第2話 小さな推し
「これは一体どういう事だ」
私は未だかつてない事態に直面していた。
目の前には私の最推しであるダイスに瓜二つのとても小さな青年。
そして、棚の上からなくなっていたダイスのフィギュア。
この事から、私の脳内ではひとつの結論が導き出された。
推しのフィギュアが動いてる、と――――。
「あ、えっ……と」
あまりに非現実的な事態に、頭がショートしそうになる。
だってしょうがないじゃないか。ある朝目覚めたらフィギュアが動いてました、なんて誰が信じられると思う?
私が視線を彷徨わせ口をモゴモゴさせていると、それまで睨みつけるように私を見ていたダイスの手が動いた。
腕組みをしていたその右手は左の腰の位置まで持っていかれ、何かを握ったかと思えば、それをこちらに差し向けた。
それは、剣だった。
「いい加減に白状しろ。さもないと……」
「あぁぁ、ま、待って待って待って!」
ダイスのその行動に私は焦り、止めようと慌てて言葉を紡ぐ。
「そのっ、分からないんです!私も何がなんだか……」
「とぼけるな!お前が俺をここに連れてきたのだろう。しかもこんな姿にして……。何が目的だ!」
「だから違うんですってばぁ〜!」
どうにか弁解しようと、私は必死に事情を説明した。
目が覚めたらダイスが部屋にいて驚いた事。棚の上にあったはずのフィギュアがなくなっていた事。だからフィギュアが動いてると思って更に驚愕した事……。
だけどダイスは私の言葉が理解できないようで、ますます眉間の皺を深くする。
「……どういう事だ。俺は今、人形の姿を借りているというのか?」
「あ、えっと……」
「それに、あれは何だ」
「あれ?」
その言葉の意図が分からず首を傾げると、ダイスは空いている左手でどこかを指差した。その方向を辿っていくと、そこにはダイスのグッズが並べられた棚が。
「あそこに俺の写ったものがたくさんあるだろう。あれを見る限り、お前は明らかに俺を知っている。だから何か目的があるのかと……」
「……あ〜」
そうか。私はダイスを知ってるけど、ダイスにとって私は面識がない人だ。そんな人が自分のグッズ……というか写真とか人形とか持ってたら不審に思うのも無理はない。有名人とかじゃない限り。
でも、なんて説明しよう。「あなたはマンガのキャラクターです」って当の本人に言ってもいいものなのかな。絶対信じて貰えないだろうし。
私が考えこんでいると、ダイスが訝しむような顔のまま訊ねてきた。
「……ストーカーか?」
「ストっ……あぁ、まぁ………いや、違う違う!」
一瞬確かにストーカー紛いの事してるなと納得しそうになったけど、これは推し活という名の立派な応援活動だと思い直し、慌てて否定する。だけどダイスは信じられないようで、意味が分からないとばかりに表情がますます険しくなるだけだった。
やっぱり正直に全部言うしかないな。
私はダイスに事実を伝える事にした。だけどいざ伝えようとすると、緊張でうまく声が出せない。心臓の音がうるさい。きっと私は恐れているんだと思う。
もしダイスがショックを受けたらどうしよう。
自分の今までの人生が人の手によって作られたものだと知ったら。エンターテインメントの一環として演出されたものだと知ったら。その時、キャラクター達は、ダイスは、何を思うのだろう。
でもいつまでも迷っていたって始まらない。怪しまれてる以上、嘘や誤魔化しはきっと通用しない。なにより私、幼馴染によればそういうの下手みたいだし。
「その、信じられない事だと思うんですけど……」
私は覚悟を決めて、ダイスに全てを伝えた。
