生きたい不老不死

過去

家の静けさを破りながら、南ユズキと一ノ江ハルトはドアを開けて入ってきた。一ノ江ハルトの声は普段よりも低く落ち着いていたが、その中には確かな配慮が感じられた。彼らは小さな声で会話を交わし、お互いに負担をかけないように慎重に話していた。一ノ江レンは部屋の中で二人の会話を聞いていた。ドアの外から漏れ聞こえる兄の言葉は彼にとって重く感じられた。彼は兄が南ユズキにどんな話をしているのか、二人の間に流れる雰囲気が何を意味しているのか知りたかった。

「とりあえず、明日は家に帰って寝るほうがいいだろう…もし行く場所がなければ、部屋を借りるまでここにいてもいい。」

一ノ江ハルトの声には温かい思いやりが込められていた。彼が真剣に彼女を助けようとする気持ちは、疑いようもないものだった。しかし、南ユズキはその思いやりを簡単には受け入れなかった。

「必要なものがあったら言ってくれ。手伝うよ。」

彼の言葉は本気で、何でも分け与えたい気持ちで満ちていた。しかし南ユズキの反応は予想とは異なっていた。

「必要ない。」

彼女の声は断固としていた。冷静に、無表情に、その言葉はまるで彼女が一人でも十分に生きていけることを強調するかのようだった。一ノ江レンはその言葉に小さな違和感を覚えた。確かに兄は彼女を助けようとしていたが、南ユズキは徹底的にその助けを拒んでいた。一ノ江レンの心の中に小さな疑念が芽生えた。

「でも家賃を払えなくて追い出されたって言ってたじゃないか。大変じゃない？」

一ノ江ハルトは慎重に再び尋ねた。彼の声には南ユズキの苦しみを知りたい、そして助けたいという気持ちが込められていた。しかし南ユズキの答えは以前と変わらなかった。

「自分で解決する。」

彼女の声には揺らぎがなかった。まるで全ての問題を一人ででも乗り越えられるかのように。一ノ江レンはその言葉にますます不安を感じた。なぜ南ユズキはここまで自分を閉じ込めているのだろうか？兄は彼女に誠心誠意で接しているが、南ユズキは壁を築いていた。

翌朝、一ノ江レンは兄の部屋から聞こえてきた会話を思い出し、南ユズキに対する疑問を抱いていた。兄が南ユズキを心配し、助けたいと思っていたが、彼女は徹底的に自分を閉ざしていた。その晩、一ノ江レンはネットカフェに向かった。彼は兄の疑問を解こうと、南ユズキのSNSを検索してみた。しかし、結果は失望だった。南ユズキはSNSを使っていなかった。プロフィールすら見つからなかった。

「おかしいな…SNS一つもないって？」

彼女の痕跡が全くないことに、さらに疑念が深まった。そこで彼は南ユズキの背景をもっと詳しく調べることを決意した。昨日聞いた話から、彼女には親と呼べる人がいないことを感じた一ノ江レンは、未成年の彼女がどうやって一人で生活しているのか、孤児の子供たちがどうやって自立しているのか、関連する法律的な要件を検索した。彼は孤児院から自立支援金を受け取ることができることを知ったが、南ユズキはその支援金を受け取る年齢ではなかった。

「それじゃあ、一体今までどうやって生活費や家賃を払ってたんだ？」

彼はますます混乱した。南ユズキの人生には、彼が知らない秘密が隠されていた。

最終的に一ノ江レンは南ユズキに直接聞いてみることに決めた。その晩、南ユズキがリビングで一人で座っているとき、彼は慎重に彼女に近づいた。兄の親切な言葉にもかかわらず、なぜ彼女が助けを拒んだのかに対する疑問は消えなかった。

「ユズキさん…兄が助けるって言ってたじゃないですか。なんで受け入れなかったんですか？大変でしょう？」

一ノ江レンはできるだけ優しく質問を投げかけた。彼の口調は慎重だったが、その中には彼女の心を知りたいという真剣な気持ちが込められていた。

「自分で何とかする。」

南ユズキは簡潔に答えた。彼女の声は依然として落ち着いていた。しかし、その落ち着きの中に隠された不安が感じられた。一ノ江レンは彼女の言葉を反芻し、彼女が本当にすべてを一人で解決できるのか疑問を抱いた。

