第7話 理解
アラームの音で目が覚めると、そこには見慣れた自室の天井が広がっていた。
もう朝か……。そう思いながら、傍らのスマホに手を伸ばしてアラームを止める。
時刻は8時55分だった。
今日は10時から17時までハンバーガーショップでバイトして、その後ダイスのお見舞いに病院へ行って、また20時から翌朝4時までコンビニでバイト……。昨日と同じスケジュールだ。
そうやって今日一日の予定を思い浮かべながら体を起こした時、異変を感じた。
「っ……」
一瞬、眩暈がした。あと、なんだか怠い。
寝起きだからだろうか。そう思い、額に手を当てると。
「…………熱」
そこはいつもより熱を持っていた。
少しふらつく体で棚のところまで行き、体温計を取り出す。測ってみると38度だった。ここ最近働き詰めだったから、無理が祟ったんだろうか。
本当は体に鞭打ってバイトに行きたいところだけど、もし倒れでもしたら職場の皆さんに迷惑がかかる。今日のところは休んだ方が良さそうだ。
開店前のハンバーガーショップに電話を入れ、今日は休む旨を伝える。電話に出たのは店長で、快く了承して貰えた上に、労いの言葉までかけて貰った。
通話を切り、熱冷ましシートを額に貼ってもう一度布団に寝転がる。コンビニの方は体調を様子見してからだな。夕方になっても体がきつかったら連絡を入れよう。
私は再び眠りの中へと落ちていった。
次に目が覚めると、体は少し軽くなっていた。
時刻は13時7分。4時間近く寝ていたのか……。
体温計で熱を計ると、37.5度。先程より結構下がっている。このままいけば、コンビニのバイトは行けるかもしれない。
食欲はあまりなかったから、雑炊を食べる事にした。適当に作った雑炊を一人黙々と食べていると……。
ピンポーン
突然インターホンが鳴った。
「……?はーい」
誰だろう。そう思いながら玄関へ行き、扉を開けた。
するとそこには……。
「……え」
両親が立っていた。
お父さんが申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめんな、突然」
「いや、いいけど……どうして」
「…………もう一度、よく話をしようと思って」
「……そ、そう」
この前思わずムキになって怒る態度をとってしまったから、気まずくて2人に合わせる顔がない。私はぎこちなく両親を招き入れる。
「……いいよ、入って」
「お邪魔します」
「…………」
お父さんも多少ぎこちないけど、それ以上に顕著なのがお母さんだ。きっと私と同じで、この前怒鳴ってしまった手前気まずいのだろう。ずっと無言を貫いている。
だけど私の部屋を見て、それまで黙っていたお母さんが初めて口を開いた。
「…………これ、雑炊?」
「あ……うん」
「体調、悪いの?布団もそのままだし……」
「大丈夫……ちょっと微熱があるだけ」
どうやら食べかけの雑炊と敷きっぱなしの布団を見て、私の不調に勘づいたらしい。やっぱり母親の目は誤魔化せないな。
お母さんの言葉で私の体調不良に気づいたお父さんが、心配そうな顔で言う。
「そうなのか?じゃあゆっくり休みなさい。何か必要なものはないか?あったら買ってくるけど……」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
なんだかんだでこうして心配してくれる両親の優しさが、胸に沁みる。
「……それで、話……するんだよね」
「大丈夫なのか?体調悪いなら、また日を改めて……」
「大丈夫大丈夫。大分良くなってもう平気だよ」
「ならいいけど……」
本当はまだ少しだけ気怠いけど、せっかく来てくれた両親とちゃんと話がしたい。
私は布団を畳んで、テーブルを挟んで両親と向かい合う。
「…………このみ」
「……うん」
静かに私を呼んだお母さんは、少し躊躇うように視線を彷徨わせた後、問いかけてきた。
「……あなた、本気なの?」