ダイスは『神眼革命』というマンガの登場人物である事、私はそのファンであってグッズを集めている事……。
ダイスは最初目を見開いて驚いた様子だったけど、途中からはその剣を収め、ずっと深妙な顔付きで私の話を聞いていた。
いや、ずっとそんな表情だったのかは正直分からない。何故なら後半、私はダイスから目を逸らしていたから。彼がどう思うのか、それを目の当たりにする事が怖くて。
私が話を終えると、沈黙が流れた。
いつの間にか正座していた自分の膝をしばらく眺めていたけれど、どんな一言も返ってこない状況に居た堪れない気持ちが募る。
それと同時に、今どんな様子だろうかとちょっとした好奇心が顔を出し、次第に恐怖心を押しのけていく。
いよいよ気になって、私はダイスの顔を窺った。
ダイスは俯いていた。前髪に隠れて、その表情はよく見えない。
その時だった。
「……全部絵空事だったのか」
「え……」
「俺達が歩んできた日々は、全部絵空事だったという訳か」
「そ、それは……」
絞り出すように紡がれたその声は、震えていた。
次の瞬間。
「ふざけるな!」
「っ!」
一転して声を張り上げ、ダイスはその顔を上げた。
そこにあったのは、怒りと悲しみが混ざり合うように歪められた、悲痛な表情。
「俺達は懸命に戦ってきた!それも全部、見世物にされていたというのか!」
「あ……」
「俺はっ、俺達は、お前らの娯楽の為に生きてきたんじゃない!」
「っ…………!」
その激昂は凄みがあって、そしてとても悲しかった。私は何も言えず狼狽えてしまう。
そんな私の様子に、ダイスははっと我に返ったような顔をした。
「っ……すまん、お前に怒っても意味のない事だな」
「いえ、そんな……」
静かに謝る彼に、私は碌な事を言えなかった。
だって、彼の言う通りだ。
彼らの人生は読者を揺さぶる物語として創られたもの。実話でもなんでもない、全てが絵空事。つまり作者の手のひらの上なのだ。
ダイスの家族は殺された。だけどそれすらも、物語の一部として計算されたものだとしたら。そんなの、あまりにも虚しい。
ダイスの様子を窺うと、彼はまた俯いていた。だけどよく見るとその拳は震えている。
彼の苦しみは分かっているつもりだった。だけどいざ前にすると、慰めの言葉一つ出てこない。
辛い。悲しい。悔しい。こんな複雑な思いは初めてだった。
お互い口を噤んで、どれほどの時間が経っただろう。
私は全てをダイスに打ち明けた事を後悔していた。
彼がショックを受けるだろう事は覚悟していたつもりだったけど、甘かった。目の前で黙っている彼が今どれほどの思いか、私はそれを身に沁みて感じる事ができない。
現状の打開策も何も思い浮かばず、ただただネガティブな考えに支配されていた、その時。
ようやく顔を上げたダイスと、目が合った。
そこには、先程までの張り詰めたような空気はなかった。とても落ち着いた様子で、私を真っ直ぐ見据えている。
その唇が静かに動いた。
「事情は分かった。俺は次元とやらを越えてこちらの世界に来てしまったようだな」
「えっ……し、信じてくれるんですか?」
「まあこんな状況なら信じる他ないだろう」
先程の激昂から一転してあっさりしたその態度につい狼狽えてしまう。
先程の話は、当事者のダイスにとってとても信じ難いものだったはずだ。なのに何故、急に信じる気になったのか。
「最初お前を疑った時は、俺を攫った割には落ち着きのない間抜けな奴だと思ったが、そういう事情があったのならあの動揺っぷりも理解できる」
私が色々と納得しきれないでいると、ダイスがそう補足を入れてきた。
ていうか今、なんかサラッとバカにされたような気がするのは気のせい?