「一人で何とかできるって…」

一ノ江レンは彼女を見つめ、感情を読み取ろうとしたが、南ユズキは依然として淡々としていた。その瞬間、彼女の手がわずかに震えていることに気づいた。

「なんだ？怖がってるのか？」

一ノ江レンはその小さな震えを見て、彼女が恐れていることに気づいた。南ユズキは強がっていたが、その内には不安と恐怖が潜んでいた。

「分かりました。疲れてるでしょうから、ゆっくり休んでください。」

一ノ江レンはこれ以上彼女を追及しないことにした。彼女の弱さを見た以上、これ以上問い詰めることは意味がなかった。彼女が抱えている苦痛は、すでに十分に大きいと気づいたからだ。

その夜、一ノ江レンは依然として南ユズキに対する疑問を振り払えなかった。彼は南ユズキの中学時代の同級生のSNSを検索しているうちに、偶然いくつかの写真を見つけた。その写真の中の南ユズキは、いつも一人だった。他の生徒たちとの距離感が感じられる姿だった。

写真の下にはいくつかのコメントが残されていた。

「お前の後ろにいる子、誰？紹介して」

「南ユズキ？あいつちょっと変わってるｗｗ」

「あの後ろにいる子、男たちとしかつるんでないよね。」

「顔は綺麗だけど、性格は本当に最悪。自分だけの世界にいる感じ？」

「話しかけたけど、完全無視されたわ。境界線引きすぎてみんな避けてるよ。」

一ノ江レンはそのコメントを読みながら、南ユズキが中学時代にも孤独だったことを知った。彼女は常に冷たく振る舞い、そのために誤解を受けていた。彼女の性格は人々を遠ざけ、彼女はますます孤立して生きなければならなかった。

「兄が気にかけているのも無理はないな…」

一ノ江レンは南ユズキが単に刺々しく冷たい人間ではないことを悟った。彼女は自分を守るために壁を作り、その中に閉じこもっていたのだ。

彼は今、南ユズキを誤解していた自分の判断を反省した。彼女はただ、困難な状況の中で自分の心を守ろうとしていただけだった。今や一ノ江レンは彼女をそのまま受け入れることを決意した。

その夜、南ユズキは深い悪夢に悩まされた。彼女の幼い頃の記憶が生々しく夢の中に現れた。

南ユズキは父親の葬儀場の真ん中に立っていた。その場所は冷たい悲しみと暗闇に包まれており、数少ない参列者たちはうつむきながら涙を流していた。しかし、南ユズキの視線は母親に釘付けだった。母親は父親の棺の前に座り込み、激しく泣き叫んでいた。母親の泣き声は途切れることなく続き、その悲痛な声が南ユズキの心を重く押しつけた。

葬儀が終わった後、母親は南ユズキを抱きしめ、童話を読み聞かせた。普段聞いていた話とは違い、その日の話はもはや普通ではなかった。

「昔々、欲深い女王がいたの。彼女は自分の若さと美しさを保ちたいと思っていた。その女王は国全体を支配し、権力を維持しようとした。でも、時が経つにつれて彼女は自分が老いていく姿に耐えられなくなった。そこで女王は魔女を訪ねてこう言ったの。『私を永遠に老いさせないで。私は永遠に生き続けたいの。』」

母親の声は静かだったが、その中には深い悲しみが込められていた。

「魔女は女王にこう答えた。『私はあなたに永遠の若さを与えられるわ。でも、その代わりにあなたは愛する人々を失うことになる。愛とは若さを保つ上で最も大きな障害だから。』」

