第59話、カウントアップデート
目を覚ますと、ヤナギの顔があった。
「あれ? ……ヤナギ」
「おい! 大丈夫か? 気が付いたか?」
なんだか心配される?
あれ? なんでだろ
「あ、うん、平気平気」
言いながら身体を起こそうとした所を
「バカ! お前……」
ガバッと抱きしめられる。
ん? んんんんんんんんんんん?
今、抱きしめられてますか?
抱きしめられてますよね。
「心配……したんだ」
あ、やっぱそんな感じだったんだ。
「だ、大丈夫、旅鳥テトと会ってた」
「ほんとに、フルダイブだったんだな」
フルダイブ? なにそれ。
いやそれより、
非常に、ひじょーーに、惜しいですが、
もっと抱きしめられて、いたいですが、
「そんな事より!」
僕は、ヤナギの身体を離す。
「ヤナギ! VRゴーグル!」
「は? なに?」
「僕のVR持ってきて!
すぐにINする」
そうだ、僕はまだ、
やらなきゃならない事がある。
「Vライフの、時を動かす」
絶対に、僕がやらなきゃならない事。
「いや、でも……
今、全部のサーバーが止まってんだ。
Vライフには入れない」
とまってる? 入れない?
ははっ、と僕は笑う。
頭がジンと痺れていく。
「問題ない。全部こじあける。
僕を、誰だと思ってる?」
笑った僕の顔を見て、
ヤナギは、安心したように息を吐き、
「あぁ、その通りだ」
そう言って、僕のVR機を渡してくれた。
「やっと、本気になったんだな」
「うん、ごめん」
ずっと、待たせてごめん。
僕はVRゴーグルをつけて、
電源を入れる。
さぁ、僕の、最後のチートだ。
◆◇◆◇
タイムゲートサーバーは、
相変わらず薄暗くて、
すべての数字が止まっている。
僕は大きく息を吸い、覚悟を決める。
ウィンドゥと仮想キーボードを
立ち上げて、
ソースコードの改変を始める。
「シカク君、やめて!」
僕の体から、
ニュルンと渚クンが出現する。
「ココだと、出てこれるんだね」
僕はコードを入力しながら、
視線も向けず、口にだす。
タイムゲートサーバーだから。
ここは、渚クンのホームだから。
出てこれる。
でも、接触判定まではない。
だから、何もできない、だろ?
「シカク君! 時を動かすのは止めて!
わかってるの? それが何を意味するか
わかってるの?」
「わかってるよ」
頭の中で思考が組みあがってく。
ものすごい速さで。
そのすべてを正確に、
ソースコードに書き換えてく。
昔、渚クンが、停止させたプログラムを
元に戻していく。
Vライフの時間を司るサーバー。
「僕はいつだって動かす事ができたんだ」
そう、いつだって。
本気になれば、やろうと思えば。
こうやって、出来たのに。
僕は今まで、やろうとしなかった。
知ろうと、しなかった。
本気でやれば、出来たのに。
「だから、今、全力を出す。
このサーバーは、僕が動かす」
「わかってるの? そんな事したら君は」
「わかってる。
僕のアカウントは、これで消える」
タイムゲートサーバーは、動く時、
そこにある、すべてをリセットさせる。
カウント00からでないと、
スタートできないからだ。
それは、現在サーバーにいる、僕の
すべてのデータが消えるという事。
「それでもいいんだ。
僕は、いちから始めなおす」
「君は良くても、僕はどうなるの!」
ぴくっと、僕の手は止まる。
僕のアカウントが消えたら、
渚クンは存在できない。
「わかってる」
僕は顔をあげて、渚クンを見る。
渚クンは大事な友達だ。
一緒にいたい。ずっと、このVRで、
君と遊んでいたかった。
「でも、もう。僕は、君に容赦しない」
僕は君で、君は僕だ。
「あるべき姿に、君を返す」
渚クンはゲートプログラムだった。
そこに、当時の僕の意思が混じって
生まれた。
当時の僕の、間違った考え、そのままに
「僕は! 君とこの世界を、
楽しみたかっただけなのに!」
渚クンが叫ぶ。
あぁ、僕もそうだったよ。
自分が、楽しみたかっただけなんだ。
僕は、自分が楽しければいいと
本気で思っていたし、
自分が正しいと思っていたし、
自分の理想とする世界の為に、
他者を攻撃する事を、善としてた。
でも、それじゃダメだったんだ。
ヤナギと会って、炎上を経験して、
Vtuberなって、
この世界は、沢山の人の心で、
組みあがってくもんなんだって
知ったんだ。
悪意をぶつけられた事もある。
嫌な人だっている。
でも、それを排除する事では、
なにも解決しない。
誰かに押し付けられる正義は、
正義でも、平和でも、ない。
それが、僕は、わかって無かったんだ。
そして、君が生まれた。
昔の僕、そのままの僕。
「だから、正す。昔の僕が、君が
間違った姿にした、この世界を。
Vライフを、あるべき姿にもどす。
それが、僕の贖罪」
僕は、もっと出来たはずなんだ。
一番最初、アカウント乗っ取りを
画策する輩の、計画を知った時。
ユーザーを襲撃する、
という方法じゃなくて。
運営が動けないなら、
みんなで守ろうとしても良かったし、
本人と話しても良かったし、
時雨ちゃんに自衛の方法を
提案してもよかったんだ。
それは、
上手く行かないかもしれないし、
結果的に
悪い事になったかもしれないけど
でも、僕がチートで襲撃するより
絶対に、良かったはずなんだ。
問題が起きてからもそうだ。
僕はいつだって、こうやって
時間を動かすことができたんだ。
僕が本気になれば。
その技術を有してるくせに、
解決しようとしなかった。
僕は自分の事しか考えてなかったから。
時雨ちゃんが頼ってくれて、