それはこの前みたいに私の正当性を疑うようなものではなく、私の真意を確かめてくるような、そんな口調だった。
だから私も、真剣に応える。
「……うん、本気だよ」
「…………そう」
お母さんはしばらく何も言わなかった。お父さんも口を噤んでいた。部屋の中が沈黙で満たされる。
やがて、お母さんがぽつりと呟いた。
「そのダイスって人に、会わせてほしい」
バイト先のコンビニに今日は休むという連絡を入れた後、私は両親を連れて病院へと向かった。
今ではもう見慣れてしまった個室の扉を開くと、中央で眠っている小さなダイスの姿が目に入る。その光景に両親はしばらく言葉を失っていた。やはりどれだけ話には聞いていても、実際に見ると驚いてしまうようだ。
驚きを隠さないまま、お母さんが口を開く。
「この人が……」
「うん、ダイスだよ」
2人にネットで検索したダイスの画像を見せる。
「ホント、そのままだな……」
「まあ元々はフィギュアだしね」
お父さんが画像と目の前のダイスを何度も見比べる。
「…………私、どうしてもこの人を助けたいの」
まじまじとダイスの姿を眺める2人に、私は自分の想いを語りだす。誇張のない、ありのままの想いを。
「高校の頃からずっと好きで、ずっと幸せになってほしいって思ってた」
「……確かに、よくグッズ集めてたわね」
お母さんの言う通り、ダイスのファンになってからはグッズ集めに時間もお金も費やした。まずは原作コミックを全巻揃えて、アニメDVDも全巻買って、バッジやポスターを部屋に飾って。
それでも全制覇は成し遂げられていない。フィギュアもまだ一つしか持ってないし。……まあその唯一のフィギュアがこんな事態になった訳だけど。
「だから、道半ばで死んでしまうのを見た時は、本当にショックだった」
そう、ダイスは道半ばで命を落とした。
幼い頃に家族を殺した敵を倒すために剣の腕を鍛え、仲間達と共に戦ってきたけれど……。それでも、念願のその瞬間に立ち会えなかった。メイン4人の中でただ一人。
「だけど、こうして私のところに現れて、一緒に過ごすうちにいろんな表情が見られて……笑顔も見られて、嬉しかったの」
確かに最初はびっくりした。まさかこんな事が起こるなんて夢にも思わなかった。だけどもう見られないと思っていた推しの笑顔が見られて、ファンとしてこの上ない幸せだった。
「もう、あんな悲しい思いはしたくない。ダイスには、生きていてほしい。そのためなら私は頑張れる」
本当は元の世界で仲間達と幸せに過ごしてほしかったけど、それが叶わないのなら……。せめてこちらの世界で、幸せになってほしい。私の望みはただそれだけだ。
室内はしばらく静かだった。風の吹く音や車の走る音がやけに大きく聞こえる。
「……そんなに大事なのね、この人の事」
「…………うん」
長い長い沈黙を経た後、お母さんが静かに言葉を漏らした。私はそれに頷いて肯定を示す。
すると、お母さんはパイプ椅子からゆっくりと立ち上がった。
「分かったわ」
「え……」
お母さんの瞳が私を真っ直ぐに捉える。
「払うわよ、お金」
「っ、ホントっ⁉︎」
「いいわよね、あなた」
「ああ」
お父さんもはっきりと首を縦に振った。
それはあまりに僥倖で、私の胸に嬉しさが込み上げた。
「ただし」
いきなりお母さんが顔つきを変え、厳しい目つきで私を見据える。
「今後一切仕送りはしません」
「え……」
「学費も払ってあげないし、今後あんたがお金に困るような事があっても、如何なる事情があろうと援助はしません。それでもいい?」
そう問われ、毎月の家賃や授業料、生活費などの額を思い浮かべる。私一人で払えるだろうか。
それでも……。
「分かった、約束する」
覚悟はとっくに決まっている。私ははっきりと宣言した。
「じゃあ、これで契約成立ね」
お母さんは少し困ったように笑った。
「…………このみ」
「うん」
気づけばお父さんも立ち上がっていて、少し高い位置から私を見下ろしている。
「できればお前には、普通の人と、普通に暮らして、普通に幸せになってほしかったよ」