「それにしても、これからどうするか……。どのようにしてこちらに来たのか分からない以上、帰る方法も分からないしな……。」
一人モヤる私をよそに、ダイスは解決策について考え始めた。さすがダイス。理解も切り替えも早い。
「そもそも何故俺はこちらに来られたんだ?通常は不可能なはずだが……」
「あ、じゃあ帰る方法をこれから一緒に探していくのはどうですか?」
「は?」
軽い気持ちで提案してみたら、思いきり睨みつけられた。あまりに鋭い目つきに思わず怯む。え、怖いめっちゃ怖い。
「言っておくが、俺はお前を信用した訳じゃない。先程はお前の言い分が妥当だと思ったから納得しただけで」
「え、え〜……」
そうだった、ダイスは非常に警戒心の強い人だった。ある程度仲良くなれば心を許してくれるけど。そういえば主人公のメグルとも序盤はしょっちゅう揉めてたな。
「で、でも何か力になれるかもしれないし……」
「いらない。自分でなんとかする」
「その姿で、ですか?」
「………………」
私が指摘すると、ダイスは押し黙った。
多分図星だな、これ。
「……だ、だが、迷惑をかける訳には……」
「全然大丈夫です。むしろ大歓迎です!」
「解せん……」
私としては推しの力になれるなら万々歳なんだけど、どうやらダイスにはそれが分からないらしい。
しばらく考える様子を見せたダイスだったけど、意を決したように私を見た。
「…………やはり、いい」
「え、どうして……」
「……一人の方が色々と気が楽だ」
「それだけ……?」
彼はなかなか折れない。それに納得がいかなくて、思わず責めるような口調になってしまう。
「これはあくまでも俺の問題だ。だから」
その時だった。
「俺自身がやらなきゃ意味、が……な……ぃ」
「⁉︎……わわっ」
ダイスの体が傾いた。
すんでのところで両手で支える。
「ダイス⁉︎ダイスっ⁉︎」
顔を覗き込むと、目が閉じられている。体も脱力しているようで、私の手に重みがかかる。
慌てて床に寝かせる。もしかして気を失ったんだろうか。
どうしようと思いながら見ていると、僅かに胸の辺りが上下しているのが分かった。
「……?」
不思議に思い、顔を寄せて耳を澄ませると、微かに息の音が聞こえる。
もしかして寝てる……?
「……なぁんだ……」
安心して私も力が抜ける。
突然だったからびっくりしたけど、ダイスももしかしたら結構疲れてたのかもしれない。いきなりこちらの世界に来て、しかも慣れない小さな体になった訳だし、大変だっただろうな。
「そうだ、何かかけるもの……」
ダイスを起こさないようにそっと立ち上がり、近くのタオルケットを手に取ろうとしたところで、はたと気づく。
サイズが合わない。
今のダイスの小さな体に、通常の人間用のサイズは大きすぎる。そう思い、ちょうど洗濯して乾いていたハンカチをベランダから取り込み、そっとダイスの体に重ねた。
起きる気配もなくすやすやと眠るその顔をじっと見つめる。
長い睫毛。透き通った肌。すっとした鼻筋。小ぶりな唇。
一つひとつが芸術品のように美しく、うっとりと見惚れてしまう。
あぁ、まさかこんな近くで推しの寝顔を見られるなんて……。
あ、そうだ。
私はふと思い立ち、テーブルの上に置いてあったスマホを手に取る。そしてカメラアプリを開き、目の前に構えた。
カシャッ
よし、これをホーム画面の待ち受けにしよう。
「ん……」
それから数時間後。夏の足音が近づいてきたような、少し暑い日差しが差し込む昼下がり。
干していた洗濯物を畳み終え、お手洗いから戻ってくると、ちょうどダイスが深い眠りから浮上したところだった。
「あ、目ぇ覚めました?」
「…………おれ、は、」
「急に倒れるように寝ちゃったので、びっくりしましたよ」
「……そう、か。寝てた、のか」
彼がゆっくりと体を起こす。その時、私がかけたハンカチに気づいたようだった。
「これは……」
「あ、私のハンカチです。ちゃんと洗濯してるので安心してください!」
「いや、それは問題ないが……その、悪いな、気を遣わせて」
「いえいえそんなっ!」
むしろ役得なんだけど、それを言うとまたストーカーとか変態扱いされそうなので黙っておいた。
部屋に沈黙が流れる。
「……あの、思ったんですけど」
そんな数秒間の静寂を打ち破り、私は話を切り出した。
「やっぱり一緒に探しませんか、元の世界に帰る方法」
「………………」
「今のダイス……さんのその体じゃ、できる事も限られると思いますし……」
「………………」
ダイスは何も言わず、顎に手をやってしばらく考えこんでいた。私もその顔を見つめて、じっと彼の返事を待つ。
「…………そう、だな。先程も急に眠ってしまったし、慣れないこの体じゃ何があるか分からん。お前がいた方が多少は安心かもしれない」
「!じゃあ……」
「ああ……すまんがよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
こうして、推しとの共同生活が幕を開けた。
時刻は午後2時35分。