ヤナギと一緒に暮らせて、
Vtuberなって、
渚クンもいて、
そんな毎日を
終わらせたくなかったんだ。
楽しかったから、自分だけが。
でもそれじゃダメなんだ。
ダメだと、
気が付かないと、いけなかったんだ。
それを、
セナさんは、待っててくれた。
全部わかって、ずっと。
僕が気が付いて、反省し、本気になって
僕が自分のアカウントを差し出すまで。
待っててくれたんだ。
──Vライフの時を動かせるのは、
あなただけなの。
──私達には、あなたが必要なの。
僕がすべての原因なのに。
排除せずに、
ずっと待っててくれた。
排除するだけじゃ、何も解決しないし、
それは平和ではないからだ。
「僕は、信じてくれた人に、応える。
この世界が、僕は好きだから」
Vライフは僕の全部だ。
この素晴らしい世界を、
僕の手で、壊す訳には、いかない。
「あーぁ」
と、渚クンは、諦めたように笑った。
「止めても、無駄なんだね」
「ごめん、渚クン」
「いいよ。僕は君で、君は僕だ。
君の気持ちは分かった。
君は、大人になったんだね」
ボロと、リアルで、涙がこぼれる。
VRゴーグルの縁に溜まっていく。
「僕は……渚クンも、大好きで、
ほんとは、一緒にいたいんだ」
大事な、友達だったんだよ。
必ず話しかけてくれるの、嬉しかった。
VRに入ると、いつも君が笑ってた。
──幸せそうだね。
言われる度に、僕は幸せなんだと、
実感できたんだ。
広い部屋で、1人VRゲームしてる自分は
寂しいんじゃない、不幸じゃない。
みんないる。君がいる。
幸せなんだよ、それで良いんだよ。
そう、言われてる気がしたんだ。
僕はずっと、君に救われていた。
僕は、君が大好きだった。
「僕は君と、一緒にいたかった……」
「なに言ってるのさ。
ずっと一緒だよ。僕は君なんだから」
渚クンは笑う。いつもの、笑顔で。
「また、会いに来てよ。
ゲート通る時、僕を思い出して」
「うん、行く。絶対、絶対……」
「その幸せそうな顔、また見して。
僕は君の笑顔をみるのが、好きなんだ」
「うん……ずっと、僕は幸せだから」
「さ、泣かないで。
君は、やると決めたんだろう?」
僕は頷いて、
仮想キーボードを打ち続ける。
僕は涙で見にくい視界で、
すべてのコードを打ちこんだ。
時間を動かすプログラム。
実行ボタンが表示される。
~タイムカウントを再開します。
サーバーにある、すべてのデータは
初期化されます。よろしいですか?~
赤い注意文が浮かんだ。
「渚クン……君に、会えてよかった」
「僕も、君と出会えて、幸せだったよ」
僕は震える手を伸ばして、
実行ボタンを押した。
空間に浮いていた、すべての数字が動く
上から順に消えていく、
薄暗かった空間が、
真っ白に埋まっていく。
「またね、シカク君」
その声に返事する前に
接続は切れた。
〜サーバーとの接続が切れました〜
◇……… ◆…… ◇… ◆
僕はVRゴーグルを外して、
流れる涙をぬぐった。
「大丈夫か?」
ヤナギが近づいてきて、
僕の顔を覗き込む。
「うん、終わっ──」
答える僕の体が、グラリと揺れた。
めまいで体を支えてられなかった。
「おい!」
ヤナギが慌てて支えてくれる。
なんだか、頭がクラクラした。
「お前、頭、使いすぎて、疲れたんだ。
ちょっと横になれ」
あぁ、そっか。
ぶっ通しでプログラムコード
打ってたから。
ずっと覚醒状態だったから。
ヤナギがソファーまで運んでくれた。
そこに横になって一息つく。
「Vライフは?」
「今、復旧してる。
タイムゲートサーバーが
復活したって連絡あったから
そのうちなんとかなる」
そっか良かった。
「お前……やっぱすごいな」
ヤナギが頭を撫でてくれる。
撫でながら、ボロボロと、涙が溢れる。
胸が、苦しい。
「なんか、食うか? 作ろうか?」
なにか? いや、それより
「……ギュって、して」
僕は震える声で手を伸ばす。
さっきの、続きを、下さい。
ヤナギは優しく笑って、
「今日は、特別だからな」
寝てる僕を抱きしめてくれた。
暖かい、気持ちいい。
ギウと抱きしめてくれる感触が、
心を解いていく。
「よくやった。お前は、頑張った。
お前はエライぞ、頑張った頑張った」
その声が、ものすごく優しくて、
心の奥から感情がこみ上げてくる。
「うっ……」
いろんな光景がごっちゃになって、
我慢できなかった。
「うあああああああああああああん」
抱きしめられたまま、
すべての感情をぶちまけて、泣いた。
ボロボロ涙が溢れる。
ワンワンと声をあげて、ずっと、
ヤナギに腕の中で、泣き続けた。
「よしよし、頑張った頑張った」
そんな僕を、
ヤナギはずっと抱きしめてくれて、
頭を、撫で続けてくれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【次回予告】
次回、最終話
Vライフへ、ようこそ!
夢と希望のVR世界をお楽しみください。
いつも応援ありがと☆ 毎日更新するよ!
【出演Vtuber】感謝御礼!
久不シカクさん
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狛犬渚さん
https://twitter.com/Wan_1_nagisa
旅鳥テトさん
https://twitter.com/tabisuruV_teto
月下時雨さん
https://twitter.com/Gekka_Shigure
(時雨さんは実際は男Vさんです)