「……うん」
「けど、お前の人生だ。このみが自分で考えて決めたのなら、もう何も言わない」
「……ありがとう」
その言葉は、何よりも優しく、何よりも厳しく、そして何よりも重たかった。
自分で選んだ道ならば、自分で責任を背負わなければならない。両親の想いを胸に刻むように、私は手のひらを強く握りしめた。
『そっか……それは良かったな』
「うん……本当に」
その日の夜。両親と別れ自宅に帰り着いた私は、電話で今日の出来事を幼馴染に報告した。
洸はいつもより口数が少ないながらも、私の話にしっかりと耳を傾けてくれた。
「本当に、お父さんとお母さんには感謝してもしきれないよ」
『ご両親、なんだかんだお前に甘いよな』
「ちょっとぉ、嫌味?」
『まあオレだったら認めないけどな、自分の娘がそう言ってきたら』
「えー、洸ってなんだかんだ親バカになりそうだけど」
『嫌味か?』
「ふふ、冗談」
話しているうちに洸もいつもの調子を取り戻してきたようだ。
しばらくそうやって軽口を言い合っていると、洸が少し声のトーンを落として真面目な口調になった。
『でも、ホント良かったな。協力貰える事になって』
「うん、これでダイスも注射受けられるし」
『……成功するといいけどな』
「……そうだね」
成長ホルモン剤の注射を受けたからといって、必ずしも"消滅"を免れるとは限らない。元々の事例が少ないから、成功が約束されているとはまだはっきりと言えないのが現状らしい。
『それに、本人にもちゃんと話さなきゃいけねーだろ』
「そうなんだよね……」
そう、流石に本人に無断で注射を打つ訳にはいかない。そのためにはダイスに事情を話さないといけないけど、彼は起きては眠ってを繰り返してるから、今の状態では話す事は難しいだろう。
それに、もし話ができた時には伝えないといけない……元の世界にはもう帰れない、という事を。
それを知った時、ダイスはどう思うだろう。まだ見てもいない彼の表情を想像しては、胸が痛む。
「……問題は、まだまだ山積みだね」
『……ま、何か困った事あればまた連絡くれよ。オレもできる限り協力するから』
「……ありがとう、助かる」
『ん』
洸は最後にそんな心強い言葉を残し、通話を終えた。
本当に、理解のある幼馴染がいて良かった。両親だってそうだし、私は人に大変恵まれている。
窓を少し開けると、涼しい風が部屋に入り込んできた。夜空には少し欠けた月と、小さな星が鈍く光っていた。
最後にダイスと夜空を見たのが、随分前のように感じる。
早く、会いたい。会って、話したい。そう思いながら、ビルとビルの間に見える夜空をしばらく眺めていた。
それから数日が過ぎ、来週には夏休みが終わりを告げて後期の授業が始まる9月中旬。
私はいつもの如く、ダイスの病室に顔を出していた。
「……すぅ……」
「…………」
ダイスは相変わらず眠っている。もう随分と見慣れた光景だ。今では最早これが当たり前になっていて、一緒に過ごしていたあの日々が徐々に遠くなっていくのがなんだか酷く切ない。
もしこのまま目覚めなかったらどうなるんだろう。注射も受けられないまま意識を失って、"消滅"への一途を辿るだけになってしまったら……。最悪の想像をして体が震える。
新條先生によれば、流石に本人の同意なく注射を打つ事はできないらしい。確かに副作用の心配もあるし、嫌がる人がいてもおかしくないもんね……。
「……今日も目覚めない、か」
2時間近くダイスを見守ってたけど、今日も起きる気配がない。諦めて帰る支度をし、病室のドアに触れたその時だった。
「……この……み……?」
「っ……⁉︎」
私は勢いよく振り返った。そこには、微かに目を開けたダイスの姿が。
「ダイス!起きたの⁉︎」
足の方向を戻し、ダイスの側に駆け寄る。またすぐ眠ってしまうのではと心配だったけど、彼は徐々にはっきりと覚醒してきたようだった。
「ここは……なんだ……病院……か……?」