私はハンバーグを作るために、台所で材料を切っていた。
ちなみに何故ハンバーグを作っているのかと言うと、ダイスが昼食のメニューに希望したものだからだ。
今後どうしていくか早速話し合いを始めようとした矢先、ダイスのお腹がぐぅと鳴く音が響いた。
無理もない。私はダイスが眠っている間にカップ麺を食べたけど、ダイスは朝から……つまりこちらの世界に来てから、何も飲まず食わずだったらしい。
……お腹が鳴って恥ずかしそうに赤面した推しは可愛かった。
だけど生憎、カップ麺は先程私が食べたもので最後だった。残っていたのは一枚の食パンと、中途半端なひき肉や玉ねぎなどの材料。
そこで私はダイスに訊ねた。「トーストとハンバーグ、どちらがいいですか?」と。
そして今に至る。
「そういえば、まだ聞いていなかったな」
私がひき肉を切っていると、ダイスがテーブルの上から話しかけてきた。
「聞いてなかったって、何をですか?」
「お前の名だ」
「ああ!そういえば」
ダイスの言葉で、自分がまだ名乗り出ていなかった事に気づく。いや、気づくの遅っ。何やってんの私。
「名は何というんだ」
「は、春家このみですっ!」
なんだろう、推し相手に自己紹介ってなんかめっちゃ緊張する。声が少し上擦ってしまった。
「そうか、えっと……ハルイエ、と呼べばいいか?」
「あ、そっちは苗字です。このみ、が名前です」
「そうなのか。では…………このみ」
「…………っ!」
ガシャーン!
「うわっ⁉︎」
部屋に大きな音が響いた。ダイスが驚いて声を上げる。
「お、おい、どうしたっ?」
「…………っ」
私はというと、ただいま両手で顔を覆ってうずくまっている。傍らには、ボウルが転がっている。そう、先程の音の発生源は私の手から滑り落ちたこのボウルだ。
良かった、材料入れる前で。もし入れてたら大惨事だった。
では何故滑り落ちたのかというと……。
「お、おい……本当に、大丈夫か?」
「……大丈夫、です。ちょっと破壊力ありすぎて尊さが限界突破してるだけなんで……」
「はか……?げん……?なんだって?」
推しに、名前を、呼ばれるなんてっっっ!
「このみ」なんて、そんなイケボで、呼び捨てで呼ばれるなんて……ここは天国か?私は前世で何か徳を積んだのか?前世の私、ありがとう……。
そう、推しに名前を呼ばれた衝撃で私はボウルを落としてしまったのだ。
だってさ、本来なら一生叶うはずのない事じゃん?実在する3次元のアイドルとかならまだしも、実在しない2次元のキャラクターに名前を呼んでもらうって絶対ありえないじゃん?
それがまさか叶うなんて……っ!いや、そんなありえない事がこうして叶ってるって事は、やっぱりこの状況おかしいんだけど。
「ふぅ……すみません、取り乱しました」
「あ、あぁ……」
私が幸福のダメージからようやく回復し、立ち上がってダイスの方を見ると、彼はなんだか複雑な表情を浮かべていた。なんていうか、私への心配と戸惑いと、後はちょっと引いてる感じ。え、ちょっとショック。
「心配おかけしてすみません。ホントなんでもないのでっ!続きやりますね!」
私はそう言って、落ちたボウルを綺麗に洗い直し、切った材料と調味料を入れて混ぜ始める。
よし、こんなもんだろう。よく混ざったのを確認して、次は形を整える作業に入ろうとすると、
「なぁ」
と、またしてもダイスが声をかけてきた。
彼の方を振り返る。
「ん?なんですか?」
「そんな畏まらなくても、お前も普通でいい」
「?どういう事ですか?」
「……俺に対してずっと敬語だが、別にタメ口でいい。名前も敬称はいらない」
「えっ」
思ってもみない申し出に、思わず驚く。
「そんな、いいですよ」
「何故だ?別に遠慮する必要はないだろう。これから当分は日々を共にする間柄なのだから」
「いえ、なんか……申し訳ないというか」
推しとタメ口で話すとか、なんか畏れ多すぎる。
「だがお前、恐らく普段は俺を呼び捨てにしているだろう」
「うっ」
「俺を呼ぶ度、如何にも慣れてないように、さん、を付けるから、そうなんじゃないかと思ったが」
「……返す言葉もございません」
まさか気づかれていたとは……観察力が鋭いな。いや、私が分かりやすいのかな。
「なら問題ないだろう。お前もその方がしっくりくるんじゃないのか」
ダイスは食い下がる事なく、私にタメ口で話すよう迫ってくる。
なんか、意外だ。ダイスって初対面の相手にそういうの許さないと思ってた。あ、でもメグル達とは最初からお互いタメ口で呼び捨てだったか。
確かに、ダイスだけタメ口で私だけ敬語ってのは、これから一緒にやっていく仲としてはちょっとよそよそしいかも?仕事上の関係でもあるまいし。
「じ、じゃあ、えっと……ダ、ダイス」
「ああ、よろしく、このみ」
「〜〜〜っ!」
私がダイスを呼び捨てで呼んでみると、ダイスは僅かに口の端を持ち上げて控えめに微笑み、私の名前を呼び返してきた。
ちょっと、それはヤバいって。私、まだ面と向かって推しに呼ばれるの免疫ないんだってば!