母親は南ユズキをじっと見つめながら話を続けた。

「女王は魔女の警告を無視した。そして最終的に彼女は魔女と取引し、永遠に老いない身体を手に入れた。でもその代わりに、彼女は愛する夫と子供を失ってしまったの。」

母親の声はいつもより一層悲しげで重かった。

数日後、南ユズキは母親が自ら首を吊って死んだ姿を目撃することになった。母親の痩せ細った体は宙に浮かび、もう動くことはなかった。彼女の肋骨が骨ばって見え、その光景は南ユズキの幼い目に永遠に焼き付いた。その日の衝撃は言葉にできないほど大きかった。世の中に残されたものは、もう何もなかった。

そのとき南ユズキは決意した。

「私は絶対に母親みたいにはならない。」

彼女は誰にも頼らないこと、二度と誰にも心を開かないことを決心した。それが、これ以上傷つかないための唯一の方法だと信じたのだ。

翌朝、一ノ江ハルトはいつものように台所で朝食の準備をしていた。南ユズキは目の下にクマを作ったままリビングに出てきた。彼女の表情は依然として無感情だった。

一ノ江ハルトは彼女に軽く声をかけた。

「よく眠れた？いい夢でも見たの？」

彼は冗談めかして笑いながら声をかけたが、南ユズキの反応はまったく予想外だった。彼女の顔は依然として暗く、その声は冷静だった。

「夢で…母を見た。」

南ユズキは感情を抑えたまま、まるで何事もなかったかのように話を続けた。

「父の葬式で母が泣き叫んでいた姿が思い出された。そして、しばらくして…母が私に童話を読み聞かせた後、自ら命を絶ったの。」

一ノ江ハルトは言葉を失った。彼の瞳は揺れ動き、彼女が話している内容があまりにも衝撃的で、どう反応すればよいか分からなかった。彼女の声には感情が一切こもっていなかったが、その言葉の裏には確実に計り知れない痛みが隠されていた。

「ちょっと待って…やめてくれ。君、本当に大丈夫なのか？全然大丈夫そうには見えないけど。」

一ノ江ハルトは彼女を慰めようとしたが、その慰めはあまりにも空虚に感じられた。南ユズキが経験した傷はあまりにも深く、その深さを測ることは到底できなかった。

南ユズキは何も言わず、席に座って朝食を食べ始めた。彼女の手の動きは静かで冷静だったが、その中には何の感情も残されていないように見えた。一ノ江ハルトは彼女を見つめながら、それ以上声をかけることができなかった。彼の心には無力感が広がっていた。

一ノ江レンは朝早く起きてリビングに出てきた。彼は兄と南ユズキの会話を聞いていた。彼女の一言一言が彼の耳に鮮明に響いていた。彼女が語った話はあまりにも衝撃的だった。

「父の葬式で母が泣き叫んでいた姿…そしてしばらくして、母が私に童話を読み聞かせた後、自ら命を絶ったの。」

彼女の声は冷静だったが、一ノ江レンはその中に深く隠された悲しみと痛みを感じることができた。

一ノ江ハルトは驚いた表情で南ユズキに言った。

「ちょっと待って…やめてくれ。君、本当に大丈夫なのか？全然大丈夫そうには見えないけど。」

兄の声には心配と恐れがいっぱいに詰まっていた。南ユズキが語っていることが、どれほど恐ろしい経験だったかを知っていたからだ。

しかし、南ユズキはただ黙って朝食を食べ始めた。まるで何事もなかったかのように、何の感情も見せずにいつも通りに行動していた。その姿を見た一ノ江レンは混乱した。

「彼女は一体どういう人なんだ？あんな経験をしても、どうして平気なふりができるんだ？」

一ノ江レンはそう考えた。南ユズキの冷たい態度には、確かに理由があった。彼女がここまで自分を閉ざし、心を見せないのは、ある意味では当然のことかもしれなかった。彼女はあまりにも大きな傷を負い、その傷が深すぎて、今では感情を分かち合うこと自体が不可能になってしまったのだ。

一ノ江レンは再び部屋に戻りながら心の中で決心した。

「もうユズキさんを疑わないようにしよう。彼女はもう十分に辛い人生を送ってきたんだ。」

こうして一ノ江レンは、南ユズキに対する疑念を捨て、彼女を少しずつ理解することを心に決めた。