「うん、そう!待ってて、先生呼んでくる!」
私は急いで新條先生の元へ行った。ちょうど他の患者さんを診察中で少し待ったけれど、ダイスが起きた事を伝えると先生は目を見開いて、急いで駆けつけてくれた。
「……今のところ、異常は見られませんね。意識もはっきりしているようです」
「よかった……」
先生の言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
「……俺は何故ここにいるんだ。意識を失っていたのか?」
ダイスは何がなんだか分からない様子で、完全に戸惑っている。数週間ぶりにはっきりと目覚めたのだから、仕方ない。
「一時的に意識を失っていました。以降はほとんど眠っていましたよ」
先生がダイスにこれまでの経緯を簡潔に説明した。
ダイスは目を丸くしながらも、冷静に状況を把握しようとする。
「そうだったのか……ちなみに今日は?」
「9月15日です」
「そんなに眠っていたのか……」
しばらく事態を飲み込もうと黙っていたダイスだったけど、ふと気づいたように私に視線を向けた。
「このみ、お前、まさか全て話したのか?」
「え、あ……」
「秘密にする約束だっただろう」
彼の視線が少し厳しいものになる。
私が先生に事情を全て話したと思って、怒っているんだろう。病院に連れて行ったのは洸なんだけど……。
「ご心配には及びません」
私が言い訳しようとすると、先に先生が口を開いた。
「なに?」
ダイスが先生を睨む。ちょ、病院の先生にそんな失礼な態度は……。
「貴方以外にも、マンガやアニメの世界からこちらに来た方はいるんです」
「な……」
先生の言葉を受けて、ダイスの顔が一気に驚愕の表情へと変わる。
「ちょ、先生……いいんですか?」
流石に目覚めたばかりの病人には重い話ではなかろうか。そう思ったけど、先生ははっきりと言った。
「いえ、ご本人もこの通り意思がはっきりしてらっしゃいますし大丈夫でしょう。それに、一刻も早い方がいい」
確かに……先生の言う通りだ。次にいつ意識を失うか分からない以上、今のうちに話をしておくに越した事はない。私はこれ以上口出しするのをやめた。
先生はダイスに事情を説明し始めた。ダイスは最初、先生に対して不信感を募らせていたけれど、何も言わない私を見て事実だと察したのか、後半は真剣な表情で話に耳を傾けていた。
やがて先生が話は終わったとばかりに口を閉じると、今度はダイスの口が開かれた。
「…………やはり、そうか」
「……何が?」
何が「やはり」なのか分からなくて、私は思わず彼に訊ねる。すると、その目が少々居心地悪そうに伏せられた。
「やはり既に死んだ身である俺が、元の世界に帰るなど不可能なのだな、と……」
「え……」
今、ダイスはなんて言った?「やはり既に死んだ身である」……?その語り口に違和感を覚えた。
「私……ダイスが、その……死んだって事、言ったっけ?」
思わず確かめるような口調になったけど、確信してる。私は言ってない。多分、洸だって言ってない。確かダイスはそんな事知らなかったはず。なのに、なんで……。
「……すまん、このみ」
ダイスが私に向けて深く頭を下げた。
「最初は記憶が曖昧だったんだ。だから帰れるものだと思っていた。だが、熱を出した事があっただろう?あの時に、最後の光景を夢に見て……それで思い出したんだ」
「…………」
私は絶句した。まさか思い出してたなんて……。
いや、違う。私は、"まだ最期を迎えていないダイス"がこちらの世界に来たのだと思い込んでいた。でも違った。今目の前にいるのは、私が原作で見ていた通りの人生を送った、"最終回後のダイス"なんだ。
ちょっと考えれば分かる事だったのに、なんで今まで気づかなかったんだろう。「物語上で亡くなってるから、元の世界には帰れない」って新條先生も言ってたのに……。そこまで考えて、ふと気づいた。
もしかして物語上で亡くなってる事が、二次元キャラが現実世界に現れる条件……?
