第54話、バリューフェイズ
目の前に表示されていく世界には、
見覚えがあった。
薄暗くて、真っ黒の壁に、
0と1の文字が並ぶ。
タイムゲートサーバーだ。
少し、頭がクラクラする。
強制的に飛ばされたから。
僕の肩とか、顔とかを
誰かが触る感触がある。
多分、リアルでヤナギがしてる。
心配そうに。急に消えたからだろう。
「大丈夫。大丈夫だから、そっちは、
配信を続けて」
僕は、ヤナギに声を出す。
きっと聞こえてるだろうが、
不思議と向こうの声は聞こえない。
VR機器にイヤマフ効果はあるけど、
それでも、いつもは少しは聞けるのに。
僕はとりあえずVRに集中する。
振り返ると、そこの渚クンがいる。
「やぁ、シカク君」
いつもの声。いつもの白い服。
「なに、するのさ」
僕はたぶん、渚クンに強制的に
ここに飛ばされた。ダイブゲートで。
「だって、困るんだよ」
「何が困るの」
「君が黒時雨ちゃんを推すと、困るの」
「なんでさ。そこ僕の自由だから!」
僕が誰を推そうと、僕の勝手だろう。
渚クンは、やれやれと呆れた顔をして、
「分かってないよねー」
と、右手を振った。
ブゥンと効果音と共に、
空中にウィンドウが現れる。
そこに、VS歌みたステージの
配信画面が出る。
白時雨ちゃんが歌ってる。
白時雨ちゃんの、最後の曲。
ピンクのハートは飛んでるけど、
黒時雨ちゃんのハート数には届かない。
「見てよ」
と、渚クンはウィンドウを指す。
ん? 何を? 白時雨ちゃん?
歌う時雨ちゃんが、一瞬ガシャっと
ノイズが走った。
「え? なに? 処理ラグ?」
ガシャっと、また画像が乱れる。
白時雨ちゃんだけ、ノイズが走る。
「なに? これ……」
なんか、すごく嫌な予感がする。
「時雨ちゃんは、
『自分のファンを増やす』事を目的に
作られた、AIプログラムだから……」
ん? 存在意義って事?
「ファンが減り続けると自分を保てない」
マジで! ……え?
消える? あの、時雨ちゃんが?
まさか、セナさんが
白時雨ちゃんのファンを
減らしたがってたのって……
ファンが減ると、白時雨ちゃんは、
消滅するから?
サァと音を立てて、背筋が寒くなった。
セナさんは、
だから、僕には教えなかった。
そんなの、止めるに決まってるからだ!
「酷いよね」
渚クンが笑顔で言う。
「黒い時雨ちゃんも、可愛い顔して、
残酷な事、出来るよね」
そうだ、知らなかったはずがない。
黒時雨ちゃんは知っていた。
知っていて、対決を受けて──
あぁ、だから、勝った時の約束が、
白時雨ちゃんの引退じゃないのだ。
そんな事しなくても、消えるから。
「それでも、推し変する?」
絶望した僕の耳元で、渚クンが呟く。
僕は、白時雨ちゃんを
消したい訳じゃない。
僕は……
白時雨ちゃんの笑顔が浮かぶ。
僕は、彼女を失えない。
「自分の存在が消えるとしたら、それに
抗うのは当然だよね?」
渚クンは、話し続ける。
「存在を抹殺しようとしてくる相手が
『悪』じゃなくて、なんなの」
その通りだ。
消される側からしたら、事情も理由も
関係ない。
そんなの人間の勝手な都合で、
どんな理由でもルールでも、
受け入れられない。
「僕らは戦う。
この世界を、手に入れる為に」
存在する為に、生きる為に。
ガシャンと、僕は膝を付いた。
あぁ、よく分かった。
僕は、甘かった。
「さぁ、最後の仕上げを始めよう」
渚クンはそう言って、
ウィンドウの中で歌う、
白時雨ちゃんを指した。
◇◆◇◆
VS歌みたステージ。
その配信外のスペースで、
黒時雨は、久不シカクの消えた空間を
眺めて、不安を覚えていた。
突然現れたダイブゲートは、
シカクと渚の2人を飲み込んで消えた。
どこに飛んだのか、わからない。
──大丈夫だから、配信を続けて
リアルで、そう言っていた。
だから、VR空間のどこかに飛ばされて、
なにか話しているのは分かる。
あぁ、もう! リアルでは、
すぐ手の届く距離にいるのに!
