝り始める。

 

 だから私は後悔しないように、一つ小さな決心をした。


「ねぇ、ダイス……」

 

 それは、想いの全てを語る事。


「私ね、『神眼革命』読んでて、最初はダイスの事そんな好きじゃなかったんだけど、読んでいく内に段々ダイスの気持ちが分かってきて……気づいたら、最推しになってたの」

 

 ダイスの右手を両手でそっと握る。


「それからはもうダイス一筋で。グッズはちょくちょく集めてたんだけど、フィギュアとか結構高いからなかなか買えなくて。だから大学生になってバイトでお金貯めて、初めてフィギュア買った時、めっちゃ嬉しかったんだ……もう毎日眺めちゃって」

 

 何も反応のないダイスに向かって、私はただつらつらと語る。


「ごめんね、ダイス…………」

 

 好きって想いも、ネガティブな想いも。


「私、私、そんなに好きなのに……ダイスの気持ち全然考えてなかったっ……。好きだから、理解できてるって、思い込んでた……そんな事ないのに。好きと理解は、違うのにっ……」

 

 頬が濡れていく。語るほど、想いも溢れていった。



「もし、ダイスが目覚めたら……私、真っ先に謝りたい。そして……好きって、伝えたい」


「もしかしたらっ……私より、ダイスに相応しい人……いるかもしれない……。ファン、たくさんいるしっ……。それでも、あなたがいい……あなたのっ、隣がいいっ……」



「だから……目ぇ、覚ましてよ……」

 

 握る手にぎゅっと力を込めて、その上に頭を乗せる。

 私の手も、ダイスの手も、涙で濡れていった。





『ダイスー!』


『メグル、久しぶりだな』

 

 数メートル先でダイスとメグルが会話をしている。


『実はオレさ、セロとチェシーと一緒に旅に出ようかと思うんだ』


『え、では国を離れるのか?』


『ああ。でもまあ、月に一度は帰ってくる予定だよ』

 

 え、メグル達旅に出ちゃうんだ。ダイスは……?


『だからさ、ダイスも一緒に旅に出ないか?』


『メグル……』

 

 だよね、ダイスを誘わないはずがないよね!また仲間達とワイワイしてるダイスを見れるなんて嬉しいなぁ……。


『すまんが、俺は行かない』

 

 え?


『え、なんでだよ……』


『それは……』

 

 すると突然ダイスが振り向き、目が合った。途端に彼が目を細めて笑う。


『このみ』


 そこで映像は途切れた。



 視界に入ってきたのは何かを握る自分の手だった。あ、握ってるのはダイスの手か。靄がかかったような意識が、徐々にクリアになっていく。


「……み」

 

 さっきのは夢かぁ。そういえば昨日泣きながらダイスに話しかけて、いつの間にか寝ちゃったんだな。


「…のみ」

 

 という事は、もう日付変わって……。そっか、やっぱりダイスは……。


「このみ」


「え?」

 

 名前を呼ぶ声がして、私はゆっくり起き上がった。

 声が聞こえた場所を見ると、そこには……。


「おはよう、このみ」


「……え?」

 

 やや紫がかった黒い髪を揺らし、中性的な整った顔をこちらに向け、細身の青年が微笑んでいた。

 

 ………………え?


「……ぅわあああああああっ⁉︎」


「……っ」

 

 私の突然の大声に、青年は僅かに体をビクリとさせた。

 しまった、つい大声を出してしまった。ここ病院なのに。隣室にも患者さんいるのに。

 いや、それよりも今のこの状況だ。私は目の前の青年をまじまじと見た。


「……ダイス?」


「ああ、おはよう、このみ」


「………………………………!」

 

 長い長い間を経て、ようやく理解が追いついた。

 

 嘘……嘘……嘘っ……!


「ダイス!」


「うわっ」

 

 私は思わずその細い体に抱きついた。


「もう……もう……戻ってこないかと思ってた……!」

 

 思わず感極まって声が震える。昨日も泣いたばかりなのに。


「すまなかった……心配かけたな」

 

 ダイスはそう言って、私を優しく抱きしめ返した。


「……温かいな」


「っ」


「ずっと、こうしたかった」


「〜〜っ!」

 

 なんとか寸前で押し留めてたのに、その優しい声で涙腺が崩壊した。だから昨日も泣いたのにさぁっ……もう!

 

 しばらく私の鼻をすする音だけが響いていた。そんな自分のみっともない姿が恥ずかしくなり始めた頃、ダイスの腕の力がぎゅっと強くなった。


「っすまん……」


「ダイス……?」


「本当に、すまなかった……!」

 

 その声も、肩も、震えていた。初めて聞くような弱々しい声に、思わず何も言えなくなる。


「己の弱さばかり考えて、お前の気持ちを、蔑ろにしたっ……!本当に、すまない……」


「そんな……!謝らないでよ……私だって、ダイスの気持ち考えてなかったし……!」


「お前は何も悪くない……」

 

 またそんな事言う。ダイスって、肝心な時に自分の事ばかり責めるよね。私にだって非があるのに……。


「だが、俺も覚悟を決めた」

 

 背中に回されていた腕が解かれ、体が離れる。その眼が、真っ直ぐ私を捉えた。


「俺は、お前と……このみと、生きていきたい」


「え……」


「こんな未熟な俺だが…………共に、生きてくれるか」


 私の手をとり、彼はそう言った。

 その瞬間、胸に凄まじい感情が流れてきた。思わず胸を押さえる。


「うっ……」


「だ、大丈夫か」


「大丈夫……尊いの極みっていうか……」


「と、尊い?」

 

 動揺しているダイスの顔を真っ直ぐ見つめる。きっと今の私、涙でぼろぼろだ。


「私も、ダイスと一緒がいい!ダイスじゃなきゃ、嫌っ……」


「そうか……」

 

 ダイスは安心したように顔を綻ばせる。今日だけで、何度レアな姿目にしてる事か。


「う、うぅ……」


「……泣きすぎではないか?」


「だってぇ……」

 

 ダイスの右手がこちらに伸びる。その手は私の目線より上を通っていって、ぽんと頭の上に置かれた。


「…………一生、愛し抜くよ」


 その声が優しくて、更に涙が溢れる。


「……私も、一生、愛し尽くすよ」


 もう一度、私達は抱きしめ合った。それからしばらく無言で、お互いの体温を確かめ合っていた。

 

 やがて体が離れると同時に、ダイスが口を開いた。


「そうだ、このみ」


「ん?」


「俺が退院したら、叶えてほしい事があるんだ」


「いいよ、何?」

 

 ダイスはとても幸せそうに、笑った。



「このみの、ハンバーグが食べたい」

 

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

 本作はこれで完結となります。

 素人の書いたものなので、至らない点も多々あったかと思います。

 自分でも読み返してみて色々課題が見えたので、向上していけるよう努めていきたいです。

 改めて、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!

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