「…………つ、続き、やりますっ!」
またさっきのように醜態を晒す訳にはいかない。なんとか気を逸らそうと、先程作っていたハンバーグのタネを手にとり、形を整える。
「……動揺しすぎじゃないか?嫌だったのか?」
「い、いえ、そういう訳ではっ」
「……敬語」
「え?あ、ああ、だ、大丈夫っ!大丈夫だからっ」
ダイスの呼びかけに必死に応えつつ、私は手を動かす事に集中しようとする。
なんだろう。敬語で話してる時はまだ普通に話せたのに、タメ口で話そうとすると、なんか急速に距離感が縮まったような感じがして落ち着かない。
言葉を変えるとこんなに変わるもんなんだな……。
とりあえずタネの形がなんとか整い、今度はフライパンに油をひいて火にかけ、ハンバーグを焼き始める。
私に気を遣ったのか、ダイスはしばらく声をかけてくる事はなかった。だけどその視線は私にずっと注がれていて、私の心が落ち着く暇はなかった。
今更ながら、推しが自分の家にいる事の重大さを思い知った。ずっと好きで、追い続けてきた推し。その本人が、本物が、私の家で、すぐ近くで、私を見ているっ……!
「っ………………。で、できたっ」
見られている緊張感に必死に耐えながら、私はなんとかハンバーグを完成させた。用意していた皿に乗せて、テーブルまで持って行こうとしたその時。
重大な事に気づいた。
「あ」
「本っっっ当に、すみませんっっっ!」
「……いい加減顔を上げろ」
数分後、私はダイスに向けて思いきり頭を下げていた。とはいえ、ダイスの目線に合わせるように座って頭を下げているので、最早土下座の姿勢だ。
そう、ダイスの体は小さいのだ。だから私は謝っている。
……普通の人間サイズのハンバーグを作ってしまったから。
「別にそんなに謝る事じゃないだろう。むしろこれが普通なんだ。お前は悪くない」
「で、でもぉ……」
ダイスは気にしないと許してくれてるけど、申し訳なさすぎて頭が上がらない。ダイスの体が小さい事は分かってたはずなのに、サイズを堂々と間違えるなんて間抜けにも程がある。
「本当に気にするな。早く食べよう。折角作って貰った飯が冷める」
「あ、あの、全然残して大丈夫ですからねっ?責任とって私食べるんで!」
「しつこい。あと敬語」
「はいっ!あ、いや……うん」
ダイスが手を合わせて「いただきます」の動作をした後、私の作ったハンバーグを食べようとしたところで手を止めた。
「……どうやって食べよう」
「あ……」
どうやら間抜けなのはダイスも同じのようだった。いや、それ言っちゃ失礼なのは百も承知で。
「フォークとか、ないのか?」
「あ、あるにはあるけど……」
台所から洗浄済みのフォークを持ってきてダイスに渡す。
「でかいな……」
「でかいね……」
だけどダイスの体には大きくて、とても使えそうにない。
「しまったな……事前に考えておくべきだった。俺とした事が」
今度はダイスが己の未熟さに項垂れる番だった。額を押さえて、頭を悩ませている。
「こ、こうなったら……」
「……このみ?」
落ち込むダイスを見てなんとかしなきゃと思った私は、頭に過った一つの方法を実践するべく、ダイスの前に置いていた皿を一旦下げた。
ていうか、皿もでかいな。でも代用品はないし、このままでいこう。
皿を台所に置き、左手にフォーク、右手にナイフを手にして、ダイスの口の大きさに合うようにハンバーグを小さく切っていく。一通り切り終えると、また皿をダイスの元へと運ぶ。
「……?なんなんだ?」
「ちょっと待ってて……」
先程ダイスに渡したフォークを受け取り、小さく刻まれたハンバーグの一つに突き刺す。そのまま、それをダイスの口元へ持っていく。
「あ、あーん……」
「……………………………………………………はぁ⁉︎」