すぐにでも探しに行きたかった。
でも、配信を投げ出す訳にはいかない。
今、白時雨が最後の曲を、
歌っている所だ。
『ヤナギ君、聞こえる?』
ディスコードの通話が聞こえてくる。
「はい、聞こえます、セナさん」
『シカク君は?』
「連れてかれました」
『そう』
さして驚かない所を見ると、
想定していたのだろう。
「データ上では、どうですか?」
セナさんは配信が始まってからずっと、
本社からコードを監視してくれてる。
『数値がおかしい、
外からハックかかってる』
あぁ、やっぱり。
『分かってるわね、ヤナギ君』
「はい、分かってます。
Vライフを取り返す」
プログラムに、好き勝手させない。
自分達で管理できないコンテンツは
社会意義すら無くしてしまう。
作っているのは世界ではない。
ユーザーが安心して遊べる、
インターフェース。
渡さない。運営として、
このゲームも、アイツも……
『覚悟して』
セナさんの声に頷く。
絶対に、渡さない。
ステージ上の白時雨が、
歌い終わった時だった。
「みんな! お願い!」
後奏がまだ流れてる中で、
白時雨がユーザーに呼びかける。
「ハートくれて、ありがとう!
最後にお願い!
時雨の為に、ツイートして!」
ツイート?
その言葉に、黒時雨は首をかしげる。
「このままじゃ負けちゃう。
だから最後に、
時雨の為に、ツイートして!
なんでも良いの、ハッシュタグつけて
ツイートして! お願い!」
その声に、ユーザーが反応した。
『わかったよ、時雨ちゃん!』
『なんでもいいのね』
『もっとファンを呼ぼう!まだ間に合う』
『俺らは、白時雨ちゃん、大好きだ!』
バサッと、リスナーウィンドウから、
ツイバトが現れる。
青い鳥は、ドンドン現れて、
空間を飛び回る。
「え? なんで? このステージは、
ツイバトは出ないはず……」
そんな疑問をよそに、
ツイバトは飛び回り、空間を埋めていく
「セナさん?」
『今、調べてる!』
バサバサと青い鳥が目の前で羽ばたいた
あれ? これは……
「セナさん、コレ、ツイバトじゃない!」
え? と、通話から声が返ってくる。
「これは、偵察バト!」
プログラム改変されて、偵察バトが
産まれるようになってる。
前にシカクが偵察バト出したの
このステージだったから、
そのチートコードだ。
「お願い! もっと! ツイートして!」
その声に煽られて、大量の青い鳥が、
産まれていく。
沢山のユーザーが、ツイートしてる。
これは、なんだ?
無数の青い鳥、が飛び回っていた。
何体いるのか、数える必要は無い。
VR上に存在しうる同一ギミック数は
256体!
カチと、どこかで
プログラムが切り替わる音がした。
上限に、256体に、達したのだ。
偵察バトが、一ヶ所に集まり始める
すべてのギミックが集約して形を作る。
バサと青い羽が舞った。
そこに、1人の人型のアバターが
立っていた。
え? 思わず黒時雨は呟く。
そこに、青いメッシュ入った髪の
短パンでボーイッシュなアバターが
立っていた。
あれは……
何か思うより早く、
『嘘でしょ?』
セナさんの声がした。
「知ってるんですか?」
『あれは、旅鳥テト!』
旅鳥、テト……
黒時雨は呟いて、ステージに現れた
その人を、また眺めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【次回予告】
「あれは、なに?」
「旅鳥テト、偵察バトを統べる為に
作られてた、アンドロイド型の
監視プログラムだよ」
「男性設定なの? 女性設定なの?」
「シカク君、なに言ってるの?」
「だから、男性なの?! 女性なの?!」
いつも応援ありがと☆ 毎日更新するよ!
【出演Vtuber】感謝御礼!
久不シカクさん
https://twitter.com/cube_connect_
狛犬渚さん
https://twitter.com/Wan_1_nagisa
旅鳥テトさん
https://twitter.com/tabisuruV_teto
月下時雨さん
https://twitter.com/Gekka_Shigure
(時雨さんは実際は男Vさんです)