「本当はその時に言うべきだったのだが……現実を受け止めきれなかった。もしかしたら帰れるかもしれない、と淡い期待を抱いていたんだ。だから、協力してくれるお前に甘えてしまっていた…………本当に、すまない」
「そんな……謝らないでよ。むしろ、知ってて黙ってた私の方が酷いし……」
「……お前は悪くないよ」
ダイスは私を責めなかった。だけどその表情はどこか哀しそうで、私は胸が苦しくなった。
「……それで……俺は、消える、のか」
ダイスが視線を先生に戻して問いかける。
「……ええ、注射を打たない限りは」
「そうか……」
先生は話を続ける。
「ですが副作用があります。恐らく高熱や全身の痛みに襲われるでしょう。意識を失ってから打つ手もありますが、それだと下手すると手遅れの可能性も……」
「…………」
ダイスは黙って先生の話に耳を傾ける。その顔は強張っていた。
「注射を受けたからといって、必ず生きていられるという保証もありません。…………如何なさいますか」
先生の問いかけに、ダイスは即答した。
「受けない」
「っ……ダイス……」
覚悟は決まっているという風にきっぱりと言い切るダイスに、先生はもう一度確認する。
「本当によろしいんですか」
「ああ。……受ける気はない」
ダイスの答えは変わらなかった。
先生は私をちらりと一瞥すると、一言言い残した。
「一度よくお考えください。……春家さんとも話し合って」
「だから俺は受けないと……」
「それでは」
ダイスの最後の言葉には聞く耳を持たず、先生は病室を去っていった。
「…………」
「…………」
気まずい空気が残る。私はしばらく何も言えなかった。ダイスも何も言わない。長い沈黙が続いた。
それでも、このままじゃいけない。私は思い切って口を開いた。
「……注射、受けないって……」
「…………」
「……どうして?」
私の問いかけにしばらくダイスは黙っていたけれど、やがて小さく呟いた。
「……特に理由はない」
「……副作用が嫌だから?」
「理由はないと言ってるだろう」
「…………それで納得すると思う?」
「…………」
ダイスの言葉が納得いかなくて、問い詰めるような形になってしまう。だけど、しょうがない。だって納得いかないんだから。
「やっぱり、元の世界に帰れない事が嫌なの?こっちの世界で生きるのは嫌?」
「別に、そういう訳じゃない」
「じゃあ……」
「だが、この世界で生きていく理由も、特にない」
ダイスは淡々と吐き捨てるように言った。だけどその言葉は、私の胸に酷く突き刺さった。
「でも、でもさ……」
声が震える。体裁も何もあったもんじゃないけど、何も言わずにはいられない。
「"消滅"するって事はさ……また死ぬようなもんでしょ。怖く……ないの?」
「今更死ぬなど怖くない」
「私は、生きてほしい」
「………………」
懇願するように私は言葉を紡いだ。どうか想いが届く事を願いながら。
だけど、ダイスは感情の読めない顔で冷たく言い放った。
「余計なお世話だ」
「っ……!」
どうして。どうして。思い浮かぶのはそれだけだった。
「…………私、ダイスと一緒にいるの楽しかった。ダイスは違うの?」
「それは……」
「私と一緒にいるのは嫌?」
情けない質問なのは分かってる。だけど、なんとしてもダイスを繋ぎ止めたい。その思いだけが私を突き動かしていた。
「……俺は、もうやり切ったんだ。生きる理由などどこにもない」
彼は、少し煩わしそうに言葉を吐き捨てる。
「ダイスは……幸せに、なりたくないの?」
「幸せ……?」
「私は、ダイスに幸せになってほしい。消えてほしく、ないんだよ……」
飾らないありのままの想いをぶつける。ずっと秘めていた、奥底の願いを。
だけど……。
「俺に期待などするな。迷惑だ」
それすらも、一蹴された。
もう、耐えられない。胸の中から強い思いが込み上げる。言葉にできない感情だった。
「っどうして!」
私の声が室内に木霊する。
「ダイスが元の世界に帰れないって知った時、私もショックだった……!だからせめてっ、こっちの世界で幸せに過ごして貰えたらって、思ってたのに……!私、間違ってる……?」
ダイスは私から目を逸らし、顔色一つ変えずに言った。
「余計なお世話だ。もう、放っておいてくれ」
「っ……!」
どうして分かってくれないの。私の胸中は、そんな子供じみた不満と怒りで一杯になった。
「っ分かんない……」
そして、抑えきれずに溢れた。
「私っ……ダイスの事、分かんないよっ……!」
逃げ出すように病室を飛び出した。すれ違う人達がぎょっとした顔で見てくるのにも構わず、そのまま階段を降り、出口まで走った。時折人にぶつかりそうになったけど、相手は驚くばかりで何も文句を言われなかった。
病院の出入り口を抜け、立ち止まる。その時、すれ違う人達が驚いていた理由が分かった。
――私、泣いてるじゃん……。
「っはは……」
思わず笑みが零れた。それは、自分への嘲笑だった。襲いくる失望と自己嫌悪。
私はしばらくそのまま、ひたすら涙を流していた。