ダイスの目がみるみる見開かれ、口をぽかんと開けた。その隙を狙って、ダイスの口にハンバーグを突っ込む。
「ちょっ……むぐっ」
初めは不満げな顔をしていたダイスだったけど、素直に口に入れられたハンバーグを噛んで味わい、そしてごくんと飲み込んだ。
「………………うまい」
「そ、そう……ならよかった」
「…………じゃない!おかしいだろう!」
「何が?」
「何がじゃない!出会って数時間の男にこんな事する奴があるか!」
どうやら我に返ったようで、ダイスは先程の私の行動に目を吊り上げて文句を言ってきた。
「だって仕方ないじゃん!他に方法もないし、こうするしかなかったんだよ!」
「別に最悪俺は手でもよかっ……っておい!また同じ事やろうとするな!」
「いーじゃん!お腹減ってるんでしょ、まずは食べようよ!手で食べたらベタベタだし、絶対こっちの方がマシだって!」
「俺からしたら手の方がマシだ!」
しばらくそのように言い合いを続けていたけれど、一歩も引かない私にやがてダイスは諦めがついたようで、後半は促されるまま無言で食べさせられていた。私もまた、彼が黙ってからはただ黙々と食べさせるだけだった。
よくマンガやアニメやドラマで恋人同士が「はい、あーん」をしてイチャイチャしてるシーンを見るけど、全然そんな甘い空気じゃなかった。
私もダイスも、ただお互い無だった。
それから1週間が経った。
ダイスの小さな体では日常のあらゆる事が大変で、最初は2人してドタバタだったけど、私もダイスも徐々に今の生活に慣れてきた。
まずは服。ダイスの体に合うサイズの服なんて当然うちにはなく、着せ替え人形に着せるタイプのものをホームセンターのおもちゃコーナーで買い漁った。時間がある時に私が手作りしたものもある。
次に食事。フォークやスプーンは口に入れるものだからミニチュアで代用するわけにもいかず、割り箸やアイス用のスプーンなど木製のものを、小さく切ったり削ったりしてなんとか凌いでいる。
あと睡眠。それは初日と同様タオルを布団代わりにして、ブランケット代わりにハンカチを使っている。
そしてお風呂やお手洗いは……さすがにそれに関してはダイスは私の手出しを許さなかった。何かあったら危ないからと何度も手伝いを申し出ても、「女性にそんな事させられない」と拒絶された。だから私にできる事といえば、着替えの用意や必要品の準備くらい。最中は一体どのようにこなしてるのか分からない……実は結構気になるけど。
ダイスと暮らすようになってから、家にミニチュアグッズが増えた。本来はああいう類は鑑賞用で実用的ではないんだけど、今のダイスにはちょうどよくてかなり重宝している。
だけど、全く進展のない事が一つ。
肝心な、ダイスが元の世界に帰る方法についてだ。
ネットで調べてみたり、図書館や書店で本を探したりしてはいるけれど、全く手掛かりが掴めていない。
そりゃそうだ。2次元のキャラクターが3次元に現れるなんて前代未聞。もしそんな前例があったなら、世界的なビッグニュースになっているに違いない。
だけどこのまま見つからなかったら、ダイスは一生元の世界に帰れない。そんなのダメだ。ダイスには仲間達と楽しく過ごしてほしいんだ。
だから私は今もこうして、ネットで情報を集めている。いや、まだ一切見つかってないけど。それでもやっぱり諦めきれない思いが、私をこうして突き動かしている。
「なぁ、このみ」
私が「次元を越える方法」というオカルトチックな文面で検索していると、今までぼんやりとテレビを見ていたダイスが不意に話しかけてきた。
「ん?」
「一つ、頼みがあるんだが」
「何?」
ダイスは真面目な顔で言った。
「俺を、外に連れて行ってくれないか」




